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第30話

「泣き止んだか?」

「泣いてないっ!」

 顔を覗き込んでくる茂斗。僕はかろうじて涙は零れてないから強がって顔を背けた。

 あからさますぎる態度に、いつもなら絶対からかってくるくせに、今日は何も言ってこなくて居心地が悪い。

「……なんで何も言ってこないの?」

「いや、下手に突っついてマジで泣かれたら後が怖い」

 何を企んでるんだって視線だけを向ければ、茂斗は湯船に身を任せながら「命は惜しい」って大きく息を吐き出した。

 その言葉の意味がさっぱり分からない。僕が泣いたからといって何が起こるって言うんだろうか。茂斗は。

「父さんに怒られるから?」

「母さんが絡まなけりゃ親父なんてどうってことねぇーよ」

「なら、姉さん?」

「姉貴は俺達の喧嘩に関しては『喧嘩両成敗』ってスタンスだろうが」

 茂斗が僕を泣かせて怒る人を思いつくまま挙げてみるけど、どっちも外れ。

 だから余計に茂斗の言葉の意味が分からなくて頭がこんがらがる。

「……もう一人いるだろうが。一番厄介なのが」

「えぇ? 誰?」

 『一番厄介』って、一番怖いってことだよね?

 絶対父さんだと思ったのに最初に否定されているし、違うってことだよね?

「分からねぇ?」

「分かんないよ」

 もったいぶった言い方しないでよ! って茂斗を睨んだら、茂斗は僕の視線に顔を逸らしてしまう。

「……虎だよ」

「え? 虎君?」

「そー。最強の葵のモンペ、来須虎。だよ」

 驚く僕に茂斗は苦笑い。

「俺が知る限りあいつ以上に過保護な奴いねぇーもん」

 虎の過保護っぷりは家族以上にぶっちぎりだ。

 そう苦笑を漏らす茂斗に、僕は『そんなことないよ』って虎君を擁護しようとした。

 でも、茂斗はそんな僕の考えなんてお見通しなのか、「そんなことあるんだよ」って苦笑いを濃くした。

「今この状況になってる理由も、虎が言ったからなんだぞ?」

「? どういうこと?」

「お前が風呂入った後、『葵は絶対怖がってるから一緒に入ってこい』って蹴り飛ばされた」

 茂斗が言うには、お風呂上がりの凪ちゃんと楽しく夕飯を食べていたら突然虎君が『茂斗、お前風呂入れ』って言ってきたらしい。

 凪ちゃんとの時間を何よりも大事にしてる茂斗はそれを当然拒否したらしいんだけど、僕が今日の出来事を思い出して怖がってるに違いないからって凄まれて、渋々様子を見るのも兼ねて乱入してきたってことだった。

「そんなことあるわけねぇーって思ってたけど、凪からもお願いされたら断れねぇししゃーねぇから来てみたら、虎の予想通りだったってわけだ」

 双子の兄弟である自分の方が理解してるって思ってたけど、全然違っててショックだった。

 そんなことを言う茂斗は「虎は本当、葵のことよく見てるよな」って天井を仰ぐ。すごく小さな声で、すっげぇ悔しい。って言葉が続いたけど、僕はその言葉は聞かなかったことにした。

「そっか……、心配かけちゃったんだね……」

 膝を抱えたら、ちゃぷって水音が響く。

 その音に僕の声は負けそうだったけど、隣にいた茂斗は「家族なんだから心配はするだろ」って卑屈になるのを止めてくれる。

「だから、俺達よりも葵の心配してる虎にもし葵を泣かせたことがバレたらヤバいんだよ」

「なんで『ヤバい』ってなるんだよ。茂斗の中の虎君のイメージってちょっと変だよ」

 考えただけで恐ろしい。って身震いして見せる茂斗の声は、おちゃらけていた。だから僕も笑うことができる。

(僕って本当、恵まれてるよなぁ……)

 優しい両親と兄弟。そして、そんな家族以上に優しい幼馴染の虎君。

 僕は僕の大好きな人みんなに大事にされてるって改めて実感して顔が緩んでしまいそうだった。

「俺の中の虎のイメージはさっき言っただろ。『葵のモンペ』だって」

「モンペって、モンスターペアレントってことだよね? 虎君は僕の親じゃないよ?」

「んなこと分かってるよ。でも子供の事で暴走する親みたいなもんだろ、虎は」

 遠い目をする茂斗の言っていることが僕には残念ながら理解できない。

 虎君は確かに優しいけど、でもちゃんと周囲に気を配れる人だし、ちゃんと『常識』を弁えてる人なんだから。

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