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第27話

「茂さんは本当に樹里斗さんが大事なんだな」

 それは仲睦まじい僕の両親を目の前に虎君の口から零れた言葉。僕は虎君の隣に座り直すと、虎君にだけ聞こえる声で「そうだね」と返して目を伏せた。

(沢山聞きたいこととか知りたいこととかあるけど、それを教えてもらうには僕はまだまだ子供なんだろうな……)

 さっきまで話していたことを蒸し返すのは簡単。教えて欲しいと口に出すことも、簡単。

 でも、それをしちゃだめだって思うのは、父さんも虎君も僕の事をちゃんと考えてくれている人達だから。

 僕が話に置いて行かれないようにちゃんと配慮してくれる二人が、さっきの話では僕には分からないように言葉を濁した。

 それが何を意味するか、流石に僕にも分かる。二人とも僕にはまだ話すべきことじゃないって判断したってことだから。

(なんだか寂しい……)

 上辺は分かったけど、根底はまだ教えてもらえない。それはまるで越えてはいけない壁のようだ。

(壁がなくなる時って来るのかなぁ……)

 僕がまだ子供だから存在する壁は、僕が大人になった時にはなくなっているだろうか?

 虎君は、ちゃんと壁の向こうで僕を待ってくれているだろうか……?

「どうした?」

 いつの間にか虎君を見ていたようで、虎君はその視線に穏やかに笑いかけてくれる。

「なんでもない……」

「……ちょっと疲れた?」

 視線を逸らす様に俯けば、帰ってきてから色々あったもんなって僕を気遣ってくれる優しい虎君。

 確かに、身体も心も疲れてるかもしれない。今日は沢山感情が動く日だったから。

 僕は虎君の問いかけに頷きを返して、「もう眠りたい」って笑い顔を返した。その表情が引き攣ってないか心配しながら。

「なら、風呂入っておいで」

「うん」

 ポンポンって頭を撫でてくれる虎君は、いつも通り。

 髪に触れる大きな手も、向けられる優しい笑顔も、本当にいつも通り。

 だから、縋りたくなる。僕もいつか虎君の隣に立てる男の人になれるかな? って。

(でも、我慢)

 虎君はきっと僕の不安に欲しい言葉をくれるだろう。例えそれが嘘だとしても。

 それが分かっているから、僕は口を噤む。欲しいのは『慰め』じゃないから。

「葵……?」

 虎君の表情に、優しさ以外の色が見える。それは戸惑いと心配で、僕はまた無意識に虎君に心配をかけてしまったみたいだ。

「お風呂、入ってくるね」

 このままだと子供染みた我儘を口にして虎君を困らせてしまう。そんなの絶対に嫌だから、僕は気持ちを切り替えるために立ち上がった。

「姉さん、茂斗、先にお風呂入っていい?」

 いつも通りと自分に言い聞かせて、ダイニングテーブルに座る二人に歩み寄る。あのまま虎君の傍にいたら、僕はなりたくない自分になってしまいそうで怖かった。

「いいわよ。ただし、凪ちゃんが出てきてからね」

「! 凪ちゃん、今日泊まりなんだ?」

「そ。不安なんだって。茂斗が」

 からかうように笑う姉さんに、茂斗が「うるせぇな」って照れ隠しで悪態をつく。茂斗のその姿は僕や凪ちゃんの前とは違ってちょっと子供っぽくて、僕はつられて笑ってしまった。

「! 凪!」

 僕にまで笑われて不貞腐れてた茂斗だけど、突然表情を輝かせて立ち上がる。それに僕と姉さんは凪ちゃんがお風呂から出てきたんだと振り返ったんだけど、そこには誰も居なかった。

 姉さんは「居ないじゃない」って苦笑いを浮かべるんだけど、茂斗はその声が聞こえてないかのようにドアへと歩き出してて、僕と姉さんは顔を見合わせて大げさに肩を竦ませて見せた。

 と、その時……。

「! し、シゲちゃん? ど、したの……?」

 ガチャって開くドアと、お風呂上がりであろう凪ちゃんのちょっぴり驚いた声。凪ちゃんの姿は茂斗が邪魔で確認できなかった。

「あ、抱き着いた」

「抱き着いたね」

 予想はしてたけどって苦笑する姉さんの実況に僕も笑う。

 茂斗は凪ちゃんの無事を確かめるようにぎゅっと抱きしめていて、1時間足らずですら離れたくないと言わんばかりだ。

「葵、お風呂入ってきなさい」

「うん。ありがとう、姉さん」

 姉さんに促されるまま、僕はバスルームに向かうことにする。

 途中、抱き合う茂斗と凪ちゃんを避けてリビングを後にすれば、後ろからは「凪ちゃんが困ってるでしょ!」って茂斗を怒る母さんの声が聞こえた。

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