第232話
「さてと、そろそろ俺は帰るね。明日も学校あるし、寮にも何も申請してないし」
「! 今から帰るのか? てか、帰れるのか?」
海音君は終電も終バスも終わってるだろ? って時計を確認して、今日は泊まっていけばいいと慶史を引き留める。
でも慶史は虎君の家に泊まりたくないとまた悪態をついて、僕にまた窘められる羽目になった。
「冗談だよ、冗談。どうせこの後葵の家に行って先輩が正気に戻ったって報告するんでしょ? で、そこでまた二人はイチャイチャするだろうし、俺は、それは遠慮するって言ってるだけだよ」
「け、慶史っ!」
「明日は病欠ってことにしといてあげるから、先輩の傍にいてあげなよ? 先輩は目の隈ヤバいしちゃんと寝てくださいよ。一日だけ葵のこと貸してあげますから」
慶史は携帯を上着のポケットから取り出し、改めて時間を確認するとタクシーを呼ぶと言った。
それに虎君は寮まで送ると申し出たんだけど、ついさっきまで廃人同然だった寝不足の人の運転なんて怖くて乗れないと慶史は断ってくる。虎君を思ってのことだろうに、慶史の言い方は本当に素直じゃなかった。
でも虎君はそんな慶史の『本音』を受け取ったのか、海音君の名前を呼んだ。
「俺が送って行ってやるよ。どうせ葵を今から家に送るし、そのついでだから遠慮すんなよ?」
「……海音君って本当、良い人だよね。なんで先輩の親友してんの?」
「ははは。それは俺にも謎だわ」
慶史の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜるように撫でる海音君は豪快に笑う。
そして一頻り笑った後、僕と虎君を振り返って「そういう事だから準備しろ」って言ってきた。
僕は、家に帰らないと首を振った。虎君からまだ離れたくない。とワガママを言った。
「ダメだ。この一カ月家族にもめちゃくちゃ心配かけたんだし、問題が解決したならすぐに報告するべきだろう?」
「! そ、それは、そうだけど……」
「報告が遅れたら、桔梗がブチ切れるぞ。虎に」
今までの比じゃないぐらい姉さんの虎君への当たりが強くなると言う海音君。可愛い弟を手籠めにされた上に自分がないがしろにされたら桔梗に報復されるぞ。って。
それに僕は眉を下げた。僕の誤解だと分かっていても、やっぱり姉さんと虎君の間には何かある気がして心がザワザワしてしまうのはどうしようもなかった。
でも、海音君はそんな僕を見越してか、あいつは家族命だからなって笑った。
「お前が葵に惚れてるって知った時以来の不機嫌さを見せるんじゃないか? あの時の桔梗のヤバさは虎も覚えてるだろ?」
「覚えてるよ。あれ以来目の敵にされてるんだからな……」
「! もしかして、虎君と姉さんがよく喧嘩するようになったのって―――」
「虎が茂さん達に葵に惚れてるって宣言したのを桔梗が盗み聞きしたからだよ。桔梗の奴、虎が自分に隠し事してたって事と、葵の将来がめちゃくちゃくなるってそりゃー大荒れでな。『絶対に許さない』って虎の邪魔をするって宣言したんだよな?」
それは、ずっと抱いていた疑問に対する答え。虎君と姉さんが喧嘩するのは、僕に対するそれぞれの愛情のせいだったらしい。
僕は虎君を見上げ、そんな前から僕のことを想ってくれていたのかという問いかけを込めて見つめる。すると虎君は、僕を抱き締めて「ずっと葵のことだけを愛してたよ」って伝えてくれる。本当に、それこそずっと昔からだと……。
「どれぐらい前から僕のことを……?」
「! そ、それは―――」
「葵、それは聞かない方が良いぞ。聞いたら絶対、100年の愛も冷める」
僕の質問に虎君は言葉を詰まらせ、海音君は遠くを見つめながら笑う。
そんなこと言われると余計に気になると言うもので、僕は教えて欲しいとせっついてしまう。虎君は海音君を睨んで、海音君はそんな虎君の視線から逃げるように顔を背ける。
「虎君っ。僕、僕、もう虎君のこと知らないなんて、嫌だよ……」
「で、でも……。俺は葵に嫌われたくないよ……」
「! 嫌いになんてならないよっ? 僕が虎君を嫌いになるわけないでしょっ!」
こんなに、こんなに大好きなんだから!
そう訴える僕に虎君は顔は辛そうに顔を歪めると、そのまま僕を抱き締めてきた。そして―――。
「初めて会った時から、ずっと葵のことが好きだった……。葵が笑いかけてくれた時から、俺の中で葵は特別な存在になったんだ……」
あの頃から、いや、あの頃以上に愛してる。
虎君の想いの籠った告白に、僕は考える。虎君が言う、『初めて会った時』を。
でも、どうしても思い出せない。だって、僕が物心ついた時にはもう虎君は傍にいてくれたんだから。
困惑する僕。そして、それを感じた虎君。
僕の縋るような眼差しに応えるように、虎君は僕を抱き締め、教えてくれた。虎君が言う、『初めて会った時』がいつかを。
「葵が生まれた日だよ。俺は母さんに連れられて樹里斗さんの病室を訪れて、そこで葵に出会ったんだ……」
「え……?」
「え、それ、葵、赤ちゃんじゃないの?」
「バカ、慶史。口挟むなって。虎が変態とかショタコンとかそんな分かり切ったこと言ってやるなよ」
「いや、俺まだそこまで言ってないから。てか、海音君、先輩の親友でしょ? 酷くない?」
まさかの告白に驚き言葉を失った僕の代わりに騒いでくれるのは慶史で、そんな慶史に海音君は酷い言葉を並べて虎君のフォローをしていた。いや、全然フォローになってないんだけど。
海音君は、その時からずっと虎君の一番は僕だったんだと言って、執念深い片想いだってことは皆分かってるって言った。
僕は、反論せずに言葉を飲み込む虎君が抱きしめる腕を解こうとしたことに気が付いて慌ててそれを引き留める。
「ぼ、僕は嬉しいよ? そんな昔から虎君の一番だなんて、本当に、本当に嬉しいよ!!」
確かに驚いたけど、嘘じゃないから!
そう訴えかければ、虎君は再び僕を抱き締めてくれて、安心。




