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第231話

「ったく……。俺的には『最悪』ってこと、忘れないでよね?」

 慶史は虎君にしがみつく僕の頭を軽くだけど叩いてくる。

 それに僕が反応を返す前にどうやら虎君が慶史の腕を掴んで凄んだみたいで、「痛い痛い痛い!!」って慶史の悲鳴が耳に届く。

「ちょ、放して! 悪かったって! ごめんごめん!! ごめんなさいっ!!」

「と、虎君っ!」

 慶史の腕をギリギリ締め上げてるって見てわかる力の入れ具合。

 僕は慌てて虎君の腕に手を添え、止めてと訴えた。慶史は本気で叩いたわけじゃないんだから! って。

 すると、僕のお願いをすぐに聞いてくれる虎君。慶史は掴まれた腕を擦りながら後退り、「マジ最悪!!」って僕達を―――虎君を睨んだ。

「虎、お前が葵第一主義なのは昔から分かってるけど、慶史にもう少し感謝しろよな? 慶史が葵を此処まで連れてきてくれたんだからな?」

「そうだそうだ! 俺が葵を引っ張って来なかったら今もあんたは廃人だったんだからな!!」

 恩人に対する態度じゃないと窘める海音君の背に隠れて非難する慶史。俺にもっと感謝しろ! とか、今後は俺へのの態度を改めろ! とか。

 僕は虎君に抱き着いて、慶史と仲良くして欲しいとお願いする。慶史が居たから、僕は悲しみに身を任せることをしなかったんだよ。って。

「葵……?」

「全部僕の勘違いだったけど、でも、それでも僕、虎君が姉さんのこと好きなんだって思い込んで死んじゃいたいって思う位ショックだった……」

「! ちがっ、違う!! 俺は、俺が愛してるのは―――」

「うん。もう、大丈夫。虎君の気持ち、ちゃんと分かったから……」

 問いただすような眼差しに、僕は隠さずにこの一カ月、自業自得とはいえ苦しかったことを伝えた。

 すると虎君は青褪め、姉さんへの感情は『家族』としてのそれで僕に対するものと全然違うと必死に訴えてきた。僕を『愛してる』と伝えようとしてくれた。

 僕はその唇に手を添えて言葉を遮ると、もう伝わっているから大丈夫だと笑った。もう疑わないから大丈夫。と。

 虎君は顔を歪め、僕を強く抱き締めてくる。

「虎君、苦しいよ……?」

「ごめんっ、ごめん、葵っ……」

 自分が想いを言葉に出すことを恐れたせいだと言う虎君。僕はそれは当然だと笑って、でもこれからはちゃんと伝えて欲しいと願った。僕もちゃんと伝えるから。と。

 交わすのは約束で、もう二度と心を隠さないと誓い合う。

 僕はまだ辛そうな虎君の表情に、キスしたいと思った。この愛しくて堪らない人に、笑顔になって欲しいと思った。

 でも、残念ながらキスすることはできなかった。

「藤原、悪かった。本当に、ありがとう……」

「! べ、別にあんたのためじゃないし!? ていうか、俺はまだあんたを葵の『恋人』だなんて認めないからな!?」

「いや、そこは諦めとけよ。流石に」

 慶史への感謝を伝える虎君だけど、慶史は照れ隠しなのかまたそんな意地悪を言ってくる。

 海音君はそんな慶史に笑って、今この状況を見たら認めなくても一緒だって分かるだろ? って。

 慶史は、「でも!」って海音君に噛みつく。そして虎君を指さして、また文句を言おうとした。僕はそれを牽制するように慶史の名前を呼んで、涙ながらに伝える。僕は今とても幸せだよ。と。

「! ―――っ、分かったよ! 分かりました!! 認めますよ! 認めればいいんでしょ!!」

「ありがとう、慶史」

「もうっ! そんな良い顔して笑わないでよ!」

 なんだかんだ言いながらも、僕のためを思ってくれる慶史。僕の、一番の親友。

 僕は慶史の言葉に、こんなにも穏やかな気持ちになることができた。それが嬉しくて、虎君に甘えるように擦り寄り、抱き着いた僕。

「虎君も、慶史と仲良くしてね……?」

「努力はする……。でも、葵の特別な存在だって思うとまた怒らせるかもしれない。それは、ごめん……」

「おい、『努力する』って言った直後に何諦める宣言してんだよ。もう少し根性見せろよな。だいたい昔っからお前の慶史に対する態度は酷かったんだからな? 慶史がお前に噛みつくのは当然だろうが」

 海音君は慶史の頭を撫でながら、嫉妬丸出しで見苦しいって苦笑いを見せる。僕はそれに思わず眉を下げてどういうことかと尋ねてしまう。虎君はいつだって優しかったのに。って。

「そりゃ葵の前じゃ徹底して『良い兄貴』してたしな、こいつ。でも葵が見てないところではマジで酷いぞ? 葵が愛想振り撒く相手全員に牽制―――いや、威嚇して嫉妬丸出し。『良い兄貴』が聞いて呆れるよ。まったく」

「だよね? 俺への態度、一番酷かったよね? 海音君もそう思うよね?」

「おう。正直、慶史には同情したよ。俺は何回も注意したけど聞く耳持たずで参ったよ、本当」

 深く頷く海音君と、それ見た事かと言わんばかりの慶史。

 僕が信じられないと虎君を見れば、虎君は困ったような顔で謝り、尋ねてきた。「俺のこと、嫌いになった?」と。

 その悲しそうな表情に、慶史達には申し訳ないけど、僕はきゅんとしてしまって、堪らず虎君に強くしがみつくと、「大好きっ」と伝えた。

 虎君にそんなに想ってもらえていたなんて全然知らなかった。大切にされていると、大事にされているとは思っていたけど、これほどまでとは全然思っていなかった。

 喜ぶ僕に呆れたのか、慶史は「本当、最悪」って言葉を零して溜め息を吐く。海音君は笑っていたけど、同じく呆れていたかもしれない。でも、虎君が安心してくれたから、良いやって思った。

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