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第229話

 すぐに離れたぬくもりにゆっくりと目を開ければ、泣きそうな虎君の顔がすぐそこにあった。

「虎君……? どうしたの……?」

 どうしてそんな泣きそうな顔をしているの?

 もしかして、僕とキスしたことを後悔したの……?

 過る不安。でも、そんな不安を抱いて虎君の想いを疑うことこそが失礼だと、すぐに僕が後悔した。

 だって、虎君ってばこんなことを言うんだもん。

「ごめん……。ずっと、ずっとこんな日は来ないって諦めてたから、だから、ごめんっ」

 僕を強く抱きしめて謝る虎君。

 でも、謝る必要なんてない。

 虎君は、今が幸せ過ぎて怖いって言う。自分は今夢を見ていて、いつか夢から覚めてしまいそうで怖い。って。

 辛そうな虎君の声に、僕は不謹慎だと思いながら胸がきゅんと締め付けられる。

 僕は込み上がってくる愛しさのまま虎君の頬っぺたを包み込んで今度は僕から額を小突き合わせ、「夢じゃないよ」って涙ながらに笑った。

「虎君、大好き。ずっとずっと、虎君が大好き……」

 伝えたい言葉は沢山あったのに、『好き』しか出てこない。

 溢れる一方の『好き』のまま、僕から贈るキス。

 虎君は驚いた顔をしたけど、すぐに顔を歪め、僕を力いっぱい抱きしめてきた。

「夢じゃ、ないんだな……? 俺、これからも葵を愛してもいいんだよな……?」

「うんっ。夢じゃないから、ずっとずっと僕のこと好きでいて……」

 しっかりと抱き合った僕と虎君。

 僕は虎君の腕の中、もう二度と虎君を悲しませるようなことはしないと自分自身に誓いを立てた。

(ごめんね、虎君……。僕、もう絶対に虎君の『想い』を疑わないからね……)

 溶け合うぬくもりは、僕の中に頑なに存在していた疑心も不安も全部溶かして消し去ってくれる。

 僕はグスッと鼻を啜りながら、もっと虎君を感じたいと一層ぎゅっと虎君に抱き着いた。

(! 虎君っ、虎君……)

 僕に応えるように強く、より強く抱きしめてくれる虎君。

 失ったと思っていた大切な人は、ずっとずっと僕のことを想ってくれていた。こんなにも深く。こんなにも暖かく……。

 虎君の『想い』に満たされたおかげで、僕の中に僅かに残っていた疑念は跡形もなくなくなってくれて、今はただただ幸せだった。ずっとずっとこうやって虎君と抱き合っていたかった……。

 僕の思考は虎君一色。他の事など全く考える余裕なんてない。

 だから、忘れていた。今此処に居るのは僕と虎君だけじゃないということを。

「……海音? それに、藤原も……」

 僕を抱き締めたままの虎君が少し驚いた声で口にしたのは、リビングに居るだろう海音君と慶史の名前。

 それに僕はハッと我に返って、そう言えば僕のせいで海音君と慶史には多大な迷惑をかけていたんだと思い出し、二人にも謝らないとと顔を上げようとした。でも、それは僕を抱き締める虎君の腕に阻まれ、僕は虎君の胸に顔を埋めたまま……。

 まるで僕を放したくないと言っているような虎君の態度に、虎君も僕と同じ想いでいてくれると知った。知って、なおも溢れる『好き』という想いは歯止めが利かなくなってしまう。

 ピッタリとくっつくだけじゃ足りず、ぐりぐりと虎君に額を擦り付けて甘える僕。虎君はそんな僕に応えるように髪にキスを落としてくれて……。

「此処は、俺の部屋、だよな……? なんで二人がいるんだ……?」

 虎君が状況を確認するように驚きを滲ませたまま尋ねかけると、虎君以上に驚いた声を出すのはずっと虎君のお世話をしてくれていた海音君で、「マジかよ」ってちょっぴり困惑してるみたいだった。

「先輩、完全にイっちゃってたみたいだね。海音君、ドンマイ」

「俺めちゃくちゃ頑張ってたのに、えぇ……、この扱い……?」

 虎君の胸に顔を埋めてる僕には、二人の姿は見えない。でも、二人の表情はなんとなく分かった。だってガックリと肩を落としているだろう海音君とそんな海音君の肩を慰めるように叩いているだろう慶史の姿を想像するのは、実に簡単だったから。

 でも、状況が分からない虎君にはそれら全てが理解できないことなんだろう。二人のやり取りに虎君が返したのは「どういうことだ……?」って戸惑いの声だったから。

 僕は虎君の腕の中、抱き着いたまま顔だけを上げて「今何日か分かる?」と尋ねてみた。

「え? 『今』……? えっと、30日、とかかな……?」

 困惑したまま、自分が思う日付を口にする虎君。僕達はその返答に『何月の』30日か尋ねた。

 その質問に虎君はますます困惑したのだろう。質問の意味が分からないと言わんばかりに声を震わせ、「12月、だろ?」と尋ね返してきた。

 僕達は言葉を失った。あまりにも信じられない答えだったから。

 でも、それと同時に心が痛んだ。虎君の中ではあの日、僕が虎君を拒絶したあの時から時間が止まってしまっていたんだろう。そうしなければ虎君の心が守れないと身体の自己防衛本能が働いたんだと思うと、激しい後悔に襲われた。

「虎君っ、ごめんね……。ごめんねっ」

 ぎゅっと抱き着き、もう二度と虎君を傷つけるようなことはしないと誓い謝る僕。これは僕の自己満足だと分かっているけれど、それでも謝ることでしか虎君にこの後悔を伝えることができないから。

 そんな僕に、虎君は何も言わず抱きしめ返してくれる。

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