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第221話

「葵、起きてるんでしょ?」

 あっさりと僕の狸寝入りを見破る慶史は、呆れたような声色で叫んでくる。

 きっとすぐに認めて反応を返せばよかったんだろうけど、いろんなことが頭をグルグル回っていて、結局起きていると認めることができなかった。

 慶史は二回、同じように僕を呼ぶ。立ち聞きしてたこともバレてるよ。と言いながら。

 狸寝入りも立ち聞きも慶史相手に隠し通せるとは思ってなかったけど、こんなに早く核心を突かれると思わなかったからドキッとしてしまう。

 きっと僅かにだけど肩が震えたと思う。慶史がこちらを見ていたら、声が聞こえてることは明らかだと知られただろう。

 でも、慶史は追及してこなかった。

(よかった……。気づいてないよね……?)

 慶史なら僕のこの反応をスルーするわけがない。『聞こえてるくせに』って逃げ道を塞いで問い詰めて来るに決まってる。

 でも、それが無いってことは、こちらを見ていなかったから気づかなかったってこと。

 僕は安堵しながらも気づいて欲しかった自分でも面倒この上ない感情を抱いた。

「分かったよ。そうまでして俺と話したくないんだね……」

 悶々としていた僕の耳に慶史の溜め息交じりの声が聞こえた。それは酷く疲れた音で、一気に申し訳ない気持ちが僕を追い込んできた。

 反応を返さなくちゃ。『ごめん』って謝らなくちゃ。

 そう焦っていたら、慶史が僕が眠るベッドに腰を下ろしたのか左側が僅かに沈んだ。

 そして慶史は僕の髪に手を伸ばしてくると、触れるか触れないかのもどかしい撫で方をしてきた。

「今日から他の寮生が帰って来るし、俺的にはそれまでに片を付けて欲しかったから色々頑張ったんだからな? それを無視して話も聞いてくれなかったのは、葵なんだからな?」

 だから、これから話すことに文句を言う権利は葵にはないからな。

 まるで突き放すような言葉だった。僕を撫でる手が無ければ、時折見える辛さの滲んだ声が無ければ、僕はショックのあまり更に塞ぎ込んでしまっていただろう。

 僕は投げられた言葉そのものが持つ鋭利さに痛みを覚えながらも、慶史の次の言葉をジッと待った。

「なぁ葵。葵は変に思わなかった? 寮は二人一部屋が原則なのに、俺だけ常に一人部屋って知って、疑問に思わなかった?」

 投げかけられる問いかけ。僕は心の中で『思っていた』と返事をした。

 そして、それより先を聞いちゃいけない、聞きたくないと思ってシーツを握り締めた。

「俺の部屋、ヤリ部屋なんだ。相手が提示してくる見返りに俺が頷けば、時間も相手も人数も関係なしで相手の性欲処理をするための部屋。分かる? 俺がギブアンドテイクでセックスしてる部屋なんだよ」

 ああ、やっぱり。と、僕は慶史の告白に胸を痛めた。

 この胸の痛みは、慶史の心の悲鳴に共鳴したもの。

 僕は自分のことばかりで慶史のことをこれっぽっちも考えていなかったんだと改めて思い知って、唇を噛みしめた。

「今日から明日で、寮生はほとんど戻って来る。そうなったら、この部屋を俺は使うからね? ここは葵の部屋じゃなくて、俺の部屋なんだから」

 その言葉に、僕は思わず寝たふりを忘れて慶史を振り返った。

「ダメっ……!」

「やっと起きた。やっと、俺の声、聴いてくれた」

 縋るように慶史を振り返ったら、慶史は困ったように笑った。笑って、「ごめんね」って目を伏せた。

「なるべく事前に伝えるようにするけど、いきなりってことも絶対にないとは言えない。その時は悠栖と朋喜の部屋に泊まらせてもらえるように二人には頼んでおいたけど、間違っても俺のやることの邪魔はしないで」

「でも―――」

「葵。これは俺の人生で葵のじゃない。それを分かってなおどうしても『嫌だ』って言うなら、俺のお願いもちゃんと聞いて」

 自分ばかり聞くのはフェアじゃない。そう言った慶史は、僕が寮に居ても今までと同じ生活をすると言う。

 慶史が寮で何をしているか知ってはいたけど、どうやら僕はきちんと現実を理解していなかったようだ。

 突然鮮明になる慶史の心の闇に、僕はできることなら『分かった』と言いたかった。慶史のお願いもきちんと聞くと、言いたかった。

 でも、それでも僕は――――。

「……まぁ、葵が聞いてくれても俺が葵のお願いを聞くとは限らないけどね」

「! そんなの、僕の聞き損じゃない……」

「損じゃないよ。俺は葵のために言ってるんだから」

「僕だって慶史のために言ってるんだよっ」

 俺のお願いを聞いてくれたらみんな幸せになれるから。

 そう笑う慶史だけど、慶史が言う『みんなの幸せ』がどういうものなのか僕にはわからない。

 だって、何をどう頑張ってもみんながみんな幸せになれるとは思えなかったから。

「俺のため、ね……。人の部屋を占拠して追い出しておいてよく言うよ」

「そ、れは……。それは……」

 ここ数日、寝る時間以外部屋に戻れなくしているのは誰かな?

 そんな意地悪を言いながら僕を見下ろす慶史は、そろそろ限界だと僕に告げた。

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