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第219話

 早く一人になりたい。

 そう願う僕だけど、僕の願いなんて叶えてやるものかと神様は意地悪をしてくる。

「藤原! 開けろ!!」

 三人の小芝居に心が疲弊していった僕は、ドアを乱暴に叩く声に心臓をぎゅっと鷲掴まれた気になった。

「げっ、煩いのが帰ってきた」

「この声、結城君だね」

 心底嫌そうな声で訪問者を邪険にする慶史は、無視していいかな? なんて朋喜達に尋ねてる。

 でも、それは当然かもしれない。だって今慶史の部屋を訪れている瑛大は、虎君の従兄弟なんだから。

 再びドアを叩いて慶史を呼ぶ瑛大の声は怒号と呼ぶにふさわしいもので、「そこに三谷居るんだろう!?」って怒鳴り声が続いた。

 瑛大は慶史ではなく僕を訪ねてきたみたいだ。それも、とても激しい怒りを抱いた状態で。

 少し前から僕を名前ではなく名字で呼ぶようになった瑛大。

 心が遠く離れてしまった友達は、もう自分から話しかけることはしないとハッキリ僕を拒絶した。面と向かってその言葉を言われたわけじゃないけど、瑛大の口から出た絶縁宣言にとても悲しい思いをしたからよく覚えている。

 僕はもう二度と瑛大から話しかけてもらえないと覚悟していた。今後瑛大が話しかけてくることがあるとすれば、それはよほど重要な用件の場合だけだろう。と。

 そして今、部屋の向こうで瑛大は僕に話があると怒号を響かせている。僕を名指ししているから、用件はとても重要なものだと分かる。そして、声からも伝わる激しい怒りに、その用件は他でもなく虎君が関係している気がした。

(きっと虎君に僕が原因不明の癇癪を起して酷いことを言ったって聞いたんだろうな……)

 僕の気持ちをなかったことにした虎君からすれば、僕の今の状態はまさに子供の癇癪に想えるだろう。

 そして、多少なりとも覚えた怒りをお正月に顔を合わせた瑛大に困ったことだと話したのだろう。

 話を聞いた瑛大は僕の理不尽な仕打ちに激怒し、寮に逃げ隠れた僕を非難しに来たんだ。

 そうだ。そうに違いない。

 実に分かりやすい流れだと思いながらも、やっぱり虎君は分かってくれないんだと深い悲しみを覚えた。

 僕はこんなに、こんなにも虎君が好きだから苦しんでいるのに。

「オイ! 居るのは分かってんだぞ! さっさと開けろ!!」

「出て行った方がよくねぇ? 流石にマモが起きちまうぞ」

「……そうだね。今は寝かせといてあげるべきだよね」

 オロオロする悠栖は僕が起きているとは思っていないようなことを口にする。

 確かに悠栖なら気づいていないって事もあり得ると思う。

 でも、悠栖に言葉を返した慶史は間違いなく僕が起きてるって気づいてる。

 やっぱりさっきまでのやり取りはただのお芝居だったんだ。

 意地悪な親友に、僕はバレていようが絶対に起きるものかとますます頑なになった。

「大丈夫? 結城君、かなり熱くなってるみたいだけど……」

「大丈夫大丈夫。今回のことが結城に知られたらこうなることは予想していたし、まだ全然想定の範囲内」

「いや、でもキレ過ぎじゃね?」

「そうでもないよ。結城は昔から先輩にめちゃくちゃ憧れてたし、先輩の弟分だって事にプライドすら持ってた奴だし……。まぁ、当然の反応だよ」

 そう言いながらも慶史の声には覇気がない。

 心配そうな悠栖と朋喜より一足先に歩き出した慶史の足音に、二人のそれが続いた。

 やっと部屋を出て行ってくれると安堵する僕だったけど、慶史が部屋を出る前に零した言葉が胸に刺さって息苦しくなってしまった。

「声が届かないって辛いって分かってるくせに酷い扱いだよ、本当に」

「慶史君?」

「なんでもない。さてと……、ドエムの俺に準備されたご褒美、貰いに行くかぁ」

 ため息交じりで慶史が零した言葉は、僕に向けられたものだ。

 虎君に想いが、声が届かないと絶望して心を閉ざした僕は今まさに同じことを慶史達にしていると初めて気づかされた。

 普通なら友達をやめると決断されてもおかしくないことをしている自分。

 でも、そんな僕を見捨てないでいてくれる慶史達。

 少しの感謝とたくさんの罪悪感に、僕は本当に消えてしまいたいと涙を流した。

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