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第218話

「なぁ、マモ起きてるか?」

「大丈夫。寝てるよ」

 辛い現実から逃げるように眠り続けていた僕の耳に、よく知った声が届く。

 それは悠栖と慶史の声で、僕は夢うつつの中、もう朝なのかと変わらない時の流れを痛感した。

「ちゃんと生きてるか? なぁ、息、してるよな??」

「見た感じ呼吸はしてるみたいだし、本当に眠ってるだけだからそんな泣きそうな声出さないでよ」

「だってっ、だって、マモ、マジで死んじまいそうじゃん……。もうずっと部屋から出てこないし、飯だってほとんど食べてねーし……」

 グスッと鼻を啜って涙声で僕が死んでしまうと心配してくれるのは悠栖だった。

 そして朋喜は、昨日の夜に持ってきてくれたのに一度もお箸をつけなかった夕食を見たのか、身体も心配になると暗い声を落とした。このまま何も食べない状態が続けば、本当に命の危険が出てくる。と。

「身体が食べ物を受け付けなる前に何とかしてあげないと……」

「! 身体が受け付けなくなるって、それって拒食症じゃねーかよっ」

「うるさい、悠栖。またそうなったわけじゃないんだから騒ぐな。葵が起きちゃうだろ」

 朋喜と慶史の神妙な声に悠栖の涙声。

 僕はそれらを聞きながら、まだこんな僕の心配をしてくれる三人の優しさを羨ましいと思った。

「ねぇ、茂斗君の方はどうなの?」

「知らない。あいつ、葵の心配ばっかりであっちの状況聞いても全然話にならないんだもん」

「葵君が心配なのは分かるけど、でも―――」

「朋喜、あっちはどうでもいいでしょ。俺達が何とかしたいのは葵なんだから」

 眠る僕の傍で慶史と朋喜な小さな言い合いが勃発する。

 茂斗に協力を仰ぎたいらしい朋喜と、必要ないと言う慶史。

 でも、言い合いは長くは続かなくて、悠栖が涙声で言い争いをしている場合かと二人を止めに入ってきた。

「喧嘩してる暇があったらマモのために一番いい方法探せよっ」

「だから僕はその方法を―――」

「だから! だから、その方法は無理なんだってば」

 慶史が声を張り上げ、朋喜の言葉を遮る。

 そして声だけでも辛いんだろうと分かる声色で「音信不通なんだよ」って言葉を続けた。

 僕は一瞬、慶史の辛そうな声に三人が本気で僕を心配して様子を見に来てくれているのだと思った。

 でも、次の言葉に、違うと知った……。

「あの人、今何処にいるか分からないんだよ」

「! ど、どういうこと……?」

「携帯は電源切れてるし、様子を見に家に行ってもずっと留守にしてるみたい」

「い、居留守、居留守使ってるんじゃねーの? 先輩もめちゃくちゃショック受けてたし―――」

「人が居る気配そのものが無いんだよ。電気のメーターも回ってなかったって茂斗、言ってたし……」

「単に何もつけてないからじゃ―――って、真冬に暖房器具無しで過ごすのは考えられないか……」

 芝居じみたやり取りは日に日に大袈裟になっていってる。きっと三人は僕が実は目を覚ましていると気づいているんだろう。

 部屋から出てこないからって何もそこまでしなくても良いんじゃないかと三人を恨めしく思う僕。

 でも、此処で起き上がって三人を非難することは簡単だったけど、僕は敢えて寝たふりを続けた。

 何を言われても、何を聞いても、僕は信じないと三人に示すためだ。

「もし、もし先輩が樹海とかで首吊ったりしたらどうす―――」

「冗談にならない冗談言うな。それが一番怖いんだろうが」

「『怖い』って、どうして……?」

「あの人が死ぬのは勝手だけど、その原因を作ったのが自分だって葵が知ったら、どうなると思う?」

「! そ、それは……」

「そうだよ。そんなの、今の比じゃないぐらい傷つくに決まってる。もしかしたら―――ううん、絶対葵は罪の意識に耐えれず壊れちゃう。そんなの、俺は絶対許さないっ」

 強い口調の慶史。それはまさに迫真の演技で、内容が内容でなければ、僕は感動を覚えていただろう。

 三人はどうやっても僕と虎君をもう一度会わせたいらしい。

 三人の気持ちは分からないわけじゃないけど、それでも僕の心を無視したやり方にはどうしても従う気になれなかった。

「だから、あの人には絶対頼らない。僕達が葵を元気にする。今までみたいに笑えるように、俺達が傍で支えるっ」

 慶史の言葉に悠栖と朋喜は応えるように返事し、僕のために自分達ができることをしようって約束し合っていた。

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