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第214話

「マモ、何があったんだよ? 先輩と話してきたんじゃねーのか?」

「悠栖! 何があったかなんてこの状況見たらわかるでしょっ!」

「わ、分かるけど! でも、なんでこんなことになってるか全然分かんねーよっ」

 困惑しきっている悠栖の声に朋喜が見たままだと声を荒げた。話し合いは上手くいかなかったんだ。と。

 朋喜は僕の背中を擦りながら、「幼馴染のお兄さんは?」って虎君はどうしたのかと尋ねてきた。

 僕は、今一番聞きたくない名前に「知らない」と悲鳴のような声を上げ、もうこれ以上虎君の話をしないでと訴えた。

「朋喜、葵のことお願い。悠栖、行くよ」

「え? 何処に?」

「あの卑怯者を殴りにだよっ!」

 怒りを隠せていない声でそう吐き捨てた後、慶史は悠栖と一緒に寮を出て行ってしまった。

 その間も僕はわんわん声を上げて泣いていて、朋喜はそんな僕を抱き締め、泣かないでと辛そうな声と共に背中を擦り続けてくれた。

「オイ、お前ら。エントランスでそんなに騒ぐな」

「! もう寮には僕達しかいないんですからちょっとぐらい大目に見てくださいっ」

「お前らしか居ないけど、これから清掃業者が来るんだよ。お坊ちゃん二人、エントランスで大泣きして抱き合ってるなんて要らん話題を提供してくれるな」

「! っ、分かりましたっ! 葵君、歩ける? 部屋、行こう?」

 温和な性格の朋喜にしては珍しく強い言葉で寮父さんに返事をしている。きっと寮父さんに怒っているんだろうけど、寮父さんの言っていることは正しいって分かっているから反論できずに怒りを言葉に込めるしかなかったんだろう。

 僕は朋喜を困らせたくない。

 そう思っているのに、立ち上がることができない。

 僕と体格差の殆どない朋喜一人では僕を立ち上がらせることは難しくて、結果困らせてしまっている。

 いい加減呆れられると分かっているのに、身体が思うように動かない。まるで鉛を手足につけられているみたいだ。

 と、その時、僕の肩に朋喜ではない誰かが触れた。

 普通に考えればそれは寮父さん以外あり得ないんだけど、僕は何故か虎君だと思ってしまった。

 思って、また心が引き裂かれる痛みを覚え、泣いた。

「あの! 何するんですかっ!?」

「なんもしねーよ。……とりあえずお前らは管理室に入ってろ」

 泣きじゃくって動かない僕を抱き上げてくる寮父さんに朋喜が僕を守ろうと噛みつく。

 寮父さんはそれをあしらいながらも普段自分の定位置であろうエントランスを覗く管理人用の小部屋に僕を連れて行ってくれた。

「牛乳、飲めるよな? ちょっと待ってろよ。……深町、お前も飲むか?」

 寮父さんは僕をソファに降ろすと、そのままホットミルクを持ってくると言って部屋を出て行ってしまった。

 さっきまで寮父さんに怒っていた朋喜もぶっきらぼうながらも本当は優しい寮父さんに複雑な顔をしながらも「何あの人」って僕の隣に腰を下ろした。

「意地悪なんだか優しいんだかわけわからないよ。ねぇ?」

 素直に自分達を心配してるって言ってくれたらいいのに。

 そう悪態をつく朋喜の声は、ちょっと上擦っていた。

 寮父さんのおかげでさっきよりも随分落ち着いた僕は、鼻を啜りながらも「良い人だね」と言葉を零すことができた。

 朋喜は僕の手を握って、遠慮がちに大丈夫かと尋ねてきた。

「うん。ごめんね。取り乱したりして……」

「ちょっと、ううん。凄くびっくりしちゃった。慶史君からもう大丈夫だって聞いてたから」

 何故『大丈夫』なのか、その理由を朋喜は口にしなかった。僕が傷つく言葉だと、知っていたから。

 優しい朋喜に僕は小さな声でもう一度謝った。

「朋喜の気持ち、今、凄くわかるよ……」

「? 『僕の気持ち』って?」

 突然発した言葉に朋喜はきょとんとして見せる。

 僕はそれに力なく笑い、本気の想いが届かないって辛いね。と朋喜の傷と分かりつつもそれに触れる言葉を口にした。

「僕の告白、ね、なかったことにされてたんだ……」

「え……?」

「僕が虎君のこと大好きだって知ってるくせに、虎君、どうして僕が傷ついてるか分からないって……。虎君の本当の気持ちを知ってるって言ったのに、なんで僕が虎君を避けてるか全然理解してくれなかった……」

 まるで僕の気持ちなんて知らないみたいに、『どうして?』と言われた。

 僕は、僕の本気は届いていなかったとまた泣いた。

「葵君……」

「こんなに、こんなに好きなのに……。大好きなのに……」

 ポロポロ零れる涙と共に溢れる言葉は、虎君に届くことはない。

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