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第212話

 僕の気持ちとは正反対に雲一つない晴天が広がる空には太陽が輝いていて、冬の寒さを和らげてくれている。

 でも、いくら青天の昼下がりといえど季節が冬だということは変わらない。

 外に出るつもりのなかった僕の格好はこの時期的にはあり得ない程薄着で、服の上からでも感じる冷気に肌を針で刺されているような感覚を覚えた。

 虎君はなおも僕の手を掴んだまま寮から遠ざかるように少し早足で歩いている。

 抗っても無駄だと感じた僕は、もう虎君に手を引かれるがままだった。けど、ふと足元が他よりもずっと寒いと感じて視線を下げて目に飛び込んだ靴下のままの自分の姿に、このままだと足を怪我してしまいそうだと思い、いい加減止まって欲しいと再び抗いを見せた。

「虎君っ、放してっ」

 力任せに腕を引っ張らないで欲しいと身じろいだものの、反応は返ってこなかった。いや、腕を掴む手に余計に力が籠ったから、まったくの無反応ってわけじゃない。

 声は聞こえてるけど、聞き入れてもらえないだけだ。

(もうやだ……、もうやだよ、虎君……)

 僕にはもう虎君が全然分からない。

 誰よりも虎君を理解していると思っていたけど、あれは本当にただの勘違いだった。今はきっと誰よりも虎君を理解できていない。理解することができない。

(遠い……。ねぇ虎君、虎君は此処にいるけど、本当は何処にいるの……?)

 こんなに傍に居るのに、どうしてこんなに距離を感じてしまうんだろう……。

 僕の虎君に会いたい。

 そう願った時、僕は運悪く道に転がっていたちょっと大きな小石を思いっきり踏んづけてしまった。

「いたっ!」

 我慢する前に飛び出た悲鳴。

 それに漸く虎君は立ち止まると、振り返って僕の異変を探すように上から下に凝視してきた。

「! ごめんっ、葵! 大丈夫か!? 怪我、してないか!?」

 僕が靴を履いていないと気づいた虎君は僕の前に跪いて痛みを訴える足を手に取り、血が滲んでいないか心配そうに診てくれた。

「よかった。とりあえず、切れてはいないみたいだ……」

 ホッと胸を撫で下ろすのは、僕の知っている虎君だ。

(こんなに、こんなに大事に思われてるのに……)

 どうしてそれだけじゃダメなんだろう?

 たとえ一番じゃなくても、特別じゃなくても、虎君にとって僕が大切な存在であることは変わらないはずなのに。

 それなのに、どうしてこれ以上を求めてしまうんだろう……。

(虎君、ごめんね。ごめんね……)

 溢れる想いは僕の心をすぐにいっぱいにしてしまう。

 改めて思う。『この人が好きだ』と。

 もう止めることのできない想いに、僕は耐える間もなく涙を零した。

「! ごめんっ、ごめん葵っ……。痛かったよな? 気が付かなくて本当にごめんっ……」

 立ち上がった虎君は涙を零す僕を抱きしめて何度も何度も謝ってくる。

 それは、何に対する『ごめん』なのか。

 僕は聞きたいけど聞けない本音に、どうして僕じゃダメなんだろうと思いながら、抱きしめてくれる愛しい腕を拒んだ。

(言わなくちゃ。ちゃんと、ちゃんと伝えなくちゃ……)

 この腕は、僕のものじゃない。

 だから、言ってあげなくちゃだめだ。僕に構ってくれなくてもいいよ。って。姉さんと幸せになってね。って。

(言え! 言えっ!!)

「葵……、なぁ、葵。俺が葵を傷つけたって分かってるから、だから謝らせてくれないか……?」

 僕が喉につっかえた言葉を何とか口に出そうとしていたら、虎君は僕を放し、悲し気な顔を見せた。

 それは本当に辛そうな表情で、大好きな人が見せるその顔に僕の心もズキズキと痛んだ。

「葵が何に傷ついたか、ちゃんと教えて欲しい。二度と同じことで葵を傷つけないように、ちゃんと知っておきたいんだ」

 苦しみを耐えて懇願してくる虎君。

 僕は目の前で僕に許しを乞う大好きな人を、愛しく、恋しく、でも憎らしく思った。

(僕の気持ち、知ってるはずなのに……。それなのに、なんで? どうして改めて言わせるの……?)

 虎君が好きだと、大好きだと僕は伝えてる。

 それなのに、どうして分かってくれないんだろう?

 虎君が姉さんのことを好きだと知って、僕が傷つかないと思っていたの?

 それとも、姉さんへの想いを僕がまだ気づいていないと思っているの?

(こんなの、あんまりだよ……)

 もしかしたら虎君の中で僕の告白はなかったことになっているのかもしれない。

 そう感じた瞬間、心が急激に冷えていくのを感じた。

(こんなに、こんなに大好きなのに……)

 いくら虎君でも、この想いを否定して良い訳が無い。この想いは、僕だけのものなんだから。

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