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第196話

「ねぇ、慶史。僕って思い込みが激しくて早とちりしがちだよね……」

「んー……。確かに思い込んだら周りの言葉が全然耳に届かなくなる時はあるね」

 視線を向けた先では苦笑を漏らす慶史がいて、「何か分かった?」って僕が何かに気づいたことを知る口振りで尋ねてきた。

「うん。分かった。……ちゃんと虎君が凄く優しい人だったってこと、思い出した……」

「! そう。それは良かった。俺的には全然良くないけど、今は良かったって思いこんでおくよ」

 手を伸ばして僕の髪を撫でてくる慶史は複雑な心中をどう表情に出していいか分からないと溜め息を吐いた。

 何が複雑なんだと思うものの、気づいた真実をすぐに口に出せるほど僕の心は晴れやかでないから視線を下げて髪を撫でる慶史に身を任せた。

 すると慶史は目尻を下げ、安心したように笑って見せた。

「こじれる前に気づいてくれてよかったよ。本当、俺的にはこのままこじれてあいつが居なくなってくれたら最高だったけど、葵が幸せなら断腸の思いで祝福するよ」

「! 慶史、僕のこと本当は嫌いなの……?」

「え? なんでそうなるの?」

 よかったよかったと笑う慶史の言葉は僕が真実に辿り着いて心底喜んでいるように思えた。

 そしてその真実が僕の幸せだとわけの分からないことを言うから、僕は慶史が僕の失恋を喜んでいるとしか思えなかった。

 確かに慶史は虎君のことが苦手……っていうか嫌いだから、僕の虎君への想いが成就しないことを喜ぶことは仕方のないことかもしれない。

 でも、僕の親友は僕が辛いと苦しんでいる姿を喜ぶような性格じゃないって思ってる。

 どんなに腹立たしくても、僕の幸せを喜んで顔を引きつらせながらも『おめでとう』と言ってくれる。そんな性格だ。

 それなのに慶史は、信じている親友は、僕の失恋を喜んでいる。

 あまりにも信じがたいその笑い顔に、僕はまさに泣きっ面に蜂状態。思わず親友だと思っているのは僕だけなのかと尋ねてしまうほど動揺してしまっていた。

 虎君と慶史。大切な人を二人も失うのかと心臓が締め付けられる思いをした僕の問いかけに慶史が返すのは、困惑よりも驚きだった。

「今の俺の言葉ちゃんと聞いてた? 俺はあいつが大嫌いだけど葵のために『おめでとう』って言ったんだよ?」

「分かってるよ。でも、なんで『おめでとう』なの? なんでお祝いになるの?」

「なんでって……、葵が早とちりだったって言ったからでしょ?」

 酷いと傷つく僕と、どうしてそんな泣きそうな顔になるんだと慌てる慶史。

 不安と胸の痛みに視野が狭くなってゆく僕の耳には慶史の声は難しすぎて、何を言われいてるのか正しく理解することは困難だった。

「ちょ、葵! なんで泣くの!?」

「慶史が、慶史が僕のこと嫌いになったっ……。嫌いにならないって言ったのに、言ったのにぃ……」

 ボロボロ涙を零す僕に、慶史はタオルもハンカチもないと慌てふためいて、最終的に自分の上着の袖て僕の目尻を擦ってくる。

 嫌いになんてなってないでしょ!? って困惑してる声が余計に僕の不安を掻き立てて、もうわけが分からなくなる。

「僕、振られたのに、なんで『おめでとう』なの? なんで、どうして……」

 目をゴシゴシと擦られながら、僕は嗚咽交じりに尋ねる。僕の失恋は慶史にとって嬉しいことなの? と。

 その問いかけに、慶史は僕の涙を拭いながら「何言ってるの?」と眉を顰めた。

「思い返して、失恋してないって気づいたんじゃないの?」

「! そんなわけないでしょ? 虎君が姉さんのことを好きだってことは変わらない事実なんだよ?」

 慶史からの問いかけはどうしてそんな結論に至ったのか摩訶不思議なものだった。

 あまりに突拍子のない言葉に今度は僕が眉を顰めて、いくら苦しくたって事実を歪めたりしないよ。と唇を噛みしめた。

(慶史は僕が失恋の苦しさに耐えられなくて現実を受け入れられないって思ってるの? そんなの、あんまりだ)

 一番の親友にそんな風に思われていたなんてショックを通り越して絶望すら覚える。

 あまりにもショックで涙も引っ込んじゃったよ。

「僕は、……僕は慶史の中でそんなに弱い人間なの……?」

「ちがっ、そうじゃなくてっ! それが勘違いだって気づいたんじゃないの!?」

「だから僕は現実を歪めたりしないって―――」

「だから! だから葵のそれが全部勘違いなんだってば!」

 重ねられた言葉に落ち込む僕。

 すると慶史は僕の言葉を遮ってそもそもが間違えてるんだと言ってきた。

「あの人が桔梗姉のことを好きって、絶対に有り得ないから!」

「……何言ってるの?」

 友人として、家族としては確かに好意を持っていると思う。それは間違いない。でも、『特別』という意味での、『唯一』という意味での『好き』では絶対にない。

 慶史はそう言って僕の肩を掴むと、僕が最も聞きたくない言葉を口にした。

「あの人が好きなのは葵なんだよ!!」

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