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第191話

「幼馴染のお兄さんの好きな人は」

「マモの姉ちゃんだった??」

 寮に着くと真っ直ぐに慶史の部屋に通された僕はそこで三人に事の顛末を涙を堪えて必死に伝えた。

 まさか虎君が姉さんの事を一番大事に想っているとは全く思っていなかったからとてもびっくりしたし、それになんだかんだ言いながら期待してしまっていたから傷ついた。と。

 途中何度も涙ぐみながらもなんとか全て伝えることができたわけだけど、失恋したことを改めて思い出して傷心の僕に朋喜と悠栖が返してきたのは何とも言えない顔だった。

 まるで僕を気遣ってかける言葉を探しているような、そんな困ったような顔をした二人は遠慮がちに僕の語った言葉を確認するように繰り返す。

 改めて確認された虎君の想い。僕はこの胸の痛みは今のものなのか昨日のものなのか分からない。

 心を守るように胸元を抑えると、問いかけに応えるように頷きを返した。

(お願い……。期待させる言葉は言わないで……)

 朋喜と悠栖の表情が嘘だと言いたげなものに変わった。

 僕はその表情に、二人がまだ虎君の好きな人は僕だと言いたいんだろうなって感じて身構えてしまう。

 虎君の本当の想いを知った今、慰めでも不用意に期待させる言葉を聞きたくなかったから……。

「えっと……。ごめん、葵君。確認させて? お兄さんに、酷いことされたわけじゃないの……?」

「『酷いこと』って?」

「たとえば―――」

「襲われたわけじゃねーの?」

 言い辛そうな朋喜にしびれを切らしたのか、身を乗り出した悠栖の言葉はまさかのものだった。

 あまりにも突拍子もない問いかけに、一瞬何を言われているか分からなかった。

 数秒、ううん、きっと数分、僕は悠栖の言葉を理解するのにかかったと思う。

 本当に寝耳に水とも言える内容の問いかけだったから、質問の内容を理解しても悠栖の、みんなの心配の真意を理解するには至らなかった。

「な、何言ってるの?」

「! だから! マモのこと無理矢理抱いたんじゃねーの? って聞いてんの!」

 『襲われた』という言葉をより具体的なものに変えて尋ねてくる悠栖に、僕はきっと凄い顔になってしまったのだろう。

 僕の顔を見た悠栖が怯えたような表情で朋喜の背に隠れてしまったから。

「だ、だって慶史がマモが大変だって朝っぱらから血相変えてたからっ!」

「勘違いしたのは慶史君のせいじゃないでしょ」

「! 裏切んなよ、朋喜!」

 人のせいにしない。って悠栖を窘める朋喜と、そんな朋喜に同罪だと泣きべそを見せる悠栖。

 僕はそんなに怖い顔をしちゃってるんだなって自分のことなのにどこか他人事のように感じながらも、二人の弁解に耳を傾けた。

「葵君、ごめんね。葵君の大切な人の事を悪く言うつもりもないし、誤解するつもりもないんだけど、でも、僕達は葵君とお兄さんは絶対に両想いだと思ってたから……」

 朋喜は言葉尻を小さく申し訳なさそうに視線を落としてしまう。

 僕はそんな朋喜を見つめ、失恋の辛さをきっと誰よりも分かってくれているだろう友達はできることなら僕に『両想い』という言葉を聞かせたくないんだろうなと思った。

(そうだよね……みんなは虎君の好きな人が僕だって思ってたんだし、別の人が好きだとか想像もしないよね……)

 夜に言葉も碌に紡げない程泣きじゃくった僕は、どうして泣いているのかなんて伝えなかった。

 ただ辛い心のまま嗚咽を漏らして泣いていただけ。

 たったそれだけの情報で状況を正確に把握することなんてできるわけがない。

 三人はただ僕を心配して自分達が考えうる最悪の出来事を想定して駆けつけてくれたのだ……。

 僕はそこまで考えを行きつかせて漸く表情を戻すことができた。

 小さく息を吐いて、三人に誤解しないでと力なく笑うことができた……。

「虎君は優しい人だよ。僕のこと、本当に大事に―――、……本当に、本当に大事に……」

「葵。もう分かったから」

 ああ、ダメだ。思い出すとまだ泣けてくる。

 涙ぐんで鼻を啜る僕に、慶史はこれ以上何も言わなくていいと口を開いた。

 僕を心配して眉を下げる悠栖と朋喜とは違ってまだ険しい顔をしたままの慶史。

 どんな理由があれど、慶史はまだ虎君に怒っているみたいだ。

「慶史、虎君は僕に何もしてないよ。だからそんな顔しない―――」

「ストップ!」

「け、いし……?」

 訴えかける僕の目の前には、慶史の掌。

 驚いて目を瞬かせれば慶史は掌をぐっと握り拳に変えて……。

「今あの人のこと庇う言葉を葵の口から聞いたら、俺はこの先一生あの人のこと憎むよ」

 それでもいいの? と言いたげな声は、いつもよりもずっと真剣だった。

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