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第190話

「ありがとう。朋喜も、悠栖も、それに慶史も……。僕なんかのためにわざわざ寮から―――」

「ストップ。『僕なんか』って、何? 『なんか』って。いくら葵でも俺の親友を貶めるのは許さないよ?」

 涙を堪えて三人に感謝を伝えようとするも、慶史の怒りの籠った声に止められた。

 慶史は綺麗な瞳を細めて睨んできて、本気で怒ってるって伝わってきた。

(もう……、僕って本当、幸せ者だ……)

 大切な想いを手放さないとダメなことは変わらない。でも、僕のために怒ってくれる友達がいる。僕のために駆けつけてくれる親友がいる。

 三人は僕にとってこの上ない財産だ。

 心の底から実感する友情に涙を堪えて無言の頷きを繰り返せば、慶史は僕の手を掴んで歩き出す。

 驚いて顔を上げると、悔し気な慶史の横顔が……。

「くそっ……、マジで今度会ったらあいつぶっ殺してやるっ……」

 忌々しそうに吐き出される言葉は、相手を明言していない。でも、『あいつ』が誰を指しているか分かっているから心が痛かった。

(虎君は何も悪くないのに……。悪く、ないのに……)

 悪くないのに、そう伝えることができない。

 そんな自分が情けなくて、僕は慶史に手を引かれ歩きながらぐすっと鼻を啜る。

 まさかそれが慶史達の怒りを更に倍増させているとは全く気付かずに。

「なぁ、タクシー拾わねぇ? 電車じゃ人の目集めるぞ?」

「んー……。確かに、そうだね」

 感じる視線。悠栖と朋喜は慶史に大通りに出てタクシーで寮まで帰ろうと提案してくる。

 すると慶史は足を止め、僕を振り返った。

「葵、顔上げて」

「え? な、何……?」

 言われるがまま顔を上げたら、凝視される。

 射貫くような眼差しを受け止められなくて視線を泳がせたら、慶史は僕から視線を外して悠栖達に向き直った。そして、先の二人の提案に分かったと頷いた。

(僕の、せい……?)

 電車とバスを乗り継いだら寮までは帰れる。だから三人は最初はそのつもりだったんだと思う。

 でも、それを急にタクシーで帰ろうと思い直した理由は、きっと僕のせい。僕が大泣きした後だと丸分かりなお化け顔をしているから人目を避けてくれたんだ。

 三人の気遣いに嬉しいのか申し訳ないのか、僕は僕のことなのに分からなくなる。

 けど、分からなくても涙が混み上がってきて……。

「ご、ごめんね……。僕のせいで……」

「! 違うよ! 葵君!」

 さっきから謝ってばっかりだと分かってるけど、今の僕には謝るしかできないからまた謝ってしまう。

 すると朋喜が慌てたように僕の腕を掴んで「誤解だよ」と訴えてきた。

「タクシーで帰るのは、僕達の為だから! 葵君は関係ないから!! ね!?」

「おう。マモの為じゃなくて、俺らの為だな。なぁ、慶史?」

「あのねぇ。朋喜も悠栖も中途半端な説明ならしないでよね? ちゃんと説明しないと葵が余計に混乱するでしょ」

 その呆れ口調に悠栖は一瞬眉を顰めるも、喧嘩をしている時じゃないと言わんばかりに肩を竦ませるだけで慶史の挑発には乗らなかった。

 慶史はそれを当然と受け取っているのか、もう一度僕に視線を向けると真っ直ぐ僕を見つめてきた。

「タクシーで帰る理由は葵が泣いてるからとか泣き顔だから可哀想とかそういうのじゃなくて、もしも他人が少しでも葵を話題に出したら俺達の怒りが爆発しちゃいそうだからだよ」

「そ、そんな……」

「相手の人は『こんな早朝に泣き顔でどうしたのかな?』って程度の気持ちだろうけど、それを分かっていても今の俺達は葵を少しでも傷つける奴らが居たら全力で潰しちゃいそうなんだよ。だから、余計な喧嘩しないためにタクシーで帰るの」

 それは『もしも』の話。でも、その『もしも』が起こった場合、最悪傷害事件に発展しかねない。

 慶史達は至極真面目な顔でそんなことを言ってくる。

 だから僕は驚きに見開いた目を細め、笑ってしまった。

「気持ちは嬉しいけど、どんな理由があれど暴力はダメだよ?」

 と。

「葵……」

「マモ……」

「葵君……」

 僕の笑い声に三人の戸惑いの声が返ってくる。気でも触れたのかと心配されているのかもしれない。

 でも、そうじゃない。僕はちゃんとまともだ。真剣に、三人の想いに心が救われたんだ……。

「ありがとう、みんな。……最高の親友が三人もいるなんて僕って幸せ者だね」

 まだまだ心に空いた大穴は痛みを全身に運んでくれる。でも、それでも僕は自分を幸せ者だと思うことができた。それは他でもなく僕のために共に泣いて、笑ってくれる友達がいるからだ。

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