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第163話

 クリスマスパーティーの会場であるホテルに到着したのは、今から20分程前のこと。

 到着して初めて知ったんだけど、今回のパーティーの会場は久遠財閥が直営する超一流と名高い五ツ星ホテルで、その格式の高さに入り口であるドアの前で既に気後れしそうだった。

 足しかに僕達が通う聖クライスト学園もその姉妹校である聖マリア女学院も兄弟校であるゼウス学園も、『お金持ちの家の子供が通う学校』で有名だからある程度の豪華さには免疫があると思う。

 僕自身、父さんが世界トップ企業と称賛されるMITANIの社長だから、旅行は子供には贅沢すぎる程豪華で、滞在するホテルは一流ホテルのスイートルームばかり。

 だからよっぽど豪華じゃなければ圧倒されることなんてまず無いはず。

 でも、それでも此処はロビーへと足を踏み入れることを躊躇するレベルのホテルで、パーティーの時間までホテルを探検しようって言ってた悠栖も流石に物怖じしたのか、大人しくラウンジでジュースを飲みながら時間が経つのを待っていた。

「なぁ、俺等の場違い感、半端ないよな……?」

 ピアノの音色が心地よく響く空間。いつもの元気な声を潜め、慶史に「会場間違えてねぇ?」と不安を露にする悠栖の言いたいことはよく分かる。いくら三校合同の一大イベントといえど、やりすぎな感じは否めない。

 心の中で悠栖に同意する僕と朋喜も同意見のようで、「同じ名前のホテルが無いか調べた方がいいかな?」って携帯を取り出した。

 すると、慶史はそんな僕達の様子に肩をすくませると、残念ながら会場は此処で間違いないと言い切った。

「で、でも……」

「今年の会場は全部久遠財閥の系列ホテルなんだって」

「そうなの?」

「そー。大人の事情で、ね」

 飲み物に口をつける慶史の言葉に、きっと悠栖も朋喜も『大人の事情って何?』って疑問を持ったと思う。

 でもそれを口にしないのは、慶史が話した以上のことを教える気がないと知っているから。

(きっと先生達の誰かから聞いたんだよね……)

 俯いてしまうのは、慶史に表情を見られたくないから。慶史に僕の辛さまで背負わせたくないから。

 慶史が寮で売春まがいの事をしている話はかなり有名な話で、寮生なら誰でも知っているってぐらい周知の事実らしい。

 でも、どうしてこんな話が広まっているのか。普通はオープンにされるべきではない話題なのに、何故全生徒が知る事実になっているのか。

 それは、ある事実を表に出さないために慶史が自分で吹聴したから。

 そして慶史が表に出したくない『事実』というのが、慶史が先生達の『相手』もしているという耳を疑う話だった。

 このことが表沙汰になったら大問題になることは避けられないだろうし、下手すれば警察だって介入してくるレベルの話だろう。

 この衝撃の真実を知っているのは、当事者を除けば僕達だけ。そして、『先生達を唆したのは俺だから』って言って口止めしてきた慶史の心の闇を知っているのは、僕だけ……。

「お前さ、あんま無茶すんなよ?」

 慶史は僕達がどんなに言っても自分を安売りすることを止めない。だからもう止めることは諦めているんだけど、それでもやっぱり心配はしてしまう。

 今それを口に出したのは悠栖だけど、朋喜も僕も同じ気持ちだった。

 慶史は悠栖の言葉に薄く笑う。

「俺は世渡り上手だから大丈夫だって。悠栖は俺の心配よりも自分の心配しなよ」

「お前はまたそうやって人の心配を―――」

「ほら。上野、こっち見てるよ」

 受け流されてしまう想いに悠栖はムッとした顔をしたものの、慶史の言葉に表情も動きも凍りついてしまった。

 さっきよりも小さな声で「嘘だよな?」ってすがってくる悠栖。でも、朋喜も上野君の姿を見つけたようで、「とりあえず振り向いちゃダメだよ」って悠栖の動きを制限した。

「『上野』って?」

「! ゆ、悠栖の友達、だよ?」

 突然耳元で聞こえる虎君の声に、気を抜いていた僕はビックリしてしまう。

 しどろもどろになりながらもなんとか返事をすれば、虎君からは「驚きすぎ」って苦笑をもらってしまった。

(慶史のこと考えてたからって気を抜きすぎっ! 隣に虎君がいるんだからしっかりして! 僕!!)

 自分にそういい聞かせるのは、『虎君が隣にいるから』じゃない。『虎君との距離が近いから』だ。

 パーティー会場へと向かう車中、途中から明らかに口数が少なくなった僕を心配してか、ホテルに着いてから虎君はずっと僕と手を繋いでくれていた。それは今も繋がれたままで、なんならゆったりとした二人掛けのソファで肩が触れ合うほど密着して座っていたりする。

 前からこんな距離感だったっけ? なんてドキドキしていた事を思い出して思いっきり俯いてしまうのは、真っ赤になってしまった顔を見られたくないから。きっともう虎君には僕の『大好き』は知られているだろうけど、それでも告白するまでは『大好き』を隠しておきたいって思うから……。

「葵、違うでしょ。『元』友達、でしょ?」

「! そ、そっか!」

「二人とも、悠栖が悶え苦しんでるよ……」

 慶史の意地悪な言い方に気付かずに納得の声を返してしまう僕。

 すると朋喜は苦笑いを濃くして、そのやり取りにダメージを受けている悠栖を指差した。

「縁切られてもう半月も経ってるのにまだ引き摺ってるの?」

「!『まだ』半月だっ! つーか、引き摺るに決まってんだろっ、親友だったんだぞっ……」

 引き摺っても仕方ないでしょ。って呆れ口調の慶史だけど、本気で落ち込む悠栖を目の前に良心が痛んだのか、大きなため息をついた後、

「そんな凹まないでよ。……悪かったよ、茶化して……」

 なんてぶっきらぼうながらも謝ってみせた。

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