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第15話

「わりぃけと、親父達には『知らない』ってことにしといて。葵には喋るなって口止めされてるから」

 この話はこれで終わり。

 そう言って茂斗は凪ちゃんにもうイヤフォンを外していいと合図して、僕も凪ちゃんにこんな話聞かせたくないから分かったとしか言えなかった。

 頭の中で色んな事がグルグル回ってて気分が悪くなりそう。

 部屋で横になりたいって思ったけど、でも部屋に入りたくないって思っちゃってただ立ち尽くすしかできない。

「茂斗、俺が使ってた部屋ってまだ空いてるか?」

「おう。空いてる」

「葵、俺の部屋行こう」

「うん……」

 目に見えて顔色が悪くなってしまった僕を心配して、虎君は昔自分が使ってた部屋に行こうって背中を押してくれる。

 でも、安心できるはずの家の中で起きたショックな出来事に僕は自分が思ってる以上にダメージを受けたみたいで、一歩足を踏み出してすぐに酷い眩暈に襲われた。

「葵っ!?」

「! マモちゃんっ……!」

 立ってられないぐらい目の前が歪んで、耐え切れずに倒れる僕。

 虎君が抱き留めてくれたから床に倒れこむことはなかったけど、でも、みんなを驚かせちゃったことは変わりない。

 凪ちゃんが声を荒げて立ち上がるなんて普段からは絶対考えられない事だし、僕を抱き上げる虎君の顔は今まで見たことないぐらい心配そうだった。

「ご、ごめん虎君……」

「いいから。喋らなくていいから」

 何かあったわけでもないのに情けない。

 でも虎君はそんな僕の心を分かってるかのように何も言わなくていいって言ってくれる。

「カバン、後で取りに来るから」

「いや、それぐらい俺が持ってい―――」

「茂斗」

 後で持って行くって言ってくれる茂斗の言葉を遮る虎君の声はびっくりするぐらい静か。

 それに茂斗も気圧されたのか、何も言ってこなかった。

「凪ちゃん、邪魔してごめんね。勉強頑張って」

「は、はい……」

 静かなリビングに響いて消える虎君の声は穏やか。だけど、茂斗を圧倒するその声に凪ちゃんが怯えないわけがない。

(茂斗、また怒っちゃうよ……)

 違うことを考えていないと身体が震えそう。

 僕は必死に頭を占拠しそうになる西さんの姿を振り払おうとした。でも、全然上手くいかない。

「茂斗、茂さんが帰ってきたら泊まっていいか聞いといてくれ」

「了解。……葵のこと頼んだぞ、虎」

 リビングを後にする前に虎君が投げた言葉に返ってくる茂斗の声は全然怒ってなかった。むしろ心配の色が濃くて、もしかしなくても僕の心配をしてくれてるってわかった。

 茂斗は言いたくないって言ってた。でも、無理矢理聞いたのは僕。

 だからこの辛い気持ちは自業自得。

(ちゃんと自分でどうにかしないと……)

 大丈夫。僕は何もされてない。何も、されてないっ。

 言い聞かせるけど、やっぱり怖い。だって、だってずっと家にいた人だったから……。

(本当に何もされてないのかな? 僕がお風呂入ってるときとか、寝てるときとか、何もされてない……?)

 思い出すのは西さんより前に家で働いていたお手伝いさんのこと。

 たった5年で10人以上の人がお手伝いさんとして働いてくれていたけど、みんな、父さんとか母さんとか姉さんを好きになって辞めて行った。

 殆どの人は想いを自覚したら自分から辞めて行ったんだけど、極稀に西さんみたいな人がいた。

 父さんを盗撮してた女の人、母さんの入浴を覗こうとした男の人、姉さんの下着を盗んだ男の人。中には茂斗の寝室に忍び込んだ女の人もいたっけ……。

 そんな中、僕とめのうはそういうのに巻き込まれることなく今まで生きてきた。めのうはまだ幼稚舎に通っていて小さいから小児性愛者じゃない限りそういう対象にならないし、僕も童顔だからめのうと同じだって茂斗に言われてた。

 茂斗のからかいの言葉に僕はすごく腹が立ったし、ちょっとだけ誰かに好きになってもらえる皆が羨ましいって思ったりした。

 けど、『羨ましい』なんてとんでもない。僕は、何も分かっていなかった。

(こんなに怖い事だったんだ……)

 家は安心できる空間のはずなのに、西さんの事を思い出したら全然安心できない。被害妄想かもしれないけど、まだ何かある気がして気が気じゃない……。

 無意識に虎君の上着をぎゅって握り締めたら、虎君は「もうちょっと待って」って穏やかな声を掛けてくれた。

 何を待つよう言われてるのかは分からない。でも、虎君がいてくれるから大丈夫って思うと不安が和らぐから僕は何も言わず頷いた。

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