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第142話

(ん? 待って、なんか変じゃない?)

 ふと頭をよぎる違和感。

 僕は虎君が好きだから、この想いを告げて関係が壊れてしまうことが怖いと思ってる。

 でも、虎君が同じ恐怖を抱いてるって、どうして?

 まるで虎君も同じ想いでいてくれるみたいだと考えが至ってしまって、僕は期待する自分を振り払うように首を振った。

「おいおい、どうしたんだよ。首もげるぞ?」

「だ、だって! 茂斗が変なこと言うからっ!」

 僕の奇行を止めに入る茂斗の顔は笑ってる。まるで僕の頭の中を見透かしたように、「変なことは言ってないだろ?」って。

 同い年なのにまるで年上のように落ち着き払ってる双子の片割れがこの時ばかりは憎くなる。

 こんな風に期待だけさせるのは無責任だ。

 もしこれで僕が与えられた期待に飛び付いて暴走したら、茂斗はどう責任を取るつもりなのか。

 『虎君を失う』なんて最悪の結果を迎えたら、何度謝られたって絶対に許すことはできないよ?

「そもそも暴走すんなよ」

「! それは分かってるけど! でも、自分でもびっくりするぐらい我慢できないんだもん……」

 僕だってちゃんと分かってる。告白には雰囲気やタイミングも重要だって、ちゃんと知ってる。

 でも、一度気持ちが溢れてしまったらそんなことを考える余裕なんて無くなってしまって、気づいたら口から『好き』が零れてしまう。

 ついさっき身を持って体験したから、少しの『期待』も命取りになるんだ。

「あー……。『好き』って自覚して一日経たずに告ってたら、まぁそうだな」

 確かにもう告白してるとは思わなかったし。なんて苦笑する茂斗。紛れもなく『暴走』だな。って。

 改めて口に出されると居たたまれない。

 俯いて拗ねる僕。茂斗はそんな僕の頭をポンポンと叩くと、「でもな」って諭すように口を開いた。

「それでも俺は、葵に虎を諦めて欲しくない」

「なんでそんなこと言うの? 僕は虎君の傍にいたいのに、どうして……」

「俺はずっとお前らを見てたから分かるんだよ。……葵は自覚がなかっただけでずっと虎に惚れてたし、虎だってずっと葵だけが特別なんだよ」

 茂斗の言葉に、心臓が高鳴る。

 期待するなって言い聞かせてるのに、自分の意思とは関係なく『想い』は膨らんでしまう。

 僕は茂斗の手を振り払って「嘘だ!」って叫ぶと耳を塞いだ。でも、耳を塞いだ手は茂斗の手によって阻まれてしまう……。

「嘘じゃねーよ。……俺だって葵と同じ虎の『弟』なのに、一回も同じだって感じたことねーんだぞ?」

 茂斗は苦笑混じりに言葉を続けた。

 いつだって虎の特別は葵だっただろ? って。

 いつだって虎のすべては葵の為だっただろ? って。

 諭すように問いかけられ、思い出す。虎君の優しさと愛情を。

 記憶にあるのは、『僕だけ』の虎君……。

「……本当に? 僕、虎君のこと、好きでいていいの……?」

「! 当たり前だろうが。『好き』なんて気持ち、誰かに認めてもらうべきもんじゃねーだろ?」

 自分が『好き』だと思ったなら、胸を張って『好き』と言っていいんだ。

 そう背中を押してくれる茂斗。僕は唇を噛み締め、頷く。

「虎はずっと本当の気持ちを押し殺して『兄貴』として葵の傍にいるんだ。ただ単に『好き』って告白しても今回みたいに家族としての『好き』に捉えられちまう。ならどうすべき、分かるよな?」

「うん。ちゃんと、伝えるっ。虎君は『特別な人』だって、ちゃんと伝えるっ!」

 『家族として』大好き。『友達として』も、もちろん。

 でも、それだけじゃ足りない。

 たくさんの『好き』に『恋人として』の『好き』も追加したい。

 すごくワガママなことを言ってる自覚はあるけど、でも、少しでも可能性があるなら、それに賭けたい。

 虎君にとっても僕が『特別』であるのなら、僕は諦めちゃダメだと思う。

 だから、だから……。

「今度は暴走しないでちゃんと告白する!!」

「おう、頑張れ!」

 興奮気味に決意を伝える僕に、茂斗が見せるのは満面の笑み。

 僕の『想い』が実を結ぶためならなんでも協力するって言ってくれる双子の片割れを今日ほど頼りになると思ったことはない。

 顔を洗い終えた後、僕は入ってきた時とは全く違う清々しい気持ちでバスルームを出ることができた。

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