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第131話

「今はまだ平気にはなれないだろうけど、でも大丈夫だから、な?」

「茂斗……。僕、変じゃない……? いろんな感情が頭の中でぐるぐるしてて、怖いし、恥ずかしいし、でも嬉しいって思う時もあって、僕、僕っ……」

「変じゃねーよ。そんなの、全然普通のことだって」

 だから落ち着け。って茂斗は僕の髪をぐしゃぐしゃとかき乱してくる。

 押さえつけるような乱暴なその手に、僕は止めてよと訴えて茂斗から逃げるように後ずさった。

「茂斗のバカ!」

「へーへー。どうせバカですよ」

 睨んでも全然迫力がないせいで茂斗は全然悪びれた様子もなくて、むしろ僕の成長を茶化してくる。

「でもまぁ、葵がついに『男』になったわけかぁ」

「! 僕は最初から男だよ!」

「バカ。そうじゃねーよ。女の裸想像して興奮するようになったって話だよ」

 茂斗は僕をまじまじと見つめて、「まだ全然想像できねぇー」って笑った。

 僕は、ものすごいことを言われたと分かっているのに、それよりも別のことに気がついて、思考が一瞬止まってしまった。

(あれ……。僕、そういう夢、見てない……)

 夢の内容はあんまりはっきりとは思い出せない。でも、女の人が出てこなかったことははっきりしていた。そしてもう一つはっきりしてるのは、たった一人しか僕の夢には出てきていないという事実だ。

(夢、虎君だけだった……)

 次の瞬間、僕は全身から血の気が引いた気がした。

(なんで? どうして虎君だけ? 僕、虎君の夢でこんな風になっちゃったの……?)

 そんなの嘘だ。信じられない。

 そうやって必死に頭に過った考えを否定する僕。

でも、どれだけ否定しても、どれだけありえないって思っても、現実は変わらない。

(……僕、……僕、男の人が好きなの……?)

 気づいてはいけないことに僕は気づいてしまった。

 そんな思考が、頭に過った。

 人を好きになるのに性別は関係ないって思っているのに、人が人を大事に想う気持ちが大切だって思っているのに、僕は結局、同性を好きになる人を『普通じゃない』って思ってたの?

(ち、違う。そうじゃない。そうじゃなくて……)

 平静じゃいられなくて自分を否定しそうになったけど、僕はすぐにそんなことはないと自分に言い聞かせた。

 ならどうして、『男の人が好き』という自分が『気づいてはいけないこと』になってしまったのか。

 僕は自分に問いかけた。何故そんな悲しいことを思ったの? って。 

(だって……、だって、虎君も茂斗も、西さんに否定的だった……)

 僕を好きだと言った元お手伝いさんのことを、二人は『気持ち悪い』って言ってた。『頭がおかしい』って言ってた。

 それが僕自身を好きになったことへの言葉じゃないってわかってるから、辿り着くのは『同性を好きになった』ことへの嫌悪。

 僕は二人の顔を思い出して、目の前が真っ暗になった。足元が崩れて自分が立っているのかどうかさえわからなくなった。

「おい、顔色悪いぞ」

 突然目の前に伸びてきた手は、僕を心配する茂斗のもの。

 僕はその手に恐怖が抑えられず、振り払ってしまった……。

「葵……?」

 お風呂場に響く手を弾いた音と、驚きを隠せない茂斗の声。

 僕はその声にすら恐怖した。茂斗の手が、声が、僕を否定しているように思えてしまったから……。

「なぁおい、どうしたんだよ? そんなビビること言ってないだろ?」

 震える身体を抱きしめてその場にしゃがみこんだ僕に、茂斗は大慌て。

 僕がさっきみたいに怖がるといけないからって触れることを躊躇う双子の片割れに、僕は何も言葉を返せない。

「男なら普通のことなんだし、そんな怖がるなよ。俺だって溜まったら普通に想像するし、な?」

 女の裸体に興奮するのは本能だからって、僕を慰めるために茂斗は言ってるんだろうけど、逆効果だ。

 僕は女の人の裸を夢に見たんじゃない。男の人に触れられる夢を見たんだから……。

(なんで今思い出すの……。忘れたままでいいのにっ……)

 今更鮮明になる夢が、怖い。

 僕が自分を誤魔化さないように神様が意地悪しているのかと思うほど、さっきまで朧気だった夢の内容がとてもはっきり思い出せてしまう。

(絶対やだ……。あんな顔、見たくないっ……)

 思い出す夢は恐怖を忘れさせてくれる。とても幸せで満たされた気持ちにさせてくれる。

 でもそれは束の間で、夢の続きを僕は見てしまう。

 僕を見つめて愛しそうに笑っていた虎君の顔が嫌悪に歪んで、『男に触られて気持ちいいのか?』と僕を見下ろし、『気持ち悪い』と吐き捨てられる。

 僕がそれに『違う』と手を伸ばしたら、虎君はその手を払いのけて『二度と近づくな』って軽蔑の眼差しを向けてくる。

 虎君の隣にはいつの間にか茂斗もいて、『双子の弟が変態とか勘弁してくれよ』って心底迷惑そうだった。

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