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第128話

「いや、俺も悪かった」

 不用意に触ろうとしたから僕がびっくりするのは当然だって言ってくれる陽琥さんだけど、困ってることは声からも明白だった。

 申し訳ないのと恥ずかしいのとで頭はぐちゃぐちゃ。

 それでも何とか巧く誤魔化せないか必死に考え続けるんだけど、名案はおろか、アイディア一つ浮かんでこなかった。

(何か言わないと陽琥さんに心配かけちゃう)

 もうこの際なんでもい良いから喋らないと!

 追い込まれた僕は思考の迷宮の真ん中で白旗を力一杯降っているような心境だ。

「……悪い夢でも見たのか?」

「え……?」

「無意識か。それは自分を守ろうとする心理の現れだぞ」

 僕が『どうにでもなれ!』って自棄になる前に、陽琥さんからかけられる声。

 なんの話かわからない僕は、尋ねるように振り返った。するとそこで指摘される。自分を抱き締める仕草はそういうことだって。

 指摘されて初めて自分がそんな格好をしているって知ったわけど、僕は何から『僕』を守ろうとしてるんだろう……?

(確かに『怖い』って感情がないわけじゃないけど、でも……)

 本人がわからないことが陽琥さんにわかるわけもなく、戸惑う僕に陽琥さんは苦笑いを浮かべるだけ。

 僕は力なく「わかんない」って笑った。

 無意識に守ろうとしたのは、僕の『何』なんだろう……?

「そうか……。まぁ、忘れてるならその方がいいかもしれないな」

 考え込む僕に、陽琥さんは苦笑いを濃くして無理に思い出す必要ないって言ってくる。忘れていた方が幸せな事もあるから。って。

 きっと陽琥さんは僕を想って気を使ってくれてるんだろうな。滅多に笑わないし口数も少ないから『怖い人』って誤解されやすいけど、陽琥さんが本当は愛情深くて優しい人だから。

 これ以上陽琥さんに心配をかけたくないから、僕はその言葉に素直に頷いて一旦考えることを止めておく。

「心配してくれてありがとう、陽琥さん」

「いや。……それより、夜明けまでまだ2時間以上あるんだ。用が済んだらもう一度寝るんだぞ?」

「! う、うん。そうするね」

 僕が笑ったからか、陽琥さんの表情が少し和らいだ。

 だから、油断してた。ううん、一瞬とはいえ忘れていた。自分が真夜中に目を覚ました理由を。

(この後どうしたらいいんだろう……。どうやったら怪しまれないようにバスルームに行ける?)

 心配してる陽琥さんの視線を感じながら、今からどう振る舞えば違和感なくバスルームに辿り着けるか考える僕。

 ここで変な事を言ったら今度こそ陽琥さんを誤魔化せないだろうから、ものすごく真剣に。

 すると、僕は真剣に考えこんでいただけなのに陽琥さんはそれを違う方向に捉えたみたいで、僕の望みを叶える言葉をかけてくれた。

「シャワーでも浴びて来い」

「え?」

「魘されたんだろう? 汗を流しがてら風呂に入れば気も紛れる」

 陽琥さんは僕が怯えないよう注意しながらもう一度手を伸ばしてくると、額に張り付いていた前髪に触れてきた。

 その時、僕は初めて自分が汗をかいてるって気が付いた。

(魘されたわけじゃないのになんで……)

 むしろ胸にはまだ幸福感が残ってるぐらいだから、悪い夢なんかじゃなかった。

 それなのに、どうしてこんな風に汗をかいているんだろう……?

「葵?」

「! ごめん、ぼーっとしちゃってた」

 ああ、また考え込んじゃってた。今はそれどころじゃないのに。

 僕は表情筋だけで笑うと、陽琥さんのアドバイスに従う振りをして「お風呂、入るね」ってバスルームに逃げるように向かった。

 リビングから出る寸前陽琥さんに呼び止められたけど、動きに合わせて下肢に触れる濡れた下着が気持ち悪すぎて、今振り返ったら全部ばれてしまう気がして立ち止まることしかできなかった。

「な、に……?」

「……ゆっくり温まるんだぞ」

「うん。ありがとう……」

 心配されてるのが痛いほど分かる。

 僕は多少の後ろめたさを感じながらもドアを開けると、陽琥さんを振り返ることなくリビングを後にした。

(うぅ……本当、最悪だ……)

 足早にバスルームへ向かいながら、罪悪感に苛まれる。もう少し陽琥さんに心配かけない言い方とか態度とかあったんじゃないかな? って。

 でも、後悔しても今更遅いってことも分かってるから、僕はとりあえず目の前の問題に向き合ってから反省しようって気持ちを切り替えるよう努力した。

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