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第121話

「葵」

 携帯を握りしめて泣き出してしまった僕の肩に陽琥さんの手が乗せられて、涙ながらに顔をあげたら陽琥さんは何も言わず反対が側のドアを指してくる。

 父さん達と鉢合わせになる前に部屋に戻った方が良いってことなんだろうなってことは理解できたから、僕は鼻を啜りながら頷くと虎君に「部屋に戻るからちょっと待って」って伝えた。

 携帯を耳に当てたまま部屋に向かう僕。虎君はその間何も言ってこない。僕も何も言わなかった。

 シンと静まり返った夜の廊下に足音と鼻を啜る音が響いて、何故か人恋しさが増してしまう。

 気を抜いたら虎君の優しさに甘えそうだから、我慢するんだって自分に言い聞かせて携帯を強く握り締めた。

『……部屋、着いた?』

「うん……」

 今日から僕の部屋になった虎君の部屋に入ったら、ドアを閉める前に虎君が尋ねてくる。

 よくわかったねって力なく笑えば、ドアが開く音がしたからって理由を教えてくれる虎君。

 精一杯明るく振る舞おうと頑張る僕だけど、そんな僕とは反対に虎君の声は重く静かで、ちょっと怖かった……。

「ご、ごめんね? いきなり泣き出しちゃって……。びっくりしたでしょ?」

『……』

「虎君……?」

 重苦しい空気を払拭するために、僕は朗らかな声で虎君に話しかける。ベッドに座って自嘲交じりに笑うんだけど、でも虎君から反応は返ってこない。

 虎君が今何を考えているのか、何を感じているのか、僕には分からない。それがとても怖くて不安で、頭がぐちゃぐちゃになって、作り笑いは長くは続かなかった。

(お願いだから何か言ってよ……)

 沈黙の理由が分からない。僕はまた自分が気づかない間に大事な人を傷つけてしまったのかな……。

『ああ、ごめん。ちょっと自分が許せなくて……』

 震える僕の耳に届く、力ない声。自分が許せないってどういうこと? って僕が尋ねる前に虎君は少し笑って言葉を続ける。

『なんで俺、今家にいるんだろうな……』

「『何で』って、……それは、虎君の『家』だから……だよね……?」

『そうだけど、昨日までは葵の傍にいただろ?』

 虎君の言葉に、僕は携帯をまた握り締めた。それは不安とか恐怖とかからじゃなくて、何故か心臓がドキドキした……。

『やっぱり今日も泊まらせてもらえばよかった』

 深い溜め息を吐く虎君は、それなら今僕を一人にしてなかったのにって凄く悔しそうに呟く。

 その言葉と声は紛れもなく虎君の本心。虎君は、本当に心から僕を心配してくれてる……。

「虎君……」

『瑛大の様子が変だったから、嫌な予感はしてたんだ。でも茂斗が大丈夫だって言ったから信じて任せたのに……』

「え? なに、それ……。どういうこと……?」

 言われた通り家に帰ってしまった自分が許せない。

 そう呟いた虎君の言葉に、甘い痛みが明確な痛みに変わった。虎君の口から出た瑛大と茂斗の名前に、もしかしたら虎君は全部知ってるのかもしれないって底知れぬ恐怖が込み上がってきた。

(ど、どうしよ……僕の嫌なところも全部、全部虎君に知られちゃう……)

 先立つのは、恐怖。自分勝手だって分かってるけど、僕は絶対に虎君に嫌われたくない……。

『葵、頼むから泣かないでくれ……』

「ご、ごめっ――、ごめんなさ、い……」

『謝らないで……。なぁ、葵。泣くなら、俺が傍に行くのを許してくれないか……?』

 気づかれないように気を付けてたのに、虎君には何故かすぐにばれてしまった。

 辛そうな声と、慈しむような声。

 耳から頭に響く虎君の声はまるで恋愛映画でヒーローがヒロインに愛を乞うような切なさを秘めているように思った。

 思って、錯覚しそうになった。僕は今、虎君に愛を乞われている。って……。

(本当、羨ましいな……。虎君の『特別』になれる人が……)

 優しくて暖かくて、思いやりに満ちた虎君。

 きっと今ここで僕が『傍にいて欲しい』って口にしたら、虎君は言葉通り飛んできてくれる。僕が一人で泣かないように。

 『弟』とはいえ幼馴染の僕が相手でも此処まで大事にしてもらえるんだから、虎君の『特別』になった人は今の僕以上に幸せで安心できるって約束されてる。

 いずれ見ることができるだろう虎君と虎君の特別な人が幸せに笑い合ってる様を思い描くと、とても羨ましくなった。そして同時に、何故か心が重くなった……。

『なぁ、ダメか……?』

 重ねられる言葉は懇願の色が濃くなる。僕はもう少しのところで『傍に来て』って言ってしまいそうだった。

 でも、日付が変わるまでもう一時間もない。明日は学校もあるし、僕を学校まで送ってくれる虎君の睡眠時間を削るわけにはいかない。

 それになによりもこれ以上虎君に甘えちゃだめだって理性が働いて、僕は「大丈夫」って声を絞り出した。

『葵……』

「泣かないから、ね?」

 鼻を啜りながら、でも声は朗らかに伝えた。明日また話を聞いてね? って。

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