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第11話

(本当、茂斗ってば凪ちゃんにベタ惚れなんだから)

 凪ちゃんの笑顔を目の前に、茂斗はすごく優しい顔をして見せた。その顔は双子の弟である僕ですら殆ど見られないもので、特別な相手な人にだけ向けられる顔だって僕は知ってる。

 だって、僕は物心つく前からこの顔を見てきたから。父さんが母さんを見る時の顔だから。

「茂斗って本当に茂さんそっくりだな」

「それ、茂斗には禁句だよ。虎君」

 耳元に唇を寄せて内緒話。聞こえたらまた喧嘩になっちゃうよ? って笑いながら。

 そしたら虎君は人差し指を口の前に立てて「なら、俺達だけの秘密な?」って笑う。その笑い顔が、僕は好きだと思った。

「おい、何コソコソ喋ってるんだよ」

「なんでもないよ」

 見えてるぞ。って後ろに目がついてるの?

 怒られちゃった。って肩を竦ませる僕と、僕を真似て大げさに肩を竦ませて見せる虎君。真似しないでよって茶化す様に虎君を軽く押すと、真似してないよって虎君は笑う。

 そうやってじゃれながらしらばくれる僕達を振り返る茂斗の目は、『疑ってます』って言わんばかり。

「凪ちゃんの勉強中だったんだろ? 戻らなくていいのか?」

「! 邪魔した張本人が言うことかよ」

「悪かったって」

 虎君はまた険悪な雰囲気にならないように誘導してくれる。きっと茂斗もそれに気づいたから、苦笑交じりに警戒を解いてくれる。

「凪、戻ろう?」

「う、うん」

 リビングに戻るように凪ちゃんを促す茂斗。それに凪ちゃんは素直に頷いて踵を返した。

 僕もリビングに入ろうと思ったんだけど、カバンを玄関に置きっぱなしだって気づいてそれを取りに戻る。

「葵、どこ行くの?」

「カバン、玄関に置きっぱなしだから取ってくる。虎君のカバンも一緒に持ってくるから、先にリビングで休んでて」

「心配だから一緒に取りに行くよ」

 玄関の鍵はまだかけてないから。ってついてくる虎君。聞けば、何かあった時にすぐ逃げられるように玄関は開けっ放しにしといたらしい。

(虎君って本当、凄いなぁ。どんな時でも冷静で頼りになって)

 僕もいつかこんな風になりたいって思う。僕の理想は昔から虎君だから。

「虎」

 カバンを取りに行こうとしてた僕達にかけられるのは、茂斗の声。僕は虎君と一緒に立ち止まって茂斗を振り返る。

「なんだ?」

「俺、マジでお前だけは敵に回したくねぇーわ」

 呼び止めた理由を虎君が聞いたら、返ってきたのは『理由』じゃなかった。

 茂斗は「それだけ」って苦笑交じりに言葉を続けると、僕達が意味を尋ねる前にリビングへと戻ってしまった。

「どういう意味……?」

「さぁ……。どういう意味だろう?」

 双子だけど、偶に茂斗の事全然わからない。もし一卵性だったらもっとちゃんと茂斗の事分かるのかな……?

「葵、難しい顔してるぞ?」

「あ、ごめん」

 眉間に皺ができてたのか、虎君はそこに手を伸ばしてくる。可愛い顔が台無しだって笑いながら。

 可愛くないって苦笑を返しながら僕は覚えたモヤモヤを吐き出すように虎君に感じたまま言葉にして伝えてみる。茂斗の考えていることが分からない時が増えた。って。

「葵は茂斗の事が大好きだな」

「『大好き』っていうか、家族だし、双子だし。普通じゃない?」

「んー。『普通』はいくら双子でも、葵達の年頃だと家族は鬱陶しいって思うんじゃないかな?」

「! そうなの?」

 驚く僕に、虎君は「そんなに驚くことか?」って笑う。普通の男子中学生は家族から距離を取る年頃だって。

 保健体育で『思春期』と呼ばれる時期があることは知ってる。反抗期とも呼ばれるそれに、家族を疎ましく思うことがあるってことも知ってる。

 勿論僕にもいずれそういう時期がくるってことは分かってる。でも、虎君は男は中学前後にその時期が来るのが普通だって言う。

「気づいてないかもしれないけど、茂斗は思春期真っただ中だよ」

「! 嘘!?」

「本当。あ、でももうピークは過ぎてるかな? 2年前が一番すごかったし」

 驚く僕を見て虎君はやっぱり気づいてなかったって笑う。

 虎君は小学5年生の頃からその片鱗が見えてたって言って、確信したのは僕が外部受験を決めた時だったらしい。

「葵が外部受験するって言った時、茂斗だけ反対しなかったから」

 その時に家族と距離を取ってるって気づいた。

 そう教えてくれる虎君に、僕はショックを隠せない。だって僕、気づくどころか変だって思うこともなかったから。

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