2話 飲み会にて
入社1時間でやらかしてからというもの何もさせてもらえず気が付いたら昼休憩となっていた。
会社を出て近くの定食屋へと入る。とりあえずおいしそうだったので鯖の味噌煮定食を頼んでおく。
料理を待っていると定食屋へ佐々木さんがやってきた。
「おつかれさまぁ」
そう言いながら俺の隣に座ると料理を注文し始めた。
「お疲れ様です」
「聞いたわよぉ、いきなり怒られたらしいじゃない?」
もう知ってるのか。
「はい、気づかずに大事な資料捨てちゃったみたいで」
「やっちゃったわね~、まぁそんなこともあるんじゃない。謝ったら許してくれるわよぉ」
謝った結果退職を勧められたが今話黙っておく。
「えぇ、この後もう一度謝ってみます」
「ハルちゃん厳しいからねぇ、気づいてると思うけどあの部署ってハルちゃん一人しかいないかったの」
「一人ですか?」
確かに最初に行った時には電気もついておらず昼休憩になってもだれもあの部屋には来なかった。
「そう一人。今まで何人かいたんだけどハルちゃんの厳しさについていけずにみんなやめたり移動していったの」
「それでどうやって仕事回してきたんですか?」
「ハルちゃん凄いから一人で何でもできちゃうのよ。長月くんあの部署の仕事内容聞いた?」
「いえ、書類の整理してろって言われました」
「あはは、あの部署はね最先端宇宙開発、つまりまだ世に出ていない新しい人工衛星やロケットなんかを開発する部署なの。ハルちゃんはその仕事のプロフェッショナル。うちの会社の売り上げの三分の一はハルちゃんの仕事のおかげといっても過言じゃないわ」
「そんなにですか」
「うん、周りからは天才少女って言われててJAXAの偉い人たちからも一目置かれてる」
「なんでそんなすごい人がこの会社にいるんですか?」
「まぁいろいろあったのよ。ハルちゃん強がりだから何があっても弱音は吐かないし、だから長月くんがこれからはいろいろサポートしてあげてね」
「はぁ、頑張ってみます」
そういって運ばれてきた料理を食べた。
会社に帰ると桜咲さんがPCに突っ込むようにして眠っていた。泊まり込みで作業していたといっていたしよほど疲れていたんだろう。そこに俺が来ていきなりミスをしてしまいさらに追い詰めてしまったのかもしれない。
「何やってんだろ俺」
会社に来て何もするなと言われ黙って座っている。見た目中学生の少女に仕事を押し付けて自分は何もしていない。最低だ。
「よし、やるか」
そう思い俺はとりあえずミスを取り返すべく行動した。
「っんん~、あぁ~っ」
身体が凝ったのかしんどそうに身体を起こしながら桜咲さんが目を覚ました。
「おはようございます」
「ん?あぁ、うん。てか何やってんのあんた?」
目つきがゴミを見るような眼だ。なんてひどい。まぁ今の俺は確かにゴミにまみれているわけだが。
「俺がシュレッダーに掛けちゃった書類の復元やってるんですよ」
そう、今俺は自分がシュレッダーに掛けてしまった書類の破片を集めてチマチマと復元作業にいそしんでいた。
「はぁ?なに言ってんのあんた。何枚あったのかもわからないくせに。ていうかその量の中から探し出せるわけないでしょうが」
確かに、何枚必要な書類があったのかなんてわからないし、ゴミ袋3枚分の紙屑から見つけ出すのは無理だろう。だが、
「いえ、俺がやってしまったことですし、ただぼーっとしてるだけなのもアレなんで」
そういって俺は何とか復元できた資料を桜咲さんに渡す。
「アレなんでってあんた、何やってんのよまったく」
そう言いながら俺の渡した資料を見た桜咲さんは深いため息をつきながら
「5枚よ。RP-1ロケットグライダーのOR-2エンジンについての研究資料、01~05まであればいいわ」
「はいっ!」
何時間探しただろう。気が付けば外は暗くなりちらほらと退社する人も出ていた。
「はぁー、あと一枚なんだけど見つかんないわねー」
すでに4枚は復元し残り5分の1ほどまで見つけていた。
「桜咲さん先に帰ってもいいですよ。最近泊りらしいじゃないですか」
「何言ってんのよ。こんな無駄な作業に半日も使ってる時点で今日も泊りよ。というかあんたこそもう帰りなさい、入社初日から残業なんてさせられないわよ」
そういって帰らそうとしてくるが俺のミスのせいなので帰れるわけがない。
「いえ、俺も残って作業させて下さい。一人より二人でやったほうが早く済みますし」
「そういうことじゃないんだけど、まぁいいか、言ったからには見つけるまで帰さないわよ」
「望むところです」
それからさらに3時間探しようやく5枚の資料の復元に成功した。
さすがにこれ以上初日から残業させるのはダメらしく帰るように言われ部屋から出るとちょうど佐々木さんに出会った。
「あらぁ今帰り?」
「はい、ちょっといろいろありまして」
「ふぅーん、いろいろね、じゃあ中にまだハルちゃんいる?」
そう言いながら部屋の中に入っていく。
「まだいますよ、俺のせいで仕事止めてしまってたので」
「そう、じゃあ今から三人で長月くんの歓迎会しに行くわよ」
なぜか目を輝かせながら桜咲さんを無理やり連行してきた佐々木さんが言った。
「放しなさいよ、あたしはまだ仕事残ってんだから行かないわよ!」
「えぇ~、ハルちゃん来ないと私と長月くん二人になっちゃうじゃない。私ハルちゃんといっしょがいい」
俺と二人で飲みは嫌ですか。なんか凹む。
「桜咲さん嫌がってますし僕は全然なくても大丈夫ですよ」
苦笑いしながら言うと、
「長月くんは黙っててぇ、私はハルちゃんと飲みに行きたいのぉ」
俺の歓迎会じゃなかったの⁉
そうこうしながら無理やり連れてこられた桜咲さんと俺で飲みに来たわけだが
「あははぁ、長月くん三人いるぅ~」
これは、
「飲みすぎよ千咲。弱いくせに一体何杯行くつもりよ」
「いいじゃない、歓迎会なんだしぃ~、ほら長月くんも飲んでぇ~」
あぁ、これは桜咲さんも嫌がるはずだ。まさかここまで佐々木さんがお酒に弱いとは思ってなかった。
「はぁ、最悪」
そう言いながら桜咲さんもビールを一杯煽りだす。
ん⁉桜咲さんがビール?いやマズいでしょ
「桜咲さんまずいですよ。お酒飲むのは」
何とか止めようとするも
「はぁ?なに言ってんのよ。こっちは飲みに来てんだからお酒飲んで何が悪いのよ」
「いやいやダメでしょ。桜咲さん未成年なんだし」
「?未成年?なに言ってんの、私成人してるわよ」
成人?どう見ても見た目中学生なこの子が?
「冗談は勘弁してくださいよ~、桜咲さん未成年でしょ。中学生くらいですか?」
「は?だから成人してるって言ってるでしょこれ見なさいコレ」
そういってさして出してきた免許証を見ると
「1997年4月・・・へ?」
「返しなさい、ていうかあんた言うに事欠いて私を中学生ですって?」
額に青筋を浮かべながら拳を握り始めた桜咲さん
「あたしはね、小さいだのチビだの言われるのが一番腹立つのよ!」
そのまま顎に華麗なアッパーをかまされ俺の意識はそこで途切れた。
「少しは頭冷えた?」
倒れた俺の横でおつまみを食べながらこっちを見ている桜咲さんがいた。まるで悪いことをしていないような感じで聞いてくるので恐ろしい。
「はい、すいません」
とりあえず素直に謝っておくことにする。触らぬ神に祟りなしだ。
「くぁwせdrftgyふじこl」
しかし、佐々木さんはさっき以上に酔っぱらっているのかもうろれつが回っていなかった。
「はぁ、こうなるから千咲とは飲みに行きたくないのよ」
どうやら毎回のことらしい。
「大変ですね桜咲さんも」
「まぁいつものことだしね。それよりあんた、うちの部署が何やってるか知らなかったってホント?」
「えぇ、聞かされてませんでしたし・・・」
「あぁ、そうね。確かに言ってなかったわ。まぁ千咲に聞いたんでしょ?」
「はい、人工衛星とか作ってるって、あと俺が入る前には何人か他のメンバーがいたってことも」
「そう、そこまで聞いたの。確かに今で何人か他の人間はいたけれどあたしについてこられる人間は一人もいなかったわ。あたし一人突っ走りすぎだとか、周りが見えてないだとかいろいろ言われて気が付けば一人だった。まぁそのほうが仕事の効率が上がるのもどうかと思うんだけどね。」
桜咲さんは特に悲しそうな様子もなく淡々と話す。
「そうだったんですね。でも今日からは俺も部署の一員なんでお手柔らかにしていただけると・・・」
「何言ってんのよ。あたしは変わらずビシビシ行くから覚悟しなさい」
「マジすか」
「マジよ、まぁあんたは今までの奴らとは違って骨がありそうだから大丈夫でしょ。シュレッダーに掛けた資料つなぎ合わせて復活さすような人だもんね」
そう意地悪そうな表情を向けて行ってくる。
「勘弁してくださいよ」
困った顔をしていると
「コレ今あたしが任されてるプロジェクトの概要資料、明日までに目を通しておきなさい」
ずいっと差し出してきた分厚い資料には[マスドライバー開発について]と書かれておりプロジェクトマネージャー桜咲春とも書かれている。
「マスドライバーって、もう実用段階に入ってたんですか?」
マスドライバーとは宇宙に大量の物資を輸送するための装置であり、簡単に説明すると物資を積んだコンテナをそのまま大砲のように宇宙に向けて打ち出してしまおうというひどく乱暴なものである。しかし、現状宇宙への物資の輸送には100億以上のお金がかかり簡単には物資や衛星を打ち上げることは困難だ。だがマスドライバーのように繰り返し使える打ち上げ装置ができた場合には費用は格段に抑えられ、人類の宇宙開発は一気に進むことになるだろう。
そんなすごいもののプロジェクトマネージャーである桜咲さんは一体何者なんだろうか。
「まだ実用化には程遠いわ。問題山積みよ。でもJAXAもNASAもようやく重い腰を上げたわ。このチャンスを必ずものにしなければならない。」
拳を作り強い目をして断言する。
「そのためにも今のままあたし一人だと人手が足りないと思っていたところなの。だからあなたが入ってきてくれて正直助かるわ」
少し頬を赤らめながらそっぽを向いてつぶやいた。
「振り落とされんじゃないわよ下っ端!」
そういってはにかみながら拳をこちらに向けてきた。
「よろしくお願いします。」
拳を合わせ俺も決意を表す。
この人は理想がとても高いのだろうだから他人にもつい厳しくしてしまう。ならば俺はこの人の力になれるよう精一杯ついていくだけだ。