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単純馬鹿なオレは美人の先輩に片想い

作者: 赤オニ

 年の離れた可愛い弟と妹。優しくも厳しい母。父はオレが5歳の時に病気で死んでしまったので、弟や妹に父と遊んだ記憶がないのが少し寂しくも感じる。でも、よく外へ遊びに連れていってくれた記憶がある、穏やかな父だった。家は貧乏だけど、常に前向きがオレのモットー。



 高校に上がったら、すぐにバイトを始めて働いている母さんの手伝いをしなければ。オレは長男だから、しっかりしないと。いつもの通学路を歩きながら考える。自分でも常々思うが、オレは要領が悪い。



 勉強しかり、恋愛しかり。そう、オレには好きな人がいて、片想いをしているのだ。お相手は一つ上の三年生の先輩。美人で成績優秀、三つ編みの黒髪と三年生だと言うのに校則をキッチリと守って膝が見えない長さの制服のスカートが、彼女の真面目さを醸し出している。



 そういうところを、好きになった。不器用なほど真っ直ぐなところに、惹かれた。あとは、オレだけが知っている先輩の意外な一面、だな。中学校の入学式の日、初めて先輩を見かけた。思い出して、少し笑いがこぼれた。



「先輩、今日も素敵ッス!」

「わかったから、早く行くよ」



 非常に迷惑そうな顔をしつつも、ちゃんと相手をしてくれる先輩。やっぱりーー好きだ。へへ、とにやけ面が引き締まらないオレを睨み付け声を潜めて近付いてくる。ふわり、シャンプーの香りにドキリとする。



あのこと(・・・・)、誰にも言ってないでしょうね」

「いやだな、オレが先輩の秘密を漏らすとでも」

「……言ってないなら、いいのよ」



 ははは、と笑うと顔を背けられてしまった。要領が悪く馬鹿なオレとは大違いの先輩はとっても頭がよくて、だからーー本当は側にいないほうがいいんだろうなぁと思いながらも、先輩の優しさに甘えてしまう自分がいるのだ。前を歩く背中に追い付ける日は、果たして来るのか。



 いつものように部活に励む。陸上部で、無心になって走るのは好きだった。汗だくになるのも好きだし、走り終えて肺に空気が入る感覚も好きだ。先輩は三年だからもう部活はやっていないけど、同じ陸上部だった時は幸せだった。部活はやっていないけど、代わりに先輩はマネージャーを務めている。



 走る先輩はカッコよくて、オレの憧れだったのである。家の経済事情もあり、スパイクも中々替えられない。それでも、好きなことに夢中になれる時間は貴重だと思う。走っている間だけは、色んなことを忘れられる。例えば、中三に上がったら県外の祖母の家に引っ越さないといけないこと、とか。



 経済的に、家がもう限界なのだと母から告げられては、仕方ないと諦めるほかない。金がなければ弟や妹も可哀想な思いをしてしまう。長男のオレが我慢できなくて、どうする。幸いなことに、弟も妹もまだ小さい。引っ越しで慣れない土地に行っても、すぐに馴染めるだろう……そう信じたい。



 初恋は実らないと言うが、確かにそうかもなぁと思ってしまうのだ。……いかん、常に前向きをモットーなオレらしからぬ考え。最初から諦めてしまっては実るものも実らない。足掻いて、キッパリと振られるまで諦めないのがオレらしい。いやあの、ストーカー的思考とかそういうのじゃないです。



 季節が過ぎるのは早い。この間夏休みを迎えたかと思えば、もう冬だ。こう言うとクラスメイトに「爺の感想だ」と笑われたけど、周りの奴らはもっと遅く感じるのか。オレにとっては、季節が過ぎていくのはカウントダウンだ。



 先輩の進学、オレの引っ越し。それが、同時にやって来る嫌な季節ーー春がじりじりと迫ってきている。子供ってどうしようもなく無力だなぁと、馬鹿なオレには珍しく感傷的になってしまうのだ。



「あああ、やっちゃった……」



 先輩と初めて出会ったのも、春だった。なるほど、春は出会いの季節であり、別れの季節でもある……と。上手いこと言った、オレ。中一の入学式の帰りに、学校の渡り廊下で大量の紙をぶちまけて悲壮な声をもらしている先輩と出会ったのだ。



 最初は声をかけるつもりはなかった。三つ編みの黒髪、膝の隠れた制服のスカート丈、そのキッチリとした様子がどうにも話しかけづらくて。しかし、風で散らばる紙に翻弄されている姿は見ていられず、声をかけようか迷っている間に、風で飛んできた一枚の紙を思わず手に取る。



 なんと、そこには男同士が絡み合うシーンが生々しくも美しく描かれていた。絵の上手さは、素人目でもわかるほど上手い。ただ、内容がアレなだけで……。そう、先輩は俗に言う腐女子とやらだったのだ。婦女子じゃない、腐っているほう。



 オレが紙を持っていることに気付いた先輩は、血走った目でずんずんと近付いてきたかと思うと、「誰にも言うんじゃねぇ」的な感じでお願い(脅しとも言う)してきた。こうして、図らずも秘密を知ってしまったことにより、交流が増えた。うん、懐かしい。



「うげ、雪」

「……嫌いなの?」



 懐かしい思い出に浸っていたら、曇った空から白いものがちらついてきた。顔をしかめ、思わずもれた言葉に先輩が反応する。心なしか、雪の降る空を見る目はキラキラと子供のように輝いている。もしかして……もしかしなくても先輩、雪好きなのか。へぇ、意外だな。先輩、肌の露出少ないからてっきり寒がりなのかと思っていた。



「だって、寒いじゃないッスか」

「意外。暑苦しいから寒いのも平気だと思っていた」

「酷くないですか!? オレは暑苦しいんじゃなくて、情熱的なんスよ」

「似たようなものよ」



 帰り道がほとんど同じなので、部活も一緒だったこともあり流れで時間が合えばこうして一緒に下校する。片想いの相手と並んで歩けるとか、幸せ過ぎる。先輩は手のひらを空に向けちらつく雪が乗るのを楽しんでいるみたいだ。



 小さくはしゃぐ姿も、滅茶苦茶可愛い。好きな人が嬉しそうだから、この寒さも乗り越えられそうだと思ってしまうあたり、恋の病は中々重症だと我ながら思う。祖母の家の辺りは、雪が深く積もると聞いた。オレが引っ越すこと、言ったら先輩は少しは寂しく思ってくれるだろうか。なんて、あり得ない期待を抱いて。



「……先輩、好きですよ」

「知ってる」



 いつも通りの返事に、思わず苦笑い。これでも、真剣に告白しているんだけどなぁ。先輩にはいつもさらりとかわされてしまう。だから、引っ越しのことを言っても……告白の時と同じようにさらりと流してくれるだろうと思った。



「オレ、中三に上がる前に県外に引っ越すんです」

「ーーえ?」



 驚いて振り返った目と、目が合った。動揺したように、目の奥が揺れている。動揺した姿を見て、オレまで驚く。てっきり、もっと簡単に会話が終わるものだと思っていたから。先輩みたいな素敵な人が、オレのようなうるさくて馬鹿な後輩の引っ越しに、ここまで反応するとは思っていなかった。



「……母方の祖母の家に、行くんです。雪がよく降るところみたいで、ここらなんかよりずっと深く積もるって言ってました」

「…………」

「先輩、好きです。オレ、先輩を好きになってよかったです」



 喋ると、白い息が口から出る。それを見ると、余計に寒く感じる気がして、手をポケットに突っ込む。冷たくかじかんだ手は、中々温まらない。いつも通り、馬鹿みたいに笑って別れ道で頭を下げて先輩に背を向けた。



 あー……、常に前向きをモットーに掲げていたはずが、何ともお粗末な結果になってしまった。歩きながら、珍しくため息がこぼれる。後頭部に、突然冷たい何かが当たった。そして、背中にタックルされたような衝撃。「ぎょえっ」蛙がつぶれたような声が出て前のめりに転びそうになるが、何とか持ちこたえる。



 後ろからタックルをかましてきたのは、先輩だった。先輩らしからぬ行動に、目を見張る。オレの後頭部にぶつかった(正確には投げられた)冷たいものの正体は、雪。投げた相手が誰かなんて、言わなくてもわかる。



「何勝手に、自己完結してるのよ……このっ、馬鹿! あんたがあたしを好きなことぐらい知ってるし、あたしがあんたのことーー好きなことぐらい、わかりなさいよ! 馬鹿じゃないの!」



 え、ええー……いや、なんつー理不尽。馬鹿馬鹿言うぐらいなら、先輩がオレのような馬鹿を好きになるなんて、わかるはずないじゃないですか。だって先輩は頭がよくて、ちょっと残念なところもあるけどそこもまた可愛くて、オレなんかより先輩に釣り合う相手なんていくらでもーー



「手紙、書くから! ちゃんと形に残って、あんたが浮気しないように大量に送りつけてやるから、だからーーっ。引っ越しても、変わらないんだからね!」



 一気に喋って酸素不足になったのか、はぁはぁと肩で息をする先輩を見て、いとおしさが、好きが、溢れて止まらない。まだ息が荒い先輩を力一杯抱き締めて、「約束ですよ」と何度も言った。





 ーーーー佐野君。元気にしていますか、貴方も高校生ですね。学校では、どんな風に過ごしているのかな、気になります。って、こんな風に書くと、まるで親戚のおばさんみたいに見えてしまいますね。……早く、佐野君が暮らすところに遊びに行きたいです。とても、雪の多いところなんでしょう?





 寒いのは苦手だ。でも、雪が積もって道がないのだから、力仕事の出来るオレがやるしかない。スコップを片手に、防寒具を着てせっせこ雪かきをする。冷えた空気が肺一杯に広がって、ぶるりと身震いすると側で慣れた様子で雪かきをしていた祖母から激励が飛んでくる。



「彼女さんが来るんじゃろ、滑らんようしっかり雪かきするんだよ」

「にーちゃんのかのじょ、っていつもお手紙送ってくる人のこと?」

「そうだよ。雪が好きな人だから、中で餅焼けるでっかいかまくらなんて見たらビックリするだろうなぁ」



 初めて祖母の家を訪れた日は、オレも驚いた。だって春なのに、まだ雪積もってたし。冬になると、数センチどころか、何十センチ単位で積もるのも、かなりビビったものだ。朝早く仕事に行く母のために、早起きして道を作るのがオレの仕事になっていた。



 バイトもやっている。祖母の家に来たお陰で、生活が随分楽になったと母が言っていた。それは何よりである。それにしても……予定に遅れることのない先輩ーーいや、真奈さんにしてみると遅い。これは迷っているか、もしくは地元のじーちゃんばーちゃんに絡まれているかのどちらかか。



「ばあちゃん、オレちょっと迎え行ってくるよ」

「気ぃつけなさい」

「うん、ありがとう」



 駅まで雪を踏みしめて歩いていくと、すっかり大人びた姿の真奈さんが立っていた。周りにいるのは、近所に暮らすじーちゃんばーちゃん達。近所って言っても、めっちゃ離れてるんだけど。雪国の冬に対抗するには薄着な真奈さんが珍しいようで、色々と話しかけている。



 真面目な真奈さんは、寒いだろうに一人一人の話にキチンと答えている。声をかけると、パッと顔をあげて嬉しそうに手を降ってくる。中学生の頃のクールな姿は霧散したけど、今は今でオレの彼女はとっても可愛いです。



「真奈さん、これ。ヒールじゃ雪に埋まっちゃうから」

「ありがとう、佐野君。まさかここまで積もってるとは思ってなくて……」

「オレも初めて来たときはビビったよ」



 他愛もない話をしながら、手を繋いで二人並んで歩く。並んで歩いていると、中学生の頃を思い出すけど、あの時と今は違う。隣には彼女の真奈さんがいて、あの頃より大分大人びたけど、今も続けている文通によると同人誌とやらを描いて活動しているそうな。



 次来るとき持ってくるね、と言われたけど丁重にお断りして、真奈さんのところに会いに行くとき見せてもらうことにした。持ってこられてばあちゃんや弟、妹に見られたら大変なことになってしまう。毎回手紙の端に描かれたイラストはグレードアップしてるから、同人誌とやらもすごいことになってそうな気がする。



 白い息がゆるゆると空へと上っていく。寒いのは苦手だけど、でっかいかまくら見て大はしゃぎした可愛すぎる彼女を見て、冬も悪くないかななんて思うあたりオレは、やっぱり単純馬鹿なんだろう。

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