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ミッシング・ピース  作者: ぱせ
六章 涼子
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エピローグ


 それから一年が過ぎ、再び夏がやってきた。

 薄暗い砂浜。聴こえるのは波の音と風の声。東の空がほのかに明るんでいくのを、目を細めて見つめる。夜明けまではまだ時間がありそうだ。

 一年であたしの周りは少しずつ変わり始めていた。

 ひかりちゃんは今年の春に『花鳥風月』を卒業した後、盲目のピアニストとして世界的に脚光を浴び、今では海外を飛び回る忙しい毎日だ。

 つい先日、お姉さんの結婚式のために日本へ戻ってきたひかりちゃんと再会したが、とても幸せそうな顔をしていて、充実した日々を送っているのだと思えた。寄り添うようにして一緒にいた、ひかりちゃんのお母さんの穏やかな表情が印象的だった。

 アユムくんは大学進学を目指して、猛勉強をしている。

なんでも、父親が社長を務めている輸入雑貨の会社を継ぐ為に必要なスキルを色々と身に付けたいのだそうだ。車椅子での生活だからって不自由なんてなにもない。やりたいことはなんだってできるんだと、自信に満ちた顔で言っていた。その上昇思考は天に昇る龍を思わせる、とても強いものだ。

 心くんは今、黒木さんと一緒に暮らしている。

 病気はまだ完全に治ってはいないが、命にかかわるようなことはもうないそうだ。その報せを聞いた心くんの祖父母が跡取り欲しさに、また引き取ると勝手なことを言ってきたようだが、黒木さんはそれを頑なに拒否した。

 最近、心くんがストリートライブを再開したと聞いて内緒で見に行ったのだが、大勢の観客に囲まれて笑っていた心くんの顔は生きる喜びに溢れた、素敵な笑顔だった。

 琴里は結局、『花鳥風月』に残れることになった。

 校長先生曰く、この学校に通いたいと言っているのに受け入れない理由がない、とのことだ。寛大なのか、いい加減なのか分からないが、ともかく今も相変わらず、あたしと同じ部屋で一緒に生活している。

 柳井さんに憧れているのか、スクールカウンセラーになりたいと言い出した時は驚いた。スクールカウンセラーになる為には、臨床心理士の資格が必要になるので険しい道のりだとは思う。でも、必死で勉強に励んでいる姿を見ていると、琴里ならきっと大丈夫だと思えてしまうから不思議だ。


 目を開けていられないほどの鮮やかな光が無数に矢のように鋭く突き刺さり、新しい朝の訪れを告げた。いつか見た、輝く海が眼前に広がっている。

 強めの潮風が長い髪を撫でて揺らすので、それを右手で押さえながら遠くの空に視線を向けると、二羽の鳥が飛んで行くのが見えた。ゆらゆらと揺れるように飛ぶその姿を目で追っていくが、やがて建物の陰に隠れて見えなくなる。

「鳥、いなくなっちゃった。寂しいな」

 背後から近づいてくる、砂を踏む足音に向かってそう言った。

「俺は、いなくならないよ」

 優しい声がした後、両腕があたしの身体を後ろから包み込んだ。

 左右非対称の影と寝癖頭の影が一つに重なり砂浜に伸びていく。

 そうだ。あたしは大好きな人を両腕で抱きしめることはできないけれど、あたしを抱きしめてくれる大好きな人がいるのだ。

 目を閉じ、ぬくもりを感じながら、その幸せを噛みしめる。

 きっと、かけがえのない何かを失うことは誰にでもあることだ。だけど、かけがえのないものを手に入れることだって誰にでもある。

 だからこの先、どんなに辛いことがあっても俯いたりせず、上を向いて生きていきたい。

 悲しい涙がこぼれ落ちないように。

 ここにある幸せが逃げないように。

 そして、明日も笑っていられるように。


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