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ミッシング・ピース  作者: ぱせ
六章 涼子
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6


 換気の為に開けていた窓をカラカラと閉じると、むっとした熱気が遮断され、すぐにクーラーの冷気が室内を満たす。真っ白なレースのカーテンを静かに閉めると振り返った。

 そこにはいつもの顔ぶれ。この相談室に屯できるのも今日までだ。もうすぐ夏休みが終わり、生徒達がこの学校に戻ってくる。そうすると相談室には絶えず生徒達がやってくるので、相談室でのんびりお茶などはできない。柳井さんは人気者なのだ。

 あたしは椅子に腰掛けると、床を足で蹴って椅子をくるくると回転させた。

世界が回る。柳井さん、ひかりちゃん、アユムくん、琴里の順番に姿が見えた。そして、無機質な壁、眩しい窓が見えた後に再び柳井さんの顔に戻る。四回転ほどで目が回ったので床に足をつけ、摩擦でブレーキをかけると琴里の正面で椅子の回転が止まった。

「それにしても、あのタイミングで声が治るなんてね」

 琴里に笑いかけると、少し俯いてしまった。

「あれ? また声、出なくなった?」

「ううん、出るよ。出るけど……」

 なんだか、元気がない。どうしたのだろうと、柳井さんに目で訴えてみる。すると、柳井さんは微笑み、耳を疑うような言葉を発した。

「本当は、とっくに治ってたのよね?」

「えっ」

 アユムくんとひかりちゃんが目を丸くする。きっと、あたしも同じ表情をしていたことだろう。琴里が小さく頷いたことに、また驚いた。

「いつから治ってたの?」

「涼子ちゃんと会った次の日から」

 そんなに前からとは。

 一か月もの間、声が出ないふりをしていたことになる。柳井さんだけは、うすうす感づいていたようだ。それにしても、琴里はなぜ失声症が治ったことを隠していたのだろうと、そんな当然の疑問が浮かぶ。

「どうして黙ってたのよ?」

 半ば呆れ気味に訊ねてみるが、返事はない。

「琴里、怒らないから言ってみて」

「だって、声が出るようになったら、わたしはもうこの学校にはいられないから……」

 そうか。ここは特別支援学校だ。失声症が治ってしまえば、この学校に通う理由がない。元々、日常生活にそれほど支障をきたさず、時間の経過で治る見込みのある失声症という病気でここに通うこと自体が異例ではあるのだ。

「わたし、みんなと離れたくないよ……」

 涙声で、そう呟く。

「大丈夫よ。なんてったって琴里の声は奇跡を起こす魔法の声だもん。琴里の願った言葉はその通りになるわ」

 他人が聞いたら、なんて馬鹿らしい台詞だと笑うだろう。でも、あの場にいた人間なら、どれだけ的確な台詞か分かるはずだ。

 心くんが倒れたあの日。病院へ運ばれた心くんは一命を取り留めた。それどころか、病気も回復に向かっているという。医者は信じられないといった表情で『奇跡だ』と、感嘆の声を洩らした。

 琴里は母親の愛の力だと嬉しそうに息巻いていたが、あたしは奇跡を起こしたのは琴里の声ではないかと思っている。

 心くんに笑顔を取り戻した琴里の声は魔法の声だ。琴里はそれを否定するが、他のみんなはあたしと同じ考えのようだった。もちろん黒木さんもその一人で、琴里のもとへ真っ先にやって来ると、琴里に抱きついて「ありがとう」と何度も繰り返して泣いていた。

 それにしても、この学校に来てまだ一か月ほどにも拘らず、たくさんの出会いや出来事があったなと感慨深い気持ちになる。泣いたり、怒ったり、笑ったり。それはもう、毎日がめまぐるしく過ぎていった。夏休みが終われば、少しは落ち着くのだろうか。それとも、まだまだこれから先も様々な出会いや出来事を経験していくのだろうか。

「望む所だわ」

「なにか言った?」

 琴里が首を傾げたので「なんでもなーい」と誤魔化すと、また床を蹴って椅子を回転させる。くるくる回る景色の中に愛すべき人たちの笑顔が見えた。


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