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ミッシング・ピース  作者: ぱせ
三章 アユム
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5


 病院の待合室でぼんやりとテレビに意識を向けていた。ニュースキャスターが険しくも、安堵しているようにも見える表情でニュースを伝えていた。市内で起きた殺人事件の犯人が逮捕されたらしい。イブの日に起きた殺人事件で、夫婦が刺殺された事件だ。外出していて被害に遭わなかった被害者夫婦の娘が僕と同じ歳だったのを記憶している。犯人の顔写真が映し出された。目つきの悪い男だ。動機はなく、殺人に興味があっただけだと説明があった。

『人は理由なんかなくたって、罪を犯せるんだよ』

 そう言った翼の言葉を思い出す。僕は顔をしかめると、車椅子のハンドリムを前に回して移動した。

 あの日、僕と翼がビルの屋上から落下してからどれくらい経ったのだろう。廊下に貼られたカレンダーを見ると、二月のページだった。

 僕は奇跡的に生きていたが、脊髄を損傷したことにより、下半身不随と言われた。脊髄を含む中枢神経は、一度損傷してしまうと修復や再生されることはない。そして、現代の医学では回復させる治療法は存在しない、とも言われた。要するに、一生歩くことはできないということだろう。でも、それでいいと思えた。僕は親友を救えなかった。その報いを受けたのだ。

 翼は即死だった。下半身不随の宣告よりも、翼の死の方がなによりもショックだったのは言うまでもない。翼の自殺について、警察に色々と訊かれたが何も答えなかった。

 穂村は側頭部を強く殴られたことにより気絶していただけで、命に別状はないようだ。犯人である翼の顔は暗くて見ていないらしい。どちらにせよ、放火魔も穂村を殴った犯人も捕まることはもうない。

 慣れない車椅子でなんとか病室へ戻ると、部屋の中に見覚えのないスーツ姿の女性がいた。すらっと背が高く、モデルのような体型の女性だった。冷たそうな印象の顔だが、僕の姿を見ると女性の口元が少し緩んだ。

「あなたが、アユムくん?」

 見た目の割には、可愛らしい声だった。「はい」と返事をする。警察か、それとも新聞や雑誌の記者だろうか。

「私は小西です。以前、翼くんのカウンセリングをしていたの」

「ああ」

 思い出したように声を上げる。被災した翼の心のケアの為にカウンセリングを行ったカウンセラーの先生だ。一体、何の用だろう。

「デリケートな質問で悪いけど」そう前置きする。「翼くんは、なぜ自殺したの?」遠回しに言うでもなく、はっきりと訊いてきた。真っ直ぐな性格なのか、デリカシーがないのか分からなかったが、嫌な感じではなかった。

「それを知って、どうするんですか?」

 あなたのカウンセリングが不十分だったからです、などとは言えなかった。僕には彼女を責める権利なんてない。

「自殺したのが、クリスマスの日だったから気になったの。まだ、心に傷を抱えたままだったんじゃないかな」

 半分正解だ。心に傷を抱えたままだったが、自殺したのがクリスマスだったのは偶然だった。

「だとしたら、どうだっていうんです? 死んだ人間のカウンセリングはできませんよ」

 強めに言い放つと、小西先生は目を伏せて黙ってしまった。僕は何をやってるんだ。これ以上、辛い思いをする人を増やす必要はないじゃないか。いたたまれない気持ちになって、できるだけ穏やかな口調で遠慮がちに声を掛けた。

「あの、気に病むことはないと思います。翼はあなたのことを称賛してましたよ。あのカウンセラーの先生はすごいって、そう言ってました」

「そう……」

 ぎりぎり聞きとれるくらいの声で呟くと、小西先生は小さくお辞儀をして部屋を出て行った。廊下に響く、こつこつというヒールの音が悲しいリズムを刻む。皮肉っぽく聞こえてしまっただろうか。もう少し言葉を選ぶべきだった、と後悔した。


『アユムはいつも大事なところが抜けてるよな』

 翼が僕をからかう時によく言っていた言葉であり、翼の最期の言葉でもある。頭の中で何度も反芻し、吟味する。僕は翼の親友としては不適格だったのだろうか。翼は僕に『アユムではおれを救えない』と、そう言いたかったのだろうか。どうして最期に笑ったのだ。呆れてしまったのか、それとも嘲笑だったのか。様々な想いがぐるぐると回っては螺旋の中に消えてしまい、形にならない。

 病院の屋上に干された真っ白なシーツがバタバタと風に揺れた。その音で我に返ると、目を細めて遠くを見る。平和な街並みは僕の胸の内なんて知る由もない。空だってそうだ。こっちの気持ちなんかお構いなしに日が暮れて、夜が来て、朝を迎える。考えをまとめる時間くらいくれてもいいのに。

「アユム、ここにいたのか」

 背後から父の声がした。振り返ると、父と母が近づいてくるのが見えた。

「屋上から落ちたのに、よく屋上に来る気になるわね」

 母が呆れたように言う。「生きてるって感じするだろ」と、いつかの翼の台詞を口にしてみた。「なにそれ」と母が笑う。

 両親は近くのベンチに腰掛けたので、車椅子をベンチの横に移動させて並んだ。その際、ベンチの角に駆動輪をぶつけてしまう。まだ車椅子を上手く操れないでいた。リハビリで車椅子の操作の習熟がある。脊髄損傷のリハビリテーションとは再び歩けるように訓練することではない。神経が再生しない以上は、それは不可能だからだ。必要な筋力の強化や、車椅子の操作に慣れることが、脊髄損傷におけるリハビリだった。

「アユム、進学はどうする?」

 母の声は、別に無理して高校に行く必要はないのよ、とも聞こえる口ぶりだった。でも、僕は決めていた。学校には行く。

 両親の顔を交互に見た。母は僕の顔をじっと窺っている。父は腕組みをして、さっきまで僕がそうしていたように目を細めて遠くを見ていた。

「僕さ、行きたい学校があるんだ」


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