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ミッシング・ピース  作者: ぱせ
三章 アユム
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3

 休日はなんて素晴らしいのだろう。目覚まし時計の音で強制的に夢の中から排除されることもない。毎朝、叩き壊してやろうかと思うほどに憎々しい目覚まし時計も、休日だけは「君たちも休みたまえ」と労わってやる。かといって、時を刻むことまで止めてしまわれると困る。時計を見ると、正常に秒針が回転していたので安心する。時計の針は十一時四十五分を示していた。

 ベッドの上に横になったまま、リモコンの電源ボタンを押してテレビをつけると、丁度全国のニュースからこの地方のニュースに切り替わったところだった。ぼんやりと液晶テレビの画面を眺める。交通事故で会社員が重体。ありきたりなニュースだ、と他人事のように見てしまうが、被害者やその家族にとっては大変なことだ。毎日のように事故が起き、さも当たり前といった感じで流れるニュースに慣れてしまっているのだ。それが心を失うみたいで少し怖い。

 家事で倉庫が全焼。これは割と近くだった。深夜に放火されたらしく、丸焦げになった倉庫が映し出される。知っている場所が映るかと画面に集中したが、見覚えのある場所は映らなかった。その後、天気予報に切り替わる。天気であることを示す太陽のマークが一週間分ほど並んでいたので清々しい気分なり、ようやくベッドから起きた。

 そういえば、翼は今頃デート中だろう。上手くやっていればいいが。パジャマ姿のまま階段をゆっくり下りていくと、食欲をそそるいい匂いがしてくる。空腹感があったのでダイニングルームへ向かうと、マモルが口の周りを真っ赤にしてナポリタンを食べていた。

 キッチンの冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを取り出してダイニングテーブルの椅子に腰を下ろすと、テーブルの上にパンフレットのような冊子がいくつも散乱しているのを見つけた。

「なんだこれ」

 手に取ると、高校のパンフレットのようだった。

「あんた、まだ志望校決まってないんでしょ。だから、無料のパンフレットを片っ端から貰ってきたのよ」

 母が出来立てのナポリタンの盛られた皿を持って現れた。

「ふーん」

 適当に掴んだパンフレットに目を通す。その中に『花鳥風月』と書かれたものがあった。特別支援学校。障害者の為の学校だ。本当に片っ端から貰ってきたのだな。僕には不要なものが混じっている。パンフレットの束をまとめてテーブルの隅に置くとフォークを手に取り、目の前のナポリタンに襲いかかった。


 空腹が満たされると部屋に戻る。母に半ば強引に持たされた高校のパンフレットの束を勉強机の引き出しに押し込むとカーテンを開けた。光線のように太陽の光が射し込む。随分と天気がいい。せっかくだから買い物にでも出かけようかと、着替える。ジーンズにTシャツ、上にグレーのパーカーを着て玄関から外に出ると、かすかに冬の息吹を感じた。寒いのは苦手だ。かといって暑いのが得意かと言うとそうでもない。一年中、春か秋だったらいいのに。

 歩いて駅前まで来ると、急に人が多くなる。ほとんどの店が駅前に集中しているからだろう。若者から老人まで、幅広い年齢層が行き交っている。喧騒のなか信号待ちをしていると反対側で同じように信号待ちをしている人物に気が付いた。眠そうな目をした小柄な男だ。猫背のせいで小柄に見えるだけかもしれない。その人物を僕は知っていた。同じクラスの『穂村(ほむら)』だ。無口で影が薄い為、話したことはない。実は名字しか知らず、下の名前は記憶になかった。

 信号が青に変わり、人の群れが移動を始める。横断歩道の途中で穂村とすれ違ったが、向こうはこちらに気付かなかったようだ。ズボンのポケットに手を突っ込み、ふらふらと歩いて行く穂村をなんとなく眺める。妙な噂を聞いたことがあった。穂村が毎日、深夜に街を徘徊しているというのだ。一体なんの目的があっての行動か解からないが、少し不気味に思えた。

 横断歩道を渡ってすぐにある書店に入ろうとすると、ポケットの中で携帯が震えた。翼からの着信だ。通話ボタンを押して耳に当てる。

「どうした? デートじゃなかったのか」

「ああ、だめだった」

「は?」

「ふられた」

 今にも死にそうな声で言ったが、信じられず「ええー」と素っ頓狂な声をあげてしまう。周りの人たちが何事かとこちらを怪訝な顔で見るので恥ずかしくなり、隠れるように店の壁に顔を向けた。

「今、どこにいるんだよ」

「まだ、公園にいるよ」

「わかった、じゃあとりあえず行くから」

 それだけ言うと電話を切り、駅の方へ足を向けた。あの公園までは電車で三駅ほどだからそんなに遠くない。それなのに、果てしなく長い距離に思える。ホームで電車を待っている間や、電車内でも早く早くと電車を急かすように祈るが、もちろんそれで電車のスピードが変わるわけもない。


 目的の駅に到着すると飛び出すように電車から降りる。改札を抜けて駅の入り口まで向かうと翼が立っていて、僕を見つけると手を上げた。翼は笑顔ではあったが、無理して作った笑顔だということが容易に見てとれる。

「とりあえず、どこか喫茶店にでも入ろうか」僕ができるだけ平静を装ってそう言うと「さっき、そこに喫茶店があったぞ」と歩きだすので、後に続いて歩き出した。

 小さな店の前に立つと、翼が扉を開ける。来客を報せる鈴の音が鳴り、店名の書かれたプレートが揺れた。『strings』と書かれている。店内は落ち着いたメロディが流れていて、なんだか中学生が足を踏み入れる場所ではないように思えた。翼はそんなことを気にすることもなく、奥のテーブル席まで歩き、壁側に座る。

 注文を取りに来たマスターらしき人に僕はミルクティー、翼はコーヒーを頼むと、本題に入った。

「なにがあったんだ?」と遠慮がちに切り出すと、翼は小さな溜息をついて「どうやら、最初からだめだったみたいだ」と苦笑した。無理して笑っている。

「最初からって、相手に彼氏がいたのか?」

「いや」首を横に振る。

「おれが養護施設で暮らしてるから」

 僕はどちらかというと温厚な方だが、その時ばかりは頭に血が上った。

「なんだよそれ、そんなくだらない理由で人の価値を決めるのかよ。相手の本質も見ようとしないなんて、最低な女じゃないか」

 怒りが一気に言葉となって吐き出された。悔しかったのかもしれない。付き合いが長いから翼のいいところをよく知ってる。それを、翼のことをなんにも知らないような人間が、養護施設で暮らしているというだけで否定したのだ。

「いいんだ、アユム。仕方ないよ」そう寂しそうに言うと、ミルクティーとコーヒーが運ばれてきた。「仕方ないことあるかよ」と吐き捨てるように呟き、ミルクティーに口をつける。ほんのりと甘い味が喉を通っていくと、少しは落ち着いてきた。さすがに翼もショックを受けているのか、無口だった。気の利いた言葉もかけられずにいる自分が情けない。

「やっぱり許せないな、その女の子。直に会って思いつく限りの汚い言葉を投げかけてやろうかな」

 落ち込んでいる姿を見かねて、そう言うと翼は苦笑する。

「やめろよ、アユムがそんなことをするのは似合わないし、恥をかくのはおれだ。それに」と続ける。「一応、おれが好きになった女の子が酷いことを言われるのはちょっとな」

 まだ、翼の中にはその女の子が好きな気持ちがあるのだな、と察した。そして、自分の発した言葉の浅はかさに気付き、「そうだな、ごめん」と小さく謝る。

「別に謝らなくてもいいさ」特に気にする様子もなく、コーヒーを啜った。

 ふと、翼の頭の上あたりに視線を向けると、壁に額縁に入った絵が飾られているのが目に入った。この店内の様子が描かれた鉛筆画で、丁度翼が座っている位置から描かれているようだ。カウンターに座った四十歳前後の女性が今にも動きだしそうなほどリアルで、はっきりと顔も判った。どこかで見たことがあるような絵のタッチだったので、有名な画家に描いてもらった絵なのかもしれない。

「よし」と、翼が決心したような声を出すので視線を戻す。

「この話はもう、終わり。いつまでもくよくよしてたって意味がないだろ」

 そう言って、話題を変えた。翼は気持ちの切り替えが早い。僕なんてまだ、怒りがぶすぶすと燻っているというのに。

「翼は強いよね」

「強くなんてねーよ。ただ悲しいことは早く忘れたいんだ」


 喫茶店で会計を済ませると、入れ違いで女性が店内に入ってきた。どこかで見たことがある。

「あっ」と声が出そうになった。あの絵に描かれていたカウンターに座る女性だ。この店の常連なのだろう。綺麗な女性だが寂しげな瞳が印象的で、なんだか頭の片隅に残る顔だと、そんなふうに感じられた。

 外へ出ると、陽が傾きかけていて寒さがさらに増している。ビジネス街を足早に歩いて行くサラリーマンやOLのなかに混じっている自分たちが浮いて見えた。

「ところで翼、ボートには乗ったのか?」

「いや、アユムの提案には一つだけ穴があったんだ」穴? 完璧だと思われたのに。やはり安易な作戦過ぎたのだろうか。神妙な顔をする翼の答えを待つ。

「おれも泳げないんだ。怖いだろうが、このやろう」脇腹の辺りを軽くパンチしてきた。

「そうだった」

「アユムはいつも大事なところが抜けてるよな」

 ビジネス街には似つかわしくない暢気な笑い声が、二つ響いた。


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