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某は、書を読む

雨がやまぬな。通り雨程度かと思ったのだが中々に本降りになって来た。

急いで近くの民家の軒下に避難したが、これでは移動がままならんな。


別に濡れる事はそこまで大した事では無いが、出来るならば濡れたくはない。

濡れてしまうと動き辛くもあるし、濡れた毛のままは気持ち悪いからの。

家主に頼みもせず勝手に避難させて頂いてはいるが、軒先に猫が居る程度の事に目くじらは立てんだろう。


しかし、弟子は大丈夫であろうか。今日は自分だけで狩って来ますなどと言っておったが。

まあ、命の危機に瀕すれば元の姿には戻れるはずであるし、問題は無いか。

むしろ今は濡れてしまって少しばかり心地悪い事の方が問題であろう。


濡れてしまった体を震わせて水を弾き、のんびりと雨の降る空を見つめる。

すると背後から窓が開く音がした。振り向くとのんびりとした雰囲気のある男が某を見つめ、窓から少し乗り出して様子を窺っている。

某はそこまでじろじろと観察する程珍しい生き物のつもりは無いのだが。

見た目はその辺のどこにでも居る幼猫とさして変わらんはずだ。


「にゃあにゃあ煩いと思ったら、やっぱり猫か。雨宿りかい?」


おお、すまぬ。某の独り言が煩かったのか。成程それで確かめに来たという事なのだな。

お主はこの家の家主殿かな? すまぬが少しの間雨宿りをさせて頂きたい。

なに、中々に本降りになってはいるがそう長く続く物では無かろう。

雨が止めばすぐに去る故、ここに暫く居座る事を許可して頂けんかな。


「あはは、良くしゃべる子だねぇ」


うむ、良く言われる。これはもう病気の様なものと思って貰えると助かるかの。

どうも某は静かに黙っているという事が苦手らしくてな。

狩りの時だけは静かにしていられるのだが、いかんせん普段は黙っていられんのだよ。

弟子にも最近は微妙な顔をされる故、よほど煩いのだと理解しておるのだがな。


「ありゃ近づいて来た。逃げるかなーと思ったんだけど、人間に慣れてるのかな?」


うむ、それなりにの。人間の友達もいる故、そこいらの野良猫の様に逃げたりはせん。

そもそも某は強い猫だからの、余程の事が無い限り逃げるなどという事はせんよ。

これでも兄弟と母上以外には負けなしなのだよ?


っと、そんな事は無かったの。某はつい最近負けたのを忘れておった。

彼はきっとそんな風には考えてはおらぬだろうが、あれは某の完敗だ。

いつか彼の様な立派な猫になりたいものだの・・・。


「ありゃ、急に弱弱しく鳴いてどうしたのさ。もしかして寒いのかな? 中においでよ。体も拭いてあげるから」


おお、これはすまぬ。ではありがたく入らせて頂こう。

む、手に持っている布は新品ではないのか。余りに綺麗だぞ。

某はそれなりに野外での活動が多い故、そんな物を使っては勿体なかろう。

まあ、お主が良いのならば構わぬが・・・。


「おや、白い毛並みが綺麗だと思ったら、案外汚れてるね」


であろう。雨で幾らか汚れは落ちているかもしれんが、見た目よりも汚れているはずだ。

某には全く気にはならんが、人間には気になる範囲であろう。

と、思ったのだが、お主は特にそういう事はない様だの。手が止まっておらん。

さっきのは単に確認をして、事実を口に出しただけか。


「良し、とりあえずこれで良いかな」


ふむ、ではもう動いて良いかの。奥まで入らせて貰うとするかの。

む、何だここは。規則的に棚が並んで・・・何やら書物が大量に有るの。

というか、お主の座っているところは棚の上ではないか。

てっきり二階の部屋かと思ったのだが、随分天井が高いの。

この棚を置く為かの高さといったところか。


これは全てお主の物なのか? 

某は余り字を読む事が出来ぬが、これだけの書物を読むのは時間がかかる事は解るぞ。

知り合った人間達は本を一冊読むのに大分時間をかけていたからの。


「あはは、君は本に興味があるのかい?」


有るか、と問われればなくはない、といったところであろうかな。

本に興味自体は在るのだが、いかんせん文字を覚えるのが大変であろう?

一応とある地の文字は覚えたのだが、別の地に行くと別の文字で書かれていての。

余りに覚える事が多すぎて本を読む事は断念したのだ。


とはいえ読めるならば読んでみたいとは思っておるのだがな。

知らぬ知識を知る事が出来るのみならず、人間の考える愉快で豊かな話も在る故な。

人間の友人に読み聞かせて貰った事があるが、猫が活躍する話も確か聞いた事があるの。

あの作品は幼猫の活躍だった故、微笑ましいお話であったが。

ここにもそう言った話が有るのかの?


「あはは、そっかそっか、興味が有るのか。うーんでもこの本は売り物なんだよねー。猫さんにはあげられないんだ」


成程、ここは書物を売る店であったか。それではあまり触らぬ方が良いかの。

しかし凄いな。某はここまで大きい店を構えている本売りは始めて見る。

今まで知っている本売り達は、屋外で売っている所しか見かけたことが無いのでな。

そうか、屋内で売る店が有るのだな。これなら天気が悪くても本が傷まず困ることは無かろう。

紙は濡れるとあっという間に駄目になる様だしの。


「あ、爪は立てないでね、本が傷んじゃうから」


無論解っておるとも。雨宿りをさせてくれる恩人に迷惑などかけんさ。

ほれ、この通り爪は中に仕舞っておるので本には傷一つなかろう?

猫の爪はこの通り出したり仕舞ったり出来るのだよ。


「お、猫さん賢いね? あ、そうだ、お水とか要るかい? 牛乳とかの方が良いのかな?」


む、これはすまぬな。雨宿りをさせて貰うだけでも図々しいというのに。

いや、好意は素直に受け取っておくか。折角用意して貰えたのだし頂くとしよう。

うむ、美味い。何やら色々と気にして貰ってすまんな。

某はほんの少し軒先を貸して貰えればそれで十分だったのだが。


「あはは、美味しいなら良かった。僕はちょっと作業をしているからごゆっくり」


ほう、作業とな。本売りの作業とは何をするのであろうか。

今までただ本を売るだけの仕事だと思っていたのだが、そうではないのか?

ふむ、何やら少し外側が破れた本などが積み上がっているの。


「おや、猫さん、興味があるのかい?」


うむ、一体今から何をするのかの。

もし邪魔でなければここで見ていたいのだが、構わぬか?

いやなに、けして邪魔はせんと誓うし、もし気が散るのであれば離れるが。


「あはは、綺麗にお座りしてる。君は本当に変わった子だねぇ」


良く言われる。最近は慣れる程にの。某自身は少々おしゃべりなだけの猫のつもりなのだがね。

とはいえ、その「お喋り」な部分がきっと珍しいのだろうが。


「ま、傍に居るのは構わないけど、本を直すだけの作業で面白くも何とも無いよー?」


ほう、本を直すとな。それはつまり、ここに積み重なっている本を全てという事であろうか。

中々にボロボロな物も有るのだが、これらも全部棚にある物と同じ様にするのか。

それは興味深い。しばらく眺めさせて貰おう。


ほうほう、そういう風に、ほおー、綺麗に直すものだ。

色合いも合わせるのか。おお、凄いの、まるで新品の様ではないか。

はぁー、溜め息しか出て来んな。これは中々に技術職だのう。

そんなバラバラになった物も直すのか。おお綺麗にしていくものだのー。


「ぷっ、あははははは! だめだ、おかしい! 何で僕が何かやる度に何か言ってるのさ!」


ああ、これはすまん。やはり気を散らせてしまったか。

中々に面白いものを見させて頂いた。感謝する。もう某は満足だ。

これ以上邪魔をするのも忍びない故、店内の様子でも見に散歩させて貰うとするよ。

もう邪魔はせぬ故ゆっくりと作業を進めてくれ。


「ありゃ、笑いすぎたかな。ごめんよー」


いやいや、気にしないで構わんよ。むしろ某の方こそ邪魔して申し訳ない。

では続けて頑張ってくれ。








ふうむ、しかし広い店だ。書物を売る場合は何処もこれ位大きいのだろうか。

野外で書物を売る者達はこれ程の量はもっていなかったが。

いや、店として構えているからこそ、これだけ置いておけるといったところかの。

しかし、それにしても一向に客がこんな。

致し方ないか。相変わらずの豪雨であるし、好き好んでこの雨の中外には出んであろう。


それにしても弟子は大丈夫かの。流石にこの豪雨では心配になって来たぞ。

びしょ濡れになって木陰で悲しそうにしている弟子を思わず想像してしまった。

うーむ、晴れたらすぐに探しに行くとするか。あくまで晴れてからだが。

某もこの豪雨の中歩きたくは無いのでな。折角乾いたのに早々に濡れたくはない。


ここ最近は移動が多かった故、このようなまったりした時間も良いな。

そういえば店内は不思議な臭いもするの。これはお香とかいう物であったか。

刺激が強い物は苦手だが、ここで使われている物は某も嫌いでは無いな。

うむ、良い空気だ。穏やかで眠くなる。どれ、少しの間眠るとするか・・・。








ふあ~、結構寝たかの。外が静かになっておるな。

大分晴れてはおるが、まだ少しばかり降っているの。

とはいえ向こうの空は晴れ始めておるし、じきに晴れるであろうな。


「おや、おはよう猫さん」


おお、おはよう店主殿。ゆっくりさせて貰った。

もう少しで晴れそうであるし、晴れたら出て行かせて貰うとするよ。

厚い歓迎感謝する。出来れば礼をしたいのだが、何か某に出来る事はないかの?


「お、身軽だね、猫さん。肩までひとっとびとは」


まあ某は猫であるからの。この程度は飛べねば獲物が取れんよ。

む、手に持っているその書物は何かの。何やら成猫の絵が描かれているが。

まさかこれは某達の様な猫の物語か何かか?


「ん、この本に興味がるのかい? これはね、とある御伽噺さ。旅人が小さな白猫に出会い、餌を上げたら懐かれ、暫く共に旅をするんだ。僕に懐いた君みたいだね。この猫も良く旅人と喋る猫なんだよ」


ほう、白猫の旅物語とな。それもどうやら某と気の合いそうな猫のようだ。

その先はどんな話なのだ? すまぬがこの書物の文字は読めぬ様でな。

中身を教えてくれるとありがたい。


「ふふっ、この話は基本的には穏やかで平和な旅なんだけど、ある日魔獣に出会って襲われてしまうんだ。死を覚悟した旅人は信じられないものを目にした。それは供に連れていた白い猫が、その毛皮と同じ綺麗な白い鱗を持ち、大きな翼をもつ生き物に変化したんだ」


おお、それならば魔獣など大した相手では無かろう。成猫ならば絶対に負けぬ。

もしかすると某以外にも同じ事が出来る幼猫が居るのかもしれんな。

いや、これは御伽噺と先程店主殿は言っておったし、流石に難しい話かの。


「そしてあっという間に魔獣を倒し、元の小さな猫に戻るとにゃあと一つ鳴いて消えて行った。旅人は一瞬呆けていたが、慌てて白猫に礼を言い、その時また一声にゃあと鳴き声が聞こえた。そこでこの物語はお終い。旅人がメインのようで、実は猫が主役のお話だね」


おー、良いの良いの。同族が活躍する話はなんだか嬉しくなるの。

それも某と同じ事が出来る猫の話となると、本当に面白い。


「ただこの話、作者の作風の中では浮いているんだよね。この作者は実体験の旅物語を書く人なのに、これだけ空想の物語なんだ。こんな事が出来る猫が実際に居るなら会ってみたいよ」


ほう、それならば見せてやろう。何その程度で礼になるのならば安い物だ。

書物の白猫は空想の話だそうだから同じとはいかんだろうが、存分に見るが良い。


「・・・は? え、な・・・なに、これ・・・白い、竜・・・」


家屋の中故あまり大きくなると棚や家を壊してしまうからの、少し大きさは抑えておいた。

実は大きさの調整なぞ初めてやったので、ちょっと難しい事を初めて知ったわ。

慣れ親しんだ形だとやはり変化させやすいのかの。

自分で編み出しておきながらまだこの魔法は理解しきれていない部分があったか。

これは今後の課題にするとしよう。まだまだ弟子の事を偉そうに言えんな。


「鳴き声・・・猫、え、どうなってんの、え、僕もしかして居眠りして夢でも見てる?」


ふはは、驚かせてしまったようですまんな。だがこれで願いは叶っただろう?

さて、そろそろ晴れた様だし某は行かせて貰うとするよ。

ではな、店主。雨宿りさせて貰った事に感謝する。


「あ、元に戻った・・・え、まさか、この本」


さて、弟子を迎えに行くとするかの。

最後ぐらいあの書物の猫の様に、静かに去るとしよう。

物語の中の様に何か活躍したわけではないが、少しくらい格好をつけさせて貰うとしようか。


――――某は、猫ゆえに。

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