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クロスフェード

作者: 平遥

??月??日 ??時??分 ??????


『……以上の通り、CF計画は順調に進行しております。』

「ふむ、分かった。……くれぐれも、今後も悟られることが無いようにな。国家支援を受けているとはいえ、露見すると面倒だ。」

蜥蜴とかげの尻尾切りに遭う、かもしれませんしね。』

「そういうことだ。今が、一番危ない状況だからな。人口を調べられると……」

『所長。電話越しでこれ以上は……。危険は最大限に排除しておきましょう。』

「違いない。それでは、また。次の報告も楽しみにしているよ。」

『然るべく。』

・・・・・・

10月24日 一宮駅


「ちょっ!ヤバっ、間に合わなっ……!」


今、私こと、原我げんが己視子きみこはとてつもなく急いでいる。理由は何て事はない。電車に乗り遅れそうなのだ。毎朝思うのだが何ゆえ、名鉄尾西線と名鉄名古屋本線の乗り換えはこんなにも時間が短いのか。もう少し余裕を持ってくれてもいいのに。もっとも、それで会社への到着時刻が遅くなったら、それはそれで文句を垂れるのだけれど。

などと、愚にもつかない事を考えている内に4番線に到着した。どうやら、辛うじて間に合ったらしい。


「すみません。ちょっと失礼します。」


いつも乗っている車両に、いつも通り声を掛けながら、いつもの満員電車に身体をねじ込む。乗客の顔ぶれもいつも通り。

細身のスーツに身を包み、髪をキッチリと整えた20第半ばといった感じの男性。幼さと精悍さを混ぜ合わせた感のある高校生……いや、中学生か。イヤホンを耳につけながらスマホゲームに興じる女子大学生。

平日の出勤・通学ラッシュの車両など、こんなものである。いつもの人が、いつものように目的地まで、車両の狭さと、人の体温や汗の臭いに顔をしかめながら、揺られるだけ。それだけの短い間に偶々乗り合わせるだけの関係でも毎週見ていると顔くらいは覚えるというものだ。


「次は名古屋、名古屋。」


っと。もう降車駅か。私は、半分押されるようにしながらホームに降りた。

・・・・・・

ホームに降りると、私はコンビニに向かうことにした。電車というのは厄介なモノで、上手く乗られないと遅刻が確定するが、上手く乗れると乗り換えまで時間が余るという不思議な現象が起こる。ホームでダラダラと待つのが苦手な私は、基本的にコンビニで過ごすことにしているのだ。


「イラッシャイマセー。」


毎日聞いている気怠そうな声。電車と同様、コンビニもまた、大体は毎日同じ顔ぶれである。

見慣れた顔、見慣れた服装の人の隙間を縫うように私もまた、毎日決まった麺麭パンと野菜ジュースを手にレジに並ぶ。

ふと、何の気なしに隣の列を見るといつもは見ない男性が居た。細身のスーツに身を包み、髪をキッチリと整えた20第半ばといった感じの男性。よく見るとコイツは、いつも同じ電車に乗っている男だ。

「同じ電車に乗っているのだし、こういうこともあるか。」と思った。しかし、彼はいつも扉が開くと同時にスタートダッシュを決める程に急いでいるのに、コンビニに寄る時間があったのか。もしかして、時間に追われているわけではなかったのか。――ぶっちゃけ、どうでもいいが。


「アリガトゴザイマシター。」

・・・・・・

乗り換えて地下鉄。

ここも、いつも同じ電車、同じ車両に決まって乗るようにしている。理由は特にない。所謂、惰性というヤツだ。しかし、そのいつもの風景に違和を感じた。幼さと精悍さを混ぜ合わせた感のある中学~高校生くらいの学生。この子もまた、名古屋迄の電車で同じになる子である。しかし、地下鉄では見たことがなかった。まさか、同じ電車に乗っていたとは。それとも、この子が乗る電車を間違えたのか。


電車に乗ると、学生は私が降りる駅より後で降りるらしく彼の降りる駅を知ることはなかった。いや、まぁ確かに知る必要など無いのだケド。少し、気になった。

・・・・・・

丸の内で降りて、仕事場に着くと私は準備を始めた。うむ、今日も見事に出勤時刻スレスレだ。


「おはよーございまーす。」

「ん、おはよう。……しかし、原我クン。もう少し早く来ることは出来んのかね?」

「イヤ~、厳しいですね。意識はしているんですが。如何せん電車が……。」


本当は余裕だケド。


「いやいや、別に早く来る分にはいくらでも構わんのだぞ。」

「う~ん、まぁ頑張ってみます。」

「あぁ、頑張ってみてくれよ。」


絶っっっ対、これからもこの時間を続けますケドね!時間外労働など、死んでもしてやるものか。早く来て欲しければ金を出せ。


「あぁ、そうだ。原我クン。」

「はい?何でしょう?」


残業ならしませんよ。残業をして欲しければ残業代を出せ。この不法労働企業が。


「今日、急でちょっと悪いんだケド外に出てくれるかな?」

「はぁ。それは……構いませんが。」

「イヤ~、悪いね。本来、外回りの予定だった子が急にインフルに罹患したらしくてねぇ。」

「まぁ、この時期ですしねぇ。」


うん、仕方ない。GJインフル。


「では。不肖、原我己視子。外出させていただきます!」

・・・・・・

私は外での仕事が好きだ。帰社が余りにも遅くならなければ、コッソリサボっていてもその間の給料が発生するから。


「えーと、たしかこの会社は大須だったかな。」


大須なら電車で一本だ。残念、どう足掻いても少しサボればそれだけで不自然になってしまう。

カタカタと電車に揺られること4分。伏見に着いたところで乗ってきた一人の乗客には見覚えがあった。イヤホンを耳につけながら、スマホゲームに興じる女子大学生。今朝も確かに同じ電車に乗ったハズの彼女が、乗り込んできたのだ。まさか、一度帰宅したのだろうか?最近の学生が考えるコトは、よー分からん。彼女の荷物をよく見ると、朝とは違ってバカにデカイカバンを手にしていた。なるほど。この、バカデカイ荷物を忘れてきていたのかも知れないな、と思った。


「次は大須観音、大須観音。」


っと、もう着くのか。早いなぁ~。

扉が開いて私が降りると、ホームに見覚えのある少年が立っていた。先ほども出会った、中学~高校生位の彼だ。見ると、彼もまたイヤにバカデカイ荷物を持っていた。


「……最近のトレンド?」


イヤでも、確か彼も朝はこんなカバン持ってなかったような……。


「まいっか。」

さて、仕事仕事。

・・・・・・

同日 10:40 大須 黒丸商事

「うわ、流石地元の一流企業の一つ黒丸商事。建物デカっ!」


今日、私が行くように命じられた黒丸商事は、愛知の、いや、東海地方の就活生の多くが羨む企業の一つ。黒丸商事だ。愛知の商業の一角を担っているこの会社は、その業績と比例するように黒い噂も多い。所謂、ブラック企業というヤツである。


「……となるとこの綺麗でデカイ建物も末端の人々の汗と涙と血の上に建っているワケだ。」


思わず、これから面会する相手の悪口を独りごちる。まぁ、問題ないでしょ。


中に入ると、私は五階の小部屋に通された。中には一人の若い男性社員が居た。


「どうも。黒丸商事営業担当の大津です。」

「あ……!」


大津と名乗った彼は電車で見かける男であった。


「……どうされました?」

「いえ、何も……。失礼しました。」


当然だろうが、相手は気付いていないようであった。……まぁ、電車で一緒になるだけの人間に覚えられていても気持ちが悪いのだけれど。人の事を言えた義理では、ないが。


「そうですか。では、話し合いを始めましょう。……どちらにも、有益な会談となると良いですね。」

・・・・・・

我々と黒丸商事との会談は恙無つつがなく終了した。

帰社の途中、電車に乗っているときにふと、何の気なしに隣を見ると、大津氏も同じ電車に乗っていた。荷物の量を見るに、きっと、これからソコソコの期間、出張をするのだろう。私との会議の直後に出張とは……。いやはや、営業マンというのは大変なものだなぁと思った。「お疲れ様です。」という意味も込めて頭を下げておく。てっきり、向こうも会釈を返してくるモノと思っていたが、彼は表情に疑問の色を浮かべていた。そうして、暫しの間の後、漸く合点が行った様子で大津氏も頭を下げた。

しかし、つい数分前の人の顔も覚えていないとは……。よほど忙しいのか、或いは、よほど人の顔を覚えるのが苦手なのか……。どちらにせよ、営業担当としてどうなのかとも思う。

・・・・・・

同日 19:14 名鉄一宮駅構内

「あ~、今出ていったばかりかぁ……。」


岐阜行きの普通列車に乗ったのが間違いだった。少し名古屋で待って特急なり急行なりにのれば30分も待たずに済むというのに。私は、阿呆だ。


「原我さん。先ほどは、どうも。」


ホームの椅子で座っていると、不意に声を掛けられた。


「大津さんでしたか。こちらこそ。」

「電車の中では気づきませんで、どうもすみませんでした。」

「いえ……仕方がないですよ。隣の車両でしたし。」

「そう言っていただけると、助かります。」


当たり障りのない、関係企業の社員同士の会話。しかし、そんな会話の中にあって私は何やら違和を感じていた。会話の内容や話し方等ではない、この大津という男自身に対しての違和。見た目……というか……服装……というか……う~ん……。


「どうしました?」

「あ、いや何でも……」


ないです。と言おうとした時、違和の正体に思い至る。そうだ、先程見たときに彼が持っていたバカデカイ荷物が無いのだ。そして、私はそれを見て、「出張にでも行くのかな?」と思ったハズで、ところがどっこい、彼はこうしてここにいる。違和という程でもないが何処かに置いてきたにしては短すぎる時間だ。


「では、何もないようですのでこれで……。機会があればまたいつか。」

「……えぇ。そうですね。それでは、またいつか。」


違和を感じてはいても、所詮は人の荷物。詮索することも憚れる。何だったら、荷物は少し離れた所に置いてあるだけかもしれない。


「…………あ!そうだ、原我さん。」

「ハイ?」


立ち去ろうとしていた大津氏が、唐突に立ち止まり、私の名を呼ぶ。そうして言うことには。


「よければ一杯、如何です?」と。


暫し、瞑目して思量した上で答える。


「すみません。大変魅力的なお誘いではあるのですが……。」

「ご予定でも?」

「えぇ……実は、母が体調を崩して寝込んでまして……。」


勿論、嘘だ。私は独り暮らしだし、母は実家で元気に過ごしているハズだ。ただただ、何となく誘いに乗りたくなかったダケに過ぎない。


「そうですか。それなら、仕方ないですね。早く帰って差し上げて下さい。……季節の変わり目ですからね。原我さんも気をつけて下さい。」

「すみません……。それと、ご忠告ありがとうございます。」

「いえ……。では、今度こそ失礼します。」

「はい。良かったら、またいつか誘ってください。」


私の言葉に、彼は手を挙げて答えた。

・・・・・・

10月25日 一宮駅


一夜明けて、今日も私は、尾西線と名古屋本線の間を走る。本当は構内を走るなど良くないのだろうケド全力で走る。


「ハァ……ハァ……。ま……間に合……う……か!って、うわぁっ!」ドン!


読者の皆様に覚えておいて頂きたいのは、やはり駅構内は走ってはならない、ということだ。成る程、走っている人だけが、転んで痛みを感じるならば許されるのかも知れない。それは所謂、自業自得というヤツだからだ。しかし、大抵駅で走っていると他人にぶつかる。そうして、時にソレは軽くぶつかる程度ではなく衝突と呼べるレベルでぶつかってしまうモノだ。

つまり、私は走っていた。そうして、階段にて反対側から歩いてきた他人ひとにぶつかった。衝突した。


「イッテテテテテ……って!す……すみません!大丈夫でしたか?」

「あ、ええ。大丈夫ですよ。」

「そ、それなら良かったです!本当に、すみませんでした!」

「いえ、これを機に今後は気をつけて頂ければそれで。ホラ、顔をあげてください。」


言われて顔をあげると、ぶつかった相手の顔はどこぞで見た覚えのある顔であった。……というか、その顔は私のソレと瓜二つであった。


「?……どうしました?」


不思議なコトに、相手は少しの疑問も抱いていないようであった。……もしかして、私の思い違いだろうか?


「どうしました?」


「転んで頭を打ったのか?」と心配するように、相手の女性は瓜二つの顔で覗きこんでくる。

端から見ればなんと異様な光景だろうか。それとも、一卵性双生児の姉妹にでも見えているだろうか。

因みに、私に生き別れた双子の姉妹など居ない。……無論、両親が隠していなければ、だが。しかし、既に生まれて四半世紀を過ぎた私に、そのような重大な秘密を隠すほど、私の両親は阿呆ではないだろう。つまり、目の前の姉妹よりも似ている他人は、その実、見事な真っ赤な他人、ということになる。


「あの……!」


漸く言葉を発したをした私を、彼女は黙って見つめていた。


全く同じ目で。

全く同じ瞳で。

全く同じまなこで。

全く同じ光彩で。


見ている。視ている。観ている。

ただじっと黙って。静かに。真っ直ぐに。彼女は、私の……そして彼女自身の顔を――見ている。


「……何でもありません。」


その異様さに私は呑まれた。萎縮した。

そうして一言

「電車……行っちゃいましたね。」

とだけ言っておいた。

・・・・・・

同月同日 オフィスルーム


不思議な事の後には、不思議な事が続くモノで、私が上司に「すみません。遅れました。」と謝罪したところ、上司に曰く「君は、6時には来ていた。」と云うのである。これはおかしな話だ。何故なら、その頃私はまだ朝食を食べていたのだから。


「ドッペルゲンガーって知っている?同時に複数の場所に同じ姿貌の人が現れて、自分のドッペルゲンガー出会ってしまった人は死んじゃうの。己視子はソレに出会っちゃったんだねぇ。」


今日のここまでの出来事を、会社の友人である岡本雪子に話したところ、彼女はこう云った。


「ドッペルゲンガー、ねぇ……。」


私の冷めた返事と僅かに引いた顔を見て雪子は少し怒ったように反論する。


「だってそうじゃない!いくら、世の中に似た顔が3人はいるって云ってもソコまで同じ姿貌すがたかたちをしているなんて無いでしょ?」

「そりゃあ、そうだケド……。」


ヤバい。この子、真面目に本気で言っている。性質タチが悪い方のオカルトマニアだ。所謂、異形のモノが在ると信じて疑っていない。……正直、面倒くさい。無いとは言わないが、どうして真っ先に出る考えが「ドッペルゲンガー」なのか。


「じゃあ、雪子。私がドッペルゲンガーに遇ったとして、そんな憐れな私はどうすればいいの?」

「さぁ?だって私、ドッペルゲンガーは死ぬオチしか聞いたことないし。」

「……私に死ねと?」

「かも?骨は拾ってあげるね。」

「雪子にはひと欠片も拾わせない。」

「え~、人骨は死者の蘇生に使えるのに~!」

「そういうことに使うからでしょうに……。」


本当、性質の悪いマニアってヤツは!

・・・・・・

??月??日 ??:?? ???????

「そうか……分かった。」

『すみません。まさか、遭遇してしまうとは……。』

「いや、問題ない。……こちらの調査ミスだ。取り敢えず、会社には居られたのだろう?」

『それは、ハイ。まるで疑われる事なく。』

「なら、構わないよ。……あと数日、ほんの少しの間“共存”するだけで君は〇〇〇〇〇〇になるんだ。」

『……明日以降はどうすれば?』

「君とオリジナルが出会わないよう、時間をずらすよりあるまいね。」

『ですね、分かりました。それでは。』

「あぁ。」

・・・・・・

10月26日 11:25 オフィスルーム


始業からややあって、上司に声をかけられた。

「原我クン。少し良いかね?」

「はぁ。 大丈夫です。」


何だろう?今日はまだなにもやらかしてないハズだが。それとも昨日までのやらかして黙っていた件が露見したのだろうか?だとしたらどれだろう。


「いや、この間の黒丸商事の件だがね……。」

「あ~、ハイ。」


あそこで何か有ったっけ?個人的には恙無く終わったと思ってたケド。


「担当が元に戻るより、このまま君が担当した方が良いと思ってね。申し訳ないが、また行ってもらっても良いかね?」

「それなら、はい。然るべく。」

・・・・・・

とは言ったものの、実際のところ今日黒丸商事でやることなんてほぼ無いに等しかった。

大筋は前回決まっているのだから後は、細かい処を詰めて、互いに印を捺せばそれで十分なのだ。なんだったら、行為能力者であれば、誰でもいいようなモノである。


「いや、スミマセン。この程度の為に、わざわざご足労頂いてしまって。」

「いえ、我々としても必要な事ですし。」

「……それもそうですね。」


ブー、ブー、ブー。


不意に、机上の携帯が震動した。電話だ。


「すみません。少々失礼します。」

「あぁ。いえ、業務連絡ですね。まるで構いませんよ。」


頭を下げて会議室を中座する。電話の相手は上司だった。


「はい。お疲れ様です。原我己視子です。」

『お疲れ様。変なことを聞くようだが……君は今どこに居る?』

「え……?そりゃあ、黒丸商事ですが……?」

『そうか。いや、それならいいんだ。』

「はぁ……。」

『それでは。邪魔をしてすまなかった。黒丸商事の方にも宜しく伝えておいてくれ。』

「はぁ……。では。」

ツーツーツー。


一体なんだったのだろう。急に「今どこに居る?」とは。そもそも、黒丸商事に行くように言ったのはあちらではないか。


「あ、お電話は終わりましたか?」

「えぇ、失礼しました。」

「いや構いませんよ。……ところで、今夜こそこの間の口約束を果たしませんか?」

「……というと?」

「ほら。前、駅でお会いしたときに呑みに行こうと誘ったじゃないですか。と言っても、二日前ですが。」

「あぁ……。確かに……。」


そんな事もあった気がする。う~ん……でも、あまり行きたくないなぁ。あ~……でもなぁ。仕方ないか……。


「……いいですね。では、今日の9時に名古屋駅でどうですか?」

「えぇ。では、その通りに。」


むぅ。どうにも気が乗らない。

・・・・・・

同月同日 20時45分 名古屋駅4番出口前


どうにもこうにも、最後まで気が乗らなかった私は、せめてアルコールを摂らなくて済むように、と一旦帰宅して車で向かった。


「で、駐車して戻ってきても居ないし……。」


と、一人ごちたところで思い出す。そう言えば、場所を「名古屋駅」と指定してはいても、名古屋駅の何処かは指定していなかったな、と。もしかしたら「ナナちゃん人形」前にいるかもしれないし、「金時計」の所にいるかもしれない。或いは、我々の共通の改札である地下鉄東山線の出口にいるかもしれない。


「……だったらいっそ」


帰ってやろうか。と呟こうとしたら携帯に連絡が入った。当然ながら相手は大津である。


「はい。原我己視子です。」

『あぁ、よかった。今、どこに居ます?』

「……名古屋駅広小路通り4番出口です。」

『そうですか。では、すぐに向かいます。』

「……はーーい。」ピッ


来なくてもいいですよ。と通話を切った後で一人ごちた。

………

……

「すぐに向かう」と言った大津が来たのは暇潰しのスマホの電池がそろそろ切れようか、というときだった。一体、名駅のどこにいたのか。


「お待たせしました。すみません、具体的な場所を決め損ねてましたね。」

「いえ、そもそも名古屋駅を場所にしたのは私ですし。」

「ま、キリの無い責任の引き取り合いは止めましょう。……どこか、好みの店はありますか?」

「そうですね。任せていただけるのであれば……。近くに私の好きな店がありますよ。」

「では、ソコにしましょう。……先に誘ったのは私ですし、宜しければ奢らせてもらいますよ。」

「いや……そんな……。」

「いいですから、ね。」

「……では、お言葉に甘えて。」


まぁ、折角奢ってくれると云うならソレに甘えよう。元々、乗り気でないのだし。

・・・・・・

同月同日 22:50 原我己視子車内


私は、シャーリーテンプル(勿論、車で来ているのだから関東の方だ!)を数杯飲んで帰ることにした。しかし、走れども走れども知っている道にたどり着かない。


「道を間違えたかな……?」


元々が走り慣れていない土地である。まして、時刻は23時前。道を間違えても不思議ではない。そもそも、私にはやや方向音痴の気があるのだ。


「地図アプリ……は使えないか。」


前述の通り、私のスマホの電池は切れかけている。恐らく、“起動と同時に切れる”か“変な国道に乗せられて切れる”といった所だろう。


「ん~……まぁ、多分この辺りを適当に走ってれば着くでしょ。」


これが方向音痴の悪い癖である。

悪い癖だという自覚はある。しかし、何とかなる気がしてしまうのだ。いつも、いつでも、いつまでも。


岡本雪子に曰く、「己視子は大分県に行った日から、セコに憑かれてるのかもねぇ。」とのこと。ちなみに、私は大分県の土を踏んだことはない。


「なんて、言ってる場合じゃないんだよねぇ……。どうやったらこんな所に着くのやら。自分でも訳が分からないよ。」


私は山の麓に居た。


「というか……名古屋の真々中に……山?」


一体、私はどれ程迷っていたのだろう?少なくとも、ここが名駅周辺でない事だけは流石に分かった。


「ちょっと気になるし、登ってみようかな?」


方向音痴の悪い癖(本日2回目)である。これだから深みにハマるのだ。“Curiosity killed the cat.”とはイギリスの諺だったか?――「好奇心、猫をも殺す」。


「とはいえ、怖いから車で、ね。」


車で山道をグネグネ登っていくと、頂上には何やら変な施設の門があった。


「何だろう、この施設?……発電所?」


その割りには静かだな、と感じた。なら、何だろう?浄水場?ごみ処理場?……どちらも違う気がした。


「なんだったら、国家の秘密機関だったりして。」


少年の夢想のような冗談を一人ごちる。すると、不意に後ろから声を掛ける者があった。


「あながち間違ってないかも知れませんよ?」


声に驚き、振り替えるとソコには一人の女性が立っていた。――私が……原我己視子が立っていた。


「お久し振りです。原我さん。」

「お久し……振りです……。」


どうしたものか分からず、また、どう言ったものかわからず呆然としていると、彼女は言った。


「ここがどこか、教えて差し上げましょうか?」

「知っているんですか?」

「えぇ。……案内してあげますよ。付いてきて下さい。」


そう言って彼女は私の腕を引いた。そうして云うことには


「クローン研究所にようこそ!」と。

・・・・・・

同月同日 23:30 クローン研究所?


「クローン……研究所……?」

「はい。クローン研究所です。ソレも動物ではなくて人間の、ね。」


何を言っているのだ、この女は。小学生位の子ならともかく、私を、そのようにからかってどうするのか。そうでなければ、頭がおかしいのだろう。人間のクローン研究所だって?そんな一昔前の少年漫画のような……。


「漫画の話じゃないですよ。私を見たら分かるじゃないですか。」


私の考えを見透かすように、彼女は云った。そして「私を見たら分かるじゃないですか。」とも。


「常識で考えて、こんなに外見的特徴が一致する人間なんて……失礼。特徴どころか細部に渡って同一な合同な人間なんて存在し得ませんよ。」

「それ……は。」


間違いなかった。しかし、「クローン研究所」だなんて……。そんな話、岡本の「ドッペルゲンガー」並に荒唐無稽な話ではないか。


「こんな話……信じられる訳ないじゃないですか!」

「そうですか??クローンの技術が公になった(、 、 、 、 、)のは、もう十何年も前ですよ。」

「イヤ、でもそれは羊や牛なんかの動物の話で……!」

「だから?」

「え……?」

「どうして牛や羊で出来ることが人間だと出来ない、って事になるんですか?」

「それは……。」

「人倫が許さないからですか?国際法が許さないからですか?まさか、神が許さないからですか?でも、それらは“やらない”理由であって“やれない”理由じゃないですよねぇ。」


そう。クローンの技術が確立したとき、各国は寄り集まってヒトクローンを禁じた。――「禁じた」と言うコトは「不可能じゃない」というコトではないか?


「原我さん。ご理解頂けましたか?」

「……。」


私は、答えない。答えられない。突然に滅茶苦茶にして荒唐無稽な話を聞かされて、答えられようハズもない。もしかして、三日間(既に零時を越えているから明けて四日間か?)もの時間を掛けた壮大なドッキリなのではないだろうか?その可能性の方が遥かに真実味がある。原案が上司で、脚本が雪子だ。彼女なら、こんな荒唐無稽なお話が好きだろうから。


「言っておきますが、ドッキリなんかじゃないですよ。」


またしても思考をトレースしたように女性は言った。


「でも、貴女の話を信じるとして、私なんかのクローンを作った理由は何?どうせならもっと重要な人のクローンを作った方が……。」

「別に貴女だけじゃないですよ。ほぼ全人類のクローンが、世界中で作られています。ただ、貴女が気づいたってだけです。」

「別にクローンに気づいた訳じゃ……。」


ただ、迷い、迷って、彷徨って、偶々着いた施設で自称クローンの私と同じ見た目の女性に説明を受けただけだ。


「同じことですよ。……そうですね。折角ですから、私たちの目的も教えてあげます。そろそろ、研究所の最深部ですしね。」

・・・・・・

同月27日 01:25 クローン研究所所長室兼実験室


重厚な鉄扉が開かれ、エアーシャワーを浴び、消毒液のプールに浸かって……という手順を想像していたが、何てコトはない。簡素な自動ドアが一枚有るだけであった。


「……これだけ?」

「ハイ。厳重に消毒したり、外界との空気を断ち切ったりはしません。いずれ、クローンは外に出るんですからある程度は菌に触れて抗体がないと、って所長の方針です。」

「はぁ……。」


分かったような、分からないような答えだった。


「それはそれとして。あそこにいるのがこの施設の所長、吉井光一氏です。」


言われた方を見るとソコには一人の禿頭に白衣を着た、浅黒い肌の男性がいた。年齢は60代後半だろうか?

じっと見ていると吉井氏が口を開いた。


「あぁ、君が原我さん?クローン研究所所長、吉井光一だ。宜しく。」


吉井氏は厳かにそう言った後、突然かんらかんらと笑いながら言った。


「なーんてな!ハーッハッハッハ!いや~、我ながら見事な作りだ!どっちがオリジナルか見分けが付かんね!それで?原我さん。君は、どこまで聞いているんだい?」

「……。」


私が呆気に取られていると、クローンが代わりに言った。


「“クローンが存在する”という所までです。」

「あぁー、そうかい。……で、今口を開いたのはどっちなんだい?いや、本当に見分けがつかなくてねぇ~!」

「……クローンの方です。」


どうやら「クローン原我己視子」もノリに付いて行きかねているようだ。というか、呆れている?恐らく、毎日毎日こんなノリなのだろう。彼女が、正確に私を模して作られているのなら、恐らく心裡で「控えめに言って死ね」と思っているハズだ。何故なら、私が今そう思っているからだ。


「そうか、そうか!クローンが居るって処までか~!……じゃあ、CF計画については知らないんだねぇ。」

「そうですね。」


CF計画?確かに初めて聞く単語だ。恐らくCFが何かの略であろうことは想像に難くない。


「あの~……え~と……CF計画って……?」

「おっ!聞きたいかい?気になるかい?興味が湧いたのかい?」

「……そうですね。」

「そっか~、気になるかぁ。私のこの、天才且つ秀才にして、鬼才、傑物の脳から涌き出てきた計画に興味が湧いたのかぁ~!」

「まぁ、ここまで話を聞かされたら、少しは……。」

「じゃあ、教えてあげよう。……の前に、だ。CFと聞いて何を思い浮かべる?」

「CF……センターフォワードですかね。」


何を隠そう、私は小学生の頃地元の女子サッカーチームに入っていたコトがあるのだ。


「あぁ、そういうのもあるねぇ。他には“比較する”って意味もある。……だけどね、どっちも違うんだ。ここで言うCFは演劇や、放送、映像なんかの分野で言われるCFでね。“クロスフェード”って意味なんだよ。」

「クロスフェード……?」


耳慣れない言葉の説明に耳慣れない言葉を使われ、当惑していると、吉井氏は続けた。


「クロスフェードとはね、簡単に言えば音や映像が徐々に、そしてできる限り自然に移り変える技法を指すんだ。」

「はぁ……。それとクローンに、どんな関係があるんで?」

「……やっぱり、ソコまで話さなくちゃいけないかい?」


吉井氏がバツの悪そうな顔で尋ねる。


「そりゃあ、そうですよ!今、聞いたのってCFの意味とクロスフェードって言葉の説明だけじゃないですか。」


というか、話したいんじゃなかったのか。


「そっかー。うん、よし!オーケイオーケイ。じゃあ、教えてあげるからちょっと待っててくれるかい?準備があるんだ。」

「はぁ……。」


そう言って、吉井氏とクローン原我は出ていった。

・・・・・・

同月同日 02:30 クローン研究所所長室兼実験室


突然体を揺り動かされて、私は目を開いた。どうやら、居眠りしていたらしい。そして、目の前には私の顔。鏡でも有るのかと思ったが、何てコトはない。ただ、クローン原我がいるというダケの話である。(もっとも、こちらの方がトンでもない話ではあるのだが!)


「おはよう。いや~、待たせてすまなかった。」

「はぁ……。」

「さて、唐突に質問だが、君はここ数日で見た人の数を覚えているかい?」

「……見た人、の定義にもよりますね。例えば関わった人、だとか言葉を交わした人、だとか。」

「イヤイヤ、ソコまでさえ必要としない。例えば……そうだな。電車で乗り合わせた人、とかその程度で十分だ。」

「……なら、何人かは。」


別にここ数日でなくとも、毎日見ている顔だ。意識せずとも記憶に残っている。


「そうかい。……実をいうとここ数日、君の周辺を調査していたのは気がついていたかね?」

「いえ……。」


全く知らなかった。というか、何気にトンでもないことを云われたのではないか?


「そして、今日までの間に君が毎朝電車で乗り合わせる人の数人がクローンに入れ替わっていたのさ!」

「は、ぁ?」


トンでも話もイイトコロである。大体、入れ替わっていたというのならオリジナルの方はドコヘ行ったのだという話だ。


「おや、信じて無さそうじゃあないか!?」


吉井氏がわざと大仰に驚いてみせる。寧ろ、誰が信じるというのだろう。


「所長。“百聞は一見に如かず”と云いますし、もうやってしまって良いのでは?」


クローン原我が言うと、吉井氏は瞑目して熟考する。数秒の後、目を開いた吉井氏は言った。


「そうだねぇ。うん、良いよ。やってしまって。」


言うが早いか、クローン原我が私の真後ろに近づき、首に何やら押し当てた。鋭い痛みが一瞬私を襲う。


瞬間、私の視界は真っ黒になる。徐々に意識が失われていく。苦しみはなく、ただただ意識が“フェードアウト”していく感覚。薄れいく意識の中で、クローン原我と吉井氏と思しき声が聞こえた。


「ドッペルゲンガー、ではないですが同じ顔、同じ姿のヒトならざるモノに出会った人は死んでしまうんです。」

「CF計画……クロスフェード計画の内容、それはねぇ、人類とクローンの総入替えなのさ。オリ……ナルは……魔だから……んでもらう。……この……画の目的……はねぇ……………………


私の意識は消失した。

・・・・・・


【所外秘】CF計画概要


正式名称:クロスフェード計画


目的:我らが指導者は現行の人類こそが、人数ならびに質が最良のモノであると、判断した。よって、現状の人類のクローンを極秘裏に生成し、永きに亘って、今の人類を、この世に留めようとするものである。尚、この際、一部の人間の個人的な性質についてはクローンに修正を要する。(具体例:個人名,原我己視子。彼女には限度を超えた身勝手な性格が見られる為、クローン化の際はその性格を修正しておくこと。)


手法:別紙の方法に因り、クローンを生成する。その後、オリジナルの人間を調査の上、一時的にオリジナルとクローンが共に存在している状態を作り出す。周囲が、クローンの存在に気が付かなければオリジナルを殺害。クローンと入れ替わりを行う。


尚、諸々の詳細は関連する資料を参考の事。


クローン研究所所長:吉井光一



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