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優しい秘密

「優菜、ここだ!」


 広場の隅にある木陰で手を振る健に、優菜は早足で近づいた。距離を詰めると、彼の後ろにもう一人分影があるのに気付く。


「約束通りに連れて来てくれたんだね。後ろの子がそうなの?」


「そうだ。悪いな、こいつ人見知りなんだよ。ほら、隠れてないで挨拶くらい自分でしねぇか」


「う…………」


 健に押し出されたのは中学生くらいの少年だった。背は優菜より低いが、健とよく似た顔立ちをしている。俯いた少年は、こちらが気の毒になるくらいにおどおどしていた。


「私の顔そんなに怖いかなぁ? 健君どう思う?」


「そうだなぁ。眉は緩いカーブで柔らかい感じがするな。目は大きくもなく小さくもないがつぶらで愛嬌がある。鼻はそれほど高くないが顔のパーツと比較するとちょうどいい。美人とは言えないが、優しい顔立ちだろ」


「ねぇ、それ褒めてる?」


「褒めてるだろ?」


 健はからかうように片眉を上げてみせる。場の空気を和まそうと話題を振ったのにと、優菜は半眼でそんな彼を睨む。何だか釈然としない。

 隣で少年が噴き出した。二人が視線を向けると、緊張が解れたのか、口元に小さな笑みが浮かんでいる。


「笑ってもらえたなら、貶された甲斐があったよ」


「その、すみません」


「謝るなよ。お前にそう言う態度取られると、オレが本当に貶したみたいになるだろ。なぁ、あんただってわかってるよな? 今のは褒めたんだぜ?」


 今更フォローらしきことを言っても、全て後の祭りだ。優菜は胡乱な眼差しで健を眺める。


「聞いた? お兄さんこう言い張ってるけど、女の子の扱いなってないよね? 謙虚な弟君とは大違い」


「いえ、そんな……兄さんはオレよりずっと頼りになる人です。オレは気が小さいばかりで、褒められる性格じゃありませんから。オレ、朝倉緑あさくらみどりって言います。優菜さんに人と違う力があるって、兄さんに聞きました」


「うん、そうだよ。と言っても胸を張れるようなことは出来ないんだけど」


「あの! 初対面で図々しいお願いかもしれませんが、その力、見せてもらえませんか?」


 思い切ったようにそう切り出した縁は、必死な目をしていた。固く握りこまれた両手が、足の近くで震えている。そこには並々ならぬ思いがあるようだった。


「いいよ。その代わり、年もそれほど違うわけじゃないみたいだし、敬語はなしにしてくれる? こっちも緊張しちゃう」


「う、うん」


「じゃあ、何か小さくて軽いもの持ってないかな? 念のために、失くしても困らない物の方がいいかも」


 優菜に断る理由はない。そう言うと自分のポケットを探る。しかし出てくる物は三人とも同じだ。携帯と財布と家のカギだけだ。

 収穫がないのを見てとり、健が手持無沙汰に手元の携帯を弄ぶ。


「あんた、ハンカチとか持ってないのか? 一応女子だろ?」


「それ偏見だからね。女の子がいつもハンカチ持ってるわけないじゃん。まぁ、褒められたことじゃないかもしれないけど」


「最近の女の女子力のなさは嘆かわしいな。日本の大和撫子は絶滅したのか?」


「今の時代、大和撫子じゃ生きていけないの!」


「あの優菜さん、それじゃ駄目かな?」


 ぽんぽん軽口を交わす二人におろおろしながら緑が優菜の携帯を指差す。正確にはそこにつけられた子猫のストラップをだ。【隠れんぼ猫】という、コンビニで飲料水のおまけについてくるもので、優菜はこのシリーズをこつこつ集めているのだ。子猫がティシュボックスに隠れている姿には愛嬌があり、とても気に入っている。


「これお気に入りなんだけど、まぁ、少しくらいならいっか。緑君、私と同じように手の平を広げて」


 優菜は携帯からストラップを外すと、手の平に乗せた。ストラップをよく見ながら意識を集中させる。大事なのはイメージだ。自分の手の平から、ストラップを着地点へ飛ばすことを想像する。

 目に力を込めると、ストラップが揺らぐようにブレて、消えた。


「……凄い、本当に飛んできた……」


 声を上げた緑の手の平には、しっかりとストラップが現れていた。興奮で顔を紅潮させて、しげしげとストラップを眺める緑の目は輝いている。


「失敗しなくて良かったよ」


 優菜は僅かにあった懸念が晴れたので、穏やかな気持ちで緑に答えた。失っても死ぬわけじゃないが、お気に入りのものを失くすのは、何度経験しても落ち込む。


「な? 言った通りだったろ?」


 まるで自分がやったような顔で、健が胸を逸らす。それに何度も緑が頷く。大げさに見える反応に、優菜はどう言葉をかければいいのかわからずに、受け取ったストラップを弄った。


「優菜さん、見せてくれてありがとう」


「どういたしまして。本当に大した力じゃないけどね。緑君の力はどんなものなの?」


「僕の力は人の夢に入ること。夢は人が一番無防備で、嘘をつけない場所なんだ。そして何より、人間の本性が見える所でもある。だから僕は人間が怖い。普段笑っている子が、本当はすごく誰かを憎んでたり、恨んでることもあるから。こんな不思議な力を持っているのは、僕だけだと思ってた。能力が違ったとしても、同じような立場の人に会えて本当に嬉しい」


 目を潤ませる健の気持ちは、優菜にも少なからず共感出来るものだった。

 人と違うということは、それだけで普通に生きにくい。他人に不用意に打ち明けることが出来ないだけに、優菜達は人目を気にしながら生活しなければいけないのだ。

 窮屈な生き方だが、理解者がいるだけで随分と違う。初めて出来た仲間という存在は、胸を塞ぐような気持ちを楽にしてくれた。


「私も嬉しいよ。こんな近くに居たのに、今まで気付かなかったのがもったいないくらい。健君に感謝しなきゃね」


「よせよ、痒くなる。オレはオレの興味から話を持ちかけただけだぜ。というわけで、今日この場を持って、オレ達は秘密を共有する仲間になったわけだ。仲間だったら、メルアドと番号くらいは交換しとかなきゃな、緑」


「あ、うん。あの、優菜さん、僕の番号貰ってくれる? メールはあまりしないから、打つのが遅くて申し訳ないけど」


「そんなの気にしなくていいよ。こっちは打つのは早い方だけど、くだらないメールも送るからさ、気楽にやってこう」


「そうだぜ、気張る必要ねぇよ。メールは何度もやってれば慣れてくるから、お前もすぐに上達するさ。まぁ、オレくらいのレベルになるのはなかなか難しいかもしれないがな」


「へぇー、健君は自信あるんだ?」


「神業レベルだな。ラインも使いこなすくらいだ。そこらの女子高生にも負けないぜ。今度絵文字をふんだんに使ったデコメールを送ってやる」


「楽しみにしてるよ」


 素直に認めはしないだろうが、健がどうして優菜と緑を引き合わせたのか、わかった気がした。もしかしたら、ずっと探していたのかもしれない。弟の心を一緒に救ってくれる相手を。

 そう思うと、少しだけ緑が羨ましくなった。



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