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暗黒の時代/5

「お言葉ですが、お待ちください、神様」

 ────うん。

 思わずあまりにも平易に応えてしまったので、すこしだけあせる。頭がわるいことがばれたらどうしよう。

 勝手にあたふたしていたのだけれど、どうやらその心配はなさそうだった。リーダーのつのつきは立ち上がるや否や、周りに散らばっているつのなしの死体を持ち上げて運んでくる。つのつきたちみんなで寄せ集めた死体が積み重ねられる。死体はまだまだ新鮮だけれど穴があいたりひどく血に濡れたりしていて、あまり見られたものではない。よく見ると胸を覆う革の鎧をつけていたりしたけれど、角の槍はそんなものなどお構いなしに背中まで綺麗に貫いていた。

「彼らの、死体です。いかがなさいましょう」

 そんなものは置いておいて、生きているつのなしを追ったほうがいいんじゃないかな、とわたしは思った。それはもういなくなったものだ。それはただのものだ。けれども、そうやって切って捨てるにはつのつきたちの表情はあまりにも真摯だった。つのなしたちの死体を、ただのものと考えていないのは明らかだった。ほんのすこし前に、彼らこそがもののようにつのなしを突き殺したのだとは思われないくらいに。

 けれども、とわたしは思い直す。つのつきたちにそうさせたのはわたしだ。わたしはつのつきたちから、自分をなげうつ行いを奪ってしまった。そしてたくさんの死体を生み出した。ならば、つのなしがそうなったわけは、わたしにある。つのつきたちにとっても、自分たちとよく似た姿形のものを殺すのは、おそらくはじめての衝撃のはずだ。その穴埋めはしなければならないかもしれない。

「食し、彼らを我々の一部としてはいかがか。我々はそのように考えております」

 リーダーのつのつきは、我々と強調してそういう。みんなを代表してという意味か、それとも本当にみんなの考えが彼に流れこんでいるのかもしれない。実際、そのびっくりするような言葉にもつのつきたちはほとんど反応というものを示さなかった。納得済み、という感じだった。

 ────だめ。おなかをこわすから。

 それどころか、わたしの言葉にこそかえってびっくりされてしまう始末だった。わたしは真面目なのに。髪とか皮とかをいちいち剥ぐのは邪魔臭いし、肉もかたそうでおいしくないだろうし。きっと骨も多い。それに解体するのはつのつきたちだ。たぶん、自分たちと似たような姿形のものをばらばらにするのは少なからず気が滅入ると思う。

 困惑した感じのリーダーを見ながら、少しだけ考える。子どもでも大人でも、つのつきがひとりでもいなくなってしまったとき、彼らはたいてい遺体を焼いて葬っていた。骨と灰を埋めてお墓をつくり、綺麗なままで焼け残る角だけが遺族の手にわたる。つまり形見ということ。けれどもつのなしは焼いたらみんな無くなってしまうだろうから、つのつきたちはあえて食べることを提案したのだろう。

 ────そのままうめてしまおう。ここはきっと彼らの土地だから。

「は」

 リーダーのつのつきが地面に拳を突いたまま、深々と垂れる。堂に入った立派な仕草だと思ったけれど、わたしはそんなことをしている場合ではないと考えている。

 ────さ。かたづけはまとめてあとで。やろう。

 そういった途端、つのつきたちみんなが一糸乱れない歩みで駆け出す。男性のつのつき四人が鏃のかたちに並び、その後ろ右翼と左翼に女性のつのつきがそれぞれ位置取りする。高くから見下ろしたつのつきたちの陣形は、まさにつののようなかたちをしていた。

 リーダーのつのつきが跪いていた時間はさして長くもない。破竹どころか大木までもなぎ倒してしまいそうな勢いで進撃するつのつきたちは、だからあっさりと逃げ出した最後の一組に追いついてしまった。突き出される角の槍が背を向けたつのなしを容赦なく狩る。あらぬ蛮声をあげて驚いかかるつのつきの姿は、端的にいってすこしこわい。お世辞抜きにいえばとてもこわい。わたしはただつのつきたちを見守っている。

「神様」

 ────いいよ。いい。そのまま。いこう。

 呼びかけられる。止めるわけはない。思いっきり後押しする。だってわたしには、いつまで経っても先遣隊が帰ってこないことに焦れているつのなしの様子が手に取るようにわかるのだから。手はないけれどわかる。わたしには、それが、見える。

 つのつきたちが揃って雄叫びをあげる。女性のつのつきまでも野太いくらいの怒声を声高に角の槍を振りかざす。六人のつのつき──まるで一本の角のような彼らが、陣屋のつのなしへと突っ込んでいく。さっき追走の指示を出していた代表格らしいつのなしへ、なにをはばかることもなく一直線に。

 最後方にひかえていた彼は、なにやらわけのわからない言葉をわめきたてている。彼からすれば、この状況はもっとわけがわからないのかもしれないけれど。きっとそれは指示を飛ばしていたのだろう、散らばっていたつのなしたちがすぐさま集合して陣形を組み立てる。つのなしはみんな半身を覆うくらいの木の盾を構えていて、片手に柄の短い石槍やら石斧なんかを持っている。横合いからは矢が飛んでくるけれど、この暗闇ではほとんど役に立っていない。つのつきたちが身体の俊敏さを活かして動き続けているのだから、なおさら当たるわけがなかった。

 思ったよりもずっと、つのなしの立て直しは迅速だった。それはまるでつのつきと違って、戦いというものに慣れているかのような。十人規模でつくられた盾の陣形。人数差も相まって打ち破れるかどうかは怪しいものがあった。もしそうできるなら引き止めたかもしれないけれど、もうつのつきたちの吶喊はわたしがなんとかいって止まるような勢いではない。

 激突する。突き立てられる槍が立ちふさがった盾を貫き、その向こう側の胴体を串刺しにしていく。受け流すことさえゆるさず、流麗な角が盾の防御をあっけなく食い破っていた。わたしはほっと息をつく。前列が崩れてそのまま後列まで総崩れになる。上背のある代表格らしいつのなしの男への道が開けた。

 途端に彼が叫びをあげて、まだ生き残っている五人のつのなしが散り散りに逃げ出していく。まとまりが崩壊した、というわけではなさそうだった。実際、つのなしのリーダーは取り乱してもいなかったし、逃げ出す彼らをみて頷きさえしていた。

 ────追って。ねこそぎにして。

 だから、リーダーを残してつのつきたちみんなが残党処理に走ったとき、彼は少なからずおどろいたみたいだった。彼の指示したことを、そのままなぞっているようなものなのだけれど。

 ふたりのつのつきがその場から振り返って弓を持ったつのなしを処理して、あとの三人が逃げ出したつのなしを背中から串刺しにして殺す。三人倒れた。つまりふたりは逃がしたということだった。

 ────深追いはしないで。

 つのなしリーダーの判断が早かったおかげだろう。そう簡単に追いつける距離ではもはや無くなっている。言い含めたつのつきが脚を止めたとき、すでにリーダー同士での勝敗は決していた。つのなしの彼は、槍にくくりつけられた角を危険と判断してそれを逸らすことに専心したみたいだった──そしてそのせいで、足元を掬われた。体勢を崩して座りこんだ彼の頭に、つのつきの矛先がぴたりと狙いをつけている。

「言い残すことは、あるか」

 つのなしの言葉は、もちろんわからない。彼らも、つのつきがなにをいってるかわかっていないだろう。けれども、なにを言わんとするかはわかっているみたいだった。つのなしの彼は怒るでもなく、口の端をつりあげるみたいにして笑っていた。死を確信していると同時に、報復も確信しているかのような。してやられたのはわたしのほうだといいたいところだけれど、つのなしからすればわたしたちが彼らの土地に踏み入ってしまったのかもしれない。今となってはどうしようもない。

 ざっくりと、つのつきの槍がつのなしの頭を一突きにした。血の噴水がふきあがって倒れた。

 まるでそれが合図だったみたいに、追跡をかけていたつのつきが戻ってくる。男性四人、女性二人、六人のつのつき。欠けたるつのはひとつもなかった。

 動くつのなしも、この場にはもうひとりたりともいなかった。

 全てが終わって静かになったあとで、つのつきたちは大きな穴を掘った。その穴に、たくさんのつのなしたちの遺体をひとつずつ並べていく。身の丈が大きいつのなしもいるせいで入りきらないこともあったけれど、足を曲げたりすることはしない。そのときは穴のほうを掘りこんで大きくする。つのつきたちの力強い身体をもってすれば、ほんのすこしの時間でしっかりとした穴ができあがる。

 少しだけ陽が出てくると、つのなしたちがどんな格好していたかがよくわかる。革の胸当てや鎧に脛当てなど、つのつきたちがまだつくってもいないようなものがいっぱいあった。それぞれに穴が開いていたりして、もはや使い物にはならないだろう。けれども、よく観察すれば同じものをつくることはできるかもしれない。つのつきは、それを好きなように持って帰ることができた。そして、そうはしなかった。つのつきたちは遺体を焼くとき、服を着たままで葬っていた。それと同じようにしているということなのだと思う。

 薄暗いうちに、つのつきたちは遺体もろともに大きな穴をしっかりと埋める。そこになにかが埋まっているのは明らかだった。隠すつもりだってぜんぜんない。やっぱり焼くか、川に流したほうがよかったかもしれない、とわたしは少しだけ悔いを覚える。みんな仕留められなかったのだからことは同じかもしれないけれど、死体が出てくるか出てこないかでは話が違ってくるような気もする。

 けれども、なるようになった。わたしが口出ししてよかったのかどうかは、やっぱりわからなかった。わたしが煩悶するうちに狩人リーダーのつのつきは立派にみんなをまとめあげ、野営を撤収したあとつのつきたちの住まいへと辿り着いてみせる。つのつきたちの後を追いかけたものは、もう誰もいなかった。

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