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暗黒の時代/4

 季節は時に追いかけられるようにあっという間に過ぎる。追い立てられる先はいわずもがな冬以外のなにものでもなく、けれども前年よりはずっと余裕があるように思われた。少なくとも切迫はしていない。仕事に必要な道具がつのつきみんなに行き渡っているおかげで時間を無駄にすることがなく、それだけ食料供給も十分なものになっているみたいだった。先の嵐から減るばっかりだったつのつきの数がほんの少しずつ上向き始め、わたしとしてはようやくの一安心といったところ。ちいさなつのつきが大きくなるまでなかなか油断はできないけれど、このままいなくなってしまうようなことはきっと無い。

 かといって、安心して見ていられる時間もそう長くはなかった。問題が片付いたかと思えば、また別のところからぜんぜん関係ないような問題がふっとわいてくる。つのつきたちの暮らし向きが安定してきて多少の遠出ができるようになったのも、その理由といえば理由かもしれない。

 問題というのは、狩人のつのつきたちが遠征先で前の"つのなし"と鉢合わせしたことだった。狩場が重なってしまったのだ。水場が近く野営をしやすい場所に陣取るのだから、かぶっても決しておかしくはなかったのだけれど。わたしはぜんぜん考えもしていなかった。そしてもちろん、揉めた。なにせつのつきには──というかわたしにもつのなしの言葉はぜんぜんわからなくて、そもそも意思疎通のしようがない。角の槍をおろして敵意がないことを示してはみても、つのなしたちの態度は対話に応じる姿勢にはてんで見えなかった。

 なにがよくないのだろうとわたしは考える。言葉が通じないのもあるけれど、ここはつのなしの縄張りであったのかもしれない。彼らにとっての近場であるなら、あまり歓迎できない状況だということはとても容易くうなずける。つのつきたちが同じ目にあったら、わたしはそれにきっと納得しないだろう。

 あるいはもっと単純な話で、彼らにはないつのがつのつきにあるからではないかとふと思う。わたしにはつのつきにつのがあるのは当たり前なのだけれど──だからつのつきと呼んでいるわけで──つのなしにとっては、つのつきを見るのは全くのはじめてでもおかしくはない。彼らの周りにつのつきと同じような民が住んでいるとは限らないのだから。

 色々と理由は考えられたけれど、結局のところ問題はひとつにまとまってくる。つまりつのなしたちはつのつきではないし、つのつきたちはつのなしではないということ。彼らとわたしたちは、ちがう、ということだった。その違いが受け入れられるくらいのものなら、ひょっとしたら少しくらいは仲良くできたのかもしれない。例えば狩りに使う道具が同じであったなら、ほんの少しはたがいに理解ができたのかもしれない。けれども実際はそうではない。つのなしが使っていたのは鉄の尖頭をくくりつけた短めの手槍で、つのつきが使っているのは奇妙な角を先端にくくりつけた長槍だった。道具ひとつとってもこれだけ違うのだから、同じところよりも違うところに目が向いてしまうのはある種の必然だったのかもしれない。

 ぴりぴりと張り詰めたような空気を感じながらも、狩りの最中はできるかぎり接触をよけるように。できるだけ衝突を起こさないようにするみたいに、自然につのつきたちとつのなしたちは川の此岸と彼岸にへだてられた。つのつきたちもよくない雰囲気を鋭敏に感じ取っているようで、翌朝にはこの土地を発つよう話し合って決めた。他の部族に出会ったことを酋長に報告し、不用意に近づかないよう知らせるためでもあったみたい。

 できるならすぐにでも発っただろうけれど、夜のうちに無理やり出発することはさすがにはばかられたらしい。なにせその夜は真っ暗闇で、あまり天気もよくなく、おまけに星も月もほとんど姿を見せていない。強行軍をしようにも灯火で片手がふさがるのがそもそも好ましくないし、なにより夜はけだものの独壇場だ。野営して一夜をやり過ごすことに決めたのは、決して間違いではなかったとわたしも思う。

 だけれども結果だけでいえば、それが失敗になったのは確かだった。せめて移動してから野営を行ったほうがずっとよかったと、わたしは改めてそう思う。

 つのつきたちが野営をやっている地点は、川をへだててもつのなしたちにほとんど筒抜けの状態だった。周囲の獣への警戒にと見張りが立っていなければ、事態はもっと深刻になっていたはずだった────つのなしたちがみんな揃ってつのつきたちの天幕を包囲し、草原に火をかけながら思い思いに槍を抜いていたのだ。有り体にいって、凶行だった。それはきっとつのなしたちにとっては戦ですらなく、それこそ獣を狩るような感覚に近かったのだと思う。でなければ、あんなにあっさりとつのつきたちを押し包みながら火をつけられるわけがない。

 見張りに起きていたひとりのつのつきが慌てた様子でみんなを起こす。焦りと困惑がにじむその様子を見て、不平不満をもらすようなつのつきはいなかった。まるでつのを介して共感を得ているようになめらかに、つのつきたちは状況の把握につとめはじめる。理解は十秒とかからなかった。ただでさえ緊張した雰囲気の真っ只中にあったのだから目もぱっちりと覚めていて、つのつきたちは集合するや否や退散するために動き始めた。野営の道具は捨て置くほかなかった。最低限の、つまり槍などの武器だけを手にしてつのつきたちが行く。

 問題になるのは包囲と、炎の壁だった。狩人の中でもリーダー格のつのつきがひとり犠牲になることを提案する。なにをもってしても、誰かが逃げ延びて酋長にこのことを伝えなければならないという。残る五人のつのつきは不承不承、やむを得ないと静かにうなずく。うちふたりは女性であったが、覚悟の程には男のつのつきとなんの違いもないみたいだった。

 ────まって。

 だから、本当にそうすべきだったのかはわからない。つのつきたちの覚悟をむげにする行いだったかもしれない。けれどもわたしは口を出していた。彼ら六人のつのつきに、全く同時。ずっと高いところから見下ろすわたしがひとりひとりをきちんと区別するのは難しいけれど、つのなしたちとつのつきたちを区別するのはとてもたやすい。つのがあるか、どうか。その決定的な違いで、わたしは彼らに語りかける。つのつきたちはかすかに混乱を来しているも、行動にさしつかえがあるような感じではなかった。大丈夫そう。

「この、声は」

 つのつきのひとりがぽつりと零した。おまえにも聞こえたかというように、互いがそれぞれにうなずきあう。それだけですべてを了解したような様子だった。

 ────減ってしまってはだめ。わたしはとても困る。

「ですが、神さま」

 ────わたしがいうとおりにして。

 リーダーのつのつきがみんなに目配せする。みんながまたも頷きあった。いったい何がつのつきたちをそうしてくれるのかはわからないけれども、今はそれをありがたく思う。わたしはただつのつきたちを見守るだけ。わたしのいる高さからは全てが見える。例えば火のかけられた草原に火の手が弱いところがあることも。また、その弱いところの向こう側に待ち伏せしているつのなしがいることも。きっとあえて火を弱くしていたに違いない。そんなところには行かせられない。わたしはそれを承服しかねる。

 ────塊になって、岩山があるほうに一気に走って。火が分厚いけれど、手薄。炎を抜けたらばらばらに散って、岩山で集合して。

 わたしのいったことが通じたかどうかは、つのつきたちの行動を見ればよくわかった。ともすれば危険そうなわたしのいうことにも全く疑いを抱くことなくすぐさま駆け出し、一目散に包囲の隙をついて六人のつのつきが抜けていく。つのなしたちもつのつきに比べれば多勢ではあるけれど、完全な檻をつくれるような大人数では決してない。逃したと知ってすぐに振り返って追いかけようとするも、つのなしは一瞬動けなくなる。ばらばらに逃げたせいで誰を追いかけたものか、すぐには判断できなかったのだろう。実際、つのつきたちの行動もみんなが思うまま自分勝手に逃げ出したようにも見えなくもない。

 代表格らしい大柄で上背のあるつのなしが指示を飛ばし、それに応じて何人かのつのつきが追走を始める。二人一組でそれぞれを追いかけるように。想定外という感じではあるけれども、その指示のやり方は慣れた感じがした。ちょっとだけ不安な気持ちがする。大丈夫と言い聞かせながらわたしは祈る。全力で走るつのつきたちが、どうか追いつかれてしまわぬように。つのつきたちがわたしに祈るのならば、果たしてわたしはだれに祈っているのか──わかったものではないのだけれど。

 幸いにして信じたように、つのつきたちの身体能力には一日の長があった。たとえ女性のつのつきであってもその脚は土をよく知り、最適な走り方というものをしっかりと心得ている。つのなしにとってはきっと予想外のことだと思うし、自然に追いかけることに捕われて必死になるはず。それとなく六人がそれぞれ集合するように動いていても、真っ暗な夜の中で気づくことは当然のように難しい。

 ────集まったら全員で、追いかけてきているのを別々に狩って。彼らは、すぐには連携できないから。

 確信なんてもちろんないけれど、断定。わたしがそういうと、つのつきたちは揃ってにわかに瞳を爛々と輝かせた。わたしがそういったから、これをいつもの"狩り"と同じように認識したのかもしれない、と気づいたのはしばらく後のこと。六人のつのつきは岩山のもとに集うやいなや、すぐさまリーダー格のつのつきが雄叫びをあげるのに応じて槍をかかげる。一組が身体をこわばらせて停止してしまう。囲まれているということに気づいて、柔軟に対応ができるとは思わない。なによりもう、彼らの代表格の言葉はつのなしたちには届かないのだから。

 瞬く間につのつきの角の槍がつのなしを突き殺す。頑強で鋭利な矛先の角を前にして、つのなしの肉体はほとんど皮も同然。一撃でお腹から背中まで突き抜けている。即死だった。

 リーダーのつのつきは突き殺した死体を、一組の追手のほうへと無造作に放り投げる。当然、びっくりしないわけがない。そこを六人で躍りかかって囲みながら何度も突いて殺す。慈悲はない。ためらいも容赦も全くない。血を見るはめになったのは、先に仕掛けたつのなしのほうだった。

 あたりにいっぱいの血が散らばり、とてつもなく大きな叫び声が響き渡る。突かれたつのなしが倒れて動かなくなる。断末魔というものだった。凄惨な悲鳴に怖気づいてしまったのか、先程まで意気揚々とつのつきたちを追いかけていたつのなしが途端に怖気づいて足を止める。まさに浮足立つという感じで統制が全くとれていない。残るつのなしは八人、つまり四組いたけれど、それぞれが連絡を取り合う余裕もないみたいだった。

 一組がまるで弾けるように元きた道を逃げ出す。

 ────放っておいて。あわてず残っているのをかるの。

 そこで逃げたのがよい判断なのかはわたしには全く見当がつかないのだけれど、少なくともじっと動けないでいるよりはずっと良いだろう。だからわたしは真っ暗な中で動けないでいるだめなほうにあたりをつける。リーダーのつのつきが静かに頷く。伴のつのつきたちは、まるで彼の気持ちが全部わかっているように、みんなが迷うことなくそれぞれに狙いをつける。ほんの少しして瞬く間に一組がいなくなる。また一組。遅れて逃げ出したもう一組の背中に矛先の角が突き立って倒れた。その場に動けるつのなしは誰もいなくなった。リーダーのつのつきが彼らを代表するみたいに拳を地についたあと、膝をつく。他のつのつきたちは立ったまま、瞳を閉ざして黙している。狩人リーダーのその仕草は、なにか栄誉あるものであるのかもしれない。

 ────よくできましたね。

「まことに勿体無きお言葉」

 ────まるでひとつのいきもののよう。

「我々"メーヴェの一ツ角(ヒトツツノ)の民"は、御身に賜りし角のもと、ひとつです」

 はじめてわたしは彼らがなにものであるかを聞いた。つのつきたちが自分たちを何者か定める言葉を持っていることに、すこし驚く。わたしがぼーっとしていて見過ごしたのだろうけれど、あちこちを遊牧していたのだからつのなしに会うこともあっただろうし、おかしくはないか。問題は、名前が長くてむずかしいこと。なのでわたしは彼らをやっぱりつのつきと呼ぶことにする。そして告げた。

 ────いきましょう。まだ残っているから。

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