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0832  作者: 夏野ゆき
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七、終わらない夏休み

 七、終わらない夏休み


 【終われないなんて、ああ、なんて――】


***


「さ、行くわよ」


 旅行鞄を手にした母さんが、僕の方を振り返る。

 うん、と僕は頷いて、おばあちゃんに別れを告げる。またきなよ、とおばあちゃんは笑ってくれた。


 今日は、僕たちがもといた場所、つまり僕の家に帰る日だ。

 肝試しをしてからあまり体調が優れなかった僕のことを気遣って、母さんが少しはやめに家に帰ることにしたらしい。

 

 あの日から、何となくだけど体が重い。

 ただの夏ばてかもしれないし、慣れない場所にきてしまったから、そのせいかも――と思ってはいたのだけれど、おばあちゃんの家を出てバス停まで歩く間、辛くて辛くてたまらなかった。

 僕の体のはずなのに、僕のものではないような、ひどく重くてだるかった。まるで、僕をあの町から離したくないような、そんな意図を感じてしまいそうになるくらいに。


 新幹線に乗る頃には、そんなだるさは嘘みたいに吹っ飛んでいて、笑い出したくなってしまうほどだったんだけどね。

 家に帰ってからはそのまま、夏休みの残りをだらだらと家で過ごし、八月の三十一日、僕はふらりと公園に遊びに行った。

 公園にあまり人がいないのは、夏休みの宿題に追われている子が多いからなんだろうか。夏も終わるとあってか、その日は妙に涼しかったんだ。


 誰もいない公園で、僕は一人の女の子に出会った。白いワンピースに、麦わら帽子の女の子。

 あの町でよく見かけた女の子。

 どうしてここにいるんだろう。


「ああ、やっと見つけた」


 僕に気づいたのか、女の子は愉しそうな笑みを浮かべて近づいてくる。

 背中に汗が伝うのを感じた。──何故だろう。


「こんな所で会うとは思わなかったよ」

「ふふ」


 ――会いに来たのよ、航太君。

 女の子はゆっくりと目を細めて、ねえ、と僕に声をかけたんだ。


「ねえ、私の名前、分かった?」


 そっと僕の背中をなでた風に、僕は身震いをしてしまった。

 その時は何故だかわからなかったんだけれど、今ならよくわかる。

 僕は、あの子に出会ってはいけなかったんだろう。


「航太君が私に会いに来てくれたでしょう? あの夜」

「なんの話……」

「だからね、私、とっても嬉しくて。今まで、私の姿に気づいてくれる人もいなかったから」

「ねえ」

「だから、あの彼岸花は私のプレゼントなのよ」


 さあ、と女の子は笑う。


「私の名前は? 航太君」



 ふっと思いついたのは、泣き岩に彫られていた名前。

 何かおかしいとは思ったけれど、僕は最後までそれに気づけなかった。


 人の胸の下当たりまでの大きさの石。名前を彫った意味。肝試しをするのは、曰くのある場所と決まっている。

 ――泣き岩の近くでは、少女のすすり泣きが聞こえるのだったか。

 

 渚、とつぶやいた僕に、少女は心底うれしそうに笑う。

 貴方の勝ちね、航太君──

 約束は絶対に守るわ、と言われて、僕はその言葉の意味にもすぐには気づけなかった。

 彼女とした約束。あの時に思い出せていたなら、こんなことにはならなかったかもしれないのに。


「だぁれも。誰も私がいなくなったことに気づかなかったんだよ。海に落ちてしまった私に、誰も気づいてくれなかったの。後で見つかった私のために、弟がお墓を作ってくれた。……全然お墓に見えないから、泣き岩とかって呼ばれてたんだけどね」

「き、君は」


 声が震えていただろう、そのときの僕は。


「ずっとよ、ずっとずっとずっと昔に、君が落ちそうになっていたあの場所で落ちておぼれたの。夏休み、もっと楽しみたかったなあ。盆祭りにも出たかったのに。誰もすぐにきてくれなかったから、私は死んじゃったのよ。それからはずっと一人」


 でももう寂しくないよ。君がいるからね。


 わらう彼女の顔なんか見られなくて、僕は逃げるようにその場を立ち去った。

 体の震えも止まらなくて、でもあの子の笑い声が頭から消えなくて、本当に怖かったんだ。


 僕が彼女との約束を思い出したのは、次の日の朝。

 学校に行かなきゃと支度をしていたときに、ふと目に飛び込んだカレンダー。

 彼岸花みたいに赤い字で、八月三十一日の次に、三十二日、って。

 バカみたいだと思ったよ。

 でもね、家の中を探しても母さんはいないし、テレビはつかない。カレンダーに悪戯をしたのが誰なのかもわからないんだ。


 怖くなって外に出るだろ?

 誰もいないんだ。誰も。誰も誰も誰も!

 みんないなくなったみたいに、どこにも誰もいないんだよ。

 今日は九月一日だって、誰かに言って欲しかったのに。誰も。誰もいなかった。


 頭の中で、あの子の、渚の声だけがずっとずっと鳴り響いていた。


 ――“もう寂しくないよ、君がいるからね”


 八月三十二日。

 

「終わらない夏休みにようこそ」


 僕の後ろで、白いワンピースを着た、麦わら帽子の女の子が笑った。


 終わらない夏休みだなんて、終わらないなんて、ああ、なんて!


 悪夢のようなんだろう!

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