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0832  作者: 夏野ゆき
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六、肝試し

 六、肝試し


 【試す肝があるのは生者のみ】


***


「三日連続かあ」


 一昨日、昨日、そして今日。三日連続で、僕は夜中に外を出歩いている。

 一昨日は蛍を見に山の裾野へ、昨日は盆祭り。今日は“町内会”の企画した肝試し。

 行く気はなかったのだけれど、町内会に参加しているおばあちゃんの家の近所のおじさんに見つかって「折角だから」と連れてこられちゃったんだよね。

 何が折角なのかはちょっとわからないけど。

 まあ、僕も暇というか──肝試しなんてやったことがなかったから、とりあえず参加することにした。


「お、皆揃ったね」



 集まったのは、小さな公民会館の前だ。

 僕を含めて十五人くらいはいるかもしれない。見た感じ――小学生とかだろう。たまに幼稚園の年長さん、みたいな子も混じっている。

 多分、僕が一番年上なんじゃないだろうか。脅かされるほうとしては。

 脅かし役には大人や高校生が混じっていると僕は聞いている。


「じゃあ、はじめようか」



 人の良さそうな町内会長のおじさんが、にこにことしながらそう口にした。

 もっとも、今からやることを考えたら――にこにことしているのもなんだか違う気がするけれど。


 「君は中学生だから」との一言で僕は一人で肝試しをする事になった。ほかの子たちは二人とか、三人で組んで参加するようだ。

 肝試しの内容としては、公民会館から決められたルートを通って海の近くにある大きな岩の傍に置いてある蝋燭を取ってくる――という、ありふれたもの。

 勿論、というべきなのかなんなのかルートには脅かし役の大人や高校生も結構いるらしい。

 怖くて泣くなよ、とからかいを込めて町内会長のおじさんが言えば「泣くわけないだろー!」と元気な小学生の声が響く。

 はっはっは、とおじさんは満足そうに笑った。ははは……と僕がから笑いをしてしまったのは許して欲しい。



***



「そんな怖くないなあ……」


 懐中電灯を弄びながら僕はただただ暗い道をのんびりと歩く。

 確かに――気合いの入った格好や、マスク、化粧をした脅かし役の人達が出て来はしたものの、なんというか──残念ながら、僕にはあまり怖くなかったのだった。

 偽物だと思ってみているからなのか、どうも怖くない。寧ろ、「こんな暗い中お疲れ様です」といったような気すら起こってしまう。


 あんまりにも冷めた──脅かす度に会釈されるとは思わなかっただろう──僕の反応に、脅かし役の人は苦笑いで手を振ってくれていた。

 我ながら、雰囲気をぶちこわしているとは思うけれど、そもそもが小学生対象の催し物なのだから、小学校を卒業して一年と半年程の僕には──有り体に言って、楽しめなかったというだけで。


 すごく遠くの方から、キャー、とか、わー、とか、本気が入っていそうな泣き声も聞こえるから、小学生相手にはなかなか良い脅かし役、といったようなものなのだろう。


「大きい岩か……」


 取ってくるべき蝋燭は、地元では良く知られた大きな岩の下に、火をつけたままで置いてあるそうで。

 その岩は、「泣き岩」という名前で知られているそうだ。

 本当かどうかは別にして、この岩の近くを、夜中に通りかかると、女の子の泣き声が聞こえるとかなんだとかで、こういった催し物にはうってつけだということだ。

 

 海の匂いがなんとなく漂う夜道を、懐中電灯をつけたまま歩く。

 脅かし役の人が二、三人いたけれど、やっぱり僕は驚けなかった。

 地元民でないことをなんとなく悟ってくれたのか、脅かし役の中の一人が、「あれが泣き岩だよ」と、僕の前方三十メートルあたりの場所を指差す。

 お礼を言ってから、その“泣き岩”に近づいたけれど、言うほど大きくなくて拍子抜けしたのは内緒だ。せいぜい、僕の胸くらいまでの大きさしかない。

 言われていたとおり、岩の元に火のついた蝋燭が何本か立てられている。これか、と僕が蝋燭に手を伸ばした瞬間に、突風が吹いた。


「うわっ」


 蝋燭の火が一斉に消える。運悪く、懐中電灯の光も消えてしまった。

 突風に驚いて落としたときに、スイッチが押されて電源が切れてしまったらしい。風が吹く直前に手にした蝋燭も、当然ながら火が消えてしまっている。

 

 辺りは真っ暗になってしまった。


「おい、君、大丈夫か?」


 けれど、真っ暗だったのはほんの数秒で、突風に気付いたさっきの脅かし役の男の人が、僕を心配してくれたのか懐中電灯を片手にやってきてくれた。

 転がっていた僕の懐中電灯を拾い上げ、男の人はそれを僕に手渡す。ありがとうございますと紡いだ瞬間に、おや、と男の人は不思議そうな顔をした。


「何だ、花蝋燭まで入ってたのか」

「花蝋燭?」

「君が持っている蝋燭だよ。花の絵が入っているだろ……こだわってるなあ、彼岸花じゃないか」


 火が消える前に掴んでいた蝋燭を、僕は恐る恐る見つめてみる。血のように赤い彼岸花が、繊細な筆運びで描かれていた。

 他の蝋燭には、そんな装飾はされていないみたいだったけれど。

 妙に薄ら寒くなって、僕は泣き岩の蝋燭を一つ一つ手に取った。どこかに、同じように花が描かれているものがあるかもしれない。

 火の消えた蝋燭を一本一本見ていく内に、僕は泣き岩の岩肌に何か傷がついているのを見つけた。


「……文字?」


 蝋燭をひとまず全て調べてから、じっくりとその傷を検分してみる――『花蝋燭』は他には無かった――。

 傷の部分に土が詰まっていて、何が彫られているのか判然としない。

 爪の先でひっかいてみれば、それが漢字であることに気がついた。


「渚……」


 人の名前だ。

 

 手にしていた蝋燭が、ころりと手からこぼれ落ちた。

 なぜだかひどく気持ちが悪くなって、僕はその場にうずくまってしまう。

 男のひとが声をかけてくれたけど、それどころじゃなかった。

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