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0832  作者: 夏野ゆき
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五、盆祭り

 五、盆祭り


 【盆の祭りは死者まで混じる】


***



 ――どんどんと腹の底に響く、和太鼓の音。

 醤油の焦げた香ばしい匂いは食欲を誘った。イカの焼ける音、とうもろこしの甘い匂い、賑やかさに一役かっている、たくさんのお面。

 宝石みたいにきらきらと艶やかな、赤いリンゴ飴を持った子供がかけていく。

 祭り独特の雰囲気に、僕も酔っていた。


 今日も、蛍を見に行った昨日のように一人でここに来ている。

 母さんとおばあちゃんの二人が僕にお小遣いをくれたから、祭りは十分に楽しむことが出来そうだ。

 焦げた醤油の匂いがたまらないイカ焼きを買うのも良さそうだ。

 それとも、最近はあまり口にしていなかった綿飴を食べようか。でも、あれは下手にかぶりつくと口の周りがべたべたになってしまうから、食べるときには気をつけなくちゃいけない。

 金魚すくいなんかもやってみたいけど、どうせあと一週間程度でもとの家に戻るから、ここでやってもあまり意味はなさそうだ。

 風車をもった小さな女の子が、ぱたぱたと走っていく。ひらひらと、頭に着けた髪飾りの布が、女の子の動きにあわせて揺れていた。


 何をしようかな、と屋台を見渡す。ヨーヨーすくいくらいなら、やっても良いかもしれない。

 ヨーヨーすくいのゴム臭い屋台に近づいたところで、視界の端に揺れる白に気が付いた。

 今日も白いワンピースを着ているらしい。


「あら、気付かれちゃった」


 後ろからそっと近付いていたのは、いつもの女の子だ。

 驚かそうと思ってたのに、と笑って、「お祭りはどう」と僕に聞いてきた。楽しいよ、と答えれば、それはよかった、と女の子も笑う。


「焼きトウモロコシ食べた? すっごく美味しいと思うよ」

「そうなんだ? まだ何も食べてないんだよね、僕」

「えー、勿体ないなあ……トウモロコシとかリンゴ飴とか。美味しいものいっぱいあるのに」

「あとで食べてみるよ。……あー、やっぱりイカ焼きも良さそうだなあ」

「おやじ臭いね、航太くんは」

「そうかな」


 絶対そうだよと女の子は笑った。

 ヨーヨーすくい、やるの? と聞いた女の子に頷けば、これってゴム臭いよねと身も蓋もない言葉が返ってくる。

 色は好きなんだけどなあ、と水に浮かんでいる風船を指差して、女の子は寂しそうに目を伏せる。


「これさ、何日か経つと萎むじゃない。なんかがっかりするんだよね」

「まあ、風船だから仕方ないと僕は思うけど」

「そんなものかなー」


 納得がいかなさそうに頬を膨らませて、女の子はむうっとくちびるを突き出す。

 そんな彼女を後目に、僕は屋台のおじさんに百円玉を手渡した。

 「はいよ!」と威勢と愛想のいい声を出して、「ほれ、兄ちゃん」と曲がった針金のついた、頼りなさそうな紙の紐をおじさんは僕に渡してくれる。


 じっと水面を覗き込む。


 女の子も、僕と同じように水面をのぞき込んでいた。赤、白、青、黄色にピンク、オレンジ、紫色。ありとあらゆるカラフルな風船が、ぷかりぷかりと水面をたゆたっていた。

 水面に映るのは、真剣な顔をした僕ただ一人。水の中に浸っているゴムの輪目掛けて、曲がった針金を滑らせた。


 輪の中に針金が引っかかる。


 そのまま持ち上げれば、青い風船が針金の先についてきた。

 その調子で、ピンクとオレンジの風船も狙う。紫色の風船をすくったところで、ぷつりと紙紐がちぎれた。



「お、兄ちゃんは四つか」

「あ、二つで良いです」


 四つも風船をもっていても邪魔だからと、青とピンクの風船だけを貰って、僕は屋台をあとにする。

 後ろで食い入るように見つめていた女の子に、僕はピンクの風船を手渡そうとした。


「ごめん、勝手にピンクにした」

「えっ、いいよー、私は大丈夫!」

「いや、だって僕がピンクの風船持ってても……」

「あ、そうか……そうだね、でもなんか申し訳無い……」


 手を伸ばそうとしない女の子に、「気にしないで」と風船を押し付けようとすれば、近くを歩いていた小さな女の子が転んだ。

 いたかったのか、わんわんと座り込んで泣き始める。

 それを見て、「あの子にあげてよ」と女の子は笑った。


「多分、喜んでくれるよ」


 ほら、と笑顔で指を指す女の子の提案通りに、僕は転んだ小さな女の子にそれを手渡した。

 泣きじゃくっていた小さな子は、僕の手渡した風船に気を取られたのか、濡れた瞳をぱちぱちと瞬く。

 ごめんなさい、ありがとうございますとその子の両親に頭を下げられて、何だかむずかゆくなってしまう。


「すごいね、泣き止んじゃった」

「頭を下げられると逆に申し訳ないなあ……」

「良いんじゃない、いいことしたんだから」


 ねえ? と女の子はうっすらと口元を緩める。

 後ろを振り返れば、小さな子が、濡れた目を細めながら、ぱちゃぱちゃとピンク色の風船を、楽しそうに振っていた。


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