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0832  作者: 夏野ゆき
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三、花火

 三、花火


 【燃え尽きていくものの美しさ】


***



 朝ご飯はあさりのお味噌汁に青菜の煮浸し、近くの海で穫れた魚の干物、ご飯に漬け物と純和風だった。

 普段は、トーストにハムエッグ、サラダにジュース、たまにフルーツがつくような朝食だから、こういう朝食はなんだか嬉しい。

 こういう時に、やっぱり日本人なんだな、と僕は思ってしまう。


 朝ご飯を食べた後に学校の宿題を少しやって、それから扇風機の前でスイカをかじった。甘くて美味しいスイカだったけれど、種が多いのが少し面倒くさい。

 母さんはスプーンで掬っていたけれど、僕とおばあちゃんは縁側でスイカの汁をこぼしながら夏の味を堪能した。

 おばあちゃんは、ぷっぷっと器用に種を吐き出す。そんなおばあちゃんの真似をしてみようと思ったけど、母さんには止められてしまった。


「下手にとばして、赤い汁を服につけられても困るのよ」


 全く、変なこと教えないでよ──母さんはおばあちゃんに苦笑いしながら、そう文句を言っていた。


 スイカを食べおわってから、また少し勉強をして昼食の素麺を啜る。

 おばあちゃんより母さんの麺の啜り方が豪快で、ぴちぴちと跳ねためんつゆに、おばあちゃんは「変わんないもんだねェ」と笑っていた。

 どうやら、母さんは小さいときから麺を啜るのが下手くそだったみたい。


「変なこと教えないでよ、母さん!」


 スイカを食べていたときに聞いた言葉を母さんがまた言うものだから、僕とおばあちゃんはお腹を抱えて笑ってしまった。

 ちょっと――ほんのちょっとだけだけれど、田舎に来て良かったかもしれない。今は少しだけ、この生活が楽しく思える。

 こんな風に偉そうなことをいったところで、まだ田舎に来てから二日目なんだけどね。

 

 夜は花火をしよう、という話になって、僕は夜を楽しみにしていた。

 欲を言うなら花火大会のような大きな花火を期待するけれど――まあ無理だろうなあ。

 多分、場所が場所だから、ロケット花火も出来ないとおもう。

 でも、普通の手持ち花火だって面白いし、線香花火をどこまで落とさずにいられるかを試すのも面白い。

 父さんと『線香花火耐久競争』を毎年やるけれど、父さんに勝った試しがない。



「だだっ広い庭さね、花火はここでやろう」

「あら、海じゃないの」

「盆時に海に行くもんじゃないよ。地獄の釜の蓋が開く──って、小さいときに教えたじゃないサ」

「迷信みたいなもんでしょう。そんなこと言ったら、この時期、海水浴場の人達は商売上がったりじゃない」

「とはいうけどね」


 なんのかんのと母さんとおばあちゃんは話していたけれど、結局、花火は庭でやることに決まったみたいで、「タロに花火、当てないでね」と母さんに念をおされた。母さんは僕のことを、何歳だと思っているんだろうか。そんなことするわけないじゃないか。失礼な話だ。


***



 気の早い鈴虫の声が聞こえる。りりりりり、と軽くころころとした鳴き声──実際には鳴いてはいないんだけど──を響かせて、草の葉の陰に隠れているんだろう。

 蜩の鳴き声も響く中、日中よりは涼しくなったおばあちゃんちの庭で、僕はバケツに入った水を見つめていた。

 まあるい月が、やわらかい光をともして、真っ黒い空に浮かんでいる。

 僕はそれを、バケツの中の水面を通して見つめた。指でつつけばまあるい月はぐんにゃりと形を変える。

 歪な月は、それでもやわらかに、水面に光を浮かばせていた。

 

 母さんは花火を取りに行っている。おばあちゃんは縁側に座って、タロの頭を撫でていた。穏やかな夜だと思う。

 風に乗ってやってくる波の音、潮の匂いが僕をくすぐった。


 火薬の匂い、ばちばちとはぜる光、如雨露からこぼれる水を思わせるような火の粉。

 星のような光を僕は手にして、夏の庭に立っている。

 バケツの水面に花火を持った僕が映る。おばあちゃんは変わらずタロを撫でていて、母さんは縁側に近いところでひっそりと線香花火をしていた。

 光の噴射を終えた花火をバケツの中に突っ込む。じゅっと音がして、バケツの底に燃えカスが沈んだ。


 花火が終わった後は、いつも少しだけ寂しい。きらきらと輝いていたそれは、短い時間ですぐに惨めな残骸になってしまう。

 バケツにたまったそれからは、美しかった頃を感じない。僕の左手に握られた新しい花火も、数分ももたずにバケツ行きだ。

 そうなったら、誰も見向きもしない。

 美しくなくなったものを振り返ることなんてないのだから。


「何だか、人の一生みたいよね」

「花火?」

「そう。花火。密やかに長く生きて、最期に弾けるも良し」


 ぱちん、と小さな火の玉が弾けて、とろりと橙の熱の雫が地に落ちた。母さんは、玉の落ちた線香花火を、ゆっくりバケツに沈める。じゅっと音もしなかった。


「最初から弾けて、あっさり短く終わるのも良いかもね」


 僕の持っていた手持ち花火がしゅっと消えた。水に浸せば、微かな音を立てて沈む。

 手持ち花火は終わってしまったことだし、と僕は母さんから線香花火を受け取った。


 ──花火みたいな人生か。


 魅力的にも思えないし、かといってつまらぬものだとも思えない。僕にはまだ、人生のことなんかよく解らないけれど、長く生きられたら良いかなとは思う。


 蝋燭に灯る火の先に線香花火の端を浸す。ぱちぱちとお馴染みの音をたてて、とろんとした橙色の玉が弾けていく。

 やっところんとした、おなじみの形になった頃に、ひゅるりと海の匂いのする風が吹いた。

 あ、と僕が口にしたときにはもう遅く──ぽたん、と誰かの涙のように、膨らんだ火の玉は落ちてしまう。


「短い一生だったわね……」

「風が吹かなきゃもうちょっと良いとこまでいってたって」


 あんた、線香花火すぐ落としちゃうんだから、とくすくす笑った母さんに、あんたもあんまり変わらなかったよ──と、おばあちゃんが笑う。

 妙なとこばっか似てんじゃないよ、とおばあちゃんは笑いながら、「もうそろそろやめにしな」と声をかけた。


「明日は蛍を見に行くんだろ」

「うん。蛍、みたことないから」


 じゃあ今日は早く寝て、明日に備えな。

 雨が降らないといいさね、とおばあちゃんは空を見た。


 明日の夜は、おばあちゃんの家から少し離れた山の裾野で、蛍をみる予定になっている。

 花火も良いけど、蛍をみるのが初めての僕としては、そっちの方が気になる。

 明日夜更かししても平気なように今日は早めに寝ようと、僕は花火の片付けを始めた。




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