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ド・モルガン薬品店

 *


 ほどなくして、雨がやんだ。

 薄れゆく虹を背に、しばらく空を旋回していた吉鳥ファルケスが、ふいに翼を鋭く打ったかと思うや、ひらりと向きを変えた。その姿はあっという間に青空の彼方へ溶けて、小さな点になってゆく。

  方向転換の直前、『なんだ、まだ行かないのか』とでも言いたげに、つぶらな瞳がこちらを一瞥していた。


 まだ、行かない。だから、おまえが鳴くのはもう少し先になろう。もう少しだけ待っていてくれ、ファルケス――。


 午後の陽光を浴びつつ、キリクは仰いだ空と同じ色の双眸で、吉鳥の影がすっかり見えなくなるまで眺めやった。


 *


 澄み渡る青空を、まじろぎもせずただ黙って眺めていたシキの肩に、ぽんと手が乗った。

 白い手套――キリクだった。驚くほどやさしいまなざしが、こちらを見つめている。

「さあ、シキ、こんどはきみが迎えにゆく番です」

「え?」

「まもなく、ユーリたちもここに戻って来るでしょうから、彼女を迎えにゆくといい……」

 すぐには理解できなかったキリクの言葉の意味も、「彼女を」のひと言で、たちまち意図がのみ込めた。

「フェイメル……」

 肯定のことばの代わりに、キリクが微笑する。

 フェイメルが行方不明になっていることは、シキの命の恩人でもあるナナル・エーレーンから聞かされて、すでに承知していた。黒竜王を狙撃した犯人として、容疑がかかっている、とも。

 フェイメルが、いま、どこでなにをしているのかを想像するのは容易いことではない。しかし、フェイメルがどんな想いでいるかは想像に難くない。

 間近で触れてきたのだ。彼女の、友を想うやさしさとあたたかさに。

 だからきっと、だれも味わったことのない苦痛と苦悩を抱えているはずだ……。

「彼女は悪魔ヴァルベリトに操られ、シキに毒を撃ちました。あれからすぐにフェイメルは姿を消し……いまも行方がわかっていません」

 キリクの口調はあくまで穏やかだった。

「ヴァルベリトを捕らえたいま、彼女はようやく服従の呪いの恐怖から解放されるのです。ですから、きみたち四人で、迎えにいってあげるといい」

 シキは知らず知らず握りしめていた指をゆっくりほどいて、詰めていた息を吐き出し、うなずこうとした。だが――。

『魔法司法省大臣兼裁判長が色々な手段使って娘の行方を捜している』――ナナルの言葉が脳裏をよぎってゆく。

「僕もフェイメルの居場所を知りません。どうやって迎えにいげば……」

「それなら、初代竜騎士のレディが導いてくれますよ、黒竜王」

 品の良い笑みをたたえるキリク・パーシヴァル教諭を、シキは黒い眼を大きくし、きょとんと見つめた。

 言葉の意味を咀嚼するまえに、頭の片隅で稲妻がひらめき、とっさに左胸――シャツのポケットに手を置いた。

「ご名答」

 キリクはウインクを置き土産に、屋上からこつぜんと姿をくらました。

 いつの間にか、空にあった雲がすべて取り払われて、シキの全身を陽光がほかほかとあたためてくれていた。吹きつける冷たい風も、ほんのり和らいだ気がする。

 胸が、高鳴っていた。高揚しているといってもいい。手と胸の間には、板のような硬い感触があり、それがなんであるかは、他ならぬキリクが教えてくれた。

「レディ・カラマンシカの手鏡だ……!」

 強く想えば北国のどこにでも移動できる魔法のような手鏡。

 強く願えば探し物だって見つけることができる代物。

 ポケットから、木彫りの小さな手鏡を取りだした。

 リジルが地下牢から逃がしてくれたおり、「これを返しておかねば」といってシキの手に握らせてくれたものだった。それを、ポケットにしまっていたのだ。

 くるりと返して鏡面を見るや、つい先ほどと打って変わって、心臓がドクンといやな音で跳ねた。

 くすんだ鏡面には、なんたることか、縦に大きな亀裂が入っていた。

「そんな……!」

 いつ割れてしまったのかは、わからない。弾むような気分が拭ったように失せていた。


 こんな痛々しい状態で、はたして彼女は力を貸してくれるだろうか……?


 そこに、しゅっと衣擦れの音が聞こえたと思うや、「シキ!」と、懐かしくも聞き慣れた声が三つ重なった。

 魔法で現れたのは、

「ユーリ! アリア……! ウ、ウウ、ウルト……!」

 親友たちであった。

 シキの目頭が、じわりと熱くなる。

「ちょ、なんでオレのときだけ涙ぐむんだよ、勘違いされんだろ!」

「せぇへんわ」

 顔の前で手をふるウルトに、クールな友人の容赦のない口撃こうげきが飛んだ。

「なんだよもー、ユーリってばもうちょっとこうさぁ」

「……冗談いえる余裕があるなら、もうだいじょうぶそうやな」

「なはは、まーね。つか、シキ、そんなめそめそ泣くなよな」

 ウルトが困ったように笑い、上着のしわを正すふりをしながら、さりげなくブレザーの前を合わせた。

 シャツについた血を悟られまいとしたのだと、シキはすぐに気づいていたが、あえて意識を逸らした。

「まだ泣いてないよ」

「うそこけぇ」

 笑いながら腕を叩いてくるウルトに、まったく同じ力加減で反撃をしてみせる。

 その明るい笑顔に、どことなく疲弊の影を見た気がしたが、ウルト自身なにも語るつもりがないなら、シキも無理に聞こうとは思わない。聞きたいとは、思わなかった。

 ――もしかすると、自分の考え及ばぬところで、ウルトも戦っていたのではないか。

 そんなふうに納得したからだ。

「……シキ、ほっ、ほっ、ほんとに、無事でよかったぁ……!」

 すん、すん、と鼻をすする音がして、そちらを向けば、いままで沈黙していたアリアが、がまんの限界をきたしたみたいに声をあげて泣き出した。

 そのあと、それぞれ顔をくしゃくしゃにさせて、顔中をぐしょぐしょに濡らしたのは、言うまでもない。もちろん、そこにクールな友人が含まれていないのは、言うまでもなかろう。



「もうそろ、ええか?」

 やがて、淡白とはまたちがった冷静クールな声が飛んだ。

 シキは腫れぼったくなった目をこすって、腕を組んでずっと待ってくれていたユーリにうなずき返し、決然という。

「四人で、フェイメルを迎えに行こう」


 レディの手鏡についてシキがかいつまんで説明したのち、亀裂の入ったそれに、おのおの人差し指を乗せて目をつむる。ゆっくりと指を滑らせた直後、めまぐるしく場面が切り替わり、北国のありとあらゆる場所へものすごい速さで意識だけが移動していった。

 肉体までは移動せずに、魂だけがせわしない旅をしている感覚である。

 酔って吐いてしまいそうになったとき、ある場所でぴたりと景色が止まった。

 以前、シキが訪れたことのある場所だった。

 傾いた看板、大寒波の影響だろうかレンガ造りの建物は崩れかけていた。だが、まだ看板を掲げて店を開いているようだった。

 ド・モルガン薬品店。

 リジルとの、最初の出会いとなった場所。

 そこで、全員の意識が元の場所――学校の屋上に戻ってきた。

 どうやらレディ・カラマンシカの手助けはここまでのようだった。

 縦に走る亀裂から、ピキピキと音をたててひび割れが広がってゆき、とうとう役目を終えたと言わんばかりに、鏡面が砕けた。


 ありがとう、レディ・カラマンシカ……。口のなかで、シキは精いっぱいの感謝をつぶやいた。


「ド・モルガン薬品店やな」

「ユーリも知ってるの?」

「そらな。俺もアリアも、第二セクター出やし……昔はよう、遊びに行ってん」

 ユーリが視線をふると、アリアが小さくうなずいた。

「なあ、場所がわかったんなら、早くフェイメルちゃん迎えにいこうぜ」

「ああ。……ファルコ!」

 ユーリが右手を空に向けて掲げた。

 中指にはまる指輪リングから、紅蓮の光をパッと散らせて、ユーリの使役獣、サーイーグルが舞い上がった。

「わーお……大きくなったね。僕が最後に見たときは、腕にとまれるくらいのかわいいサイズだったのに……」

「いまはじゃれるだけで吹っ飛ばされてまうからな」

「僕が乗れそうなくらい立派だもんね」

 扶壁に降り立った巨大な鳥を、ユーリはぐいっとあごで示した。

「シキはファルコに乗って店まで行きや」

「へっ?」

「おまえは魔法で移動できひんやろ。俺たちは先に行って待ってる――ファルコ、よろしゅうな」

 いって、ユーリは相棒の胸をやさしく叩いた。すると、ファルコは首をぐっと下げて、犬や猫がするように、ユーリの首元にくちばしをすり寄せる。怪我をさせないように、慎重に。

 つかの間そうしたあと、ユーリはファルコから一歩離れ、迷いのない声音で、

移動せよ(リカーヴ)!」

 詠唱した。



 街は以前にも増して寂れていた。

 空を見上げれば雲一つない青天から光がこぼれているというのに、地上は凍えている。

 ド・モルガン薬品店の薄汚れた看板は、あの頃と同じように、やはり少し傾いていた。

 一等先に、ウルトが店の扉を開け入る。

 その後にアリア、ユーリ、最後にシキがつづいた。

 シキはうしろ姿のユーリを――正しくは、ユーリの右手を見ていた。その中指に指輪はない。ファルコを指輪に戻したあと、彼はそれをスラックスのポケットに納めたのだ。

 些細な疑問にすぎなかったが、アリアもウルトも、気に留める様子がなかったし、まず訊ねる時間もないから黙っている。

「ごめんくださーい」

 会計机カウンターのわきにある止まり木で侵入者を警戒していた青い鳥が、ピイピイと甲高い声をあげた。

「んだよ、なんでだれもいねーんだよ……ごめんくだ、さーい!」

 ウルトのばかでかい声にも、甲高い文句以外の返事はなかった。

 人気ひとけはない。店内の棚には小瓶が数個と、ぼろぼろの箱が申し訳程度に並んでいる。じっさい、なんの商品か、わからなかった。

「どなたかいらっしゃいませんか?」

 ユーリがたまらず声をあげたときだった。

「おや、お客さんでしたか、失敬……ちょっと出ていたものでして」

 突然背後からそんなふうに声をかけられ、シキもユーリも、ぎょっとしてふり向いた。

 まっ白なひげをたくわえた、ひどく痩せた老人だった。その仙人みたいな老爺がシキを見とめるなり、やや垂れたまぶたを無理やり引き伸ばして、ぽかんと口をあけた。

「なんと……!」

「覚えていますか? お久しぶりです、ご主人……」

「黒竜王……陛下……!」

 店主のモルガン老父は手にしていた杖を放り出し、老人とは思えぬ速さでひざをついてぬかずいた。それをシキがあわてて制止する。

「あの、どうか顔を上げてください……!」

「ああ……ええ……黒竜王、もちろん覚えておりますとも……」

「あなたがくれた睡魔の小瓶のおかげで、僕は二年に進級できました。ずっとお礼を言いたかったんです」

 そろそろと顔をあげたモルガンの肩に手を置き、シキが目元を和らげると、とんでもないことでございます、と消え入りそうな声がした。

「まさかあのときはあなた様が黒竜王だとはつゆとも知らず……数々のご無礼なふるまいをお許し下さい……」

「いいえ、僕はあなたに助けてもらいました。できれば、もう一度助けてほしいんです」

 モルガンが何事かを察したように、息をのむ。それをユーリが見逃すはずもなかった。

「フェイメル・モルガーナがここにいるはずです。彼女は、ぼくらの友人なんです。なんや、知ってはりませんか、おじさん……」

「ああ……きみは……懐かしい顔だ」

 ひざを落としたままのモルガンが、ユーリの紫色の眼をしげしげと仰ぎ見て、そうこぼした。

「俺たちは、フェイメルを助けたいんです」

 ユーリの強いまなざしに耐えきれなくなったように、モルガンは視線をさまよわせた。くちびるをもごもご動かし、元々しわだらけのひたいに、さらにしわを寄せる。どうしたものかと、思案しているようだった。

 みなで根気強く返事を待つ。やがて彼は観念した――というよりも、決意したように、そっと口火を切った。

「ええ……知っておりますとも……フェイメルお嬢ちゃんを匿っているのは、わたしですから」

 かすれ声で、モルガンがつづける。

「ただ――」

 一度言葉を切って、ひざに置いた痩せてしわだらけの手を、ぐっと握りしめる。それから目をつむった。

「わたしのところに駆け込んできたとき、すべて、ほんとうにすべてをわたしに語ってくれました。ですが、その直後、あの子はおのれに闇の魔法をかけたのです……」

 だれもが声を出すことすらできなかった。ウルトのつばを飲み込む音だけが聞こえた。

「強力な闇の魔法……力のある魔法使いが使えば、相手を死に至らしめる危険なものです」

 モルガン老父が目頭を押さえ、薄い下唇を前歯で噛んだ。

「そのときあの子の指輪から幻獣……あれはおそらくバジリガナルでしょう。その幻獣が飛び出して、闇の魔法の身代わりになったのです。わたしがあっと叫んだときにはもう、バジリガナルは死んでおりました」

「“ワ・グナーの誓い”か……」

 ユーリがぼう然とつぶやく。

「けれどあの子は強い力を使った影響で意識をなくしてしまって……どんな魔法を使って起こそうとしても、目覚めませんでした……さあ、こちらです」

 モルガンがひざに手をつき、よろりと立ちがった。促された先には、カウンターの奥にある扉の奥の、小さな部屋だった。

 シキたちの背後で、まだ青い鳥が不満げにピイピイ鳴いていた。

「フェイメルはどこですか?」

 アリアが不安げに、せまい部屋を見回した。入り口の左手前に簡素なベッド、その奥には狭い台所があり、右手奥の壁際には机と本棚、そで机がひとつがある。

「こちらです」

 モルガンがそで机に置かれた水晶玉を示した。

 それは陶器の台座に恭しく乗った、手のひらにすっぽり収まるくらいの、透明な水晶玉であった。

「この水晶の中に、お嬢ちゃんの肉体も精神も、閉じこめてあります。国軍の指名手配を受けて、連中に気づかれては、もう、手の打ちようがないと思って、ずっとこうして匿っていました……きみたちが来る(・・・・・・・)この日まで(・・・・・)

 それはまるで、シキらがここに来るのがあらかじめわかっていたような口ぶりだった。

「第一セクターは軍の支配下にあります。ですから、モルガーナ裁判長にも言えず……。さあ、ここに手を。きみたちならばお嬢ちゃんを救い出すことができるでしょう」

 ウルトが迷わず水晶に手を置き、つづいてユーリが手を重ね、アリアが同じように手を置いた。三人の置いた手の甲の上へ、最後にシキが手を置く。

 その、刹那。

 シキ以外の三人が、突然体がゆるんだように崩れ落ちた。意識を完全に失っているようだが、手だけは水晶玉から離れない。

「なっ……ウルト? ユーリ、アリア?」

「水晶に、精神だけが吸い込まれたのです」

 うろたえるシキに、モルガンは冷静に、ことさら恭しい声色で話しかけた。

「そういう魔法をかけてありました」

「……僕には魔法は効かない……僕だけなにもできないんですか?」

「黒竜王……あなた様はすべての命に干渉できる存在です」

 モルガンが、シキの黒い眼を覗き込むように見つめる。

 老爺の目は、そらの色だった。

 キリク先生とはまったくべつの、宇宙そらの色。瞳の奥に、無限の光が撒かれて、それらは強く、あるいはやわらかくまたたいている。なんとも不思議な眼である。そして、そこに畏れや憎しみの色はなく――あるのは、先生方が生徒たちに向けるような、慈愛とよく似た色だった。

「さあ、黒竜王。お心を静かに。目をつむって」

 モルガンの少しかすれた渋みのある声は、幼い頃、父が唄ってくれた子守唄のように、とても心地良い響きだった。

 シキはモルガンのいうとおりにした。

「さあ、もう一度水晶に手を触れて――」



 深い霧の中にいるようだった。真っ暗のような、真っ白のような。頭の中に浮かぶ光景は、いったいなんなのか、よくわからなかった。

 そこにぼんやりと、ユーリ、アリア、ウルトの存在を――気配においを感じとることができる。これが干渉するということなのだろうか。

 だったら、と全身の感覚を研いだ。


――フェイメルの匂いも探し当てることができるはずだ。


「フェイメルちゃん!」

 深い霧のなかで、ウルトの声を聞いた気がした。


「起きて、フェイメル」

 身がよじれるような、切ない声はアリアのものだろうか。


「戻ってきい……フェイメル……!」

 まるで、血を一緒に吐きだすような、苦しげな声。ユーリだ。


 それはシキに呼びかけているものではないというのに、胸が、ねじ切られるような痛みを伴う訴えだった。

 三人の想いが、小さな水晶玉を通じて痛いほどに伝わってくる。

 だからシキはもっと、もっと深く意識を潜りこませた。霧の中を手で掻き分けるように。

 フェイメル……!

 三人の声が遠くに聞こえた。まだフェイメルの気配は感じない。ならばもっと深く――。

 手を伸ばすように、意識を沈めた。

 そこで、なにかに触れた。

 一瞬、匂いの端を捉えた気がしたのだ。

 つかめ。手繰り寄せろ。絶対、離しちゃいけない。

「フェイメル!」

 空気の動く気配があった。それがなにかは、まだ判然としない。……わからなくてもいい。かまうものか。

「フェイメル! 戻ろう……! 一緒に帰ろう、フェイメル!」

 なりふり構わず、シキは声の限りに叫んだ。

「フェイメル!」

 口に出して叫んでいるのか、心の中で叫んでいるのか、それさえよくわからなかったが、とにかく叫んだ――と、そのときだ。

 バチンと弾かれるように、目の前にいきなり景色が戻った。まるで、水晶玉から「もう出ていってくれ」と言われたように、唐突にモルガンの部屋に戻ってきたのだ。

 まだ思考が追いつかず、ぼんやりしているシキのかたわらで、ユーリらが意識を取り戻していた。

 焦点が定まらぬままモルガンを見ると、彼はなぜかいまにも泣き出しそうに目をうるませている。

「モルガンさん……いま、なにが……?」

 みなが意識をもうろうとさせるなか、なんの前触れもなくバーン、とガラスの砕け散る音が響き、目の前の水晶が粉々になってしまった。つぎの瞬間、背後でなにかが軋む音がした。一斉にふり向くと、ベッドの上にはシキらが待ち望んでいた彼女の姿――フェイメルが横たわっていた。


 絹のような銀の髪は出会ったころのように長く、同じ色の長いまつげに、制服のスカートから伸びる、ほっそりとした脚。まぎれもない、フェイメル・モルガーナである。


 ウルトが真っ先に駆け寄り、フェイメルを抱き起した。

「フェイメルちゃん、フェイメルちゃん!」

 眠り姫のまぶたがすっと持ちあがり、うつろな瞳でウルトの姿を映してから、アリア、ユーリ、シキ、モルガンの順でながめてゆく。

 ややあって、今度こそはっきりと目が見開かれた。フェイメルの藍色の眼に波紋が広がった。

「みなさん……」

 桃色のくちびるが、ふるえた。

「……わ、わたし……ああ、どうして、みんながここに……!」

 声をしゃくりあげ、顔を覆って泣き出した。

 シキとウルト、アリアは本日二度目の大泣きをすることになる。

 しかし、今度こそ、クールな友の目に涙が浮かんだ。


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