第一幕 忘我邸一日目②
少々急ぎ足で後を追うこと数分、幸い一本道だったお陰で迷う事もなく追い付いき、それから約一時間、私達はしりとりをしながら夏だというのにどこからともなく底冷えしそうな冷気と濃密に漂う何かの気配を浴びながら今だ一本道を歩いている。
「ハンプティ・ダンプティ」
「胃酸過多」
「た、たた……タキオン通信装置」
「今のは在りか?」
「う~ん公式ルールなら難しいトコロだけど、今回は良しとしましょう。」
「しりとりに公式ルールがあるんですか?」
「愚問ね、全世界正しいしりとりを広めようの会、会長の友人が言ってるんだから。」
「玖韻先輩それ嘘でしょ?」
「あら、何でばれたのかしら?」
ばれない方がおかしいと言う物である。
私の心の中でキートン山田風のナレーションが流れた。
「玖韻………オマエ俺達を騙していたんか?」
ショックを受けたような顔をした霞桜先輩とキース先輩。
おかしい人達はわりとすぐ傍にいました。
こんな馬鹿馬鹿しい会話としりとりを繰り返しながらさらに三十分ほど歩いた頃、突如開けた場所に出ると、その建物は静かな威圧感を放ちそこに佇んでいた。
「ここも久しぶりねぇ。」
そんな玖韻先輩の独白が聞こえてくる。
この建物の外見を一言で表すならコレほど的確に表した言葉は無いって程の物をキース先輩が呟く。
「OH………ジャパニーズホーンテッドハウス………」
つまりは、そういう外見です。
外見から見る限りは純和風建築の屋敷が眼前に広がっている。ただ、異様なのだ。
まず屋根の高さが一定じゃない。尖塔みたいに突出して高い所も在れば低い所もあり、横にも縦にも大きく一点を見ていると蠢いているような錯覚が起こりそうになる。異様なのはそれだけじゃない。冠木門を潜った先から屋敷までくすんだ緋色の鳥居が神社の参道みたいにだんだん大きくなるよう等間隔建てられている。その上瓦葺の屋根からは真っ赤な細長い布を風も無いのにはためかせる旗が乱立している。旅館と言うよりは邪悪なモノでも奉る神殿のようだ。
「………祟られたりしないわよね。」
玖韻先輩が日々暮す家屋を数十倍、下手をすれば数百倍悪化させた瘴気とも感じられる気配に流石の太刀風先輩も不安そうに呟く。そんな中。
「これは、素晴らしい!!」
一人感極まった様に鴛淵先輩が大声を上げた。
「シュウ、君はその当たりがよくわかってる。良い感じでしょう?しかも今まで事故死事件死自殺者変死者合わせてもう直ぐ4桁。その上怪奇現象の隠れたメッカと言われていてそのテのマニアには垂涎の的なのよ。」
玖韻先輩が胸を張って誇らしげに言い放つ。
そんな情報知りたくありません。
「けど、今回ここには泊まりません。」
「そんな、何故ですか?!」
みんながほっとしたのも束の間、一人喚く鴛淵先輩の首筋に目にも止まらぬ早さで霞桜先輩の手刀が、そして鳩尾にキース先輩の鉄扇がめり込むのを私は見逃さなかった。
「先輩、邪魔者は片付いたので続きをどうぞ。」
白目を向いた鴛淵先輩を何処からともなく………本当に何処から出したのか不思議だけど、兎に角出した天秤棒に手と足を縛り付けて霞桜先輩とキース先輩が担いだのを笑顔で見ながら太刀風先輩が玖韻先輩に報告する。
なんだかいいトコないね、鴛淵先輩。
「別に邪魔でもなかったんだけど、まあいいか。」
軽っ
「そう、それで泊まる所なんだけど───
結局のところ玖韻先輩の話しを要約すると、宿泊する所は忘我邸だけど、ココには、この邪悪な神殿チックな屋敷には泊まらないという事だった。
つまりのところ、この屋敷は和風旅館(忘我邸)本館なのだそうだ。こちらの方は毎年固定客が(どーゆー客層かはあんまり聞きたくない)いるので別に今更新しい顧客を呼ぶ必要も無いという。そんな訳で私達がタダで泊まれると言うのはこの本館の裏手に新しく出来た忘我邸別館だという事だった。
そして忘我邸別館前、私達は別の意味で呆気に取られていた。
「おい、玖韻」
「なーにカザ?」
「コレが別館か?」
「ええ、私の意見としては少し外見が爽やかすぎて不服なんだけど、別館は若い客獲得の為に造られたものだからしょうがないわね。」
別館の外見を的確にあらわす一言を再びキース先輩の呟きで紹介します。
「…………ホーンテッドハウス?」
実に正鵠を得た一言ですはい。
私の背後に建つのが和風お化け屋敷なら、私の前に建つのは洋風お化け屋敷だ。
玄関は向こうになります。という運転手サンの言葉に錆色の煉瓦壁に沿って歩きながらじっくりと建物を観察してみる。それ程高さは無く多分3階建てのこの建物、六角形を描いて建っている。中心とそれぞれの頂点に尖塔が建っているのが見える。幸い本館ほど邪悪な感じはしない。どちらにしろ何となく妙な雰囲気はするけれど。
ところで、気になる事が一つ。
「先輩、ここって新築じゃなかったんですか?」
「ゆづ、誰が新築って言ったの、改築って言ったでしょ。」
はてそうだったかな?
「それにしても改築っていうんならもう少し外見にも気を配れば良かったのにね。」
太刀風先輩が煉瓦壁を触ると触った箇所がボロボロと崩れる。
「やだ、風化が始まってるじゃない。」
「古い建物だから、それもしょうがないわね。」
「おい、寝てる間に崩れたりせんやろな?」
「大丈夫よ、見た目はともかく中身は最新鋭の設備で充満している筈だから………それが正しい意味で使われているかどうかはおいておくとしてもね。」
どうにも違和感無さ過ぎて、本当に男なのか疑わしくなってきた玖韻先輩が不穏な事を言う。
「それ、どういう事ですか?」
「あら、楸ちゃん気が付いたの?」
天秤棒からぶら下がったままの鴛淵先輩が笑顔で答える。
「ええ、楽なのでこのまま運んで貰おうと思いましたが話しが面白そうだったので口を挟んでしまいました。」
ハハハと快活に笑う鴛淵先輩。
「ミスタ鴛淵、気が付いたのなら自分で歩いてクダサーイ。」
キース先輩が天秤棒を肩から下ろす……というか落とした。
当然鴛淵先輩はまだ縛られたまま。イコールどうなるかと言えば鴛淵先輩は重力に逆らえず頭から落ちる訳で……
ドゴッ
非常に鈍い音が聞こえる。
「どういう意味も何もその通りの意味ね、少し前の事だけど、見えないところにお金を使えって言葉をそのまま素直に解釈して忘我邸の屋根裏と縁の下を全金張りにしようとして旅館潰し掛けたのが今の忘我邸最高責任者だから………って人に話しを振っといて途中で寝るってどーなのよ!」
玖韻先輩がずるずると霞桜先輩に引き摺られている鴛淵先輩にびしぃとツッコミをしている。
「玖韻、コレは気絶しとるんや。」
霞桜先輩が冷静に間違いを正す。
それにしても今日の鴛淵先輩いいトコないなぁ。
そんな事を思いながら歩を進めている時だった。
「玲音ちゃん!!」
そんな高い声が聞こえ私の目の前を黒い影が横切ったかと思うとその黒い影は玖韻先輩に飛び掛って行く。そしてギンッという金属のぶつかり合う音。
「レニ姉さん!」
「やだ、玲音ちゃん前会った時より綺麗になったでしょ、お化粧も上手くなったし。もうお姉さん嫉妬しちゃう。」
「そんなに褒めないで、恥かしいわ。」
「恥ずかしがらなくても良いじゃない、私と玲音ちゃんの仲ですもの。」
高い声と共に飛び出してきた人物。玖韻先輩が「レニ姉さん」と呼ぶ人物と玖韻先輩は何故か戦っている。
レニ姉さんとやらは箒で、どう見ても普通の箒だ。多分世界で一番有名なネズミが、電気を出さない方のネズミが魔法で水汲みをさせていたあの箒。それを玖韻先輩は扇で、大きな房飾りが付いた絢爛豪華な扇で受けている。というかその扇何処から出しました?
撃ちかかり互いの武器、と呼ぶには貧弱なモノが触れ合うたびに金属音が聞こえ、火花が散るのはもうご愛嬌としてもツッコミどころが多いのは間違い無い。
完全に私達は取り残されている。
その後も聞いている限りでは微笑ましいレズカップルのような会話を続けながらどう見ても本気としか見えない動きで打ち合っている。その動きは素人目に見ても常人の動きとは思えない。けど、そんな事よりもとりあえず玖韻先輩の口調だけでもそろそろどうにかしてほしい。
「………玲音ちゃん、腕を上げたわね。」
「そういう………姉さんこそ………」
二人とも細い所為かスタミナは無いらしく、数分ほどで青息吐息になり互いに抱擁している。
二人の動きが止まったところで改めてレニ姉さんとやらの格好を観察して見る。小柄な身体、服の上からでも細くて華奢なのがわかる。
小さな顔にアイスブルーの瞳、桜色の唇、白銀色のさらさらな髪。年齢はどう見ても15歳が精々。でも、この際そんな可憐で愛らしいにも程がある美少女なんて外見はどうでも良………くは無いが置いといて、問題はその服装だ。銀色の頭の上に乗った可愛らしい白のヘッドドレス。黒と白のシックなエプロンドレスに箒。その格好は誰が何と言おうがメイドさんだった。少なくとも私はメイドさんだと認識する。
もし金髪だったら名前は絶対にアリスだ。
その手の人には大ダメージ。
私は大丈夫。ちょっと着てみたいとは思うけど。
「………玖韻、色々聞きたいことは在るんやけど、まず其方は何方や?」
抱擁し会う二人に声を掛けたのはいち早く素に戻ったらしい霞桜先輩だった。その声に抱擁を解き二人が此方を向く。
全世界正しい意味でのミスコン二十代の部、十代の部優勝者二名。
そんな言葉が頭を過るが、一人は男性だと言うことを忘れてはいけない。
「始めまして、何時も玲音ちゃんがお世話になってます。」
ぺこりと可愛らしくレニ姉さんが頭を………姉さん?
「私、忘我邸総責任者レニエル・オルフェウスと申します。」
私の疑問はおいとくとして、嫌な予感を覚えつつ太刀風先輩に目を移す。そこには予想通り肉食獣の笑みを浮かべ涎を垂らしかねない太刀風先輩の姿。
「先ほどはお恥ずかしい所をお見せしました、玲音ちゃんに会うのは久しぶりだったので私ったらつい………」
ほんのり桜色に染まった頬に手を沿えもじもじとする。
その物理的な破壊力すら生まれそうなまでの可愛さに太刀風先輩は暴発寸前だ。
「さ、皆様こちらへどうぞ、忘我邸全従業員皆様方を歓迎致します。」
レニエルさんが万面の笑みを浮かべる。
我慢できなくなったのであろう太刀風先輩が飛びかかり、比喩でも何でも無く言葉通り飛びかかり、玖韻先輩に空中で撃墜されたのは数秒後の事だった。
容赦無い。