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忘我邸にて  作者: 十二匣
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第一幕 忘我邸一日目①

 

 ゴトゴト

 凸凹道を走っているのであろう振動がお尻の下から伝わってくる。


「フロイデ・シェーネル・ゲッテルフルケン……」


 前の席からは陽気に第九を歌う玖音先輩と霞桜先輩の声が聞こえてくる。外見は全く正反対の二人なのに趣味嗜好が合うらしい。


「……先輩、私達ドコに行くんですか?」


「日本国内じゃないかしら?」


「ソーデス、バンバンジー細胞は馬と古来の人も言ってマース。」


 それは万事塞翁ばんじさいおうが馬です。

 そもそもバンバンジー細胞って何ですか?

 ランゲルハンス島の親戚か何かですか?

 そんなツッコミをキース先輩にする気力も湧かなかった。

 今の私達の状況を簡単に言うのなら、護送中の犯人だ。

 松本駅を出た私達を待っていたのは一台のマイクロバス。

 柔和な笑みと張りついた笑みの中間点を浮かべた壮年の運転手さんに言われるままにバスに乗った後、渡されたのはアイマスクと手錠。

 アイマスクと手錠を装着された後バスは出発しかれこれ一時間が経とうとしている。


「ほら、まだ本格的にオープンしてないしそれに運転手サン視線恐怖症やから。」


 と理由になっているようないないような説明を受けて私達はバスに揺られている。というかそんな人物を迎えに寄越すな。


「玖韻先輩……まだ掛かるんですか?」


「もう直ぐだよ、ねえ運転手サン?」


「はい、勿論でございます。どうか皆様あと暫く」


 と、バスが止まった。


「皆様、到着致しました。」


 ………色々言いたい事は在るけど黙っておこう。

 バスから降りて手錠を外してもらい、アイマスクを外した私達は絶句していた。


「皆様、ここからは徒歩になります。」


 笑みを含む運転手サンの声を聞いても私達はやっぱり絶句していた。

 視界に入る限り森が広がりその中に一本細い道が見える。その森も爽やかさとか明るさなんて言葉とはかけ離れた森。鬱蒼うっそうとしたとか陰陰滅滅いんいんめつめつなんて形容詞が相応しい森だ。


「あの、玖韻先輩?」


「どうかしたの?」


「一体僕等はどこに向かってるのかもう一度説明して頂けますか?」


 鴛淵先輩が微妙な笑み、というには少々無理のある表情を浮かべて一人機嫌良さそうな顔の玖韻先輩に尋ねる。


「電車の中でも言ったでしょ、私の従兄弟が経営している純和風旅館<忘我邸ぼうがてい>まだボケるには早いと思うけど?」


「いや玖韻、今は若年性の急性痴呆症もあるいうからな、案外わからんもんやで?」


 霞桜先輩が茶化す。


「そうですよ、もしかしたら悪名高いクロイツフェルトヤコヴ病かも、しゅうちゃん脳味噌スポンジ状なの?変死したら検死解剖の時見せてね。」


 さらに太刀風先輩も茶化す。


「OH……ミスター鴛淵、アナタの事は忘れません……三日ハ。」


 さらにさらにキース先輩が茶化した後、何故か期待を込めた目で四人が私を見てくる。四人とは言うまでもなく鴛淵先輩と運転手サンを除く四人。

 コレは私も後に続いて茶化せと言う事だろうか?

 うかがう様に太刀風先輩に目を合わせるとコクコクと頷かれた。

 では一つ私も。


「鴛淵先輩安心してください、元々影が薄いんですからいなくなってもそんなに変化は………あれ?」


 笑顔で言っていたものの先輩方のイタタタたという表情に思わず言葉を止めた。


「さて、地雷を踏むというオチがついたトコで歩くとしますか。」


 玖韻先輩が巨大なトランクをものともせず細い道を運転手サンの後について歩き出す。


「そうやな、誰かさんが酷い事いうから場が冷めてもうたわ。」


 その後に続く霞桜先輩。


「ミス虚祁はジョークのレッスンが必要です……」


 手を肩の辺りまで上げ首を左右に振る例のポーズをしながらキース先輩が続く。


「優月、あれはアタシもフォローできないわ……」


 慰める様に私の肩を叩いて太刀風先輩も続く。

 ……そんな、私の言った事ってそんなに酷かったんですか?

 ポンッと後から肩を叩かれる。

 嫌な予感を感じながらゆっくり振り向くと、そこにはアルカイックスマイルを浮べる鴛淵先輩の姿。


「虚祁……僕は怒ってないからね………決してよくも人の古傷抉えぐってくれたなこのクソアマなぶって犯して八裂きにして埋めてやろう……何て全くこれっぽっちも思ってないからね。」


 いえ……本音でしょそれ?


「あの………先輩、痛いです。」


 ギリギリと、鴛淵先輩が虫も殺さぬと言った笑顔のまま目は笑っていないという器用な顔でギリギリと私の肩を掴む。


「でもね、僕のピュアでナイーブな心は虚祁の言葉でマリアナ海溝より深く傷ついたよ、ごめんなさいは?」


 ギリギリ


「………先輩、肩甲骨がみしみしって……」


「ご・め・ん・な・さ・い・は?」


 ニッコリ

 ギリギリ


「ごめんなさい先輩、心から謝ります。だから、あの、そろそろ肩から手を離して頂けるとありがたいなぁって……」


 ふっと肩から圧迫感が消える。


「それじゃ虚祁、僕らも行こうか。待ってくれるような人達じゃないからね。」


 始めて逢った時から全く変わらないアルカイックスマイル。

 上機嫌で鼻歌、それもレッドツェッペリンの移民の歌を歌いながら足取りも軽い鴛淵先輩を見ていて私は昔霞桜先輩に聞いた鴛淵先輩のもう一つの名前を思い出していた。

 微笑を浮かべし魔人、ゴッドスマイル鴛淵。どれだけ中二だよとか、イタイ人だとか思ったのは内緒だ。

 なんにせよこの瞬間私の「今年度版怒らせちゃいけない人」に新たに鴛淵楸先輩は上位ランク入りしたのだった。

 因みに上位は全員先輩方だったりする。


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