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忘我邸にて  作者: 十二匣
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第一幕 邂逅②

 

 街灯に照らされた日本刀が青白く光る。

 切っ先は揺れる事無く俺の方に向き、その赤い瞳から表情は読み取れない。ただ、顔だけが笑みを浮かべている。


「それでオマエはここに死体があったから切ってみたって事か?」


「まあね………ついでに言えば切るのは何処でも良かったんだ。でもできるだけ血の出る所を切ればその匂いに惹かれて何か来るんじゃないかと思っていたらキミが来たんだよ。」


 そんな事をいわれたらまるで俺は誘蛾灯ゆうがとうに寄って来た蛾か何かのようだ。

 そして誘蛾灯に誘われた蛾の行く先は決まっているような物だ。

 天国か地獄かはしらないが、そもそも蛾に天国とか地獄とかの概念があるのかどうかすら知らないのでもっと具体的に言うなら科学的に殺虫剤か、陰険に毒瓶か、はたまた思いきり良く丸めた新聞紙か。

 方法は違えど結末は同じ。


「一つ聞くがこの死体は?」


「知らない。この人を殺したのが誰かとか殺害方法とか殺害理由とかは知ってるけどこの人が誰だったのかは知らない。」


 俺が聞きたかったのはそう言う事じゃない気もするが、多分この答えで良いんだろう。


「ボクも一つ、いや二つ聞いて良いかな?」


「聞くだけならな。」


「いいねそういう受け答え、ボク素直じゃない人は嫌いじゃないよ、好きでもないけどね。」


 ニコニコと嬉しそうにソイツが笑う。


「じゃあまずキミの名前は?」


「名前?戸籍上のだったら一応比良坂湊ヒラサカミナトって名前だ。」


は?」


「忌み名?在るかもしれないが俺は知らない。それにそんなモノいまだに在るのは皇族と一部の華族ぐらいだろ。」


 ふうんとソイツは頷き俺の名前をぶつぶつと何度も口の中で繰り返しながら空いている手でペンを取り出すと口に咥え、器用に手のひらに何やら書き付けると、ぷっとペンを吹き棄てる。


「……うん、比良坂湊ね、これで多分キミの名前は忘れないよ。」


 街灯の下、そいつの左手には俺の名前が辛うじてカタカナと認識できる字で踊っていた。


「別に覚えて貰う必要は無いと思うけどな。」


「またまた、遠慮しなくて良いんだよ。」


 ……どうもやり難い。


「それにね、キミがどう思おうとボクが勝手に憶えておきたいんだ。理由なんか聞いちゃあ駄目だよ。それは余りにも野暮だからね。」


 言い直そう。滅茶苦茶やり難い。


「聞きたい事の二つめ。美味しかった?」


「何がだ?」


 すっとソイツが刀で俺の背後を指す。そこにあるのは当然先ほどまでの勢いはなくなったものの、まだ首から血とかを流す死体。


「………俺は甘いと思ったよ………」


 そこまで言って少々悪戯心が浮ぶ。


「気になるんなら味見したらどうだ?」


 困った顔でも浮べるか、そんな俺の目論見はあっさりと覆された。


「それもそうだね。」


 言ったかと思うと手馴れた仕草で納刀し、ソイツはすたすたと死体の方に近寄り躊躇ちゅうちょや嫌悪の欠片も見せず赤い舌を出すと血が溢れる切断面を、食道の部分を裂け頚動脈辺りを大きく舐め上げた。

 上質のワインを鑑定するソムリエールでもないだろうにソイツは口の中で暫し血を噛みじっくりと味わってから嚥下し青い唇を舐めてからこう言った。


「なる程、悪くはないよ。」


 ソイツの口元から一筋飲み込み損ねた唾液混じりの血が流れた。

 白い顔に赤い血が数滴飛び散っていた。

 それを見た時。

 前々から落ち気味だった俺は完全にあがらう術も無く、いや正直に言えばあがらう術はあったかもしれない。だが、俺はその術に気付こうともせず。


 堕ちた。


「そう言えばまだ言ってなかったねぇ、ボクはね夢幻夜哀ムゲンユアって言うんだ。夢幻に夜の哀しみって書くんだ、憶えてくれなくても憶えてくれてもどっちでも良いよ。ボクは人が覚えようとする事まで一々口を出すほど傲慢なつもりは無いし、でも出切れば君には覚えておいてもらいたいかな。」


 そう長々と物々しい名前を名乗った後気に入ったのかもう一度切断面に口を近づけ今度は舐めるような真似をせず直接動脈の辺りに口を付けて音を立て鮮血を呑み下し。


「やっぱり悪くない。」


 ポケットから出したレースの白いハンカチで夜哀が優雅に口を拭き、そして俺を見据える。


「ねえ湊?」


「いきなり呼び捨てか、図々しいな。」


「湊って良い度胸してるよ、普通この状況だったら逃げるか叫ぶか警察呼ぶか持ち帰るか。ボクは正直その四つのどれかじゃないかと思ってたのに湊ったら見事にボクの想像を裏切ってくれたね。」


 持ち帰りをするかどうかは微妙な線だ。死体愛好の趣味でもあれば話は別だが。

 でも……

 ちらりと首の方を見てみる。

 真っ赤に染まって中々凄絶で良い感じだ。

 なる程、持ち帰られてもおかしくない。


「良かったじゃないか、自分の予想とか想像が裏切られるっていうのは人生において数少ない楽しみの一つだろ。」


 俺の言葉に夜哀の変化は劇的だった。


「フフフフフフ……アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!良いね湊ッ!キミ物凄く良いよ!」


 夜哀の哄笑が公園に響く。

 人が来ないか少し不安だ。


「所でコレから湊どうするの?」


 哄笑とも狂笑とも言えるものを一頻ひとしきり上げた夜哀がそう尋ねてくる。


「そうだなぁ……」


 辺りを見まわす迄もなく目に入るのは首切られ死体と寒風にはためくロングコートが格好良い日本刀を下げた夜哀の姿。チェーンソーを構えたレザーフェイスとまでは言わないが、お世辞にも平和的とは言えない格好とアイテム。


「とりあえず、オマエみたいなのを野放しにしておく訳にはいかないだろ?」


「と言う事は、警察にでも行くつもり?」


「今それを考えているんだよ。」


 ふーんと夜哀が頷きながら日本刀を鞘から引き抜く。


「何で刀を抜く?」


「うん、国家権力イヌなんて呼ばれた所で困らないけどボク面倒臭いのキライだし、それに人を切るのって結構体力使うんだよ。」


 さらりと恐ろしい事を言ってくれる。


「………いいじゃないか、適度な運動は身体に良いってよく言うだろ?」


「アハハ、人斬りダイエットって?、でもボクには必要ないや今のプロポーションで十分満足してるよ。」


 なる程。

 引き締まった体形を誇示するような夜哀のポーズに思わず俺は頷いていた。


「でも……キミ一人切るぐらいなら確かに程よい運動かもね……」


 夜哀の目に剣呑な光が宿る。

 まあコイツが出てきた時からそんな予感はしていた。


「そう……だね……湊はこの公園に来るべきじゃなかったかもしれない。」


 そんな事はこの状況を鑑みれば言われなくたって分かる。

 だが、来てしまったものはしょうがない。偶然そうなってしまったのだ。


「残念だなぁ……せっかく湊とは仲良くなれそうだったのに。」


 残念だとか言う割には満面の笑顔だ。

 目から光が消えてはいるが。

 抜き身の刀を提げた夜哀が近寄ってくる。

 ふと思う。

 どこで狂ったのだろう?

 あのパブで夜哀に合ってしまった事か?

 行き付けの居酒屋が休みだった事か?

 本屋に長々と居座り続けた事か?

 それとも

 それとも今朝俺が死ななかった事か?

 一瞬視界の端に銀色の三日月が閃く。

 熱かった。

 痛みより先に熱さが来ていた。

 夜哀の刀は俺の肩を刺し貫き、それを目で確認して漸く痛みが訪れていた。


「……痛いな。」


 夜哀が眉を顰め俺を妙な顔で見る。

 間近に迫った顔に思わず息を飲み一瞬俺は痛みも忘れる。


「……それだけ?」


 邪気の欠片も無い顔。

 純粋に不思議がっている顔。


「それだけって何が?」


「ボクはね、今から湊を殺すんだよ。それもね手足の腱を切って身動きができないようにして、喉を裂いて声が出せないようにして全身の間接を丁寧に外して、骨を折れる限り折って身体を刻める限り刻んで、キミが百篇殺してくれって哀願する姿が見たいって言ってるんだよ?」


「何だ、お前サドか?どうでもいいな、やるなら好きにしろよ、抵抗する気なんて無いよ。」


 夜哀の右手を掴み、俺の方に引き寄せる。

 同時に肩を貫いた剣先はずぶずぶと沈み、痛みと熱さの中、固く冷たい刃物が肉を切り裂き、骨を擦りながら進む感触が伝わってくる。背筋ががくがくと振るえ吐きそうな程に気持ち良い。

 悪くは無い。

 痛みはこの世に存在している事をわずかなりとも伝えてくれる数少ない手段の一つだ。

 それにキツイ体験っていうのは結果がどうあれそれなりに面白い。

 そう、面白い事が重要だ。

 面白くないモノ何て存在する価値すらない。

 だが、夜哀は自分で言ったような解体作業を俺に行わなかった。

 代わりに一言。


「………キミこれから死ぬより酷い目に合わされて、その上でボクに殺されるんだよ、何か間違っていない?」


 殺す事は決定事項か。

 夜哀の質問に俺の頬が緩む。


「何も間違っていないだろ、お前は俺を殺す、俺はお前に殺される。それだけだ。もっとも俺はともかくお前には責任があるぜ。」


「責任?ボクになんの責任があるの?」


「さっき言ったな、俺に百篇殺してくれって哀願する姿が見たいって。そう言った以上俺に百篇以上殺してくれって哀願させて見ろよ。俺はソレまで俺の体が原型を留めていない方に賭けるがな。」


 暫し夜哀が呆然とした顔を浮かべていた。がやがてその表情は笑みに変わり、瞳に光が戻ると嬉しそうに夜哀が一気に刀を引き抜く。

 痛みもあるが体内を異物が一気に動く感触が気持ち良いと同時に気持ち悪く恍惚と一緒に吐き気が襲ってくる。


「湊!!キミ最高だよ!!」


 服が血で汚れるのも構わず夜哀が俺を抱きしめていた。


「殺さないのか?」


「うん!キミみたいなのを壊しちゃったら勿体無いもの、仲良くしようよ。」


 人を殺しかけておいて仲良くしようも何もないと思わなくも無いが、俺はあんまりそういう事を気にしない性質だ。


 俺をどんな目に合わそうが、俺の基本スタンスの一つ「来る者は拒まず、去る者は追わず」は変らない。

 基本的に。


「ああ、構わないが出切れば医者につれてってくれないか?腕が上がらないんだ。」


 その後夜哀は公園の茂みから持ってきたポリタンクの中身を首切り死体に振りかけマッチを放り、燃え上がるのを確認した後そこに鞘と一緒に量産品だという日本刀を投げ込んで俺と一緒に公園を後にした。

 こうして俺と夜哀は出会うべくしてというかなんと言うか、出会った。そして色々あった。

 夜哀と出会った次の日友人が殺された。

 二月にはさらにもう一人大事な友人が。

 五月には俺の所属していたサークルのメンバーが数人殺された。

 その一週間後には殺人の容疑で逮捕された(勿論誤認逮捕だ。)

 何だかこう並べて見ると夜哀は俺に不幸を運んできた様に見えるが実際の所は逆だ。夜哀は俺に刺激とその日を過ごす楽しみを運んできてくれたと言って過言ではない。つまりは感謝しているのだ。

 そして話は俺と夜哀が知り合って半年、お互いの住居を行ったり来たりする傍目に見たら付き合っているような、そう友達と呼べるであろう生温い関係にも慣れきった頃の事になる。

 

 その日、七月も始めの日曜日、俺は溜まりに溜まったレポートにウンザリしながら取り組んでいる時から始まる。


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