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忘我邸にて  作者: 十二匣
11/20

第一幕 邂逅① side比良坂

 今回の諸注意。

 軽いグロ描写があります。

 主人公が変態です。

 以上の二点にご注意を。

 

 俺の朝は早い。

 もっともこの早いは世間一般から見ればという話であって俺からすれば普通なのだがアイツに言わせると「棺桶に片足突っ込んだ年寄りより早い」だそうで………つまりは早いのだ。

 朝は日が昇る頃に起きている。俺の部屋には時計もテレビも無いから特に毎朝時間を確認した事も無いが四時五時といった所だろう。そしてベッド代わりのソファーに寝転がったままソレを手にとって暫し考えを巡らす。

 手にとるソレは日によって違う事もあれば一週間も二週間も変らず同じ事もある。

 ソレは例えば切れ味だけは抜群の剃刀だったり、怖い鋭さのナイフだったり、はたまたちょっと非合法な手段で手に入れた速効性猛毒、青酸だったり砒素だったり、さらには完全に非合法な手段で手に入れた銃弾の詰まった拳銃だったり。つまりはそんなモノだ。どれも上手く使えば簡単に人が殺せて、使い方が下手でも自分は殺せる。

 その日は拳銃だった。装填数二発のデリンジャーを右手に握り俺は日課の考え事を始める。その内容は今日どれだけ楽しい事があるか。例えば出かけて何か出会いがあるかもしれない。何か事件に巻き込まれるかもしれない。

 こうやって毎日出来るだけ楽しい事を考える。そうして一日を生きる気力が浮いたら右手のソレは鍵の付いた箱に納めてソファーから起きる。

 もし気力が浮かばなかったらそのまま引金を引く。今まで剃刀を持っていた時に一回どう考えても生きる気力が浮ばず首筋を切り裂いたものの浅かったのか場所がずれたのか血は出るものの一向に死ぬ事も無くソファーを汚しただけで、終には偶々尋ねてきた知り合いに発見され病院に搬送されてしまった。

 だから今日は拳銃を選んだ事に運が良いと思ったものの、考えている内に集めている本の最新刊の発売日だった事を思い出して拳銃をしまい込み身体を起こした。

 夜が明けきるのををコーヒー片手に見て過ごし、本屋の開店時間を待って出かける。そしてお目当ての本を手に取り立ち読みを始め、途中近所の喫茶店で軽食を取り、再び立ち読みに戻り、気が付けば午後の八時。約9時間程立ち読みをしていた事になるがコレも何時もの事なので気にせず会計を済ませる。

 アイツから言わせると5時間以上立ち読みするようなのも一種の変態だと言われた。余計なお世話だ。本屋の楽しみは立ち読み以外に何があるというのだろう?後は店員をか如何にからかう事ぐらいだ。

 少々小腹もすいたので行き付けの居酒屋へ行くと臨時休業の札が下がっている。

 今思えばココが分岐点だった。選択肢は無限とはいかないまでの数え切れない程にはあったであろう。その中で俺の頭に浮んだのは二つ。一つは大人しく帰る。もう一つは他の店に寄る。

 俺は後者を選び普段は入らない裏路地に入ると阿弥陀籤あみだくじのように行き当たるたび道を変え、奥へと進み、そしてその店はあった。こじんまりとした小さな店。イギリスにでもありそうなパブ風の外観をした店だった。

 こんな店があったのかと少し驚きながら店に入るとアイツはいた。その時の俺の印象を言えば妙な格好のヤツだと思っただけだ。

 客はその怪しいヤツ以外誰もおらず手前のカウンター席に座ると気難しい顔をした爺さんが「ご注文は」と短く聞いてくるのでおメニューを捲り適当に注文した所で俺は何となく一番奥の席に座るヤツを観察していた。

 全身黒尽くめ。髪は真っ白。そんな井出達。

 銅製のビアジョッキに注がれたビールを飲みながら眺めていると俺の視線に気が付いたのかアイツは俺の方に顔を向けるとニコリと笑った。

 …………正直俺はその顔に見惚れていた。白を通り越して青白い肌、青紫の唇そして透き通った紅い瞳。

 ソイツは立ち上がるとゆっくりと俺に近づき、そして話しかけてきた。


「問題デス。」


 透き通った声が脳に響く。ただ「デス」の部分がどう考えてもDEATHとしか変換できない発音だった。


「ある所に山岸クンと九段クンがいました。所がまたある日如何なる事情からか山岸クンが死んでしまいました、すると九段クンも死んでしまいました。何故でしょう?」


 何故も何もないと思った。死んだらそれまでハイおしまいよ。

 死んでしまえば元人、肉の塊に過ぎない。一日どころか数時間も放っておけば腐臭を放つ肉の塊だ。 だから死んでからあれこれ言うなんて愚の極みだと、何時もなら思うのだが何故かこの日はそうも思えなかった。


「早く答えなよ、ボクには時間が無いんだ。」


 ニコニコと笑いながらこんな店にも関わらず、猪口を片手にソイツは急かしてくる。

 俺は急かされているにも関わらずソイツを間近で改めて観察していた。

 靴は踵の高い先の尖った黒い革靴、細かなステッチで模様が入っている。レザーパンツに大振りなゴシック十字を模したバックルが迫力のあるベルト。胸の大きく開いた、十二月という冬の最中だと言うのに胸元の大きく開いたレザーらしき黒いシャツ。背はあっても華奢としか形容できない身体。ただし痩せていると言うよりは締まっている。肌は白を通り越して青白い。黄色人種の持つ肌色を薄めた白でもなく、白色人種の持つピンクがかった白でもなく、どこまでも虚無的なほどに真白な肌。

 唇は菫色ともとれる薄い青紫。

 だが、印象的だったのは髪とその目の色だった。

 髪の色は白銀。どこまでも醒めた冷たい色の銀色。

 目の色は深紅。落日を想像させるような強い深紅。なのにどこか醒めていて、その色を表す言葉を考えろと言われれば、そう、凍りついた炎のような色。

 冬季野外戦闘用迷彩服でも着られて目を閉じ雪原にでも紛れ込まれればまず発見は無理だ。


「ほら、早く答えなって。」


 再び急かす声に俺は口を開く。別に答えを用意していたワケでもなくそれとなく考えた事を口に出した。すると。


「……うん……なる程その答えも在りだね、キミ気に入ったよ。縁があったらまた逢おうね。」


 そう言ってソイツは手早く勘定を済ませると長いコートを肩に掛け店から出て行く。

 俺はその後姿を呆然と見送りながらすっかり温くなったビールを呷った。

結局その日はソイツの事が気になってしっかり酔う事も出来ず中途半端な気分でそのパブを後にした。料金は想像以上に安かったのを覚えている。

 その帰り道の事だった。知らぬ間に長居をしていたらしく店を出て携帯の時計を見てみると深夜1時を過ぎている。何だか釈然としないまま帰途を急いでいる時だった。近道の為通りぬけようと入った公園にソレはあった。

 こんな市民公園には勿体無いほどがっしりとした立派な木製のベンチの上、青白い街灯に照らされソレはそこに座っていた。

 年齢は二十歳前後に見えるソレは一糸纏わぬ姿でそこにいた。

 遠目に見える肌には染み一つ無く痩せ型な体形にも関わらずそれなりに胸はあり好みの体つきだった。問題点と言えば首から上がその膝の上に置かれていた事だろうか。

 近寄って首の切れ口を街灯の明かりを頼りに見て見れば素人目に見ても綺麗な物。組織が潰れたり骨が欠けたりしていない。背骨に絡み付く神経が印象的だった。

 膝の上の顔も髪を掻き揚げて覗き込んでみれば安らかな顔をしている。まるで寝ているかのような顔とはこんな顔の事なのだろう。できるならこのまま保存しておきたい程好みな顔をしていた。まだ切られたばかりらしく身体は温かく首からも血は収まる事無くどくどくと溢れ出ている。

 俺はどうしようか暫し迷ったものの白い肌が紅く濡れてゆくのを見ている内にどうにも好奇心が湧き首の切断面に舌を這わせ血を舐め取っていた。何故そんな事をしたのか未だに分からない。

 ただその時はそうしたかったのだ。

 生暖かい感触、骨に、血管に舌が触れぴくぴくと感触が伝わってくる。塩辛い生臭さと鉄臭い味、俗に鉄の味と言われる血の味だけじゃなく、甘いようにも感じる脂の味、非従順的な酸味と苦味のする胃酸、経験した事のない髄液、すべらかだったりねっとりしていたり刺激を感じたり、様々な感触と味が舌に触れていた。だがそれ以上にその時俺の舌はどうしようもなく陰鬱で背徳的な甘味を感じていた。

 マフラーが血で汚れないようなんてしょうもない心配をしながら舌ですべすべした背骨の周りを抉ると様々な太さの血管や神経が絡み付き、それを舌で引っ張り出し口の中で弄び時折歯でぷつりと噛み千切る。

 溢れてくる髄液が顔まで飛び、食道からはゴボゴボと久方ぶりに水を流す配水管のような音を立てて刺激臭まじりの黄味がかった液体が登り俺の舌を刺す。

 肉は皮膚との間から滲み出る甘い脂と無味のさらさらとした液体、それにねっとりとした血で覆われ舐めていて楽しかった。

 舌を這わせたまま血で塗れた首筋を下り胸元を舐めている時にその声は聞こえてきた。


「おや、予想外の獲物がかかったね。」


 驚く気も起きず、顔の体液を拭うのも面倒でそのまま振り向くとアイツは立っていた。


「キミは血液嗜好でもあるの?それとも吸血鬼だなんて言うんじゃないよね?」


 小罵迦にしたような笑みを浮かべ俺に問い掛けてくる。


「………少なくとも俺は自分の事を吸血鬼なんて自覚した事もないし血液に殊更執着があるわけでもない、だから今日は………たまたまそういう気分なんだ。」


 今更拭った所で顔の血や脂が取れるわけでもないのでそのまま不敵に、態々音をたてて舌なめずりをして笑ってやる。と笑った所で俺はソイツが手に持っている物に気が付いた。


「………で、どうする?俺もこうなるのか?」


 親指で背後の元人を指す。


「勘違いしないで欲しいな、ボクはその人を殺してなんていないよ。ただ服を脱がしてベンチに座らせて首を刎ねただけ。」


 右手に持った鞘に入ったままの日本刀を少し持ち上げて見せる。


「昔から言うでしょ、人を切ると格段に腕が上がるってね。」


 シュリィィィンと黒蝋塗りの鞘から日本刀を引き抜く。血や脂による波紋の乱れは無く青白い明かりに照らされ浮かび上る三日月型の光にゾクゾクと少し興奮した。



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