6
七條夫妻と会ったその晩、雪菜はベッドに寝そべって読書していた。彼女が必死に読んでいたのは、先日借り直した『猿でもわかる百人一首』だ。彼女にはこの本が合っていた。隣ではリーベがまねするかのように腹ばいになっている。
いつものようにランダムに開くと、五十九首目の赤染衛門の歌があった。その名を雪菜が知ったのは、このときがはじめてだけれども、赤染衛門は『栄花物語』の作者の一人らしい。
──やすらはで寝なましものをさ夜更けてかたぶくまでの月を見しかな
(あなたがいらっしゃらないとわかっていたら、ためらわず寝てまったでしょうに。今か今かとお待ちしているうちに夜が更けて、西の空に傾く月を見たのですよ)
これは男を待って一晩明かした姉妹の代わりに詠んだ歌のようだ。相手の男は摂政関白までのぼりつめた藤原道隆。道長の兄であり、中宮定子の父だ。
雪菜は三人とも聞き覚えがあった。特に中宮定子はよく授業に出てきてなじみがあった。指名されたクラスメイトがうっかり「中宮定子が──」と言ったとき、古典の東海林先生が「様をつけろ。様を」と怒り出したから強く記憶に残っていた。
雪菜はさっそく音読をした。さらっと二回読んだ。自分でもわかる棒読みだったせいか、まったく頭に入らない。今度は句ごとに丹精込めて読んだ。一句目の「やすらはで」を音読したら、該当部分の現代語訳や解説をしっかり押さえ、二句目に進んでいく。そして五句目まで終わったら、また最初に戻る。こうして完全に定着させようと思ったのだ。三、四回通したころには句を見ただけでポイントが整理でき、見なくてもすらすら暗唱できるようになった。
和子に詩吟のように読むのは恥ずかしいと言った雪菜だったが、ひとたび声を出すと気にならなくなった。国語の授業で指名されたような棒読みより、付属CDのような朗詠のほうが歌意がつかみやすかった。
音読が楽しくなり、何度か繰り返しているうちに、雪菜の頭にこんな映像が浮かんだ。
寝殿の縁側に一人の女性が座り、空を見ながらうとうとしている。おそらく彼女が赤染衛門の妹なのだろう。彼女のもとに赤染衛門が近寄り、今日はもう来ないだろうから寝るようにうながした。しかし、妹はうつむいたまま「もうちょっと待ってる」と答えた。赤染衛門は軽くため息をつき、隣に正座するように座った。聞こえてくるのは、ささやくような風の音ばかり。静かな夜である。西の空には月が沈みかかっていた。しかし、二人の後ろ姿からは道隆に対する恨みも、次は必ず約束を守ってくださいねというとげとげしい気持ちも感じられない。月明かりにあきらめの気持ちが静かに融け込んでいるようだった。
雪菜ははっと我に返った。赤染衛門の意識が頭に流れ込んできたみたいだった。現代語訳を目で追っていたときは、待ちぼうけを食わされたわけだから少なからず恨みをもっているだろうと考えていた。ところが、音読をするうちにがらりと印象が変わった。赤染衛門の妹はいつも待たされていたのではないだろうか。最初こそ愚痴の一つや二つ言ったけれども、それもいつしか消えて、あきらめるようになったのかもしれない。
そんな心配をしていた雪菜に、糸のほつれがするっと抜けたような閃きがあった。本に書かれている現代語訳はプロが訳しているとは言え、和歌に込められている微妙なニュアンスまでは表しきれないのではないだろうか。
雪菜は、和子の教えてくれた、本体と陰の比喩を思い出した。彼女は陰を分析するよりも本体に目を向けたほうがいいと言った。それが現代語訳の不完全性を指していたとしたら、和子が「現代語訳はそこまで重要じゃない」と言ったのも、「音読は和歌そのものに意識を向けるのにとても効果がある」と言ったのも、すべてがつながりそうだ。
気まぐれに野鳥観察したら、優しい老夫婦に出会い、古典学習のコツまで教えてもらった。この不思議な一日を思い返すと、雪菜は興奮から胸が震えるようだった。
夏休みの終わりが近づくたび、雪菜は母の言葉を思い出す──
「あんた、もう中一なんだから、私は宿題やりなさいって言わないからね。もしもの場合は自分でなんとかしなさいよ」
これを聞いたとき、やっと自由になれたと喜んだのか、急に突き放されて不安になったのか、はっきりと覚えていない。しかし毎年思い出すから、二つの間で揺れてうまく処理できなかったのはたしかだろうと雪菜は思う。そして高二のこの夏も、まったく手をつけず最終日を迎えていた。
夕方雪菜はスクールバッグを開けて終業式のにおいを残したままのプリントとテキストを取り出した。机に並べてみると見事に天板が埋まった。今回はさすがに厳しいか。雪菜は気を引き締めた。まずは一番時間がかかりそうな数学から取りかかることにした。
配られたテキストは百ページほどあった。運よく解答がついていた。解答を丸写ししているうちに、途中で一言一句同じだと怪しまれると勘ぐった。彼女は語尾を変えたり、主語と目的語を入れ替えたりした。
世界史や生物のプリントには解答がなかった。知識を問うものよりも考察問題が多い。美月や同じクラスの子に連絡してみると、みなまだ手をつけていないらしい。本当にのんびりした人たちだと雪菜はあきれた。教科書や資料集を調べて自分で考える時間はさすがになさそうだ。彼女はAIに丸投げし、硬い言葉を稚拙な言葉に書き換える加工をした。
夜、宿題に疲れてスマホを見ているとドアがひとりでに開いた。風が入ったのかと思ったが、犯人はリーベだった。きちんと閉まっていないと、こうして額だか前足だかを使って勝手に入ってくる。リーベは「みゃっ」とあいさつしてベッドに向かった。
何の心配もなさそうに毛繕いしているリーベを眺めているうちに、どうしてこんな思いして宿題をやらなければいけないのだろうと思った。先生に叱られないためにやる宿題なんて意味あるのだろうか。やがてかろうじて保っていたやる気が真夏のアイスバーのようにとけてしまった。
雪菜はリーベの隣に横になった。頭皮を後ろにひっぱると、眠そうなリーベの目が飛び出すくらいに大きくなる。
「リーベしゃん、眠いですか? それじゃあ寝てください」
彼が目を閉じたらすぐに頭皮をひっぱり、
「あいっ! おはようございます」と幸せな時間を過ごした。
しかし、リーベはすぐに夢の世界へ行ってしまった。裏返しになったぬいぐるみみたいな恰好ですうすう寝息を立てている。仕方ない、ゆっくり寝かせてあげるかと雪菜は起き上がった。
まだ宿題に戻る気がしない。百人一首の本を読もうと思った。リクライニングチェアに座って本を開くと、五十七首目の紫式部の歌があった。
「へえ。百人一首に選ばれていたんだ……」
もしやと思ってその近くを調べてみると、六十二首目に清少納言の歌もあった。雪菜は、授業中に東海林先生が二人は不仲だったと言っていたのを思い出した。せっかくの機会である。雪菜は読み比べようと思った。
まずは紫式部の歌だ。
──めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲がくれにし夜半の月かな
(久しぶりにお会いできたのに、あなただったかどうか見定めないうちに、雲に隠れる月のように帰ってしまいましたね)
雪菜は現代語訳から恋の歌だと早合点したが、実はこの相手は女友達のようだ。本に作歌事情が書いてあった。七月十日ごろの夜、紫式部は久しぶりに幼なじみに出会い、そのときに詠んだ歌らしい。
十日の月がキーワードになりそうだと調べたところ、雪菜をうならせる発見があった。これまで彼女は、新暦と旧暦では一、二か月ずれているのだろうと漠然ととらえていた。ところが、新暦は太陽の動きを基準とするのに対し、旧暦は月の満ち欠けを基準とする。
「ああ、なるほど!」と雪菜はぱんと手を叩いた。
「新暦だと毎月形が変わるけど、旧暦だと同じになるのか」
十日の月はおそらく上限の月と満月の中間くらいか、沈むのは夜半すぎくらいかなと、彼女はざっくり計算した。紫式部は幼友達はそれほど早くいなくなってしまったと言いたいのだろう。雪菜は背景をつかんでから、赤染衛門の歌と同じ要領で音読した。
紫式部の歌は言葉選びが絶妙だからか、文節ひとつひとつに意味が凝縮されていると感じた。それぞれの言葉に紫式部の思いがつまっているようである。それらの思考の流れがまるで一枚の絵になっているみたいだ。
雪菜の頭に浮かんだのはこんな情景だった。
紫式部が渡殿を歩いていると、前から幼なじみが歩いてきた。昔話に花が咲き、話も弾んできたころ、友人は「ごめんなさい。もう行かなきゃ」と月のように姿を隠してしまった。せっかく会えたと言うのに、彼女は遠くの任地へ行ってしまうのだ。引き止める間もなく一人残された紫式部はぼんやり空を眺めた。薄い雲が夜風になびき月を隠す様子は紫式部の心を表しているようだった。
次は六十二首目の清少納言の歌だ。
──夜をこめて鳥のそら音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ
(夜が明けていないうちに、鶏のものまねをしてだましても、逢坂の関の関守はだまされませんし、私も決してあなたに会いませんよ)
本によると、この『夜をこめて』を理解するには、中国の歴史書『史記』のエピソードをおさえなければならないらしい。こんな話だった。
かつて秦の国に使いに行った孟嘗君は、いったんは捕らえられたが、命からがら逃げ出した。しかし、斉の国に帰るには函谷関を越えなければならない。函谷関は朝にならないと開かない。絶体絶命かと思われたが、食客と呼ばれる付き添いがニワトリの鳴きまねをしたら、なんと関守が朝になったと勘違いして函谷関が開いた──というのだ。
酔っ払いが一筆書きで作ったような話だ。どうこの話を折りたたむのか気になった雪菜は吸い込まれるように読みすすめた。
夜、清少納言が藤原行成と語り合っていた。彼は午前一時ごろに帰ってしまった。翌朝行成は清少納言に文を送った。
『鶏が鳴いていたから朝になったと思って帰ったんですよ。でも名残惜しいのです』
これに対して清少納言は孟嘗君伝になぞらえた。
『まさかとは思いますが、深夜に鳴く鶏の声というのは函谷関のことですか?』
『なに言ってるんですか。私はあなたに逢うために、逢坂の関を開かせたいのです』
そこでしっかり者の清少納言がこの和歌を詠んで誘いをつっぱねたというのだ。
本ではこのエピソードを、知識人同士の機知に富んだ応酬だと絶賛していた。しかし、雪菜はだまされなかった。そもそも前提に無理があるだろ。真っ暗なのに空音にだまされてあける関守なんているわけないだろ。そんなふざけた話を引用したら断られるに決まってるだろと思った。
音読したところ、清少納言の歌は上の句、下の句それぞれがまとまっていてユーモアをくみ取りやすいと感じた。和歌全体が一つの短編映画になっているようだ。
二首の特徴をつかみ、彼女はそれぞれの歌に込められた思いやその表現方法の違いに合わせた音読をしようと思い立った。紫式部の歌は絵画を鑑賞するように一語ずつ丹念に読み、清少納言の歌は映画を楽しむようにテンポを重視した。
気まぐれな実験だったけれども、繰り返しているうちに、雪菜は授業で習った言葉を思い出した。『源氏物語』は「あはれ」の文学、『枕草子』は「をかし」の文学。もしかして和歌にもそれが表れているのではないか。雪菜はさっそく調べてみた。
これまで彼女は「あはれ」も「をかし」も「趣深い」と一つの訳で押し切っていた。しかし、「あはれ」はしみじみとした感動に、「をかし」は知的ユーモアに対して使われるとわかった。二語を手触りで識別できるようになった確信があった。
雪菜にはこんな気づきもあった。紫式部と清少納言の歌がそうだったように、歌人の訴えが和歌になっているのだから、彼らの性格や生き様を表す歌があってもなんら不思議ではない。百人一首にはそんな歌が選ばれているとしたら……。
雪菜は和歌を学ぶ際、エピソードから歌人の姿を思い描いていた。しかしそれは本の著者がまとめた文章にすぎない。そんなものをあてにするより和歌を徹底的に読み込んだほうが歌人の真の姿がつかめそうだと思ったのだ。
何とはなしに置き時計を見ると、あと数分で日付が変わるところだった。彼女はあわてて宿題に戻った。この日は明け方まで起きていた。




