光を取り戻しに行く
島根県出雲市の外れにある“地図にない集落・照木”。
携帯は圏外、地元の人も「そこはもう無い」と言う。
主な登場人物
香月 燈 (かつき ともる)
年齢:33歳
性別:男性
職業:映像制作会社ディレクター
性格:静かな執着心を持つ。感情を抑える癖がある。
幼い頃に両親を亡くし、親戚に引き取られ東京育ち。
過去を辿ることに強い恐怖と渇望を同時に抱えている。
野坂 灯 (のさか あかり)
年齢:不明(外見は18歳ほど)
性別:女性
職業:?
性格:無垢だが、どこか諦めを漂わせる。
毎朝、前日の記憶が一部抜け落ちる。
照木の“灯り”を託されている少女。
村上 要 (むらかみ かなめ)
年齢:58歳
性別:男性
職業:元教師(照木小学校)
性格:霧に覆われる現象を「村の真実」と考え、その記録を後世に残す使命感が強い
隠居しながら、照木の歴史や霧の記録を独自に編纂している
「霧を退け、灯を守ることが村の本来の役割」と考えている
八重原こよみ (やえばら こよみ)
年齢:34歳
性別:女性
職業:出雲市役所 記録管理課 職員
性格:優しさと冷たさが同居する独特の空気を纏う
照木の記録が広まることを恐れている
「霧こそが人を救う」と考えている
村上 梓 (むらかみ あずさ)
年齢:27歳
性別:女性
職業:出版社勤務(休職中)
性格:表面的には冷たく見えるが、心の奥に深い迷いを抱える。
「全部、忘れられたらいいのに。
でも……本当は忘れたくない」
八雲 さき (やくも さき)
年齢:86歳
性別:女性(老婆)
職業:村の古老・語り部
性格:感情を荒げることはないが、静かな威圧感がある。
幼い頃から霧と共に生き、家系は代々「霧の記憶」を口伝で継いできた。
村に残る最後の“本当の語り部”。
香月燈は、出雲市駅のロータリーに立ち尽くしていた。
夏の終わりの午後。
白い雲が低く垂れ込め、湿気を帯びた風が髪を撫でる。
東京のオフィス街では決して聞こえない、蝉の声のざわめきが、耳の奥にまで染みこんでくる。
燈はスマートフォンを胸元に押し当て、深く息を吐いた。
画面には、たった一通のメールが表示されている。
「君の“灯り”を返す」
送り主は不明。
メールの受信日時は三日前。
仕事の締切に追われる中、どうしても無視できなかった。
燈は自分の胸を軽く叩いた。
そこに、子どもの頃から消えない空洞があるような気がしていた。
——灯り。
何を指すのかは分からない。
ただ、どこかで自分だけが欠けているという感覚に、ずっと取り憑かれてきた。
「……照木って、知ってますか」
駅前のタクシー運転手に声をかけると、男は怪訝そうに眉をひそめた。
「照木?……いや、そんな地名、聞いたことないですね」
「古い地図には載っているはずです。山の北側……」
「昔は集落があったとか噂はあるけどねえ。誰も行かないし、道も荒れてるよ」
運転手は窓を閉め、エンジンをかけ直すと、それ以上関わる気はないらしかった。
燈は小さく頭を下げ、背を向ける。
雲がますます低く垂れ込め、陽光を吸い込むように青白く光っていた。
あの奥に、照木がある。
思い出すも何も、そもそも自分はここを知らない。
それでも、身体の奥で鈍く疼くものがある。
「行かないといけないんだろうな」
ひとり言のように口にすると、すぐに蝉の声に掻き消された。
燈は肩のカメラバッグを握りしめ、北へ向かう山道へ足を踏み入れた。
舗装が途切れ、赤茶けた砂利道が杉林に消えていく。
枝の隙間から、淡く揺れる光がこぼれ落ちていた。
まるで、雲の向こうから何かがこちらを見下ろしているようだ。
燈は歩を進める。
足元に落ち葉が積もり、踏むたびにやわらかな音を立てる。
「……灯りを返すって、どういう意味だ」
木々は答えず、ただ風に揺れた。
視界の奥、ひときわ古い石の鳥居が立っていた。
その柱に、かすれた文字が彫られている。
「照木集落 此処より先」
手を伸ばし、指でなぞる。
その瞬間、胸の奥に熱い痛みが走った。
「……ここだ」
息を飲むと、薄い霧がゆらりと立ち上がり、道を覆い始めた。
燈は一歩、また一歩、霧の奥へと進んだ。