表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

第7章 悲劇の少女

 キララ号の司令室は、暗く静まり返っていた。控えめなエンジン音だけが、子守唄のように響いている。少年たちは司令室の固定シートや操縦室で、それぞれ深い眠りに落ちていた。

 唯一、コントロールパネルの表示ランプだけが、盛んに点滅している。ケンゾーだけが活発に作業を続けていたのだ。ピルラ星で入手した情報に、惑星外で観察した星々の軌道情報を積み重ね、一人黙々と作業を行っていた。

 計算結果はほとんど一瞬ではじき出されるが、ケンゾーは、少年たちへの報告を少しだけ先延ばしにした。少年たちの疲れ具合から、もうちょっと寝かせておく必要があると、判断したからだ。こんな人間っぽい配慮を、ずい分後で知り、少年たちは驚いた。

「皆さま、おはようございます。お待ちかねの計算結果が出ていますよ」

 ようやくケンゾーの声が静寂な部屋に響き渡り、司令室に明りが灯された。

 少年たちは、重い瞼を次々と開けた。座席に固定されたまま長時間眠った結果、体が悲鳴をあげ、少年たちは、ほぼ呻きながら目覚めた。まだ、若干寝不足気味ではあったが、ケンゾーの計算結果を知りたいがために、固定シートのロックを外し、次々と起き上がった。カイとタツヤは、操縦席からみんなのいる指令室へとぼとぼやって来た。

 少年たちがまだぼーっとしたまま、体を動かし、大きく伸びをしているところに、ケンゾーは独り元気に声を張り上げた。

「ボルの推理は、たいしたものですね。確かに、太陽メイとピロクセンが、ピルラとヨードを形成したとき、メイ円軌道の中心点の延長線上に、光の集合体をかろうじて確認できます」

「光の集合体って、つまり、それが僕らの天の川銀河なの?」

 まだ寝ぼけ眼のタツヤは、器用にも、連発する欠伸の合間に尋ねた。

「このあたりは、まだ星間物質が濃厚なので遠くの光を捉えにくいのですが、その形状から85%はそうだと考えられます」ケンゾーは、はっきりとした声で答えた。「カイ船長、我らキララ号は、その光の集合体の方向に進んでもよろしいですね?」

 もちろん、とカイが即座に答えると、次々と歓声が沸き上がり、あじけなかった司令室に拍手が鳴り響いた。

 ようやく帰国の途につけるのだ。ケンゾーはすぐさま、飛行プログラムを光の集合体に向うよう変更すると、自動操縦へ反映させた。しばらくその方向へ飛行を続け、光の集合体が自分たちの銀河だと確信できたら、ワープを行い、一気に長距離を飛び越えればいい。燃料はたっぷりあるのだから。

 タツヤたちは一眠りしたおかげで、ようやく元気になり、軽い食事をとった。食料も水も豊富なので、全員が満たされた気分で、やたらうきうきしている。

 キララ号が安定した飛行に入ると、タツヤが、バルの一件をケンゾーやアキラたちに詳しく話してきかせた。部屋の隅に引っ込んでいた当の本人は、独り顔を赤く染め、タツヤが話し終わるのを待って、おずおずと一同の前に出てきた。

「みんな、本当にごめんなさい。そして、助けてくれてありがとう。なんであんなことをしたのか、自分でもよくわからないんだ。でも、あのままだったら、僕は二度と地球には戻れなかった。戻れないどころか、あそこで殺されていたんだね」

 すると兄のボルが、弟の横に並び立ち、一緒に頭を深々と下げた。

「兄なのに、僕は何も気づけなかったし、何一つできなかった。みんな、弟を救ってくれて本当にありがとう」

 アキラがくすりと笑い声を漏らす。

「二人とも、そんなに落ち込むなよ。全ては、あの忌々しい石のせいなんだから。それにしても、長老はおれたちにとって、敵とも味方とも判断がつきかねるな」

「長老は、もしバルがあのままだったら、手をかけるつもりだったけど、あの星を脱出するヒントをくれたのも、長老だよ。こうなるのを心配していたので、早く僕らがあの星から出て行けるよう、手を貸してくれたんだ。僕らを隠れ星に招き入れたのだって、困っているのを遠くから察知したため、親切心でそうしてくれたんだ」

 カイは、確信を持って言い切った。

「でも結局、最後は、アリオンの吹く笛がバルを助けたんだ」タツヤは、アリオンの方を振り返った。「アリオン、それが月の楽器、リュナなんでしょ?」

 全員がいっせいにアリオンの方へ振り向いた。アリオンは笛を吹いた時に見せた超然とした少年ではなく、元の華奢で穏やかな芸術家に戻っていた。しかし、その瞳には、自信に満ちた素直な心が映し出されている。

「そうだよ。銀の精霊が月光を集めて作ったとされる、リュナだ。楽器というより精霊そのものなんだ。だから、使い方がとても難しいんだよ。下手すると、人を傷つけてしまう」

 アリオンは胸もとから、リュナを引っ張り上げて、みんなに見せた。

 とたんに、眩い光が四方八方に放射され、薄暗かった司令室はたちまち銀色の光に照らし出された。

 アキラとボルは、初めて見る神秘の楽器に息を呑み、たちまち目が釘づけになった。カイとタツヤから、笑い声が漏れ出た。

 一点の曇りもない、永遠の照明のごとく輝く銀の光。この不思議な楽器が、バルのみならず、ピルラ星の人々を救ったのだ。

「驚いたよ。こんな小さな楽器に、魔法のような力があるなんてね。それとも、この笛を吹いた君の方が魔法使いなのかい?」

 アキラは、リュナとアリオンを交互に見比べた。

「どっちもだよ」カイが笑った。「神聖な楽器リュナを吹ける者は、決まっているんだ。誰でも吹けるってわけじゃない。銀の精霊に通じていないとね」

 カイは、アリオンに目配せした。

 アリオンはリュナを愛おしそうに、そっと指でなでた。

「カイの言うとおり、楽器と演奏者は一体になるんだ。一体となった時、初めて音が出て、魔力が生じる。だからリュナと一体になれる者だけが、リュナを吹けるんだよ。ちなみに、あの時、最初に奏でた旋律は、元に戻そうと働きかける解毒のメロディー。次の旋律は、強いショックをもたらす覚醒のメロディー。そして最後には、平和な気持ちをもたらす調和のメロディーを奏でたんだ。最も、最後の曲はリュナが勝手に演奏したんだけどね。リュナから解き放たれた力が、いったん人々の心の中に入ると、しばらくの間、メロディーが勝手に繰り返されるんだ。そこの空間や人々の心が落ち着くまでね」

「なるほど」感心したアキラが大きく息をついた。「それでバルや住民たちの目が覚め、正気に戻ったってわけか。すごい力だなあ。キララ号に残っていたおれのところにも、音色が聞こえたよ」

「待てよ。じゃあ、リュナがあれば、人の心を自由に操れるの?」タツヤが目を丸くした。

「まさか」アリオンがくすりと笑った。「だったら私は今頃、銀河はおろか、全宇宙の支配者になっているさ。そんな大それた力、リュナにはないよ。リュナは、あくまで異常な状態に陥っている人や空間にしか、効かないんだ。だから、普通の、健全な心の持ち主には効きにくい。それに固い意志を持った人や、強力な魔法をかけられている人にも、効かないんだ。今回だって、ある意味、大きな賭けだったよ。全く初めての、外宇宙の惑星で、本当にリュナが人々の心に影響するのかどうかってね。でも、波紋真珠石でできた石林に、このリュナは、ひどく反応していたから、もしやと思ったんだ。意外とあっさり、旋律がみんなの心に届いたので、ほっとしたけれどね」

「確かに、ピルラの人々は、あまりに素直で人が良すぎる。それは、もはや長所じゃなくて、欠点だけど、そのおかげでアリオンの奏でる音色が届いたのか」

 タツヤは、苦笑いして再びソファに寄りかかった。

「私にはとても理解できない話ですが、新しい経験として、記録しておきます」ケンゾーが口を挟んだ。

「ところで」アキラは、小さく咳払いをした後、今までとは打って変わって、真面目な口調になった。「カイとアリオンに聞きたいことがある。君たちは、あの星の時間の流れが外宇宙と違うのを、知っていたのかい?」

 アキラは何気なく聞いたつもりだろうが、タツヤたちは、そうは思っていなかった。たちまち、警戒心が腹の底から湧きあがった。アキラが、またカイたちに食ってかかるのではないかと考えたのだ。

 なごやかだった司令室は、一転して、気まずい雰囲気に変わった。カイの顔からも、たちまち笑顔が消えた。

「いや、それを知ったのは、長老に話を聞いてからだ。それで、早く出発した方がいいと、僕らは急ピッチで準備を進めていたんだ」カイは、努めて冷静に答えた。

 それを聞いたタツヤは、心の中で、それならそうと、僕らにも教えてくれたらよかったのにと思った。肝心のアキラは、その答えに反応せず、淡々と次の疑問を口にした。

「じゃあ、話は変わるけど、キララ号が宇宙に飛び出してワープした時、おれたちより早く目覚めた君たちは、何をしていたんだい?」

「まるで尋問みたいだな」カイは少し身構えたが、以前のように、感情をむき出しにはしていない。アキラもまた、問い詰めてはいるが、憎しみの目でカイを見てはいない。

 タツヤは、すぐにピンときた。アキラは、抜き取られていた位置情報発信装置について、鋭く探るつもりに違いない。それでも、アキラは、決してケンカを売っているわけではなく、ただ純粋に、真実を知りたいだけなのだ。

 カイは、ほんの少しためらったが、すぐにいつもの表情に戻った。

「それは前にも説明したとおり、燃料や酸素の残量、船体の壊れ具合など、生きるために最低限必要な事項を調べていたんだ」ここでカイは、少し間を置いた。「そして、その時いろんな事実がわかったんだよ。みんなが不安がるから、黙っていたけど、位置情報発信装置がそのままそっくり、抜け落ちていたこととか…」

 アキラは、言葉に詰まった。カイを追い詰め真相を吐き出させようと考えていたのに、カイが先回りして答えてしまったのだ。アキラは、カイに不意をつかれ、してやられたのだ。カイの方が一枚上手だった。

 カイも、アキラの狼狽ぶりから、瞬時にしてアキラの考えがわかった。形勢逆転だ。アキラをやり込めるチャンスをつかんだカイは、きっと反撃するだろう。タツヤはそう思っていたが、カイは突如、タツヤたちの方に向き直り、真剣な眼差しで訴え始めた。

「これだけは言わせて欲しい。僕とアリオンに、みんなが疑問を感じているのは、十分承知している。でも、勝手なようだけど、どうか僕らを信じて欲しい。確かに、僕たち二人には、皆にまだ話していない秘密がある。今ここでは、話せない事情があるんだ。だからといって、皆を裏切るようなマネはしていないよ」

 すると、いつもは穏やかなアリオンも、ひどく思いつめたような顔で前に出てきた。

「私からもお願いだ。カイの言うとおり、どうか私たちを信じてほしい。私たちも、皆を信頼している。今、ここで全てを話せないけれど、その時が来たら、必ず話すと約束するよ。だけど、今はその時じゃない。今は無事、地球や月に帰るのが最優先だからね。身勝手なお願いだけど、話せる時が来るまで、どうか待っていてくれないか」

 たぶん、カイたちは正直に話をしているのだろう。カイとアリオンの二人には、本人たちが言うように、おいそれとは言えない秘密があるに違いない。それはタツヤも、うすうす感じていた。

 それでも、話せない秘密があると、自ら皆の前で公言したのは、カイたちが自分たちを本当に信頼している証だ。何より二人は、いずれ全てを話すと、約束してくれたのだ。それにカイたちは実際、これまで様々な窮地から自分たちを救ってくれた。だからタツヤたちが、今あえてその秘密を詮索しないのもまた、信頼であり友情だ。

 タツヤとボルとバルの3人は、少しのためらいもなく、自然にうなずいた。ボルとバルはピルラ星の一件で、すっかりカイとアリオンに信頼を寄せていた。

 しかし、アキラはどうだろう。初めてカイたちと顔を合わせた時から、アキラはカイたちに不信感を露わにしていた。そんなアキラが、カイたちを信頼して、彼らが秘密を語る日まで待てるのだろうか。アキラがどう考え、どう判断するのか、全員がアキラに注目した。

 アキラは何も言わず、しばらくじっと、カイとアリオンを見つめていたが、突然、口笛を吹き始めた。ふいをつかれた一同は、驚いた。

「わかったよ。もう何も聞かないし、詮索もしない。運命を共にしている大事な仲間だからね。君たちを信じるよ」アキラはそう言うと、ぶっきらぼうに頭をかいてみせた。

 緊張していたみんなの顔が、嘘のように緩んだ。

「信じてくれてありがとう」カイとアリオンは、アキラの方に歩み寄った。

 アキラは、ぎこちなく、せっかちにうなずいた。長かった三人のわだかまりは、ここでようやく雪解けを迎えた。

 それから数日は何事もなく、それぞれの趣味や故郷の話で盛り上がった。ピルラ星での忌まわしい出来事は、正直、記憶から消してしまいたかった。だから、誰も一切口にせず、まるで、なかったかのように振舞っていた。

 キララ号の飛行は順調だったが、この周辺一帯には、まだ広範囲に、星間ガスが立ち込めているため、見通しが悪い。そのため、あれ以来、たいした情報は得られていなかった。それでも、キララ号は予定どおり、その目標に向って着実に距離を詰めて行った。

 このところタツヤは、カイの補助として、操縦席に座る時間が増えていた。事実、芸術家肌で、少々不器用なアリオンより、操縦好きで運動神経抜群なタツヤの方が、この役目は向いている。

 アリオンはアリオンで、苦手な操縦から解放されたのを密かに喜んでいるようだった。アリオンは、操縦が下手というわけではない。それなりに、副操縦士としてこなしているし、一通りの知識も身についている。これはきっと、どこかで本格的に習ったに違いないとタツヤは踏んでいた。

 しかし、機械類を扱うのは、元来、好きではないと本人が言っていたとおり、機械類には関心が薄いようだ。せっかく知識も技術もあるのに、もったいないとさえタツヤは密かに思っていた。

 皮肉な話だが、そんな事情もあって、宇宙船を操縦するというタツヤの夢は、思いがけず早くも叶ってしまった。そのため、ここで新たな目標を追加する必要がある。タツヤは、カイのような、冷静沈着な操縦士になる目標を加えた。ただし、これは誰にも言っていない。自分だけの目標だ。

 地球を発って28日目の朝、朝食を食べ終えた少年たちは、いつものごとく司令室に集まって、地球への航路を確認していた。このところ、特別な作業がない限り、朝食後と夕食後に、ケンゾーを交えて、軽い集会を行っていた。

 そこへ、ケンゾーの声が画面から響き渡った。

「皆さんにお知らせします。進行方向500キロメートルほど先に、未確認の小さな人工物を検知しました。予定航路からは、若干逸れた地点です」

 少年たちが画面に目を向けると、赤くチカチカ光る小さなものが、真っ暗な画面の中央に映し出された。光は、弱々しいが、規則的に点滅し続けている。

「距離があるので断定はできませんが、危険物ではないようです。航路を修正して、もう少し接近してみますか?」

 そうしてくれ、とカイが指示を出すと、キララ号は速度を落として、小さな物体に近づいていった。それは、単純な構造をした三角形の小型機械だ。頑丈そうなアンテナを三本、真横に突き出している。横倒しになった三角形の頂点は、キララ号が進もうとしている方向を指し示していた。

「何だろう?」

 もっとよく見ようと、全員が画面に詰め寄ってきた。

「あれは、宇宙ブイじゃないか!」

 タツヤが、一人驚きの声を上げたが、他の少年たちは全く無反応だった。誰も宇宙ブイの意味がわからなかったのだ。それに気がついたタツヤは、すぐに宇宙ブイの説明を始めた。

「地球政府が外宇宙に置いている、目印さ。地球の船がここを通ったという証拠だよ。ほら、赤い波のような点滅が、見えるだろう?あれは、地球のある方向を示しているんだ。つまり、僕たちが向っている方向は、間違いないって話さ」

 少年たちの顔には、笑顔が急速に満ちてきた。あの小さな光の集まりは、やはり、自分たちの故郷の銀河だったのだ。それさえわかれば、もう進路に迷うことはない。正しい方向さえわかれば、あとはワープを行い、一気に、自分たちの太陽系に近づくだけだ。

 ブイの赤い光は、波のような点滅を繰り返しながら、遠く微かに見える、小さな点の集まりをしっかりと指し示していた。

「タツヤの言うとおり、あれは確かに、地球製の宇宙ブイですね。少々古いタイプですが、間違いありません。待って下さい、もう一つ、気になる物体があります。宇宙ブイのすぐ真下です」

 ケンゾーの声とほぼ同時に、船外カメラが早くも物体を捉え、画面上に拡大した。それは、小さなタンスほどの青いポッドだった。

「なんだろう、カプセルか?…」少年たちは、食い入るように画面を見詰めた。

「まだよくわかりませんが、宇宙ブイのあたりはプラズマ流の潮溜まりになっているので、宇宙を漂流しているある種の物体が、流れ着きやすくなっているのかもしれません」とケンゾー。

 確かに、その青いポッドの他にも、大小様々な岩石や金属片、人工物と思われる謎の塊がいくつか浮遊している。宇宙ブイの下方は、まるでごみ溜めのようだった。

「あれ?横についているのは、地球のマークじゃない?」今度はボルが叫んだ。

 全員が更に一歩前進し、画面のまん前に張り付いた。鈍く光る青い金属製ポッドには、確かに、地球を示すテラ・マークが描かれている。ケンゾーも、古い型ではあるが、まさしく地球のものであると断言した。

「もしかしたら、宝の詰まったカプセルかも。だって、ほら、有名な宝箱の噂があるじゃない?」ボルとバルは、目を輝かせてはしゃぎ出した。「あの古くて頑丈そうな感じは、絶対そうだよ。とうとう僕たちが、宇宙を漂っている宝箱を見つけたんだ!」

「まさか、そんな…」

 そう言いながらも、大きな少年たち4人も、本当に宝箱ではないかと期待するようになっていた。

 外宇宙では、野蛮な海賊や盗賊がしばしば出現し、地球の開拓団や旅団を襲っては財宝を奪っている。その奪われた財宝の行方を巡って、世間ではいろいろな噂が飛び交っていた。

 外宇宙のどこかには、金銀財宝を集めた宝惑星がある。そんな途方もない噂でさえ、本気で信じている者が多いのだ。その宝のひとかけらが、宝箱として、たまたま宇宙ブイに流れ着いたとしても、決しておかしな話ではない。

「テラのマークがついているんだ。とにかく回収しよう」

 ポッドの回収はすぐに決定され、司令室は早くも大騒ぎになっていた。

 浮かれている少年たちの中で、一人、カイだけは、ポッドが本当に危険物ではないのか、まず予備室でチェックしてから船内に入れるよう、慎重に指示を出していた。

 爆発物の反応はないものの、中に何が入っているのかは、ケンゾーでさえポッドを開けるまでわからない。それほどこのポッドは、二重にも三重にも、特殊な物質で厳重に守られ、透過検査でさえできないように造られている。それを知った少年たちは、ますます期待に胸を膨らませた。

 カイとアキラの二人が、分厚い防護服を装着し、ポッドを取り込んだ予備室に入っていった。少年たちは、慎重だった。ピロクセン星で痛い目に遭った記憶が、無謀な好奇心を抑え、少年たちを少しだけ賢くした。この宇宙には、自分たちの常識を超えた危険がまだまだ潜んでいるかもしれない。なので、直接二人が手を触れないよう、少し離れたところからロボットの腕を遠隔操作して、ポッドを開けることになった。

 司令室では、その一部始終が大画面に映し出されている。

 みんなが司令室から見守る中で、作業は始まった。ポッドにはロックがかけられていたが、そのロックの仕組みはキララ号のものと同じで、テラ・マークの部分が鍵になっている。ロボットの指でテラ・マークを文字の書き順の方向になぞると、ロックはあっさり解除され、分厚い外蓋がゆっくりと開いた。中には透明なカプセルが入っている。よくある、二重カプセルだ。

 そして、その中に入っていたのは、宝物ではなく、なんと人間だった。

 それも、タツヤたちと同じ年頃の少女だ。長い黒髪をおさげにし、目を閉じて、両手を胸のあたりで十字に交差させている。目鼻立ちがはっきりして、かわいいが、どこか悲しい印象の少女だ。

 よく見ると、やつれた頬には涙の跡がいく筋も残り、着ている木綿の青い服は相当古く、あちこちがすり切れている。手や顔にも、いくつものかすり傷や痣が残り、少女が決して幸福ではなかったと物語っていた。そして何より、少女の皮膚は、信じられないほど真っ青でピクリとも動かない。

 異様な少女に対面した二人は、その場で飛び上がった。

「これは棺桶か…」さすがのカイも、すっかり動揺して逃げ腰になっている。

 司令室で、船内カメラ画面を見ていた少年たちも、はっと息を呑んだ。異様な姿の少女が大画面に大写しされた瞬間、誰もが死体だと思ったのだ。初めて目にした現実に、少年たちは悲鳴を上げるのも忘れるほど、驚愕していた。

「違いますよ、カイ。棺桶ではありません」ケンゾーは、きっぱり否定した。「その少女は、息はしていませんが、生きています」

 今度は、全員が押し黙ってしまった。

「息をしていないのに、生きているって、まさか」アキラが重い防護服をつけたまま、じりじりと後ずさりを始めた。「死人を蘇らせ、奴隷にするっていう、ゾンビ惑星の話は本当だったのか」

 するとカイまでもが、少女の入っているカプセルから、そろりそろりと離れ出した。船内は一気に緊張に包まれ、ちょっとした物音にさえ、怯えるようになっていた。

 そこへケンゾーの豪快な笑い声が、重苦しい空気を一瞬にして吹き飛ばした。

「冷凍睡眠ですよ」

 少年たちはその意味を理解すると、ほっと息をついた。カイとアキラは、互いに照れ笑いしながら、それでも、恐々と、少女の入っているカプセルに近寄った。

 ワープ航法が使用される前は、この冷凍睡眠が外宇宙への旅の際、頻繁に使われていた。しかし、冷凍睡眠は、体にかかる負担が非常に大きい。長期睡眠中に亡くなる危険もあり、間違った手順で解凍すると、脳が損傷する、手足が腐るなどの後遺症もよく知られていた。

 そこで、より安全なワープ航法が使われ始めると、冷凍睡眠はすっかりなりを潜めるようになっていった。それでも、一部の古い宇宙船やワープ装置が壊れた際の予備として、今でも、稀にだが、使われている。とはいえ、冷凍睡眠中の人間をお目にかかれる機会は滅多になく、少年たちはもちろん、誰もが初体験だった。

 細菌やウイルス等も問題なしと確認され、少年たちは、重厚な外側のポッドから、中のカプセルを丁寧に取り出し、船長室へと運び込んだ。隣の医務室は手狭なため、カプセルを設置できない。そこで、医務室と船長室の間にあるドアを開放し、船長室側を中心に、カプセルを設置した。そして、ケンゾーの指示する手順どおり、慎重に少女の冷凍睡眠を解いていった。

 半日が過ぎる頃、少女の頬に薄っすらと赤味が差してきた。中二階の船長室にはいつの間にか、全員が顔をそろえ、少女の顔を覗き込んでいた。少年たちは口にこそ出さないが、皆、この少女が気になって仕方がないのだ。そわそわして自分の仕事には身が入らず、入れ替わり立ち替わり、少女の様子を見に、船長室を訪れていた。

 その一時間後、少女はようやく目を覚ました。

 そのとたん、甲高い叫び声がいきなり船内全域に響き渡った。少女の第一声だった。突然起こった猛烈な絶叫に、近くにいた少年たちは、慌てて耳を塞ぎ、身を縮ませた。

「ああ、お願い、目なんか覚めないで、覚めないでったら!いったい私が何をしたっていうのよ!どこへ売り飛ばそうっていうの?虫けらのように働かされ、ブタ小屋みたいな汚い船に詰め込まれて、ただ生きているなんて。こんな人生、さっさと終わっちゃえばいいのに。ああ、あのままみんなと一緒に死んじゃえば良かった。その方がよっぽどマシだ。なのに、どうして、どうして目が覚めてしまったの…」

 少女は両手で顔を覆ったまま、カプセルから身を起こし、ものすごい勢いで泣きわめいた。すさまじい泣き声に、少女を取り囲んでいた少年たちは、カプセルからいっせいに遠ざかった。

 ボルとバルはいつの間にか、船長の立派な机の下に潜り込んでいた。少女は周囲を全く見ようともせず、その場に突っ伏したまま、泣きわめき続けた。

 解凍作業に失敗したのだろうか。タツヤは一瞬、不安になった。手順どおりに行ったはずだが、作業のどこかに誤りがあって、繊細な脳細胞を傷つけてしまったのかもしれない。解凍が上手くいかず、頭がおかしくなった人の話をふと思い出した。

 少年たちはどうしていいのかわからず、遠巻きに傍観していたが、やっとアリオンが、少女の方に近づいていった。

「ねえ君、大丈夫だよ、ここは安全な場所だから。君をどこかに売り飛ばそうなんて考えていないし、私たちは君と同じ、地球から来たんだよ。だからそんなに泣かないで」

 アリオンが優しい声で慰めた。少女はしばらく顔を伏せたまま泣いていたが、そのうち泣きじゃくりながら顔を上げ、涙の中で目を薄っすらと見開いた。

「地球から来た?」

 少女は目を腫らしながら、声をかけてきたアリオンを見上げた。

「そうだよ。正確に言うと、私とカイの二人は月出身だけどね」

 アリオンはそう言って、カイの方に振り向いた。

 カイが後方から軽く目配せしてみせると、ややあって、少女も小さくうなずき返した。

「じゃあ、ここはいったいどこなの?もしかして、地球?」

「いや、宇宙船キララ号の中だよ。私たちはちょっとした事故で、地球の東京宇宙空港から、船ごと宇宙に放り出されたんだ。それで地球に戻る途中に、たまたま漂っている地球製のポッドを見つけて拾った。そうしたら、その中に君がいたんだよ」

 少女は記憶を呼び戻すように、ひとしきり考え込んだ。

「そう言えば、私、あなたをどこかで見たことがあるわ」少女は、アリオンの顔をまじまじと眺めた。「よく思い出せないけれど、海賊じゃないのは確かね」

「私だけじゃないよ。ほら、よく見てごらん。ここに全員そろっているけれど、誰一人、海賊には見えないだろう?さあこれを飲んで」

 アリオンはそう言って、少女の手に、暖かいお茶の入ったカップを手渡した。少女は少年たちの顔を見渡すと、ちょっと驚いた様子だったが、アリオンから手渡されたお茶を不器用にすすった。

 冷凍睡眠から覚めたばかりのせいで、腕や指、顔の筋肉の動かし方がまだぎこちなかった。しばらくすると、少女の険しかった顔が、やっと穏やかな表情に変わっていった。

「これで全員って、まさか、大人は誰もいないの?」

 カイが笑った。「ああ、さっきアリオンが言ったとおり、突然宇宙に放り出されたので、大人はいないんだ。いや、一人いるかな。船内コンピュータのケンゾーがいる」

 ちょうどそこへ、あたふたしているケンゾーの声が、船長室のスピーカーから響いてきた。

「皆さん、どうか落ち着いてください。今聞こえた正体不明のサイレンですが、どこかの警報が誤作動したようです。今のところ、船体に異常は認められず、各システムも正常に作動中です。誤作動の箇所と原因は調査中ですので、もうしばらくお待ちください」

 どうやらケンゾーは、船内に鳴り響いた少女の悲鳴を、警報と勘違いしたらしい。カイは苦笑いしながら、室内マイクに向って説明した。それから再び少女の方へ向き直ると、静かに問いかけた。

「で、君の名前は?なぜ冷凍睡眠カプセルで漂流していたんだい?僕らより、ずっと酷い境遇じゃないか」

 少女はカップを脇によけると、答える代わりにため息を一つついて、それから、再びポロポロと涙をこぼし始めた。カイは、尋ねるのが早すぎたかと、後悔しかけた。それでも、少女はひとしきり泣くと、涙を手でぬぐって話し始めた。

「大丈夫、ちゃんと話せるから。私の名前はマナミ。地球の開拓船、カシオペア号に乗っていた開拓団の一員よ。私は、両親や大勢の人々と共に、カシオペア号で外宇宙へ向っていたところだったの。そこへ突然海賊船が現れて…私たちの船は、旧式のボロ船だったし、武器だってほとんど持っていなかった。だから、最新式の宇宙船で襲ってきた海賊には、まるで歯が立たなかった。海賊船はカシオペア号に接近すると、穴をこじ開け、強引に乗り込んできたわ。皆、海賊の酷い噂をさんざん耳にしていたから、船内中がそれはもう大混乱になっていた。海賊は、船の財宝を奪うだけでなく、捕まえた人々を殺したり売ったり、食料にしてしまうって。それで人々は恐怖のあまり、自殺しようとしたり、自分の子どもを殺そうとしたり、船ごと爆破させようとしたり、皆、おかしくなりかけていた。でも、一部の冷静な大人が、せめて子どもだけは助けようと、数少ない冷凍睡眠ポッドに子どもたちを入れて、宇宙に放出したのよ。通りかかった地球の船が偶然拾ってくれるかもしれないと、淡い期待を抱いて。それで…」

 妙に思いつめたアキラが、少女に迫った。

「それで、君は宇宙を漂流していたんだね。なんてことだ。その後、カシオペア号はどうなった?海賊はどうした?どこへ行ったんだ?」

「わからないわ」マナミは怒ったような声で、アキラに言い返した。「冷凍睡眠ポッドで送り出され、それっきりなんだから、私にわかる訳ないじゃない。もう思い出すのも嫌だわ」マナミの腕には鳥肌が立っていた。青紫色の唇もまだ、小刻みに震えている。

「悪かったよ。そんなつもりじゃなかったんだ」アキラはやや戸惑ったが、それでも、何かを知りたい気持ちに変わりはなかった。「でも、教えて欲しいんだ。海賊に襲われたのはいつなのか、どこでなのかを」

 マナミは黒い目を伏せて少し考え込むと、再び口を開いた。

「ずい分昔に地球暦を捨てたので、いったい、いつの出来事だったのか、正確には答えられない。外宇宙に出てしまえば、場所によって、時間が早く進んだり、遅くなったりするから、時計やカレンダーなんてあんまり意味がないでしょう?船の中では、カシオペア号独自の時計とカレンダーを使っていたの。事件が起きたのは、カシオペア暦で、K15年9月25日。少なくても船内では、地球を発ってから15年は経っていた。場所も確かではないけれど、おそらくアンドロメダ銀河のG2星系付近だったと思う」マナミは自信なさ気に答えた。

「アンドロメダか。これはまた、予想以上に地球に近いな」カイが後ろの方で小さくつぶやいた。「でも、事件が起こったのは、割と最近だと思うよ。だって君は、冷凍睡眠から目覚めた後、割とすぐに体を動かせている。だから、冷凍睡眠していた期間は、それほどでもないはずだ」

「それで、どんな海賊だった?どれくらいの規模だった?」アキラは、答えるのが当然だと言わんばかりの勢いで、横からマナミを問い詰めた。

「私にばかり質問しないで」マナミはついに神経質な声を上げた。「先にあなたたちの話をしてくれてもいいんじゃない?いつ、どうして、こんな状況になったのか」

 アキラはさすがに口をつぐみ、少しの間静かになった。と思ったら、今度は意外なところから、声が割り込んできた。船内放送用のスピーカーから流れた、ケンゾーの声だった。

「お嬢さんのおっしゃることは、ごもっともです。ぜひ私から、今までの経緯を、まとめてお話ししたいのですが、カイ船長、よろしいですか?」

 ケンゾーは、話に加わりたくてうずうずしている様子だった。

 突然聞こえてきたコンピュータの音声に、マナミは驚いたが、更に、カイが船長と呼ばれている事実に、また驚いていた。カイが少し頬を染めながら、事情を説明すると、マナミは納得した様子だった。

 そこでカイは、語り部の仕事をあっさり、ケンゾーに引き渡した。ケンゾーは、今までの出来事を壮大な物語として、マナミに語り聞かせた。ケンゾーが直接関わらなかったピルラ星での出来事すら、少年たちから聞いた話を元に、まるで自分がその場にいたかのように、語っていた。マナミは、真剣にケンゾーの話を聞いていた。

 その間、6人の少年たちは、それぞれ船底に行ったり、画面の操作をしたり、食料庫へ行ったり、忙しそうに立ち振る舞っていた。しかし、やっぱり、マナミのことが気になって仕方なく、何かと用事を作っては船長室に出入りをしていた。

 ケンゾーの長い話が終わる頃、マナミの顔には自然な赤みが戻っていた。体も自由に動かせるようになり、目にも、生き生きとした輝きが感じられる。自分の置かれている状況を理解し、ここが十分安全な場所だと、納得できたのだろう。本来の、少々強気な性格も復活したようだ。元気を取り戻したところで、マナミは少年たちを前にして、自分から語り出した。

「私の乗っていたカシオペア号には、約2千人の人が暮していた。でも、外宇宙を優雅に旅する旅客船なんかじゃなく、安い金で買い集められた貧乏人を運ぶだけの船だったの。行った先々の惑星で、力仕事をさせるためにね」

「おれ、知ってるよ。奴隷船だろう?狭い船に、奴隷たちがたんまり詰め込まれるんだ」とアキラ。

 マナミは、アキラをきっと睨んだ。アキラは、無神経な自分の発言に気づいていない。

「私たちは、奴隷なんかじゃない。契約して乗ったのよ、少なくとも初めはね。でも、乗船前の話とは、えらく違っていた。ほとんどの人が自分の命や人生を賭けて乗り込んだのに、契約は守られなかった。船は危険なほど古いし、空気は濁っているし、食事は粗末なものばかり。船での生活は、辺境惑星の住民よりも、遥かに酷かった。だから、皆、逃げ出したかったけれど、いったんお金を受け取って、地上を捨ててしまった以上、どうにもならない。だって宇宙に出てしまえば、開拓船は動く監獄のようなものでしょう?どこかに逃げ出すなんて、できやしない。カシオペア号は、ワープも満足にできないボロ船だから、一生をそこで過ごす人が大半だった。とても納得できる生活じゃないけれど、生き延びるには、結局、船長たち会社側の言いなりになるしかなかった」

 マナミはため息まじりに、とつとつと語った。

 開拓船団とは、大した装備を持たないまま、外宇宙に飛び出しては、儲けになる資源を見つけ出すと片っ端からむさぼる、極めて悪質な地球の企業だ。タツヤはそんな話を何度となく、タツノシンから聞いていた。偶然行き当たった惑星に資源を見つけると、採り尽くすまで手を緩めない。

 特に、金やダイヤモンド、輝眼石など、地球にとって価値のある資源を見つけると、安い金で雇い集めた大勢の人夫を送り込み、採掘などの重労働に従事させる。その惑星にある資源を根こそぎ奪い取るのだ。開拓船団が去った後の惑星は、穴だらけで人の住めない、荒廃した星となる。働けなくなった人夫たちも、そこに置き去りにされるのが常だった。

 こうした、とんでもなく劣悪な開拓船団が、ひところ流行っていたが、地球が銀河連邦に加盟してからは、その数もめっきり減っていった。外宇宙との交流を大切にする銀河連邦が、監視の目を光らせたからだ。

 だが、それ以前に出発した開拓船団や、身を売るしかない弱者を違法に集めた開拓船団が、まだ、この広い宇宙の中を数多く彷徨っているのだ。

「地球人の船長は、開拓会社の人間で、自分の支配が及ぶ宇宙船については、何でも自由に決定できる。それをいいことに、私たち乗員の費用をうんと安く抑えて、浮いたお金を自分の懐にこっそり入れていた。船長のあだ名は、ふんだくりの赤鬼。この間も、配られた食料に重力毒が混ざっていた。辺境の地で、食材を安く仕入れたって、船長は珍しくご機嫌だった。でも、それは食材じゃなくて、廃棄された作物。重力毒が含まれていたから、廃棄したのを船長がただ同然で拾い上げた。それを口にした小さい子どもが、何人も死んでしまった。後で事情を知った我々は、当然、怒り心頭で抗議した。だけど、抗議した者たち何名かが、近くの、名もない氷の惑星に降ろされた。そこは氷点下180度の、ブリザード吹き荒れる辺境惑星。契約違反の上、他の者の生命を脅かしたという理由で、船長はその人たちを無理やり置き去りにしたのよ。私たちに対する見せしめとしか思えない。絶対に許せないわ」

 マナミの目は、しばし怒りに燃えた。辛く悲しい過去が、暗い情熱となって、言葉とともに吐き出された。それから、その全てを手放すかのように、大きなため息を一つ、ついて白い床の方に目をやった。

「突然、海賊に襲われた時だって、船長たち上層部は、真っ先に姿をくらまして、もぬけの殻だった。おそらく、財宝を抱えられるだけ抱え、自分たちの高速宇宙船でさっさと逃げたんでしょうよ。私たちが、海賊に襲われて、殺されようが、売り飛ばされようが、おかまいなくね」

 マナミは顔を背けるように、木星チューリップの壁掛けに暗い目を向けた。

 タツヤは憤慨のあまり、だんだんと自分の頭が熱くなっていくのを感じた。今まで奴隷船の噂は耳にしていたものの、それほど関心はなく、遠い世界の出来事ぐらいにしか考えていなかった。

 半分は、ただの噂にすぎないと思っていた。何故なら、船長のような会社上層部の人間を除き、奴隷船に乗って地球に戻ってきた者がいないからだ。直接、奴隷船の乗員からの証言が、一つも出てこない。

 だが、今こうして直に少女の姿を目の当たりにし、話を聞いていると、恐ろしいほど身近な出来事のように思えてくる。そして、長い間そんな事実も知らず、地球でのほほんと暮していた自分に対しても、もどかしい気持ちが込み上げてきた。

 それはタツヤだけではない。そこにいた少年全員がそうだった。

「相当あくどい連中だね。銀河法廷に訴えられないの?」タツヤが代表するかのように、尋ねた。

「そうしたいけれど、無理でしょうね。契約してお金を受け取る代わりに、船に乗ったのだから、契約の範囲内だと言われれば、それまでよ。契約書には、船長の命令は絶対だと明記されている。会社側に非があっても、会社側がいち早く証拠を握り潰してしまうから、訴えても無駄なだけ。そもそも、訴えようにも、一生涯、船から出られないし。噂では、こんな不幸な船が、百も二百も、地球を飛び立っているらしいけれど」

 マナミは、話し疲れたのか、物憂げな様子で船長室の窓に目をやった。

「ポッドにはテラのマークがついていたけれど、君も地球の出身なの?」

 タツヤはマナミの外見から、同じ地球人ではないかと推測していた。

 すると、少し当惑した顔で、マナミが振り向いた。

「出身惑星なんて、私にはない。私は、カシオペア号の中で生まれたのよ。船の中で生まれ、船の中で育ってきたから、惑星で暮らした経験が一度もない。過酷な仕事のため、惑星に降ろされる機会はあっても、住むのはあのボロ船よ。だから、大地を踏みしめて生活するって、どんなものなのか、ずっと憧れ、想像していた。私の夢は、いつか両親と一緒に、両親の生まれ故郷の地球で暮すこと。ただ、その両親が…」

 マナミの目からまた涙がこぼれそうになった。

「きっと最悪の目には遭っていないよ。人間だって宇宙では大切な財宝だからね。いくら海賊だって、ぞんざいには扱わないはずだ」

 アリオンは優しい声をかけ、白いハンカチをマナミに渡した。

「そうだといいんだけど」

 マナミは、受け取ったハンカチで涙を拭いた。涙はハンカチでぬぐえたが、大きな悲しみは、ぬぐい消せなかった。

 すると、今までじっと話を聞いていたボルとバルが、ふいに立ち上がって、マナミのそばまでやってきた。

「大丈夫、もう泣かないで。海賊が人を食べるっていう話は、でたらめに決まっている。そんなの信じちゃダメだよ。僕たちみたいな、小さい子どもを怖がらせるために、でっち上げた、作り話なんだからね。お父さんもお母さんも、きっとどこかで元気にしているよ」

 自分よりずっと小さな子どもに慰められたマナミは、気恥ずかしくなったが、それでも本当に勇気づけられていた。

「そうね、父や母や船の人たちは皆、強いから、力を合わせて、きっと何とかしているでしょう。それに、子どもだけで宇宙に飛び出したあなたたちが、くじけずにこうしているんだから、私も、めそめそ泣いてなんていられない」

 マナミが、精一杯の笑顔を見せた。とたんにボルとバルが、マナミに抱きついた。まだ幼い二人は、マナミに母親の面影を感じたのだろう。マナミは驚きのあまり、しばし口が開いたままになった。が、まんざらでもない様子で、すぐに小さな二人を包み込むように抱きしめた。すると双子は、その腕の中で、早くもうとうとまどろみ始めた。

 小さな双子は、やたら大人びているが、やはり、こんな過酷な状況に相当な負担を強いられていたのだろう。マナミは母親の安らぎを与えてくれる。双子はそう、肌で感じたのに違いない。4人はその様子を見て微笑んだ。

 カイとタツヤは、眠った二人をそっと船長室のベッドに寝かせた。

 それからカイは、身も心も回復したマナミを階下の司令室へと案内した。マナミは、最新式の宇宙船内部に、いちいち目を輝かせていた。

「ところで、僕らは名前で呼び合っているんだけど、君をマナミって呼んでもいいかな?」とカイ。

 マナミは、もちろんよと即答した。その声には、早くも、強さと優しさが感じられるようになっていた。

「じゃあ早速、マナミ、位置に関する情報をもう少し詳しく教えてもらえないかな。星系マップがなくて、困っているんだ。ここが本当にアンドロメダ近辺なら、僕たちの銀河はもう少し大きく、はっきり見えているはずなんだけど」

 ケンゾーはカイの指示のもと、さっきマナミが話していた情報を早速入力して、検証に取りかかっていた。マナミは小さく伸びをした後、困り顔で答えた。

「うーん、難しいわね。私たちは、全ての星系マップを取り上げられ、積荷のように、ただ運ばれていただけだから。でも、アンドロメダのどこかを航行していたのは、確かだと思う。少し前に、植物の種を分けてもらうために、種子惑星に寄るんだって、船長が話していたのを誰かが聞いている。それで、現在地は、アンドロメダのG2星系付近じゃないかって、仲間うちで話していたんだけどなあ」

「なるほどね。さっきも言ったけど、君の冷凍睡眠期間は短いから、事件が起こった場所からここは、そう離れてはいないはずだ。あの旧式の冷凍睡眠ポッドには、推力装置がついていないからね。だとしたら、今この場所も、やはりアンドロメダのどこかに違いない。だけど、外宇宙へ向かう大型船が、アンドロメダをウロウロしているのは、ちょっと納得できないなあ」カイは、感慨深そうにつぶやいた。

 アンドロメダ銀河は、外宇宙への航行が当たり前となったこの時代では、あまりに、地球に近すぎるのだ。何故なら、アンドロメダ銀河は、地球から約二百三十万光年離れているとはいえ、地球のある銀河系のすぐ隣にあるからだ。同じ疑問を、アキラも感じていた。

「確かに近過ぎるな。君がいたのは、本当にアンドロメダ銀河だったの?種子惑星だったら、アンドロメダ以外にもいっぱいあるぞ。大マゼラン雲の有名な種子保管星やからす座のアンテナ銀河とか、ぶどう銀河の端にある種子惑星群とか…」

 アキラのぶっきらぼうな態度と言葉に、マナミはかちんときた。

「あなたはまるで、私の聞き違いじゃないかって、言いたいみたいね」

 マナミは、腹立たしげにアキラを睨みつけたが、たいして効果はないようだ。アキラはぶつぶつと何かを言い返したが、今度はマナミがそっぽを向いた。

 二人は、その後も、事あるごとにぶつかっている。それもほとんどが、アキラの乱暴な発言や態度が原因だ。マナミが神経を逆なでされ、言い争いに発展するパターンだった。

 それでもマナミがすんなりと、みんなに溶け込めたのは、奴隷船の過酷な環境で生き抜く術を身につけたからであろう。マナミは物事をはっきり言う、個性的でしっかりした性格の少女だった。

「それでワープの件はどうしましょう。それとも、このままゆっくり地球への旅を楽しみますか?到着予定は、約一千万年後になりますが」

 ケンゾーの皮肉めいた言葉に、タツヤたちは、はっとした。マナミの発見と解凍作業に追われ、故郷へワープ移動する件をすっかり忘れていたのだ。

 カイが全員にも聞こえるように、大声で答えた。

「いや、マナミも落ち着いてきたし、そろそろ本格的な準備に取りかかるよ。一回目のワープで、見えている銀河のすぐ外側まで、ひとっ飛びしよう。そこで、我ら太陽系の位置をしっかり確認したら、冥王星のあたりまで、ワープ移動するんだ。冥王星より内側だと、往来船で混みあっている可能性があるからね。後は、通常どおり、太陽系軌道内に入って境界基地に連絡をする。ケンゾー、こんな計画でどうかな?」

 しかし、カイの呼びかけに返答はなく、それにとって代わるように、赤く点滅するエラー表示が画面に映し出された。その後を、細かい数字と数式の列が早足に追いかけていく。ケンゾーがやっと答えた。

「どうやらワープ装置に異常が生じたようです。手足のない私としては、エラーを表示するのが精一杯です。担当の方が、船底に降りてぜひ、装置の確認を。動力装置との間に、トラブルがあるようです」

 カイとアキラが急いで船底に降りて行った。タツヤたちも、その後を慌てて追いかけた。

「こりゃあ、酷い。どうしてこんなことになったんだ?これじゃあ、元に戻すのに、何日もかかりそうだぜ」アキラは大声で嘆いた。

 ケンゾーの指摘どおり、不具合が見つかった。ワープ装置そのものは、問題ないが、ワープ装置と動力装置をつなぐケーブルが、いたるところで大きく変形している。これでは、ワープ装置の電源が安定して確保できず、非常に危険だ。このままでは、ワープ装置を使えない。最悪の故障ではないが、代えの部品はないので、手作業で根気よく、変形を元に戻すしか方法はない。

 少しでも不具合が残っていると、ワープの途中で船体が不安定になり、爆発する可能性もある。

「せっかく燃料を満タンにしたのに、今度は装置が動かないとはね。時間の流れが急に遅くなったり、早くなったりしたのが原因かな。まったく、忌々しい惑星だ」

 気が収まらないのか、アキラは、なおもブツブツと文句を言い続けた。

 カイもがっくりと肩を落としたが、すぐに気を取り直すと、アキラと共に、修理の段取りを話し合った。

 こうして、地球への帰還は若干延びてしまったが、以前と違って、行先はわかっていたので、誰ひとり不安にならずに済んだ。タツヤたちは、交代で地道な修理に参加し、むしろそれすら楽しんでいた。

 マナミも体力が回復し、バルとボルに案内され、船内の各部屋を巡っていた。着ていたボロボロの服は、船員室にあった予備の服に着替え、髪の毛も整えると、見違えるようになった。荒れていた心も落ち着き、笑顔も増えて、早くもキララ号になじんでいた。

 マナミが少年たちに加わって3日後、またしてもケンゾーが何かを発見した。しかし今度は、小さいものでも、動かないものでもなかった。

「カイ船長、超大型船が猛スピードで、後方から接近中です。注意してください。その船体は、識別が不明です。どうやら、どこにも所属していない宇宙船のようです」

 ケンゾーの声が司令室に響いた。タツヤは、言いようのない胸騒ぎを覚えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ