第5章 疑惑
ピル・ラ長老から、燃料補給の約束を取りつけた6人は、すっかり身も心も軽くなった。その勢いのまま、少年たちは、ムバルスに街の案内を頼んだ。ムバルスは、二つ返事で引き受け、嬉々として少年たちを街に連れ出した。
迎賓御殿前の大通りは、街の中心部に続いている。街は、見渡す限り続く、巨大な波状の一つ屋根の下に広がっていた。屋根の下には、淡い水色と乳白色の曲線に縁取られた、ひと続きの建物が収まっている。その中には、店やそれぞれの住居が組み込まれていた。
少年たちが外側から見た限りでは、それぞれの住居がどこで区切られているのか、よくわからなかった。
「出入口の数がずい分少ないけれど、建物の中で家々が仕切られているの?」
タツヤが疑問を口にした。
「仕切る?家ごとの区切りですか?いいえ、一つもありませんよ。だいたい、なぜ仕切る必要があるんです?」
ムバルスは、不思議そうな顔をした。犯罪のないこの星では、仕切ったり、区切ったり、鍵をかけたりしないのだ。それほど、この星は平和だった。
しかし、少年たちが泊まる迎賓御殿は、来客用なので、部屋はきちんと区切られているらしい。それを聞いて、6人はほっとした。
大通りの突き当たりにある、ひときわ目立つ建物は、波紋真珠石でできた見事な神殿だ。波紋真珠石の柱が何百本もさまざまな角度に組み合わされ、複雑に入り組んだ構造になっている。石段を上がったところには、立派な玉座が据えられているが、主はいない。見たところ、この星の人々は、この神殿をとりわけ大切にしているようだ。しかし、柱の一部には、丸くくり抜いた痕がいくつも残っている。どこか不自然だ。
「ここには何があったの?」
ボルにそう尋ねられたムバルスは、首をひねった。
「さあ、私にはよくわかりません。昔から、神殿や街の広場は、こんな風になっていたので」
確かに、神殿だけではなく街のずい所にも、子どもの頭ほどの何かをくり抜いた痕が見られた。タツヤたちにとって、それは不自然で奇妙に思えるのだが、街の人たちにとっては、見慣れた光景なのか、誰も気に留めていない。
「別にどうってことないさ。きっとそういうデザインなんだよ」とアキラ。
しかしアキラの説に納得した者は、誰もいなかった。
迎賓御殿の隣には、この星の歴史や文化に関する博物館が建っている。時間ができたらぜひこの博物館にも立ち寄ってみたいと、カイとアリオンが興味を示した。
迎賓御殿から街中へ続く街道には、役所の役目を果たす巨大なドーム型の建物が目立っていた。そのドームを取り囲むように、美しい石林が舗道沿いに林立していた。野山にある野生の石林と違い、きれいに整えられ、輝いてさえいる。散策するには、素晴らしい舗道だ。
ピルラ星の一日は、26時間である。地球とたいして変わりない一日のため、少年たちはすぐに、ピルラ星の生活リズムに慣れていった。しかし、この星の独特な空には、いつまでたっても慣れなかった。
深緑の厚い雲に覆われた空は、3、4分おきに、不可思議な発光を繰り返している。雷のようにも見えるが、途切れることなく、明りを灯すように、全体が光るのだ。
しかもよく見ると、空が発光していない時は、街中の波紋真珠石がバランスを取るかのように、薄っすらと輝き出している。夜の時間帯も発光は続いているが、その分、波紋真珠石の輝きは抑えられ、あたりは月明りほどの暗さになっていた。
この星の人々は、総じてとても穏やかだ。木や森、花を愛し、肉を一切口にしない。何よりも平和を好み、争いごとを嫌う。いや、そもそも争いごと自体が起こらないのだ。
だから、地球のような、警察や軍隊は必要なかった。全てが穏やかな話し合いで解決できていた。通りで出会う街の人々は、よそ者の6人に対しても、親切に声をかけてくる。
街の住人たちも、ムバルスや迎賓御殿の侍従たちと同じように、みな薄い栗色の目と髪で、一様に波紋真珠石のベルトを腰につけていた。その風貌は、月の住民と似通っているため、タツヤたちはより親しみを感じていた。
とりわけアリオンは、自分の故郷とそっくりなこの星に関心が深く、王や大統領などの統治者を持たない、この星の仕組みに興味を抱いている様子だった。
タツヤは、アリオンがキララ号の司令室で語った月の話を思い出した。
アリオンたちのいる月は、銀河連邦所属の地球とは異なり、代々続く王族が、統治している古い王国だ。
現在は銀王が月を治めているものの、最近の銀王は、以前とはまるで人が変わったようだと噂されている。軍備にやたら力を注ぎ、怪しげな人物たちを宮殿に出入りさせては、ずっと仕えていた側近の者たちを遠ざけてしまった。
社交好きだった銀王本人も、公の場に姿を現す機会がめっきり減り、ほとんどの時間を新たな取り巻きたちと過ごすようになっていた。王族の内輪の儀式にさえ、出席はするものの、誰とも言葉を交わさず、ほんの数分で退室してしまう。
そして、人々の前に姿を現した銀王は、あまりに奇怪な言動で、集まった国民たちを驚かせた。人々の方に顔を向けてはいるが、虚ろな目つきのまま、抑揚のない、機械のような声で演説をする。そして、側近へ指示を出す際も、ぎくしゃくした動作で、見るからに不自然だった。
そのため、月では様々な憶測が飛び交っていた。そこへもって、銀王は、月の友好星トリトンに戦争を仕かけるかもしれないと言う、きな臭い噂まで流れ始めているのだ。
一見、月と、このピルラ星は似ているが、本物の平穏さはとても比較にはならない。ピルラ星は、統治者が不要なほど、平和に満ち溢れている。
6人は、迎賓御殿の立派な部屋を三つ割り当てられた。カイとアリオン、タツヤとアキラ、ボルとバルの二人ずつ3班に、それぞれ分かれた。
部屋の中にも、そこかしこに波紋真珠石が使われ、照明が不要なほどの明るさだ。ベッドや机、椅子の造りは、一昔前地球で流行っていたものと似通っている。ただし、材質は、明らかに地球のものとは異なっていた。金属のようでもあり、磨かれた石のようでもある。光沢を放つ白っぽい材質だ。
夜は夜で、豪華な食事がふるまわれた。肉は一切口にしない惑星なので、全てが野菜や果物等から作られていたが、どの料理も素晴らしかった。普通の食事に餓えていた少年たちは、無我夢中になって味わった。迎賓御殿の侍従たちは、少年たちの豪快な食べぶりに、優しく微笑んでいた。
その侍従たちも皆一様に親切で、自ら進んで御殿の中を案内し、時には街の案内役も引き受けてくれた。何か問題があれば、ムバルスが迎賓御殿の詰め所にいるので、都度ムバルスに相談し、即解決していた。
おかげで、少年たちは何一つ不満のない、心満たされた毎日を送っていた。そのためか、キララ号もケンゾーも、すっかり少年たちの頭から消えていた。
おまけに、この星の住民は、皆、子ども好きだ。特に、小さなボルとバルは、御殿や街の人々たちにかわいがられ、早くも、後援会のようなものまで出来ている。
ムバルスによると、この星の人々は恐ろしいほど長生きだ。そのためか、自然と子どもが生まれにくくなったらしい。全く生まれないわけではないが、数年に一度、ほぼ同時期に数名が産声をあげると言う。
実際、タツヤたちは、子どもの姿を一度も見かけていない。その点は気になっていたが、この星の人々を知れば知るほど、自分たちに向けられる愛情が本物だと確信できたので、不安にはならなかった。
自分たちに向けられる笑顔は、社交辞令でも、へつらいでも、下心でもなく、まさしく心の底から現れた純粋な笑顔だ。そして、見返りを求めたり、無理強いしたりせず、少年たちの意志を大切にしてくれる。それゆえ、タツヤたちは、自由気ままに、のびのびと振舞っていた。
そのせいか、少々とげとげしかったアキラでさえ、穏やかな顔つきに変わっていった。同室のタツヤは、日々柔和になっていくアキラを見るたび、あの炎の輪くぐりを勧めたケンゾーとカイに感謝さえしていた。
こうして6人の少年は、本来の子どもらしさを取り戻し、見る見る元気になっていった。
ピルラ星に到着して一週間がたった夜、タツヤは、飲み水をもらいに行くため、空の水差しを持って部屋を出た。
たまたま、カイたちの部屋の前を通りかかった時、中から聞こえてくる会話を耳にした。部屋の扉がほんの少しだけ、開いていたのだ。
「カイ、まずいよ。ここはあまりに遅すぎるんだ。このままだと時間がオーバーしてしまう」アリオンが声をひそめて、しかし真剣に言った。「ほら、見てくれよ。一週間でこれだけ進んでいる。想定外だ。ここには長くいられない」
「本当だ、これはまずいな。早く抜け出さないと、僕らは…」
そこでカイの声がぷっつり途切れ、一瞬の沈黙のあと、すたすたと廊下の方にやって来る足音が聞こえてきた。タツヤは逃げる間もなかったし、別に悪いことをしているわけでもなかったので、そのまま廊下に突っ立ったままでいた。
「やあ」
タツヤは、きまりが悪そうに、扉を開けたカイに挨拶をした。カイはちょっと驚いたように首をすくめたが、タツヤの持っている水差しを目にすると、すぐに笑顔を返した。
「ああ、水をもらいに行くところかい?水道があまり発達してないのが、この星の欠点だな」
「そうだね。いちいち御殿の人を部屋に呼び出すのも悪いしね」
タツヤは水差しを軽く持ち上げてみせると、その場を離れた。カイの視線がしばらくの間、自分の背中に注がれているのを、タツヤは感じた。
カイたちが何の話をしていたのか、タツヤにはわからなかったし、その時はそれほど気にもしなかった。しかし、カイの表情から、タツヤにはあまり知られたくない会話をしていたのは確かだ。
(いったい何が遅すぎるんだろう。ここには長くいられないとも言っていた。まるで二人は、ここがどこなのかを知っているような口ぶりだ。妙だな)
タツヤは、この時初めて、カイとアリオンの二人組みに疑惑を感じた。
その夜タツヤは、先ほど耳にしたカイとアリオンの会話が気になり、なかなか寝つけなかった。タツヤの頭の中では、アリオンの言葉が延々と繰り返されていた。
(…ここはあまりに遅すぎるんだ。このままだと時間がオーバーしてしまう。一週間でこれだけ進んでいる。想定外だ。ここには長くいられない…)
いったい、何が時間オーバーなのだろう。そして、あの二人は何を急いでいるんだろう。まるで、最初は計画があったみたいな話だ。いろいろ思案してみたものの、結局タツヤにはわからなかった。
アキラに軽く聞いてみようかとも思ったが、アキラは、毎朝、早いうちからどこかへ出かけ、夕方になると疲れ切って帰ってくる。好奇心旺盛なアキラは、おそらく街の隅々まで探検しているのだろう。そのせいか、アキラは大急ぎで夕食を詰め込むと、タツヤたちと話をする間もなく、すぐに部屋へ戻り、いびきをかいて眠ってしまう。
今夜も、いつものごとく大いびきをかいて、隣のベッドで早々と熟睡していた。
タツヤはずっとそう思っていたので、アキラのことをたいして気に留めてなかったが、この夜、その考えはガラリと変わった。
アキラは深夜に起き出し、タツヤの様子をうかがいながら着がえると、音を立てないようこっそり部屋から出て行った。寝つけなかったタツヤは、眠ったふりをして、アキラが部屋から出て行くのを見届けた。
この夜は、タツヤがたまたま寝つけなかったから、アキラの不審な行動を目撃できたのだ。もしかしたらアキラは毎晩、タツヤが寝静まったのを見計らって、ベッドから抜け出していたのかもしれない。そう考えるとタツヤは余計に眠れなくなり、そのまま、まんじりと夜を明かした。
明け方、アキラは出て行った時と同じように、こっそり戻ると、何事もなかったようにベッドに入って眠った。タツヤは、アキラに悟られないように、またしても眠っているふりをしていた。
その朝、カイは珍しく、迎賓御殿のホールに皆を集めた。この星に来てから8日目、全員で顔を突き合わせて話をするのは久しぶりだ。特にここ数日は、皆バラバラに行動していたので、部屋同士が近いにも関わらず、一同が顔をそろえる機会はほとんどなかった。
「みんなに報告があるんだ。実は、待ちに待った金属水素が明日、届けられると、先ほど連絡が来た。この星でも貴重な金属水素を、長老がかき集めてくれたらしい。これで燃料の心配はなくなったし、ついでに食料や酸素や不足していた物も、併せて届けてもらう予定だ。もっともこの星の住民は宇宙に出ないので、通信機器類の特殊な部品の調達や、修理は無理だけど、それ以外のものは全てそろっている。つまり、明日以降は、いつでも出発できるって話だ」
とたんに、ボルとバルが怪訝な顔をした。
「燃料を手に入れても、いったいどこへ行くつもりなの?ここが、どこなのかわからない以上、闇雲に出発しても、また燃料がなくなるだけでしょう?」とバル。
カイは、そう言われるのを予測していたのか、余裕たっぷりにうなずいた。
「長老ピル・ラやムバルスたちから聞き出した話の数々や、この星に残っている神話や伝説など、判断の材料になりそうな情報をケンゾーに入力してみたんだ。さらに、僕らの銀河と思われる記録を博物館で見つけたし、それを裏付けるような話も、以前長老から聞いていた。すると、だいたいだけど、ここが、どのあたりなのか、わかってきた。細切れの情報を総合して考えると、僕らの太陽系は、戻れないほど遠くではなさそうだ。ただし、地上からでは分厚い雲が邪魔をして、星々の位置を確認できないから、大気圏外、つまり炎の輪の向こう側に出て行く必要があるんだ。後で長老のところへ行って、もう一度確かめてみようと思う」
カイとアリオンは、幾度となく長老の屋敷を訪れていたようだ。タツヤは、今初めて知った。
「でも、そんなに急いで出発する必要があるの?」バルは、不服そうに口を尖らせた。
「別に急いでいるわけじゃないけど、一生ここに、いるわけにはいかないだろう?」アリオンが腕時計を摩りながら言い返した。
アキラは珍しく口を挟まない。タツヤは、カイの方をチラリと見て言った。
「これから長老のところに行くのなら、僕も一緒に行くよ」
「えっ?ああ、わかったよ」
タツヤの申し出に、カイの返事が心なしか遅れた。カイは、顔の表情こそ変えなかったものの、内心当惑しているのがタツヤにはわかった。しかし、タツヤの同行を、カイが断わる理由もない。タツヤは、カイ、アリオンと共に、長老宅へ訪問することになった。
久々の集会は、あっという間に終了した。長老の話を確かめてから、再度、話し合おうと、集会は先延ばしになった。つまり、出発についての決定は、保留だ。
カイとアリオン、そしてタツヤは、長老に会いに行くため、部屋に戻り身支度を整えた。アキラは、珍しく部屋に戻ってベッドで本を読んでいた。
「長老のところへ出かけるのかい?」
アキラが本から顔をあげて、ぼそりと聞いた。
「うん、カイとアリオンの準備ができたら行ってくるよ。君も一緒に行かない?いろんな話が聞けるかもしれない」
タツヤの誘いに、アキラは少し躊躇したが、首を横に振った。
「いや、おれは、やらなきゃならないことがあるんだ。それより、帰ってきたら、長老の話や様子を詳しく教えてくれないか?」
「僕に聞くくらいだったら、一緒に来ればいいのに。今やらなきゃならないことって何さ?」
アキラは、にやっとして、手に持っていた本を腹の上に置いた。
「まあ、いろいろとな。そのうち、まとめて話すよ」
アキラには、何か考えがありそうだ。タツヤは、わかったとだけ返事をして、部屋を出て行った。
カイとアリオン、タツヤの3人は、長老の屋敷へ徒歩で向かった。カイたちが、既に何度も訪れ、道慣れしていたため、案内人はつけなかった。3人は、気楽に、話をしながら舗道を歩いていた。
ドーム沿いにある波紋真珠石の石林を歩いていた時、奇妙な出来事が起こった。
タツヤのすぐ横を歩いていたアリオンの胸もとから、銀色の何かが急に飛び出した。その飛び出したものは、ものすごい勢いで石柱に吸いついた。それとほぼ同時に、アリオンの体も石柱に勢いよく吸い寄せられた。アリオンは石柱に体ごとぶつかり、小さな悲鳴を上げた。
飛び出した何かから伸びた鎖が、アリオンに繋がっていたため、アリオンも強引に引き寄せられたのだ。
アリオンの胸もとから飛び出したのは、三日月型をした銀色の大きなペンダントだった。ペンダントにしては、やけに大きいが、それが、乳白色の石柱にピタリと張り付いている。気が動転したのか、アリオンは、両手で引きちぎれんばかりに鎖を引っ張り出した。
見かねたカイが手助けしようとしたところ、アリオンは自分で何とか石柱からペンダントをもぎとった。波紋真珠石の強力な磁力が、アリオンのつけていた大きなペンダントを引きつけたのだ。
そのペンダントを見たとたん、タツヤの目は釘づけになった。
ペンダントは、美しい銀色の金属でできていた。だが、ただの金属光とは違い、一点の曇りもなく、神々しいほどの光を放っている。純粋な銀や白金だって、そこまで美しい光を放たないだろう。
一瞬見ただけなのに、タツヤはその輝きにすっかり心を奪われてしまった。完成された芸術品を目にした時の感動だ。ペンダントは手のひらに収まるほどの大きさで、いく分厚みがあり、穴がいくつか開けられている。
そして、表面には三日月形の変わった印が刻まれていた。その印は、カイがはめている腕輪の文様に似ている。いつもは鈍いタツヤでさえ、言いようのない、特別な印象を受けた。
「すごいペンダントだね。こんなの初めて見たよ」
「月のお守りだよ。どうも、ここの波紋真珠石とは相性が良すぎるくらい、いいらしい。特に、天然の波紋真珠石が強力なんだ。うっかり近づくと、いつもこうだよ。そのたびに首が絞められそうになり、体じゅうに痣ができる。波紋真珠石はたぶん、月の石と似ているんだろうな。服の中に入れてもこうだからね」アリオンは、そそくさとペンダントを服の奥にしまいこんだ。
タツヤは、急に羨ましい気持ちでいっぱいになった。カイもアリオンもアキラも、皆、お守りやら形見の品やら、大事な物を肌身離さず持ち歩いている。
それなのに、自分には何もない。父親の写真一枚、持っていないのだ。唯一、地球から持ってきた物と言えば、航空ショーのチケットくらいだ。無理もなかろう。航空ショーのついでに、展示宇宙船を見に行っただけなのに、まさか本物の宇宙空間で遭難するとは誰が想像できようか。
地球では、この事故をどれくらい知っているのだろうか。本気で自分たちを捜索しているのだろうか。タツヤは、ふと心配になった。
連絡通路の火災事故により、民間宇宙船が子どもたちを乗せて無限の宇宙で遭難しているとは、誰も思っていないだろう。おそらく、展示宇宙船が宇宙に飛び出した件と、少年たちが行方不明になっている件は、別々だと考えられているに違いない。
例えば、黒服を着た一団による誘拐事件だ。航空ショーと言う大イベントに乗じて、誘拐団が、少年少女たちをさらい、危険な組織に売り払っている。そう考えられている可能性もある。連絡通路の火災は、空港の警備関係者を引き付けるため、誘拐団が仕組んだ爆発だ。
何故なら、受付の老婆がそう証言するだろうから。
だとしたら、少年たちの捜索は、地上や太陽系内惑星を中心に、行われる可能性が高い。地球を含めた太陽系内惑星、特にその衛星は、人身売買の拠点として有名だ。そこから、外宇宙に向けて、少年少女たちは密かに売り飛ばされるのだ。
一方、ポンコツの民間宇宙船が一隻、不具合から暴走し、無人のまま行方不明になったくらいでは、多大な費用をかけてまで探そうとはしないだろう。たいして燃料も積まれていないし、コントロールも不可能な、使い物にならない代物だ。持ち主は、あるいは、ガラクタを処分できたと喜んでいるかもしれない。
つまり、誰も自分たちを探しに、わざわざ太陽系外の宇宙へは、やって来ないのだ。そう考えると、タツヤはだんだん憂鬱な気分になってきた。
しかし、老婆は入館した自分たちを見ていたはずだ。展示宇宙船に入ったまま出てこない人がいるのに気づけば、老婆は証言したに違いない。暴走した展示宇宙船には、見物客が残っていたはずだと。そう願いたいが、老婆は出て行く人々まで目を配っていたかどうかは、定かではない。
そんな淡い期待と不安を抱きながら、タツヤはどぶ川のように濁った緑の空を見上げた。鬱陶しく、何とも圧迫感のある空だ。これがいつも、頭上に覆いかぶさっているせいで、どうにもイライラさせられるのだ。
少年たちが長老の屋敷に到着すると、ピル・ラは3人を歓迎した。
「だいぶこの星に慣れたようだね。年寄りが多くて、少々不気味と思われただろうが」
長老の話は全くそのとおりだったが、同意するのは失礼かと思ったので、3人は代わりにうつむいた。
「燃料の件は、伝わっているかな?」
「はい、ムバルスから聞きました。明日には届けてもらえると。食料等の必要物資も、空港の倉庫に少しずつ準備してもらっています」
「そうか、それではいつでも飛び立てるな。それは何よりだ」
長老は微笑んだまま、深い緑色の眼で、じっとカイとアリオンを見つめる。
「ありがとうございます。荷物の積み込み作業に、若干手間取りますが、大急ぎで準備すれば、明日の午後にでも出発できるでしょう」
「それはまた頼もしい。あなた方も燃料に金属水素を使っていると聞いた時には、正直驚いたよ。文明同志の交流がなくても、文明進化の過程は、案外どこも同じなのかもしれない。服装や日常で使う物、常識や習慣までもが、似かよっているとも、聞いている。ところで、他にも知りたいことがあると聞いたが…」
長老は、銀色の短い顎鬚をひょいと指でつまんだ。
カイが、まっすぐに長老を見ながら尋ねた。
「はい、いくつかあります。ずっと疑問だったのですが、僕たちをこの星に招いてくれたのは、何故なのですか?」
長老はにっこり微笑みながら、3人に暖かい視線を降り注いだ。
「あなた方が何か困っていると、そう感じたからだ。むろんそれだけで、この星に招き入れたりはしない。あなた方の心は、純粋で汚れなく、嘘がない。なあに、長く生きていると、誰でも心の目が自然に発達するものだよ」
タツヤたち3人は、納得するように息を漏らした。
「そうだったのですね。実際のところ、燃料がなくなりかけていたので、相当困っていました。この星に招いてくれて、本当に助かりました。しかし、僕らの宇宙船は、この惑星からだいぶ離れていましたが、それでも長老は、僕らの事までわかったのですか?」
「この星は隠れ星だ。秘密を少しだけ明かすと、惑星は、見えない7つの層に取り巻かれている。君たちは、外側から2番目の層、つまり第6層にまで近づき、いわば、この惑星に片足を突っ込んだ形になったのだ。一番外側の7層目は、宇宙のどの惑星でも同じ、共通の層だが、6層目からは、それぞれの惑星固有のものになる。君たちには信じられないかもしれないが、私と惑星は一体なのだ。だから、惑星圏に入った、つまりは、私の体内に入って来たので、君たちの心が透けて見える状態となる。それで、君たちが害をなす生き物ではないと判断し、出入口となる炎の輪を開いたのだ」
タツヤは、なるほどと思った。このピルラ星は、一つの生命体のような惑星なのだ。惑星と長老が一体となった生命体だ。自分のテリトリーに触れたとたん、相手を感知し、どんな相手で、どんな思惑なのかが、瞬時にわかってしまうのだろう。
まるで、壮大で繊細な蜘蛛の巣のようだ。そんなカラクリがあるからこそ、隠れ星になって自分たちの身を守れるのだろう。キララ号は、蜘蛛の巣の一番外側の糸に引っかかり、招かれたが、招いたのは恐ろしい蜘蛛ではなく、蝶だったという話だろう。
だが、この長老は、やはり特殊で人知を超えた存在なのかもしれない。宇宙空間にいたキララ号のみならず、中にいたタツヤたちの心まで感知していたのだから。タツヤは、ひとり感動し、超人のような長老に尊敬の念さえ抱いた。
カイとアリオンも、長老の話に驚いていたが、一呼吸おいて、カイが居心地悪そうな仕草をして言った。
「ところで、長老。この星が隠れ星になったのは、侵略を受けたからだと聞いたのですが、侵略者とはどんな連中だったのですか?」
タツヤは、ピンと来た。カイは地球軍の痕跡がないかどうかを、密かに探るつもりらしい。近くにある青白いキノコの星に痕跡があった以上、この星へも地球軍が訪れた可能性が高い。だが、もし長老の言う侵略者が地球軍だったらどうだろう。そのまま、直接確かめるのは、あまりに恐ろしい。
カイの問いかけに、長老は初めて顔を曇らせた。
「正確に言えば、この星は侵略を受けたのではなく、受けそうになったのだ。実は、侵略され滅びてしまった星が近くにある。ピロクセンという名前の星だ。その星は、わがメイ太陽系の第5惑星で、輝眼石という石に、大変恵まれていた。ピロクセン星では、輝眼石はあらゆるところに、ふんだんに使われていたが、我々、ピルラ星の住民は、この輝眼石を神の石と崇め、神聖な石ゆえ、神殿に祀っていた」
タツヤは、衝撃を受けた。侵略されて滅びた星ピロクセンとは、あのキノコの星に違いない。そして、そこには輝眼石が豊富にあったのだ。もう、嫌な予感しかしない。地球軍が侵略する理由は、それだけで十分過ぎるほど十分だ。
「ところが、ピロクセンに漂着した外宇宙の人々が輝眼石を目にしたとたん、運命は大きく変わってしまった。その人々は、遥か遠い、テラという名の星から来たと言っていた。聞くところによると、テラの星では、輝眼石は大変貴重な鉱物資源らしい。宇宙船や飛行する乗り物を作る際、これがなくてはならないと聞いている」
長老の言葉に、タツヤは思わず下を向いてしまった。
「彼らは、神殿や空港、街の要となる箇所に埋め込まれた輝眼石を強引に奪った。一番先に目につく場所だ。全て奪うと、今度は、地表付近の採掘を始めた。開拓団と名乗った大型船が次々と送り込まれ、天然の輝眼石が採り尽くされた。だが、輝眼石の巨大鉱脈は、たいてい地中深くに埋まっている。すると、今度は、地下深くにある輝眼石を掘り出すため、大型の爆薬を使い、惑星を穴だらけにした。それでも飽き足らず、さらに深い鉱脈を狙って、テラの人々は、とうとう『悪魔の兵器』をピロクセンに持ち込んだのだ」
ピル・ラの顔は、一段と曇った。
「全てを破壊し、死の毒をもたらす悪魔の兵器。そのように語り継がれている。ピロクセンの住民たちは、悪魔の兵器により、死の縁へと追いつめられた。このままでは、侵略者に、何もかもが奪われてしまう。そこで、最後の手段として、唯一対抗可能な『使ってはいけない兵器』を起動させたのだ」
長老の瞳は、遠い過去の情景を映し出し、まるで自分自身でそれを見ているようだ。
「その後どうなったのか。あれほど繁栄していたピロクセンは、滅んでしまった。星自体もその動きを止め、今ではハエ一匹たりとも生きていけない、呪われた星となった。ピロクセン最後の生者が、最後の言葉を、ダイヤモンド版に刻み残している」
タツヤたちの背筋が一瞬にして凍りついた。3人はまさに、同じ事を考え、心が激しく打ち震えていた。
「滅びの星ピロクセンは、青白いキノコに覆われた星なのでは?」
タツヤは、つい正直に、言葉が口をついて出てしまった。言ったとたん、とんでもなく後悔したが、遅かった。カイとアリオンも、顔色が一気に変わった。
長老の緑の目は、タツヤに向けられた。何もかも見通しているような長老の視線に、タツヤは耐え切れず思わず目を伏せた。
「ほう、あなた方はあそこに行ったのかね。そう、別名、毒キノコの星とも呼ばれている。我々は、ピロクセン星とたいして交流はなかったが、その結末には強い衝撃を受けている。だから、あれ以来、外部の者の受け入れを拒否しているのだ。実際、ピロクセンを滅ぼしたテラの者たちは、次にこの星を狙っていたと聞いている。この星には波紋真珠石が豊富にあると、ピロクセンで聞きつけたらしい。そこで我々は、大きな覚悟を持ってこの星を閉鎖したのだ」
ピロクセン星の滅びゆく姿が、地獄の絵巻物になって、3人の頭の中を駆け巡っていった。
幸せだった辺境の星ピロクセン。そこへ、調査に訪れた、外宇宙の者たちが偶然、宝の山を発見した。たちまち欲に取り憑かれ、欲が欲を呼ぶ。仲間たちを呼び寄せ、大勢で惑星に襲来する。
初めはきっと、親切なふりをして、住民に近づいたのだろう。そして、住民たちが油断したところを見計らって、徐々に輝眼石を手に入れ、だんだんと行動が大胆になっていく。遠慮なく地上に穴を開け、地中を破壊し、石をどんどん奪っていくのだ。
侵略者の意図に気づいた住民は、当然抵抗するが、その頃にはもう手遅れだ。侵略者は牙をむきだしにして、反対する住民を殺戮する。あとはもう、破滅の道を一直線に突き進むばかりだ。
住民の叫び声、怒りと悲しみ、破壊、熱風、絶望、最後の最後まで迷った、大いなる決断。それから全ての停止。宇宙から永遠に取り残されてしまった時間と空間。
長老の話を聞いていただけなのに、タツヤには、何故かその恐ろしい光景が見えたような気がした。いや、気がしたどころではなく、タツヤの頭の中では、まさに今、その光景が生々しく繰り広げられていた。忘れていた記憶が、突然、爆発再生したかのようだった。
その鮮烈なイメージは、幸いにも、ほんの数秒で消え失せた。これもまた、長老の持つ特殊能力が、自分にまで及んだせいなのだろうか。
だが、重要なのは、そんな奇妙な体験ではない。ピロクセン星には、地球軍の基地がしっかりと残っていたではないか。決して信じたくはない。信じたくはないが、侵略者テラの星とは、地球を指しているのではないのか。
3人の少年は、口にこそ出さなかったが、愕然とした。とりわけアリオンはすっかり顔が青ざめ、唇まで震えていた。
「…侵略者…」
アリオンの青ざめた唇から、思わず声が漏れた。しかし、その先は言葉が続かず、口を半開きにしたまま、宙をじっと見つめている。
タツヤは黙ったまま、再び長老から視線を逸らした。
声が詰まり、長老に顔を向けられない。何か言えば、テラという名の星が、自分の故郷地球であると、口を滑らせてしまいそうだ。目を合わせれば、自分がピロクセンを滅ぼした星の出身者だと、見透かされてしまうかもしれない。
背負いきれないほどの罪を、自分はどうすることもできない。平和な惑星を滅ぼした、あまりに大きすぎる罪と、向き合うわけにはいかないのだ。
しばらくの間、重い沈黙が続いた。
その沈黙を破って、カイが長老に向き直った。
「なるほど。それでこの星は、外の世界と繋がっている炎の輪だけを残し、身を隠したのですね。ところで、前にも尋ねましたが、長老は本当に、この星の位置についての情報や、星系マップをご存知ないのですか?長老ほどの方であれば、何かご存知だと、誰もが思うのですが」
カイは訪問の目的を決して忘れず、いち早く平静を取り戻していた。あまりに重過ぎる話題を変えたかったのかもしれない。
長老は、珍しくにやりとした。深緑色の目が、いたずらっぽく輝いた。
「さて、私は何も知らないと言ったかな?中身を知らないのと、中身は知らないが、中身を教えてくれるものを知っているのとは、別物だ。この星が一番恐れているのは何かな?それは、この星の位置が知られてしまうことだ。それゆえ、ここの位置に関する情報は、頑なに封印されているのだよ。私の記憶からもね。万が一、私が漏らしてしまったら、波紋真珠石を狙う連中が、この平和な星に押しかけるだろう。武器や兵器をほとんど持たない、この星を征服するのは、いとも簡単だからね」
長老は、毅然とした態度で、まるで宣言でもするかのように語った。
「位置情報そのものはないが、位置情報のヒントはある。そのヒントを頼りに、位置情報を探り当てるのは可能だろう。ヒントもまた隠されてはいるが、ヒントの隠し場所は私の記憶の中にある。万が一の場合を考え、長老だけが、ヒントの隠された場所を記憶に残しているのだ。その万が一の場合が、今まさに訪れたようだ」
3人は、生唾を呑み込んだ。故郷へ帰る道筋が、いよいよ見えてきたのだ。全員が、やっとまともに顔を上げられるようになった。長老は、満足そうにうなずいている。
「迎賓御殿の隣にある、博物館に行ってみるがよい。そこに、古代の預言が記された、波紋真珠石の石板が置いてある。あなた方は純粋な心の持ち主であるがゆえ、この星に招かれた。だから、自由にこの星を立ち去る権利も持っている。純粋な心の持ち主であり続けるなら、必ずや石板を見つけ、導かれるだろう。石板を見なさい、そして謎を解きなさい」
3人は挨拶もそこそこに、長老ピル・ラの屋敷を飛び出すと、大急ぎで博物館に向った。その前に、迎賓御殿に寄り、ムバルスに長老との談話を報告した。ムバルスは首を傾げた。
「波紋真珠石でできた石板?聞いた覚えはありませんね」
本当に知らない様子だ。だが、ムバルスの返答も上の空で聞いていた3人は、早々に、隣の博物館へ向かった。ムバルスは、気乗りしない様子だったが、3人に遅れて、博物館へやって来た。
タツヤは、博物館には一度も行かなかったが、カイとアリオンは何度となく訪れていたようだ。
博物館の中は、地味な外観とは異なり、大胆な吹き抜け構造で、非常に広大だ。段違いになったガラス製の棚には、この星の歴史を現す品々が飾られていた。この棚が、とてつもなく高い天井付近まで、延々と続いている。見学者はガラス製のエレベーターに乗り、複雑に組み上げられたガラス棚の間を、すり抜けるようにして見て廻る。
ガラス棚は全てが透明なので、上下左右どこからでも観察できる仕組みになっている。赤みがかったタンスらしき家具、おそらくはメガネと思われる顔を覆うフィルム、何に使うのかわからない球体の装置など、およそ興味深い品々が、空間いっぱいに陳列されていた。
タツヤは、思わず身を乗り出した。博物館がこんなに面白いところだと知っていれば、もっと前に足を運んでいただろう。この一週間タツヤは、天文台や空港に立ち寄り、街や石林をぶらぶらしただけだった。ムバルスたちがせっかく推薦してくれた名所には、目もくれなかった。
しかし、肝心の石板はいくら探しても見つからない。案内役を兼ねた博物館の職員に尋ねたが、少なくても自分は知らないと、あっさり言われた。そこで、他の職員にも散々尋ね廻ったが、そんなものは知らない、あるいは、存在しないと、誰もが口をそろえて言う。
もしかしたら、石板についての記憶も、封じ込められているのだろうか。3人は、ひそひそと話し合った。ムバルスや職員たちは、石板について何も知らないどころか、興味すら持っていない。
しかも、ムバルスたちの態度が何とも不自然なのだ。
つい先ほどまで話題にしていた石板の話も、ものの10分もしないうちに、そのままそっくり忘れている。そこだけ、記憶からポロっと抜け落ちてしまう。だから、タツヤたちとの会話が一向に嚙み合わない。
なるほど。長老が言ったとおりだ。ヒントの隠し場所は、ここの職員たちの記録からも、当然消されているはずだ。それほど、この星は侵略に対して、厳重に警戒をしているのだろう。一見すると、穏やかで呑気な星に見えるが、それを守るため、長老のような知恵者たちが、何重にも対策を施しているのだ。
しかし、少年たちは、どうしてもその対策を突破しなければならない。石板を見つけ出さない限り、故郷へは帰れないのだ。3人は、分担して広大な陳列ガラス棚を丹念に見て廻った。それでも、石板は見つからない。
3人は疲労困憊し、出発点である出入口に座り込んでしまった。壁にもたれかかったまま、カイがぼやいた。
「記憶から消されているから、ここの職員たちを頼れない。でも、長老の言う石板は、実際の物として、必ずどこかにあるはずなんだ。やっぱり自分たちで捜すしかないんだろうな。そうなると、僕らの探し方をもう少し工夫する必要があるのか」
「捜し方を工夫するって、いったいどうやって、ないものを探し出すんだ?これだけ、散々捜したのに…」
タツヤはそう言いかけて、いいアイデアを思いついた。
「そうだ、職員たちが中身を把握できない場所だよ。そこを探すのが先決かもしれない。ほら、石板についての記憶が戻らないように、わざと誰の目にも触れない場所に置いてあるのかも」
カイとアリオンが目を見張った。
タツヤたちは早速、再び職員たちに尋ね廻り、普段行かない場所、手つかずの場所を聞き出した。その結果、部外者立入禁止になっている、第2倉庫の奥が怪しいと睨んだ。入れ替え作業で頻繁に使用する第1倉庫とは違って、そこは、ほぼ一生、日の目を見ない陳列物が放り込まれているような倉庫だ。
3人はムバルスに取り計らってもらい、すぐさま第2倉庫に入る許可を取りつけた。いざ、中に入ってみると、あまりに巨大な倉庫に、3人は途方に暮れた。倉庫は、ただ、だだっ広いだけではなく、いろんな物が乱暴に放り込まれていた。
整理棚やロッカーもなく、大小様々な物が、ほぼむき出しのまま、雑然と詰め込まれている。なので、奥の方まで入り込むのさえ、一苦労だった。大きなタンスのようなものさえ、雑多な物の中に斜めになって埋もれている。これでは、多少大きめの石板であっても、探し出すのに手間暇がかかるだろう。
それでも、中を探索しているうちに、ガラクタに埋もれるようにして、控えめに光り輝いている物が目に入った。それは壁際に立てかけられた、2メートルほどの石板で、乳白色に輝いている。オパールのような輝きで、周辺をほのかに照らし出していた。
先ほどまでは、そんな光を放っている物はなかった。それなのに、タツヤたちが近づくと、ここだと言わんばかりに、光り輝いた。
それこそ、長老の語った古代の石板だ。3人は、思わず喜びの声をあげた。博物館の職員によると、石板の文字は、ピルラの古代文字で記されているようだ。カイは、早速その職員に翻訳を頼んだ。
輝ける星と滅びの星
二つは相いれないが
互いに寄り添い、兄弟星と神の指をつくる時
我らが中心の目は、見るだろう
その輝く矢の向こうに、
まだ幼いが、絶え間なく前進する世界を―
星のゆりかご、豊穣な雲の彼方の箱庭
いまだ進化の途上にある銀河よ
「銀河と記されているけれど、僕らの天の川銀河を指しているのかな。そうだとしても、いったいどういう意味だろう」
タツヤは首を傾げた。それぞれの言葉の意味は理解できるものの、文脈の意味するところは、全く理解不能だった。
アリオンも、同じく首をひねっている。博物館の職員やムバルスは、タツヤたち以上に理解できない様子だった。そもそも、彼らは石板そのものに関心がなかった。むしろ、石板が見えていないのではと思えるほど、異常に無関心なのだ。
タツヤは、石板を手でそっと触ってみた。ひんやりとした感触だ。オパールのような輝きを放ち、美しいが、どこか寒々としている。
アリオンは、また胸のペンダントが引っ付くのではないかと、遠巻きに見ていたが、この石板には磁力が発生しないようだ。それがわかると、積極的に、石板に触れ、何かを感じ取ろうとしていた。
さっきから横でずっと考え込んでいたカイは、再度、石板の前に近づいたが、眉間に皺を寄せたまま、唸るように言った。
「わからない。輝ける星っていうのは、おそらく恒星メイ、つまり、ここの太陽のことで、滅びの星はピロクセンだろう。すると、兄弟星とは、ここピルラ星を指しているのかな。でも『神の指をつくる』って何だろう。『我らが中心の目』もわからない」カイは全員の顔を見渡したが、誰も答えを返せないとわかると、独りつぶやいた。「これはケンゾーに聞いてみるしかないな」
タツヤたち3人は結局、預言の意味がつかめないまま、文言だけを写し取って博物館から退散した。
夕食のため、他の少年たちもちょうど御殿に戻っていたので、カイが集まるように声をかけた。夕食を終えた順に、少年たちはキララ号に集まり出した。久しぶりに、キララ号にみんなが集合したので、ケンゾーはやたら嬉しそうだ。キララ号もケンゾーも変わりなく、出発を待ち焦がれているようだった。
カイは、早速、長老と会見した内容を説明した。ピロクセンが滅亡した話には、アキラたちもぞっとしていたが、長老が位置に関するヒントをくれた話になると、一転して、みんなの顔が輝いた。
カイは、改めてケンゾーに石板の解読を依頼した。
「いいえ、わかりません。輝ける星は、ここの太陽メイ、滅びの星はキノコの星ピロクセンで間違いないと思います。兄弟星も、カイが言うとおり、ここピルラ星で間違いないでしょう。ですが、それぞれの位置を現わしている『神の指』の意味が不明です。『神の指』という語は、地球の古代宗教の聖典にありますが、天体とはまるで無関係な内容です」
ケンゾーは、大画面に、ピルラ星やメイ太陽、ピロクセン星の軌道図を大きく映し出して説明を続けた。
「入力された情報から、恒星メイとその周りを廻るピロクセン、隠れ星ピルラ星との位置関係を表しているようですが、どんな位置関係なのか、推測できません。だいいち、このピルラ星は隠されているため、軌道はあくまでも推測値に過ぎません。メイ太陽との距離や惑星重量から割り出される計算値です」
少年たちは、またしても失望した。ようやく、地球へ帰る目途がついたと喜んでいたのに、今度は手に入れたヒントの意味がわからない。この預言詩の謎を解かないかぎり、地球への帰還は閉ざされたままだ。
「ただ、もしかしたら恒星メイは、どっしり動かないのではなく、小さな円や楕円の軌道を描き、『我らが中心の目』は、その中心点なのかもしれません。実際に観測したわけではないので、あくまでも根拠のない推測ですが」
ケンゾーは、そう付け加えた。それでも、それだけではやはり何もわからない。
少年たちは、破れかぶれになって、思いついた案を片端からケンゾーに入力してみたが、どれもこれも計算不能か、ありえない結果ばかりが表示された。時間ばかりが闇雲に過ぎ、少年たちは、とうとう頭を抱え始めた。
「とにかく、あのうんざりする厚い雲を突き抜ければ、何かわかるんじゃない?行ってみた方が早いかもしれないよ」
嫌気の刺したタツヤがぼやいた。
「それはそうかもしれないけど、せっかく長老がヒントをくれたのに、これじゃあ、おれたちは何も努力してないみたいじゃないか。『神の指』って、あの神殿に関係あるんじゃないかな」アキラが難しい顔をしたまま、言った。
すると、そこに、遅れてやって来たボルの笑い声がした。いつもはバルと行動を共にするボルだが、今回は、疲労のため夕食前にひと眠りし、みんなから若干遅れを取ったのだ。御殿からこの空港までの距離は結構あるが、小さな子どもがひとりで行動できるほど、ここは安全な世界だった。
みんなの前に姿を現すや否や、ボルが声高々に言った。
「違うよ。『神の指』って言うのは、昔、地球の占星術で使っていた用語、『ヨード』のことだよ」
楽しそうなボルの声に、大きな少年たちはしかめ面のまま、振り返った。
「ある地点から見た時、二つの星が六十度の角度をとり、その地点とそれぞれが百五十度の角度をとってつくられたY字形を『ヨード』って言うんだよ。『我らが中心の目』とは、この太陽系の中心点、つまり、メイ太陽の描く軌道の中心点だと思うんだ。預言の文から、これはたぶん、その中心点から見た、メイ太陽と滅びの星ピロクセンとピルラの位置関係を言っているじゃないかな。互いに寄り添いとあるから、メイ太陽とピロクセンが一番接近する軌道の箇所を割り出す必要があるね。しかも同時に、ピルラが太陽軌道の中心点から見て、メイ太陽、ピロクセンと、ちょうど60度離れた位置にある配置だよ」
ボルは軽快に説明するが、タツヤたちは眉間に皺を寄せている。ボルは、ひと眠りしたせいもあって、とても活舌がよく、元気だ。
「つまり、Y字形の矢に見立てると、二又の一方にメイ太陽とピロクセン、もう一方にピルラが配置する。その時、メイ太陽の軌道の中心点から、反対側に伸ばした線の先に、銀河があると言っているんだ。だから、ピルラ、ピロクセンとメイ太陽の軌道さえわかれば、銀河の方向が割り出せるはずだよ」
今更ながら、天才IQのおチビちゃんには、さすがのカイも舌を巻いた。ボルはまだ7歳なのに、誰も知らない、過去の占星術の知識まで身につけていたのだ。
「要するに、メイ太陽とキノコ星が一番近づく軌道上の地点とピルラの地点をもとにして、Y字形をつくり、メイ太陽軌道の中心点を通した先に、おれたちの銀河系があるって結論でいいのかい?」
「そうだよ。Y字形を矢と見立てているんだ」
自信なさそうなアキラに対し、ボルは快活な声で即答した。
「でも、そんなに単純な形なら、ケンゾーが計算できるはずなんだけど。結局、ピルラやピロクセンの惑星軌道を円周とすれば、中心から見て、どこかの延長線上にあるわけだろう?」
「そう単純でもないよ。メイ太陽とキノコ星とこのピルラは、同じ水平面を動いているとは限らない。それぞれ互いに傾いているかもしれないし、しかも、楕円形に廻っている可能性もある。おまけに、このピルラは隠れ星なので、軌道や位置を特定するのが難しいし」
ボルのみごとな知識に、みんなは思わず拍手をした。ケンゾーは、ボルをこの船で一番優秀な者と称えた。しかし、双子の弟バルだけが、どこか気乗りしない様子だった。バルは、珍しくこのやり取りを少し離れた柱の陰から、ずっと静観していた。
これで石板の謎は解決できたものの、ここピルラ星は、一日中ぶ厚い雲で覆われているせいで、星の位置を全く確認できない。なので、星々の正確な軌道計算は、ピルラ星を出てから行うしかなさそうだ。
ピルラを離れれば、すぐに計算結果を回答できると、ケンゾーは声高々に、一同に約束した。こうして、ケンゾーも少年たちも、出発へ向けての決心を固めた。
「やったな。これでおれたちは地球に帰れるぞ」
アキラが興奮して両手を振り上げると、タツヤたちもアキラに続き、口々に奇声をあげて騒ぎ出した。挙句の果て、アキラはふざけてカウンターの上に昇って踊りだし、今回の立役者であるボルを、カウンターの上に持ち上げた。持ち上げられたボルは、7歳の子どもらしく、手足をめちゃくちゃに宙で動かし、思いっきりはしゃぎ始めた。
タツヤたちは笑いながらも、ボルに拍手を送った。そんな中、上機嫌なアキラがボルを持ち上げたまま、カウンターの上から提案を投げかけた。
「カイ、明日の日中に、みんなで準備して挨拶も済ませて、夜になる前に出発するのは、どうだろう?」
「いい案だね。明日は、朝から相当忙しくなるけれど、全員でやれば問題ないだろう」
カイも息を弾ませながら答えた。カイとアキラは、キノコ星ピロクセンで、ヘルメット越しに殴り合って以来、気まずくなり互いに無視し合っていた。しかし、ピルラ星に来てからは、口をきく回数は少ないながらも、敵意むき出しのいがみ合いはなくなった。これもひとえに、この平和なピルラ星のおかげだろう。タツヤは、そんな二人を見ていると、内側から嬉しさが込み上げてきた。
何よりも、地球への帰還が、いよいよ現実になるのだ。もう、嬉しさが爆発しそうで、居ても立っても居られない。
(地球を離れて約3週間か。ようやく、地球に帰れるんだ。ここを離れるのはちょっと惜しいけど、いつまでもここにいるわけにもいかない。それに、父さんだってきっと心配しているだろう)
父タツノシンの厳格な顔がふと思い浮かび、タツヤの胸はずきんと痛んだ。たった3週間の出来事とはいえ、空港で一人息子が突然消えてしまったのだから、相当ショックなのは間違いない。
まさか、毛嫌いする宇宙に、一人息子がいるなんて、想像もできないだろう。だが、その一人息子は間違いなく、宇宙にいるのだ。しかも、どこかわからない外宇宙で迷子になっている。そんな状況をタツノシンが知ったら、全身の毛が逆立って、もう一生、夜空さえ見ようとしないかもしれない。
「そういえば、バルはどうしたかな?」
アリオンが、バルがいないのに、はたと気がついた。ついさっきまでは、この司令室にいたのに、いつの間にか姿を消している。ケンゾーは、先ほどバルはキララ号から出て行ったと、少年たちに告げた。
「僕、知らないや」ボルは投げやりに言いながら、カウンターから軽く飛び降りた。
「きっと疲れて先に寝ているんだよ。心配ないさ」
アキラは欠伸をしながら、面倒くさそうに答えた。
集会は解散となり、賑やかだった照明は落とされ、キララ号は眠りについた。
その夜遅く、タツヤが部屋で自分の荷物をまとめていると、アキラが勢いよくドアを開けて戻ってきた。
「お帰り。集会の後、どこへ行っていたの?もしかして記念に、神殿の玉座にでも座ってきたのかい?」
タツヤは、からかうつもりで話しかけたが、アキラは少しも笑わなかった。それどころか、いつになく大真面目な顔で、持っていた荷物を放り投げると、ベッドの上にどかっと座り込んだ。
「まさか。おれはね、キララ号を調べていたんだ」
荷物を片づけるタツヤの手が止まった。
「どういうこと?」
「疑問を解決するためさ。昼間はなかなかキララ号に近づけなくてね。カイたちが、頻繁に出入りしているだろう?でも、さっきは誰もいなくなったので、とうとう奥まで入り込めたんだ。誤解しないでくれよ。あの二人が気に食わないとか、そんな理由じゃなく、おれはまだあの二人、カイとアリオンに疑問を持っているんだ。とにかく最初からおかしいんだよ、キララ号の漂流は」
タツヤは、ピタリと手を止めた。何かが、心の底にピンと引っかかった。
「もしかして、君が毎晩部屋を抜け出していたのは、キララ号を調べるためだったの?」
「ばれていたのか」アキラは不器用に頭をかいた。「そのとおりさ。一度にすべては無理だから、少しずつ調べていたんだ。昨夜は、ずっと気になっていた位置情報発信装置を確認したよ。あれを調べるには、どうしてもまとまった時間が必要だったんでね。おれが中に入った証拠も、調べた証拠も、最後にはきれいに消さなきゃならないし」
タツヤの心臓は、やたら高鳴ってきた。アキラは、もったいぶらず、自分がその目で見たものを素直に話していると、タツヤは感じた。
「あれは緊急用の装置だから、たとえ展示用の宇宙船でも、必ずついているはずなんだ。特にキララ号は、操縦士が直接操縦して空港に持ってきたんだろう?それなら、尚更だ。連絡通路の爆発で壊れ、使えないと言われたけれど、そうじゃなかったんだ。おれ、この目で確かめたけれど、装置は、そのままそっくり、船体から抜き取られていた」
タツヤは、穴の開きそうなほど、アキラを凝視した。
「それに、ケンゾーを使って元の情報を調べたら、最初から長い航海に出るのがわかっていたみたいに、すごい量の水や圧縮空気が入っていたし、食料用の元素だって、約半年分も仕込んである。しかも、搬入記録を確かめると、仕込んだのは、キララ号が宇宙に飛び出す、ほんの数日前だ。燃料だけがえらく不足していたのは妙だけど、それ以外のものは長い航海ができるくらい、始めから何もかもがそろっていたんだよ」
アキラは、いたって冷静に、自分が調べ確認した情報をタツヤに説明した。タツヤは、あまりの内容に絶句した。
「そして連絡通路爆発の記録も、巧妙にロックがかけられ、一部が見られないようになっている。もしかしたら、おれの勘違いで、中身が何もないのかもしれない。けれど、あるとしたら、誰かが故意に隠しているとしか考えられない。ケンゾー自身にも、若干手が加えられているみたいだし」
タツヤは、驚きを隠せなかった。
「ケンゾーに手を加える?そこまでやれるのは、よほど腕の立つプログラマーだな。その点では、カイもアリオンも、さすがに無理だろう」
そう言いながらもタツヤは、今こそ腹をくくってアキラと話し合うべきだと感じた。アキラは、自分を信用して、こうして打ち明けてくれたのだ。
「アキラ、実は僕も、カイたちにちょっと疑問を持っているんだ」
アキラの目が、以前見た時のように鋭くなった。
タツヤは、偶然立ち聞きした、カイたちの会話や、アリオンの不思議なペンダントの件を話した。すると、アキラの目はさらに鋭さを増し、顔は疑惑に歪んだ。
「カイとアリオン、2人は本当のところ、何者なんだ?いったい、何を企んでいるのだろう」
アキラはそう言ったきり、考え込んでしまい、唸るばかりで何も答えが出ない。タツヤも、カイとアリオンに疑問はあるものの、まだ何もわからない。
結局、その場で結論は出せなかったが、タツヤとアキラは、この夜、共に確信した。カイとアリオンには、何か秘密があるに違いないと。