第4章 炎の輪の向こうに
地球を離れて、はや13日が過ぎた。
気味悪いキノコの星からは、燃料を得られなかったが、それでも、地球軍の痕跡の発見は、少年たちにとって大きな成果だった。自分たちは、全く未知の世界に放り出されたわけではない。この事実に、少年たちは慰められ、宇宙を漂う孤独感から解放された。と同時に、別な疑問が浮上した。
地球軍は確かに、キノコの星へ到達していた。通信施設や基地も建設されていた。それなのに、何故、地球軍はこの星を手放したのだろう。そして、この星についての記録が、いっさい残されていないのは、何故だろう。
この疑問に関して、ケンゾーはほとんど役に立たなかった。ケンゾーに残されていた情報は、おそらく20、30年前のものに違いない。タツヤたちの知っている情報に比べ、えらく遅れている。古い上、情報が細切れのため、正しい情報であってもうまく扱えない。。
しかも、肝心の星系マップが欠けているため、星々の情報はあっても、位置が特定できない。だからこの件に関しても、情報不足のため推定不能と、ケンゾーは早々に結論を出していた。
高いIQを持つ双子の弟バルは、キノコ星の存在そのものを隠す理由があったのだろうと推測した。
「だって、わざと事実を隠しているとしか思えないよ。地球軍は、確かにあそこにたどり着いていたんだから」
「あんな高濃度の放射線がキノコに蓄積されているんだから、あの星じゃ、何も活動できないよ。軍としては、知った途端、撤退するしかなかっただろうな。だから、あの星が封印されていても、不思議じゃない」
アキラは司令室の柱にもたれながら、バルの意見に同意した。
「そうだとしても、宇宙にはもっと危険な星がごまんとあるじゃないか。突然、地面から炎を吹きつける火炎惑星とか、重力ポイントを抑えると、その領域が全部重力毒に侵されてしまう星域や、惑星の大気を食料として食い尽くす移動彗星とか。封印されている星々は、数え切れないよ」
タツヤは、鼻息荒く意気込んだ。
カイが考え深げに宙を睨んだ。「そうだな。それに、封印したなら封印したと公表するのが通例だろう?それすら公表できない、もっと大きな理由があるんだろうな」
「丸ごと、隠蔽か。ますます怪しいな」アキラが腕を組みながら言った。
「暴走連中を刺激しないためかな?」アリオンが腕時計を大事そうに布で磨きながら、言った。「近頃は、あえて危険に挑戦する無茶な連中が多いからね。だから、わざと情報を伏せているのかもしれないな」
時間は余るほどあったので、少年たちはあれこれ思いを馳せ、少ない知識を想像力で補いながら、議論を重ねていった。
堂々巡りの議論に飽きると、ボルとバルは、リュナという楽器を演奏してと、アリオンに何度もせがんだ。だが、アリオンは、楽器の性能上、ここでリュナは吹けないと、頑なに断り続けた。
キノコの星の一件は、非常に恐ろしい体験ではあったものの、そのおかげで少年たちはぐっと打ち解けるようになっていた。カイとアキラは、わだかまりなく話をするとまではいかないが、少なくても、周囲を不安にさせる小競り合いはなくなった。
互いの距離が近くなった少年たちは、気楽な時間を過ごすようになったが、カイとケンゾーは別の件に頭を悩ませていた。
キノコの星へ飛行したため、燃料はどう見積もっても、通常飛行で、あと10光年飛べる分しか残っていない。10光年といえば、以前カイが言っていたように、地球からせいぜい、ご近所星シリウス星系までの距離だ。
タツヤたちは、ケンゾーから燃料不足を警告されても、さほど気にしていなかったが、カイだけはひとり、家計を預かる主婦のように、眉間に皺を寄せていた。
「今はキノコ星の恒星、つまりキノコ星が廻っている太陽の方向へゆっくり向かっている。キノコ星以外にも、あの太陽を廻っている惑星があるかもしれない。そんな惑星が見つかれば、すぐさまそこへ飛んで行きたい気分だよ。燃料はギリギリだ。更に節約しないと」
「だって、キララ号は慣性飛行で飛んでいるんでしょ?だったら、燃料不足をそんなに心配しなくてもいいんじゃないの?」
バルは、小さなボールを天井目がけて何度も放り投げながら言った。
「慣性飛行?」タツヤは、一瞬何のことかわからなかったが、すぐに学校の教科書を思い出した。「ああ、宇宙空間はほとんど真空だから、いったん弾みがつくと、そっちの方向へ永遠に向かうっていう、当たり前で便利な法則か」
「そう、だから燃料なんて出発と到着の時以外は、たいして必要ないんだよ」
ボルは、バルが天上に投げて跳ね返ったボールを受け取って言った。あっけらかんとしたボルたちに、カイが首を大きく横に振った。
「そんなに軽く考えちゃダメだよ。メイン・エンジンだけでなく、船体の速度や方向を変えるスラスターや逆噴射、船体を守るシールドだって、みんな燃料が必要だ。それに、燃料がなければ、水や食料を作ることも、室温を保つこともできない。3ヶ月もしたら、キララ号は宇宙を漂流する、干からびた冷凍庫になってしまう。それ以前に、僕らが生きるのに一番必要なものがなくなるだろう」
誰もがぎょっとして目を丸くした。バルもボールを投げていた手をピタリと止めた。
「生きるために一番必要なもの?」
カイは大きくうなずいた。まるで物分りの悪い子どもを前にした教師のようだ。
「空気だよ。キララ号は、燃料によって気体を発生させ空気を作りだしているんだ。圧縮空気だけじゃ、とても足りないからね」
それを聞いたタツヤたちは、初めて事の深刻さを知り、顔が引きつった。少年たちは、空気がなくなる状況を、今まで一度も想像したことがなかった。それが今、現実のものとして、自分たちに降りかかろうとしている。自分たちは、決して気楽な宇宙旅行者ではなく、救助の目途がない遭難者なのだと言う事実を、嫌でも自覚させられた。
翌日の昼頃、6人が食堂で昼食をとっていると、ケンゾーのけたたましい声が、スピーカーから割り込んできた。
「注意してください。すぐ前方に、巨大な物体を感知しました。レーダーには反応しませんが、重力場に非常に大きな乱れが生じています」
キララ号は自動飛行を停止し、すぐさまシールドを張って防御体制をとった。タツヤたちは、せっかく上手にできたカレーライスを食堂に残したまま、大慌てで司令室へ戻って行った。司令室の大画面には、前方の様子を船外カメラで映し出しているはずだが、真っ暗で何も見えない。
「念のため申し上げますが、画面の故障ではありません。そこに、何かがあるはずなのですが、何も映らないのです」
ケンゾーにそう説明されても、6人はじっと目を凝らして暗黒の画面から何かを捉えようとした。しかし、どんなに見つめても、そこには何も見えないし、何も感じられない。
「見えないのなら、暗黒物質かな?それとも、巨大なステルス型宇宙ステーションでもあるのかな?」タツヤは、真っ黒い画面を穴の開くほど見つめ、上の空でつぶやいた。「まさか、ブラックホール?」
「そんなわけないだろう。ブラックホールだったら、この船はとっくに引きずり込まれているよ。レーダーに映らないなら、走査ビーコンを送ってみたらどうだろう」
アキラがすぐさま提案した。物体に当たれば跳ね返ってくる電波の性質を利用した、特殊な走査ビーコンだ。もっとも、アキラは直接カイに言ったのではなく、タツヤに向かって話しかけたのだ。それを聞いたカイは、無言で走査ビーコンを作動させた。だが、ビーコンに反応はない。
「おかしいな。前方には何もないはずだけど。ケンゾー、間違いないのか?」
「間違いありません。確かに重力を発生している巨大な物体が、すぐ正面にあります。キララ号の進行方向に対して、立ちはだかるように存在しているのですが、正体がまるでつかめません。まったくお手上げ、いえ、詳細は、まったく不明です」
「何かあるのなら、その向こう側にある星々の光が見えないはずだけど、その点はどうなっている?そこから、見えない何かの大きさが割り出せないか?」とカイ。
「奇妙ですね。見えない何かの向こう側にある星光は、確かに見えます。しかし、重力場の乱れのせいか、周囲の星々の光も歪んで取り込まれ、一緒になって陽炎のように揺らめいています。つまり、我々が捉えているのは本物の星光ではなく、ホログラムのような映像が、目の前に映し出されている可能性があります。」
正体不明の何かに、少年たちはいっそう不安を募らせた。見えないと言う事実は、それだけで大きな脅威だ。
しばらくそのままじっと暗黒の画面をにらんでいたが、一向に変化がない。それでもケンゾーは前方に何かあると、何度も警告を訴え続けたので、ついにカイは決心した。
「タツヤ、手伝ってくれないか。船体を大きく方向転換するんだ。Uターンとまではいかなくても、直角方向へ、船体をずらしてみようと思う。みんなは、ひとまず司令室の固定シートで待機して欲しい」
タツヤは、操縦補助としてカイの隣に座った。
実は、つい先日、操縦の仕方をカイから習い受け、タツヤはカイの一番弟子となっていたのだ。宇宙技術専門学校にも行けなかったタツヤが、いきなり本物の宇宙船を操縦するとは、なんと皮肉な話だろう。不安な状況ではあるものの、タツヤは嬉しさと緊張のあまり、思わず指先に力が入った。
「左に90度旋回。スラスター・オン」
カイの指示で、タツヤは操縦桿を握った。キララ号はゆっくりと左へ傾き、直角に向きを変えると、のろのろと前方へ進み出した。ケンゾーは、今度は正面には何もないと宣言した。
これで見えない敵への衝突は、ひとまず避けられた。そう安心しかけた時、突如、目の前に巨大な炎の輪が立ち上った。キララ号の何百倍もある炎の輪は、めらめらと真っ赤な炎を揺らめかせ、今にもキララ号を呑み込もうとしているようだ。炎の輪に照らし出された操縦室は、一瞬で赤々と染まった。
とたんに、司令室から悲鳴が上がった。司令室の大画面にも、炎の輪がでかでかと映し出されている。
思いもよらない出来事に、タツヤは、慌てて逆噴射のレバーを思いっきり引っぱった。キララ号は後方にガクンと引っぱられ、タツヤとカイは一瞬前のめりになった。速度がゆっくりだったため、大きな衝撃はなかったが、無防備だったアリオンが、司令室の床にひっくり返った。アリオンは、固定シートから離れていたようだ。
カイは、慌てているタツヤから、素早く操縦を引き継ぐと、直ちに逆噴射を止め、船体の向きをさらに90度変えた。これで、キララ号はUターンしたことになる。カイは、キララ号のエンジン出力を上げ、このまま、怪しげな炎の輪から逃げ切ろうとした。
しかし、炎の輪は瞬間移動し、またしても目の前に立ち塞がった。そこでカイは、再びキララ号の向きを変えてみたが、炎の輪も同じように、素早く位置を変え、キララ号の前に大きく立ちはだかった。司令室からは、小さな悲鳴が絶え間なく上がり続けていた。
カイは慎重に、何度か方向を変えてみたが、そのたびに炎の輪は、行く手を塞ぐように、キララ号の前へと移動してくる。炎の輪は、まるで身軽な獣だ。イタチごっこのように、キララ号は弄ばれているのかもしれない。だが、遊びでは済まされない。正体不明の敵は、広大な空間を、一瞬で移動できるのだから、とても勝負にはならない。
「カイ、どうしたらいいんだい?僕たち、炎の化け物に囲まれたみたいだ!」
タツヤは、動揺が収まらず、額には玉の汗がにじみ出ていた。
「タツヤ、落ち着いて。何度か試してみたけど、炎の輪の方から、こっちには迫って来ないようだ。このまま、もう少し様子を見よう」
タツヤは唾を飲み込み、緊張しながら炎の輪を見守った。確かにカイの言うとおり、キララ号が動かなければ、炎の輪も動かない。炎の輪が自ら前進して、キララ号を飲み込もうと迫っては来ない。
キララ号と炎の輪は互いに向かい合ったまま、双方とも一歩も譲らなかった。1時間以上も睨み合いが続くと、司令室に待機していた4人が、とうとう痺れを切らした。大画面で成り行きを見守っていたものの、一向に埒が明かないので、ぞろぞろと操縦室へやって来たのだ。
この頃には緊張もだいぶ薄れ、6人は赤く照らし出された操縦室でひそひそと話し合った。
「ああ、本当にうっとうしい。新種の生物かな。おれたちを追いつめて、降参するのを待っているんだ。けれど、その手には乗らないぞ」アキラは、爛々と燃え盛る炎の輪を、挑むよう睨みつけた。「試しに、レーザー砲を一発打ち込んでみるってのは、どうだい?」
「やられる前に先手を打つ、だね。それ、いいかもしれない」と勢いづいたボル。
「うん、脅かすだけで十分かもね」とタツヤ。
一向に進展しない状況に、少年たちはだんだんと強気になっていった。
少し間をおいて、カイが振り向いた。顔の半分が、炎のせいで赤々と揺らめいている。
「いや、ちょっと違うんじゃないかな。あの炎の輪の向こうには、何かありそうだ」
そう言われて全員が操縦室の窓から目を凝らしたが、やはり何も見えない。ケンゾーも、炎の輪の向こう側には物体を確認できませんと報告した。実際、レーダーにも走査ビーコンにも反応しない。あるのは、謎の炎の輪だけだ。
「今は見えないけど、惑星があるような気がする。僕らが炎の輪をくぐるのを、見守っているんじゃないかな」カイはゆっくり、しいんとなった皆の方を振り返った。「どうだろう、この際思い切って行ってみないか?」
全員が耳を疑った。いつも理論整然としたカイにしては、信じられないほど大胆な提案だ。一瞬の沈黙の後、アキラの顔が見る見るうちに真っ赤に染まった。
「おいおい、気でも狂ったのか?本気で、この炎の輪をくぐろうっていうのか?何故、そんな危険なことをするんだ?」
アキラは声を荒げて、カイに噛みついた。カイはそんな反応を十分予想していたのか、冷静にかつ、真剣に説明を始めた。
「僕だって、できれば危険は冒したくないけれど、燃料が底を尽きそうなんだ。もし燃料がなくなれば、僕らは最悪の状態に陥ってしまう。通信機が正常に作動しない今、偶然通りかかった船に救助される以外、助かる道はなくなってしまう。運よく宇宙船が通りかかっても、それが3ヶ月以内でなければ、僕らは助からない。どんなに燃料を節約しても、このままなら、あと3か月しか、もたないんだよ。だから、多少危険でも、可能性があるのなら、そっちの方を選ぶべきだと、僕は思っている」
カイにはきっと深い考えがあるに違いない。タツヤは、そう思ったが、こんな説明ではいくらなんでも納得がいかない。
「カイ、それでも危険すぎるよ。あれは、まるで僕らを誘い込んでいるようじゃないか。みすみす罠に嵌るなんて」
「僕たちも反対です。燃料が少ない今、炎の輪に入り込んで、そのまま抜け出せなかったら、それこそ一巻の終わりです。それに、あれがもし、巨大なワープ装置だったら、この船は永遠の蟻地獄空間に送られるかもしれないし」
双子の兄弟も心配顔だった。本当に蟻地獄空間が存在するのかどうかは、誰も分からなかった。だが、炎の輪を見ていると、それもあながち、ただの噂ではないように思えてくるのだ。
みんなに、こぞって反対されたカイは、困ったような、妙な顔をした。
「信じてもらえないだろうけど、あそこには確かに燃料がある、そんな気がするんだ。それに、そう危険な感じもしない…」
カイは控えめな態度をとりながらも、炎の輪をくぐることを諦めなかった。
「ばかばかしい!正気じゃないよ!」アキラが、さらに吠えた。
「カイ、私は君との付き合いが長い。だから私は信じるよ。君はこんな時、いつだって正しかったからね」
アリオンだけが、ひとりカイに賛成した。
「ちょっと待ってくれ」ついにアキラが顔を真っ赤にしたまま、右足を強く踏み込んだ。
「リーダーが、そんな気がする、だけで他の者を危険な目に遭わせるつもりか?いくら君が、優秀な操縦士でリーダーでも、みんなを危険に巻き込む権利はないはずだ。だいたい、何一つまともな根拠がないじゃないか。おれはこれ以上、付き合いきれないぞ」怒り心頭のアキラは、カイとアリオンの二人に向かって怒鳴った。「君がそこまで言うのなら、ここは多数決で決めよう。これはどう考えても重要な事項だからな。それなら、おれだって文句は言わないよ」
多数決を取れば、2対4で、必ず反対になるとアキラは踏んでいるのだろう。
「仕方がない。僕もそれに従うよ」カイはそうするより他なかった。何の根拠も示せない自分の意見を、みんなに納得してもらうのは不可能なのだ。
炎の輪をくぐることに賛成したのは、予想どおり、カイとアリオンだけだった。反対したのはアキラとボル、バルの3名。それに少し迷ったタツヤも遅れて手を挙げ、合計4名となった。
リーダーは2票分の権利があるが、結局、3対4で、炎の輪くぐりは止めておくという結論に達した。結論が出たにもかかわらず、気まずい雰囲気が残った。これが本当に正しい判断なのか、その後どうしたらいいのか、誰もわからないからだ。
「ちょっと待って下さい。私も票決の一員に入れてくれませんか?」
思わぬ声に、タツヤたちは、いっせいに画面を注視した。ケンゾーの人工音声だった。
「私は星系マップが欠け、基本情報も古い、ポンコツ・コンピュータですが、判断力では合格点をもらっています。それは長い航海の経験が私に蓄積されているからです。モデルとなった人物の人生経験といってもいいでしょう。私の意見も参考の一つにしてもらえれば、大変嬉しいのですが」
コンピュータが自ら進んで意見を述べ、票決に参加したいと申し出るなんて、前代未聞の出来事だ。あまりに人間臭いコンピュータの言動に、少年たちはかなり当惑した。
今までは単なる機械としてケンゾーを扱ってきたが、それが間違っていたのかもしれない。単なる機械ゆえ、少年たちは、ずっとケンゾーを無視し、仲間外れにし、ぞんざいな扱いをしてきた。だが、ケンゾーの言動はもはや、単なる機械を超えている。
それに気づいた少年たちは、突如、心の中に罪の意識が芽生えた。そのせいもあり、すぐさま全員がケンゾーの参加に賛成した。複雑な心境ではあったが、人生経験に乏しい少年たちは、今まさに、確かな大人の意見を聞きたかったのだ。
「ケンゾーの参加には、全員喜んで賛成だよ。早速だけど、ケンゾーの判断とその根拠を話してくれないか」
少年たちはケンゾーの話を聞くため、静かになった。
「皆さん、ありがとうございます。さて、燃料の問題を考えると、やはりどこかの惑星に、できるだけ早急に立ち寄るしかないと考えています。このまま、あてもなく宇宙空間を漂流するのは大変危険です。位置情報発信装置が使えない今、この船は大海原を漂う筏のようなもの。しかも、残りの燃料で行ける惑星は、見当たりません。カイの言うとおり、空気や水、食料だって、もってせいぜい3ヶ月です」ケンゾーは、信じられないことに、軽く咳払いをした。「ところで、前のモデルの記憶に、こんな話があります。人からまた聞きした話なので、真偽のほどはわかりません。宇宙の星系を離れた辺鄙なところには、目には見えない隠れ星があるそうです。周囲から星の姿を隠すことで、外部の野蛮な者から身を守ると言われています。そして、入るのを許された者が近づくと、突如入口が開かれ、星に迎い入れられる、そんな話です。その入口がどんな入口なのかはわかりませんが、選ばれた者だけにしか、入口は開かないそうです」
「すると、ケンゾーは炎の輪が、その入口だと言いたいのかい?」とカイ。
「わかりません。しかし可能性は十分にあります。あの炎の輪は、自らキララ号を呑み込もうとはしません。私たちが行くのをじっと待っているだけです。それに、あの炎からは熱が感じられませんから、炎はおそらく幻でしょう。そして、これはあくまでも私の推測ですが、自ら身を隠しているのは、臆病な住人である可能性が高いのではないでしょうか。人間を食べる野蛮な種族であれば、むしろ進んで人間を誘い込むはずです。私たちが選ばれた理由はわかりませんが、近くにあったキノコ星には、地球軍の痕跡がありました。この星系は、過去に地球との接点があったのです。文化的な交流があった可能性も十分考えられます。つまり、燃料のやり取りや情報交換があったかもしれません。燃料があと僅かしかない今となっては、行ってみる価値は十分あると考えます。いや、これは私たちにとって、むしろ、いいチャンスでしょう」
熱のこもったケンゾーの話に、全員がすっかり感心していた。しかも、ケンゾーの語り口は、いつのまにか、主語が「キララ号」から「私たち」に変わっている。ケンゾーはやはり、少年たちを仲間だと意識しているようだ。
「僕たちはケンゾーの経験と意見を尊重し、炎の輪をくぐるのに賛成します」
ボルとバルが、いち早く賛成に廻った。
「コンピュータがこんな判断をするとは、考えてもみなかったよ」
元から賛成のカイとアリオンでさえ、ケンゾーの話には舌を巻いた。
「そうか。ケンゾーに心配されるほど、僕らは厳しい状況なのか。それなのに、怖がるばかりで、対応策を真剣に考えていなかったよ。僕もケンゾーの意見に賛成」とタツヤ。
タツヤはアキラをちらりと横目で見た。アキラは腕を組んで、固く目を閉じたまま、ケンゾーの話を聞いていた。アキラがどう考えているのか、その表情からは読み取れない。
「全く」アキラは、目を開けて唸った。「コンピュータが、一か八かの賭けを提案してくるなんて、考えてもみなかったよ。でも、それだけ切羽詰まった状況って話なんだね。おれも、ここはひとつ、ケンゾーに賭けてみるよ」
アキラは、じれったそうに両手を頭の後ろで組むと、背伸びでもするかのように、頭上を見上げた。
6人全員の顔に、やっと本物の笑顔が現れた。
「よし、じゃあこれで決まりだね。僕らは火の輪をくぐる、勇気ある獅子だ。進め、ジャングルの王者キララよ!」
タツヤがふざけて、雄叫びを上げ、拳を振りかざすと、それにつられたボルとバルが一緒になって、そこら中をはしゃぎ回った。
「火の輪祭りだ!」
最初は、バカバカしいといった顔をしていたアキラも、いつの間にか威勢のいい声を上げ、わけのわからない踊りに参加していた。みんなにつられたアリオンがバカ騒ぎに加わると、最後まで呆れていたカイもとうとう引き込まれ、最後はみんなで輪になって、狭い操縦室で、でたらめに踊り廻った。
その間ケンゾーが何を考えていたのかは不明だが、ひとしきり騒ぎが収まると、淡々とした口調で皆に語りかけてきた。
「私を信頼してくれてありがとう。お祭りも終わったようですし、そろそろ、火の輪くぐりの準備に取りかかるとしましょうか」
6人の少年とケンゾーは、炎の輪を安全にくぐれるよう、いろいろと計画を練った。炎の輪の向こう側には何があるのかわからないので、エンジンを最小にして、その分シールドを厚くした。
タツヤとアキラは、もしもの攻撃にそなえて、キララ号の左右にある対空レーザー発射装置の席についた。必要であれば、いつでも反撃できるよう、ロックを外し構えた。
この重々しい対空レーザーは、少々型が古いが、キララ号唯一の武器だ。そもそも、キララ号は、戦闘用には造られていない。それでも、未知の宇宙を駆け巡るには、民間宇宙船と言えど、ある程度の装備は必要になってくる。
タツヤが日頃から丹念にメンテナンスを行っていた。こうして、いざ実際に発射装置の席に着いてみると、これが使われないようにと強く願った。
タツヤは、軍の事情にはやたら詳しいが、実際に自分が関わるとなると、すっかり弱腰だ。操作パネルに添えた手のひらは、緊張のため早くも汗で濡れていた。
タツヤは、左舷で構えているアキラの姿を想像した。アキラは腹が据わっているので、おそらく余裕で構えているだろう。むしろ、早く敵が来ないかと、待ち構えているに違いない。そう考えると、笑いさえ込み上げるようになり、タツヤは、自然に落ち着きを取り戻していった。
ボルとバルは、操縦室の後方に陣取り、時空間の歪みを探知する装置を担当した。もし炎の輪がワープ装置だった場合を考え、その兆候を見つけたら、いち早く逃げだす準備をするためだ。ケンゾーは、今回は安全面全般を担う。いわば、総監督だ。
船内通信は、全ての回路を繋げて開放し、どこでも誰の声でも、聞こえるように設定した。
操縦席には、カイとアリオンが座った。
炎の輪は依然として、キララ号の真向かいで赤い炎を揺らめかせている。ケンゾーの最終確認が完了し、その先はリーダー・カイに委ねられた。
「みんな、準備はいいかい?いよいよ炎の輪に突入するぞ」カイの号令が船内に響いた。
キララ号はゆっくりと、炎の輪に進み入った。少年たちは手に汗を握り、無事を祈りながら、次の瞬間を待った。だが、目の前の景色に変化は何も起こらない。若干、空間に乱れが生じたが、敵からの攻撃も受けず、宇宙の果てや永遠の蟻地獄空間に飛ばされることもなかった。
ただ、タツヤは、何故か、地球での思い出が一瞬、すごい速さで頭の中を駆け巡ったような気がした。あまりに凄まじいスピードに、どんな記憶が駆け巡ったのかは、わからない。すぐさま頭を2,3回強く振ると、再び前方の光景に意識を集中させた。
現実には、何も起こらなかった。誰もがそう思ったが、炎の輪をくぐり抜けた瞬間、何もなかった向こう側に、突如、緑がかった穏やかな色の惑星が姿を現した。
しかも、すぐ目の前に現れたのだ。距離があまりに近かったので、大胆な幻でも見ているのではないかと、自分たちの目を疑った。あまりの変わり様に、全員が唖然として声も出なかった。
ケンゾーは、いち早くキララ号を停止させた。危険回避プログラムが発動したのだろう。キララ号は、もともとゆっくり慎重に、炎の輪に突入したので、衝撃も、振動もなかった。
「かなり惑星に接近していたので、とりあえず、一旦キララ号を停止させました。これは、やはり隠れ惑星のようですね」早くも、ケンゾーの勝ち誇った声が船内に響き渡る。「我々は、隠れ惑星に招待されたのでしょう」
それに続いて、黄色い歓声が狭い船内に鳴り響いた。それぞれの少年が、それぞれの場所で、喜びと興奮に満ちた声をあげたのだ。ケンゾーとカイの読みは、確かに当たっていた。まだ油断はできないものの、これで期待がぐっと大きくなった。
タツヤたちは、勝手に司令室へと戻ってきた。それに飽き足らず、カイたちのいる操縦席へ押しかけ、狭い操縦室に6人全員が集った。操縦席の大きな窓から、直に惑星を見てみたかったのだ。
惑星は美しかった。緑がかった厚い雲に覆われているものの、生命の温かさを感じさせ、どっしりとした母親のような雰囲気を漂わせている。キノコ星のような、寒々としたところは、微塵も感じられない。
しかも雰囲気だけではなく、調べた結果、実際にその惑星には、地球とほとんど同じ成分の大気と海、しっかりした大地がある。次に、人間型の生命反応が確認された。それが何より喜ばしいニュースだった。
ケンゾーは、惑星の位置や構成や成分から、ほぼ地球人と同じような人間がいるだろうと予測した。もしそうだとすれば、燃料を補給できる可能性が高い。地球と同じような組成の惑星、同じような環境の生物は、また同じような文明を発展させることが、既に証明されている。
そして厚い雲の下には、建造物が立ち並び、街らしきものがあると、相次いで報告された。実際に、分厚い雲の切れ間から、地上らしき風景も垣間見えてきた。それを目にした少年たちは、たちまち不安を退け、好奇心でいっぱいになった。
カイはそれでも念のため、キララ号本体を惑星の遥か上空に待機させ、降下艇を下ろそうと考えていた。しかし、炎の輪の向こうは、既に惑星の大気圏だったためか、強い重力が及んでいて、降下艇を降ろせない。キララ号をこうして、空中に停止させているのも、そろそろ限界だ。
ならば、キララ号をいったん大気圏外まで上昇させようとも考えたが、惑星大気圏の上層部は、ものすごい密度になっているため、かえって危険だった。見えない物質が凝集しているのだろうか。重力も、地表より、上層の方が圧倒的に強い。
だから、炎の輪のような、安全な出入口が必要だったのかもしれない。その炎の輪は、とっくに見えなくなっていた。
「このまま下へ降りましょう。今度は、私も一緒に参りますよ。その方がより正確に、危険を判断できます」
ケンゾーをはじめ、カイの意見もあり、キララ号はこのまま、惑星に着陸する流れになった。誰も反対はしなかった。アリオンに替わって、タツヤが操縦席に着いた。他の者たちは、司令室の固定シートに移動した。
ふと、双子が、いつのまにか、司令室のソファで眠りこけていた。炎の輪を無事くぐり抜けたので、安心したのだろう。少年たちは、安全のため二人をシートに固定し、そのまま寝かせておいた。
「誘導ビーコンらしき信号を感知しました。地上からです」
厚い緑がかった雲の下から、キララ号に向けて、特殊な信号が送られた。それは、キララ号を地上のどこかへ導こうとしている誘導ビーコンに違いない。キララ号は十分警戒しながらも、それを上回る期待を乗せて、誘導されるがまま、ゆっくり地表へ降下していった。
厚い雲の層を抜けると、視界は急速に開け、色鮮やかな地表が姿を現わした。嬉しいことに、地球と同じような山脈や河、海、森、平野、そして街が広がっている。
立ち並ぶ建物が見え始めると、少年たちはますます心をときめかせた。歪なドーム型の屋根が幾重にも連なり、淡い水色と乳白色の街並みがみごとに区分けされ、交差している。きれいに延びる道路は、考え抜かれた線画のようだ。街は放射状に広がり、煌めく海の上にも道路が広がっている。ところどころに点在する緑の森は、風にそよぎ、見るからに心地良さそうだ。つい数日前に訪れた、キノコの星とは、雲泥の差だ。
「よかった。どう見ても人食い人種が住んでいる星ではなさそうだね。街並みのセンスもいいし、文明はかなり進んでいるみたいだ」
アリオンが珍しく、声を弾ませた。アリオンはこのところ、顔色もよく、宇宙に飛び出した頃に比べると、だいぶ元気になっていた。
「まあ、まだ油断はできないけどな」アキラが気持ちとは裏腹なセリフを吐いた。
目には見えなかった誘導信号は、やがて真珠のネックレスのような、楕円形の輝く粒の列に変化した。くっきりと、誰の目にも見える誘導光線は、キララ号を街外れの台地へと導いた。そこは、まばゆい乳白色の空港だった。
キララ号は安全を確認すると、静かに、指定された空港へと着陸した。その広く見通しのよい空港の端には、乳白色をした建物が建っている。しかし、空港の地面と全く同じ色をしていたため、少年たちは着陸直前になるまで、その建物に気がつかなかった。
「ようこそ隠れ星ピルラへ。我々は、あなた方を歓迎します。皆さま、どうぞこちらへ」
着陸したキララ号に向かって、丁寧な宇宙語が建物から鳴り響いてきた。タツヤたちは緊張と興奮でどうにも落ち着かない。
「大気の成分、環境、建物のデザイン、街の形状などを分析した結果、この惑星には、穏やかで平和を好む種族が暮らしていると推測できます。言語も、標準的な宇宙語で、文化のレベルは高いと判定されました。特に、今聞こえてきた声は、非常に友好的で敵意がまったく感じられません。とは言え、どのような生命体なのか、情報が少なすぎて、まだよくわかりません。皆さん、気をつけてお出かけ下さい」
ケンゾーが、何故か声をひそめて忠告した。
「もちろん油断はしないさ。キノコ星で痛い目に遭ったからね。さて、先発隊として僕と一緒に来てくれる人は?」
カイは皆を見渡して同行者を募ったが、キノコ星の一件で、少年たちはすっかり怖気づいていた。好奇心でうずうずしているのに、みんな二の足を踏んでいる。
「僕が行くよ」誰も返事をしないので、カイと視線の合ったタツヤが、渋々名乗りを上げた。
カイは満足そうにうなずいた。「僕とタツヤが行って問題なかったら、皆を呼ぶよ。それまでは緊急発進の準備をして、待機して欲しい。タツヤ、念のため、レーザー銃を持っていこう。それとケンゾー、何か異常を検知したら、すぐ僕たちに連絡を」
カイとタツヤは、キララ号のハッチを開け、外に出た。外は暖かく、気持ちのいい風が吹いていた。タツヤはそれだけで無性に嬉しくなった。真っ暗な宇宙に何日も閉じ込められていたので、外の空気に触れただけで、どうしようもなく嬉しかった。
あたりの地面は乳白色の輝きで、やたら眩しい。それがタイルなのか、金属なのか、二人には判断がつかなかった。同じ乳白色をした四角い建物の中から、すぐに一人の人間が姿を現した。カイとタツヤは緊張した。
「こんにちは。お待ちしていましたよ」
その男は太陽系の住民とさほど変わらない風貌だった。年は、地球人にすると40歳くらいだろうか。柔和な顔つきで、肌が脱色したように白っぽい。髪の毛は、薄い栗毛色にところどころクリーム色が混じり、ふわりとしている。目の色も、髪の毛と同じような、柔らかい栗色をしていた。
服装は、地球人のタツヤからしたら、少し奇異なものに感じられた。
古代の神殿で着るような、白く長いローブを身にまとい、やけに目立つ、乳白色の太いベルトを腰につけている。腰のベルトさえ除けば、太陽系の住民、とりわけ月の住民ではないかと思うほど、顔つきも、肌の色も、服装もよく似ていた。
「我々ピルラ星は、安全上、滅多に外部の者を受け入れないのですが、あなた方は特別です。我々は年若い方、純粋である方々を歓迎します。若い方は、妙な野心でこの星を征服しようなんて、考えませんからね。かつては口のうまい、野蛮人に騙されそうになり、この星は滅びる寸前でした。それで自衛のため、この星を人々の目から隠しているのです。でも、我々ピルラ星の住民は、自由と平和の星からやって来たに違いないあなた方を、歓迎しますよ」
カイとタツヤは、万が一を想定し、いつでも銃を撃てるよう構えていたため、異常なほど緊張していた。が、男の柔和な笑顔を目にしたとたん、すっかり拍子抜けし、顔の筋肉と共に手の力が緩んだ。
「僕たちを歓迎してくれて、ありがとうございます」カイが一歩、男の方に進み出た。「僕たちは、銀河太陽系の地球からやって来ました。やって来たというより、事故で宇宙船が勝手にワープしてしまい、迷子になって困っています。協力してもらえると、嬉しいのですが」
男はにっこり笑い、この申し出を快く承知してくれた。
「銀河太陽系の地球はどこにあるのかわかりませんが、あなた方の状況はわかりました。できる限りのことはいたしましょう。私は、ピルラ星政府の役人、ムバルスと言います」
ムバルスは屈託なく笑うと、カイにすっと手を差し出した。どうやらこの星でも握手の習慣があるらしい。カイは多少緊張気味に自分の手を差し出したが、ムバルスと長い握手を交わした後には、強張っていた顔はすっかり緩み、ムバルス同様、満面の笑みを浮かべていた。
タツヤはカイの変わりようを少々不審な目で見ていたが、次にタツヤがムバルスと握手した際、十分納得ができた。ムバルスの手は、体の芯まで届きそうなほど暖かく、柔らかい。自分までがとろけそうなほど、ふんわりとした感覚に包まれるのだ。気がつくとタツヤもいつの間にか笑みを浮かべていた。
それから後は、何もかもが順調に進んだ。カイはその場で5分ほどムバルスと話し合うと、キララ号から不安げな少年たちを呼び寄せた。眠っていた双子は、カイの一声ですぐ目覚め、元気よく起き上がった。
最初こそ、4人の様子はぎこちなかったが、ものの5分とたたないうちに、すっかりムバルスと打ち解けた。少年たちは、用意されたリニアカーと思われる小型車に乗り、高台にある空港から、麓の街へと降りていった。
ケンゾーだけが、当たり前だが、空港の格納庫でキララ号の留守番となった。だが、しばらくの間は、短距離通信をつなげたままにしておき、何かあれば、カイの持っている通信機で、ケンゾーとやり取りができるようになっていた。
ただし、双方の距離が離れてしまえば、それも使えなくなる。あくまでも念のための策なので、それならそれでも構わなかった。カイたちとムバルスのやり取りをしっかりチェックしていたケンゾーは、問題なしとの判断を既に下していたからだ。
案内された迎賓御殿は、その名のとおり、来客のためにつくられた豪華な建物だ。歪な形のドームが複雑に絡み合い、どっしりした外壁は、鈍い銀白色に輝いている。重厚で品があり、堂々としている。どこか、地球の古城を思わせる外観だ。建物内部には、空港と同じ素材がそこかしこに使われ、眩しいほど乳白色に光り輝いていた。
同じ素材のものが、ムバルスのベルトにも使われている。タツヤたちは、それに気がついたが、よく見ると、迎賓御殿の侍従たちも皆、同じようなベルトを着けている。
「そのベルトの素材は、とてもきれいですね」アリオンは、懐かしそうにムバルスのベルトを見つめた。「私の故郷、月の象徴である月長石によく似ています。いや、むしろ、月長石を更に純粋にした結晶のようだ」
「我々はこれを、波紋真珠石と呼んでいます。この石は心を落ち着かせる作用があり、こうして身につけると、絶えずこの石の加護を受けられるのです」ムバルスは誇らしげに、自分のベルトを一同に見せた。「この星の人々は、この石を愛し、大切にしています。昔、外から来た野蛮人は石を狙い、この星を侵略しようとしました。ですが、今では隠れ星となって、外からの客人を制限しているため、平和が保たれているのです。その平和のシンボルとして、空港や御殿をはじめ、あらゆるところでふんだんに使われています」
ムバルスは、ここで少年たち全員の顔を見渡してから、話を切り替えた。
「ところで、皆さんに一つお願いがあるのですが、我々の長老、ピル・ラに会って頂けませんか?このピルラ星で一番、長寿の者で、知恵者でもあります。あなた方の知りたいことは、ピル・ラ長老にお尋ね頂くのがよろしいでしょう」
6人の少年たちは、全員すぐに承諾した。
ムバルスの説明によると、平和なこの星では、軍や警察はもちろん、王や首相や大統領などの統治者も必要ないらしい。それで、一番長生きしている賢者が、長老としてこの星の名前になり、仮の代表者となるそうだ。
ムバルスに連れられた少年たちは、巨大なドームに沿った、波紋真珠石の石林を抜け、長老の屋敷へ向った。奇怪な岩がそびえる石林は、地球の森や林に当たるらしい。この星では、いたるところに波紋真珠石の石林が点在している。深い山奥の石林は、迷路のように広がっており、一旦迷い込むと、視界が塞がれ、抜け出るのに一苦労するそうだ。
木々や草などの植物は、見かけるものの、地球に比べると断然少ない。街では、青々とした木々を見かけるが、郊外に出た途端、風景は波紋真珠石の石林で覆われ、緑はほとんど見かけない。
こじんまりとした長老の屋敷は、街から少し離れた高台にあった。気持ちのいい風が吹き抜ける、とても静かなところだ。この一角だけが、竹のような緑の植物で覆われている。屋敷は、そのこんもりとした森の奥に、隠れていた。
街で見かけたたいていの家屋は、輝きの少ない波紋真珠石でできていたが、長老の屋敷は木で造られていた。そして、風が吹くたびに、青く光る粉を撒き散らす木々が、風流な屋敷をぐるりと取り囲んでいた。
長老ピル・ラは、少年たちの想像よりずっと若々しかった。顔に刻まれた異様に深い皺を除けば、地球年齢にして50代初めくらいだろうか。オリーブ色の長いローブに身を包み、波紋真珠石のベルトをつけた長老は、木の香り漂う広間に颯爽と現れた。
銀髪を従えた広い額には、知性と品位が燦然と輝き、この星を代表する者として、威厳に満ち溢れていた。よく見ると、銀髪の一部が乳白色に輝いている。
だが、何より少年たちを惹きつけたのは、その瞳だ。ピル・ラの瞳は深い緑色で、まるで、皺の中に埋もれた古代の宝石のごとく、奥底から静かに輝いている。
ムバルスを含め、通りで出会ったこの星の住民は皆、柔らかい栗色の目をしている。すると、この星の人々は、年齢を重ねるにつれて、長老のような深い緑色の目に変化するのだろうか。
そんなことを考えていると、ピル・ラ長老が笑顔でタツヤたちに語りかけてきた。
「純粋な方々。ようこそ、メイ太陽系の第3惑星ピルラへ。我々はあなた方、時の子を歓迎します」
長老は、少年たち一人一人に、視線を移し、タツヤのところで目を止めた。長老の深緑の瞳に見つめられたタツヤは、心の中を見透かされたような気がして、内心うろたえた。しかし、長老は何事もなかったようにタツヤから視線を外し、話を続けた。
「あなた方は、迎賓御殿を自由にお使いください。このムバルスを世話役としてつけましょう。この星に滞在されている間、困り事がありましたら、遠慮なくムバルスに申しつけてください。ところで、あなた方は遭難して宇宙を漂っているとお聞きしたが」
早速、カイが一歩前に出た。
「はい。僕たちは、銀河太陽系の地球と月からやって来た者たちです。事故で、宇宙船が勝手にワープしてしまい、外宇宙に放り出されてしまいました。今も、ここがどのあたりなのか、まるで見当がつかず、困っています」
「事故ですと?」長老の言葉は、少し意味ありげに聞こえた。
「はい。何より、燃料が尽きそうなんです。どうか故郷の星に帰れるだけの燃料と、機械の修理に必要な部品や星系マップを分けて欲しいのですが」
長老は、いきなり楽しそうに笑い出した。笑うたびに、顔の皺も一緒に震えた。何が楽しいのかタツヤたちはわからなかったが、ボルとバルがつられて一緒に笑っていた。
「その地球とやらは、どこにあるのかな?まあ、聞いたとしても、おそらく我々にはわからないだろう。我々は、滅多に外部の者と接しないのでな。しかも住民が、外部に興味を抱かないよう、宇宙に関するものは全て処分してしまったのだよ」
長老のこの言葉に、少年たちは呆れ、それ以上にがっかりした。こんなに文化的な星なのに、宇宙に関する情報が一つもないとは、考えてもみなかったからだ。
それでもカイは、せめてこの星の位置だけは知ろうと、地球や月、自分たちの太陽系について、熱心に説明した。
「銀河太陽系?オールトの雲?大マゼラン雲?どれもこれも、聞いた覚えがないな。それに我々は独自に、星の名前をつけている。我々の動く太陽メイ、我が従順なる星ピルラ、滅びの星ピロクセンという風にな」
結局、星系マップはもとより、位置情報に関するものは何一つ、長老から得られなかった。最低でも、ここがどのあたりなのか、わかると期待していただけに、少年たちは失望の色を隠せなかった。それでも、長老から聞いた話をケンゾーに入力すれば、何かが割りだせるかもしれない。タツヤたちは、少しだけ希望を繋いだ。
位置情報では失望させられたが、燃料については非常に幸運だった。驚くべきことに、宇宙船の燃料となる金属水素を、この星でも同じように利用していたのだ。
惑星外に出ないため、宇宙船と呼べるようなものは持っていない。その代わり、地上を走る高速カーや地球の電車にあたる連結カーなど、乗り物の燃料として、また、あらゆる機械の動力源として、金属水素は使われていた。
その貴重な金属水素を分けて欲しいという申し出にも、長老は、快く承諾した。
6人は、思わずその場で、喜びの黄色い声をあげた。
長老は、ただ優しい目をして微笑んでいた。