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第2章 キララ号、宇宙に放り出される

 タツヤは、明るい光の中で目を開けた。一瞬、自分がどこにいるのかわからず、戸惑ったが、すぐに全てを思い出し、慌てて身を起こした。シートの電磁固定は、いつの間にか解かれ、体は自由になっていた。

「おはよう、名無し君」

 見覚えのある少年が二人、いたずらっぽい笑みを浮かべて、タツヤを見下ろしていた。先ほど操縦席に走っていったカイと、その後を追っていった、髪の長いアリオンだ。

 二人は固定シートのすぐ横にあるカウンターに肘をつき、タツヤの顔を覗き込んで、自然に目が覚めるのを待っていたようだ。カウンターテーブルに置いてあるカップからは、白い湯気が立ち昇っている。タツヤは何気なく隣の席に目をやった。シートは真っ白で、空だ。

「ここはどこ?アキラは?」

 頭を持ち上げたタツヤは、すぐに軽い頭痛を感じた。するとカイが、シャツの袖をまくりながら言った。

「ああ、そいつならワープからの目覚めに失敗したらしく、頭が痛いと言って、薬を探しに出て行ったよ」

「おれの名前はアキラだ。そいつじゃないぞ」

 その声に、カイとアリオンはぎくりとして振り向いた。

 司令室の入口には、当の本人アキラが、しかめ面で突っ立っていた。右手で頭を押さえ、左手には薬らしきものをつかんでいる。薬はおそらく、船長室の隣にある医務室から持ってきたのだろう。

「タツヤ、君は何ともないのか?おれはこのとおり、ひどい頭痛だ。ワープでこんな状態になるなんて、初めて知ったよ。何も起こらないって、本には書いてあったぜ」

 アキラはそう言いながら、カウンターのところまでやって来た。

「ああ、僕も少し頭が痛いよ。君ほどじゃなさそうだけど」タツヤは、右手でこめかみを軽く抑えながら言った。「いったいどれくらい、気を失っていたんだい?」

「半日ほどだよ。残念ながら、航空ショーはとっくに終わっている」

 カイが、悪い知らせを告げるように言った。

 アキラは、手にしていた頭痛薬をお茶で流し込んだ。

「だけど、おれですらこんな状態なんだから、このおチビさんたちは、相当きついだろうな。しばらく寝かせておこうぜ」

 背後の席にいる双子の少年たちは、そのすぐ耳もとで話をしているのに、目を覚ます気配はない。それどころか、気持ち良さそうに、すやすや眠っている。

 カイは、寝息をたてている小さな二人を、優しい目で見下ろした。

「ああ、そうだね。この子たちは、もう半日ほど寝かせておけば、自然に目が覚めるだろう。アキラ、さっきは君のことをそいつなんて言って、謝るよ。ところで」カイが出し抜けに、タツヤの方を見た。「君はタツヤって言うのかい?」

「そう、アマミ・タツヤ。タツヤでいいよ。本当なら、明日から法律学校生になるはずだったけど、そうならなくて済みそうだ。僕は、運がいいみたいだ」

 アリオンはタツヤの気持ちがわかったのか、小さく笑うと、お茶の入ったカップを差し出した。タツヤはお茶を一気に飲み干した。温かい液体が喉から体の中へと染み渡り、身も心もようやく落ち着きを取り戻した。

「で、ここはどこなのさ?」

 タツヤはキョロキョロとあたりを見廻し、おもむろに立ち上がった。司令室の丸窓まで歩いて行くと、顔を窓ガラスに突きつけて外を眺めた。

 遥か遠くに、小さく弱々しい星々の光が、かろうじて見える。他には何一つ見えない。真っ暗な空間が広がっているばかりだ。嫌でも、自分たちが今いるのは、宇宙のまん中だと思い知らされるだけだった。

「見たまんまだよ。今のところ、まだ、何もわからないんだ。ワープしたから、太陽系内でないのは確かだけど」

 カイにそう言われたタツヤは、それ以上見るのを諦めて、席に戻って来た。

 カイは、タツヤとアキラを交互に見ながら言った。

「ところで、僕らのことは覚えているかな。船内通信でしゃべった時は相当混乱していたから、改めて自己紹介をさせてもらうよ。僕は、月出身のカイ・マクハント。月王立宇宙専門学校の予備学生だ。今回は、この宇宙船キララ号を撮影しに、月からやって来たんだ。親友アリオンと一緒にね。だけど、撮影じゃなくて、まさか本物の宇宙船を、しかも緊急発進させることになるなんて、自分でも驚いているよ。友だちに話しても、きっと信じてもらえないだろうな。学校で操縦シミュレーションを何度か経験したけれど、あれがこんなに役立つとは思わなかったよ。ただし、故障は想定外だった。どの方向にワープしたのか、ここがどこなのか、肝心な情報は何一つないんだ。このキララ号は、今、宇宙の真ん中でのんびり漂っているよ」

 カイは、短く黒い髪で、目も黒っぽい。年齢のわりに、落ち着いた印象の少年だ。その落ち着きが、危険な状況から皆を救ってくれたのだろう。ただ、結構がっしりした体型のわりに、肌の色がやけに白っぽいのが、タツヤには奇妙に思えた。

「私はアリオン・デュラ。同じく月出身の十四歳で、カイとは幼なじみだよ。リュナという月の楽器の演奏家で、各地を廻っている。幼い頃から旅芸人の一員として各地を巡り歩いたけれど、今回みたいな、とんでもない目に遭ったのは初めてだ。でも、私たちは本当に運がよかったね。一緒にいたのがカイじゃなかったら、今頃こうして、のんびりお茶なんか飲んでいられなかっただろう。大人顔負けの操縦には、救われたよ」

 アリオンは、カイよりさらに肌が白かった。陽に当たったことがないのではと思うくらい、真っ白なのだ。月に住む人々は肌が白いと聞いてはいたが、これほどまで白いとは思っていなかった。

 しかも手足は細長く、カイとは反対に、華奢でどこか頼りなげだ。栗色の目は切れ長で、肩まである長い髪と同じ色をしている。

 ただ、ひどく疲れた顔をしているのが、タツヤは気になった。病気なのかと思うほど、アリオンの目は落ち窪み、げっそりとやつれている。これで、夢見るような、美しい瞳がなければ、重病人そのものだ。

 だが、無理もない。誰だって、あんな目に遭えば、おかしくもなるだろう。特に、繊細な神経を持つ音楽家なら、自分たちより何倍も、ショックが大きかったに違いない。見たところアリオンとカイは、本当に親友のようだ。

「さっきの操縦に関してだけど」タツヤは、固定シートから再び立ち上がった。「君たち二人には、改めてお礼を言うよ。君たちがいなかったら、僕らは全員、キララ号ごと地上に叩きつけられていたからね。さもなきゃ、空中で燃え尽きていたよ」

 二人は、照れ笑いをした。しかし、タツヤの隣にいるアキラは、何も言わず黙ったままだった。少々気まずくなったカイは、アキラに笑顔を向けた。

「で、君、アキラは、旅行に行くところだったのかい?」

 カイの何気ない問いかけに、アキラは意外だというような顔をした。

「どうして、おれが旅行に行くなんて思ったんだ?」

「いや、そのいでたちといい、大きなリュックといい…」

 カイは、アキラの思わぬ反応に驚いたのか、言い淀んだ。すると、アキラの目つきがとたんに鋭くなった。

「おれのリュックは、船底の貨物室に残っているはずだ。爆発の時、そこに置いたままだったからね。君たちはもう船底へ行ったのか?」

「ああ、実は、僕とアリオンは、君たちより少し早く目覚めたので、機械やコンピュータの損傷を確かめるため、下に降りたんだ。その時、君の荷物も見つけたよ。君の胸についているオリオン鷹の紋章と同じ印が、リュックにもついている。もちろんリュックの中は開けてないよ。ただ、あのタイプのリュックは、遠出の時に使うものだろ?」とカイ。

 アキラは少しの間沈黙した。どうやらカイとアリオンに対して、納得のいかない点があるらしい。タツヤには、アキラのそんな表情が見てとれた。気まずい空気が4人の間に流れ始めた。アキラがどう反応を示すのだろうと、タツヤは心配したが、アキラは一息つくと、突然、にやりと笑った。

「その通りだよ。よく見ているな。おれは、宇宙ステーションから、火星にいる親戚のところへ行く予定だったんだ。そのついでに、航空ショーを見ようと立ち寄ったら、この宇宙船にすっかり取り憑かれちゃってね。もう、航空ショーなんてどうでもよくなったのさ。それはたぶん、ここにいる皆も同じだろう?ショーが始まっても、この宇宙船に残っていたんだからね。このおチビさんたちは、どうなのかわからないが」

 そこで、タツヤがすかさず説明した。

「この子たちは、船長室で寝ていただけだよ。たぶん、空港の人ごみに疲れたんじゃないかな。あんまりよく寝ているんで、僕は起こさずにその場を離れたんだ。自分が船を出る際まだ寝ていたら、その時に起こせばいいやと思ってね」

 3人はなるほどと言わんばかりに、そろってうなずいた。タツヤは無邪気に眠っている双子を見て、あの時に起こしておけばよかったと、少しだけ後悔した。

「ところで、さっきの話に戻るけど、僕とアリオンでざっと船を調べた限り、圧縮空気も水も食料も、この人数なら三ヶ月は暮らせるくらい十分にあった。ただ、燃料はさっきのワープで使い果たしたせいか、あまり残ってない。それと、通信系統は損傷がひどく、船内での通信以外、全く使い物にならないようだ。それでも、宇宙船の対話型プログラムが一部回復したから、少しは役に立つかもしれない」

 カイの説明をじっと聞いていたアキラは、腕を固く組んだ。

「だけど、そもそも何が起きたんだ?あの時、出入口にいた君たちは何が起こったのか、少なくとも、船底にいたおれたちよりは知っているだろう?」

 アキラはまたしても、鋭い目をカイとアリオンに向けた。アキラほどではないが、タツヤもまた、絶対安全なはずの展示用宇宙船が、何故、爆発によって宇宙に放り出されたのか、事の始まりについては疑問を感じていた。

「僕も詳しく聞きたいな。まずはそこから話してくれないか?」

 カイはお茶の入ったカップをカウンターに置くと、語り出した。

「僕たち2人は、出入口付近にいたわけじゃないよ。この司令室で撮影をしていたんだ。そこへ突然、ものすごい爆音が連絡通路から響いてきたので、急いで出入口へ向うと、小さい割に強烈な炎の塊が、見えたんだ。そいつは、連絡通路の金属を溶かしながら、どんどんこっちへ迫ってくる。ものすごい熱だったよ。自動消火ビームも、ものともしない。あれはまるで、生きている炎のようだった。近づこうとすると、炎が僕らに噛みつこうと、飛び出してくるんだ。僕たちは、なすすべもなく、じりじりと船の側へ追い戻されていった。そうしているうちに警報が鳴り響き、熱に反応した防護扉が閉まり出した。そこへ、君たちが勢いよく駆け込んで来たんだ。僕らはえらく慌てたよ。まさか、僕ら以外に、人が残っていたなんて思ってもみなかったし、君たちは、そのまま火の中に飛び込むんじゃないかって勢いだったからね」

 カイの説明に、タツヤは興奮のあまり眉が吊り上がった。

「金属を溶かす火の塊って、それ、金属生命爆弾じゃないか。そんな危険なものが、どうして展示コーナーの連絡通路にあるんだ?誰かが仕かけたとしか考えられないね」

 タツヤは、武器や兵器については、多少詳しい。宇宙や軍事全般には昔から興味があり、誇れるだけの知識を持ち合わせている。

 金属生命爆弾は、その名のとおり、一万度もの高温で金属を食らう、生命体だ。別名、サラマンダー爆弾とも呼ばれ、小さいが非常に強力な武器として、恐れられている。アキラも金属生命爆弾を知っていたのか、同意するようにうなずいて言った。

「だとしたら、誰が何のために仕かけたんだろう。空港でテロでも起こすつもりだったのか?」

 タツヤは、受付の老婆の話を思い出した。

「そうだ、受付のお婆さんが言っていたよ。黒服を着た怪しい男が、このところ、うろついているって。そのうち、何かやらかすんじゃないかって、怪しんでいたな」

「やらかすなら、誘拐とか、そっちの方がありそうだな。だってテロなら、人のいない展示コーナーじゃなくて、満員の観覧席を狙うだろうからね」

 アリオンはそう言いながら、左腕にはめている銀色の腕時計をちらっと見やった。どうやらこれがアリオンの癖らしい。アリオンは、さっきから何度も腕時計を眺めている。

「黒服の男か」アキラは考え深そうに、手を顎にあてた。「確かにあいつら、相当怪しかったな。観覧フロアの廊下であいつらとぶつかった時、内ポケットにレーザー銃がちらりと見えたんだ。あれを持ったまま、厳重な空港警備の目をかいくぐり、うろつくなんて、関わりたくない連中だと思ったよ」

 それを聞いたタツヤは、観覧席通路での出来事を思い出した。

 アキラは身のこなしも素早かったが、それだけではなかったのだ。瞬時に、しっかり相手を観察して的確に判断する。黒服の男にぶつかったのは一瞬の出来事だったのに、アキラは内ポケットのレーザー銃を見落とさず、それを見たからこそ、黙って引き下がったのだろう。なんて鋭い観察と素早い行動なのだろう。タツヤは、アキラがただの旅行者とは思えなくなってきた。

「だけど、誰かを誘拐するのに、わざわざ目立つ黒服を着込んで、派手な金属生命爆弾を使うかな?」とタツヤ。

「皆の目を逸らすために、爆破したのかもしれないよ」とアリオン。

「目を逸らすにしては、やり過ぎだよ。宇宙船が落下するほど強力な爆弾を使うなんて、かえって警戒されるじゃないか。レーザー銃でちょっと穴でも開ければ、十分な騒ぎになるのに」タツヤはそこでふと、閃いた。「そうだ、対話型コンピュータが少しでも使えるなら、連絡通路や出入口が爆破された時の映像がないか、調べてみようよ」

「それはいい考えだな」

 アキラがにっこり笑った。薬が効いたのか、いつの間にかアキラは、すっきりした顔に戻っていた。

 4人は、さっそく司令室の大画面の前に集まった。何も映っていない大きな画面の周りを、色とりどりのランプとボタンが額縁のように取り囲んでいる。カイは迷うことなくコントロール・パネルの電源を入れ、出力を上げた。とても手慣れた操作だ。

「コンピュータ、応答してくれ」

 カイが画面に向って呼びかけると、すぐさま反応があった。

「はい、乗客の皆さま。おはようございます。私は、このキララ号の対話型コンピュータ、ケンゾーと申します。対話型コンピュータとは、この宇宙船を管理しているメイン・コンピュータの通訳みたいなものです。機械類の記録から判断しますと、キララ号の危機を救って頂いたようですね。宇宙船コンピュータの代表として、お礼を申し上げます」

 コンピュータに礼を言われた4人は、ちょっとたじろいだ。どうやらコンピュータは音声だけで、画像は出ないようだ。ただし、真黒かった画面は、操縦席から見える風景に切り替わった。遠くに、ぼんやりした小さな星々が、映し出されている。カイが続けた。

「当たり前さ。僕ら全員の命がかかっていたんだから、お礼はいらないよ。ところで聞きたいことがあるんだけど、この船があんな危機に陥った原因はなんだったの?映像があれば、それも見せて欲しい。いったい何が原因で連絡通路の爆発が起こったのか、ケンゾー、わかるだけ説明してくれ」

「それはちょっと難しいですね。この船の主電源が切られた際、メイン・コンピュータの作動がおかしくなりました。それでシステムを再起動させたのですが、それ以前の情報はほとんど残っていませんでした。しかも、衝撃のためか、船内の機能が一部停止しており、入口付近の記録映像なども、残っておりません。しかし、機械系の動作記録によると、爆発が起きたのは、まさに、空港に直結した連絡通路で、高温の金属生命体が確認されております。そのため、すぐさま通路側の防護扉が自動で閉じられ、連動してこの船のハッチも閉じられました。もう少しでその金属生命体がハッチも焼き尽くして、船内に浸入するところでした」

「じゃあ、宇宙船は、厳重な管理のもとで、当然ロックされていたはずなのに、どうしてエンジンが点火できたんだ?」とアキラ。

「それは簡単です。何らかの原因で宇宙船が空港から離脱し始めると、自動で電源が入り、ロックが解除されます。たった一週間だけの展示用宇宙船に、高価な反重力ビームを使うわけにはいきませんからね。それで宇宙空港安全部は、ビームの代わりに、安上がりな自動発進プログラムを組み込んでおいたのです。目的地は、暫定的に、東京宇宙ステーションとなっているはずです。ただし爆発の衝撃のためか、今回、自動発進プログラムは、正常に作動しませんでした」

 少年たちはそれぞれ、納得の言葉を口にした。確かに、自動発進プログラムは作動したのだろうが、決して正常ではなかった。

「では、燃料の金属水素が入っていたわけは?」今度はタツヤが聞いた。

「現役から引退し展示用になったとはいえ、この宇宙船は私同様、まだまだ実用可能な船です。展示のため空港へ乗り入れる際、操縦士がこの船を直接操縦しました。展示が終わったら、同じように、操縦士がこの船を然るべきステーションへ運ぶつもりだったのです。ですので、最低限の燃料は入っているはずだと思いますが、爆発の衝撃のためか、それ以前の記録がだいぶ吹き飛んでいるようですね」ケンゾーは少し間をおいて、またしゃべり出した。「ところで、乗客の皆さまの情報を入力したいのですが、よろしいでしょうか?その方がお互いに会話をしやすく、より快適な旅をお楽しみ頂けるのではないかと思います」

 ケンゾーの突拍子もない申し出に、少年たちは困惑した。

「それぞれの個人情報は、後でゆっくり伝えるよ。今はそんな場合じゃないからね」カイはぴしゃりと言った。「それより、もっと重要なことを聞きたい。まず、ここはいったいどこなんだい?」

 誰もが、この問いに対する答えを期待し、待ち焦がれた。4人は何も映っていない画面に身を乗り出した。

 しばらく沈黙が続いたあと、ケンゾーが申し訳なさそうに弁解した。

「わかりません。どうにもわかりません。どうしてわからないのかも、よくわからないのです。おそらく爆発のショックで、座標軸などの位置情報がほとんど吹き飛んでしまったものと思われます。星系マップも入力されていたはずなのですが、中身のデータが全く存在しません。星々の情報や星座等は、宇宙史の断片や過去の一時的な情報データから、いくつかはわかります。が、それらの星々がどこにあるのか、相互の位置関係がまるでわかりません。我々の故郷が、銀河系、太陽系の地球なのは、わかりますが、それがどこにあるのか、何も指し示せません。よって、キララ号が今どこにいるのか、お答えできないのです」

「そんな…」

 あまりの落胆ぶりに、誰一人、その後の言葉が続かなかった。星系マップのない宇宙船なんて、前代未聞だ。星系マップを持たない宇宙旅行者は、正真正銘の迷子であり、偶然通りかかった同胞や友好的な他星人に助けられる以外、生きてはいけない。その宇宙旅行者が、まさに自分たちだった。

 少なくともここが、銀河系内でないのは確実だ。何故なら、ワープで長距離をジャンプしたし、見覚えのある星座や天体が一つも見つからないからだ。そんな事実がわかったところで、たいして慰めにはならないが、何もわからないよりはいく分ましだろう。

「仕方がない。地道に情報を積み重ねていくしかないだろう。ではケンゾー、これから位置を確認する情報を集め、その分析をお願いするよ。なお、地球や月、我々の太陽系について何か情報をつかんだら、すぐ僕たちに報告を」

 カイは、たたみかけるように命令した。

「了解しました、乗客殿。努力致します」

「わあ、すごい。宇宙船が本当にしゃべっている」

 無邪気な声に、4人は驚いて振り向いた。小さな双子が目を覚ましたのだ。双子は目をパッチリと開け、きょとんとして4人の後ろに立っていた。

「おはよう、おチビさんたち。気分はどうかな?」

 アリオンが優しく声をかけた。

「おはよう、大きなお兄さんたち。僕はボル、そして隣にいるのが、弟のバルだよ。具合は悪くないけれど、僕らは船ごと迷子になっちゃったの?」

 コンピュータとのやり取りを聞いていたのか、双子はこの状況を理解している様子だ。

「問題ないさ。じきに、この宇宙船のコンピュータが情報を集めて、ここがどこで、どうやったら地球に帰れるか、答えを見つけてくれるから」

 タツヤの説明に、双子の兄弟はきょとんとした。

「ふうん、救助は来ないの?緊急用の位置情報発信装置も使えないんだ」

 小さな双子が、位置情報発信装置なんて難しい言葉を使ったのと、年上の自分たちが位置情報発信装置をすっかり忘れていた事実に、タツヤたちは驚いた。

 位置情報発信装置とは、どの宇宙船にも必ず装備されている、緊急用の発信装置だ。その宇宙船の位置を、地球や月などの基地局に伝える重要な機能を備え、遭難信号も兼ねている。

 通常の通信装置とは別に設置されるが、たいていは通信装置のアンテナとは正反対の箇所に取り付けられている。つまり、通信装置が壊れた場合でも使えるよう、頑強に作られ、衝撃から守られるよう工夫されている。平常時には、外壁の中に格納している宇宙船もあるくらいだ。当時の宇宙船には、設置が義務付けされていた。広い宇宙での遭難を想定した、いわば最後の救いでもある。

 アキラは、自分の額を思い切りピシャリと叩いた。

「しまった、おれとしたことがうっかり忘れていたよ。位置情報発信装置なんて便利なものがあったな。で、ケンゾー、どうなんだ?」

 タツヤたちは今度こそとばかり、期待を込めてケンゾーの答えを待った。

「乗客の皆さま、大変残念ですが、位置情報発信装置も使えないようです。全く反応しません」

 これには全員、心底がっかりした。小さな双子からも、かわいらしいため息が漏れた。

「緊急用の装置すら、使い物にならないなんて。全く、ひどいボロ船だ…」

 アキラは小さく舌打ちすると、恨めしそうにカウンターを拳で叩いた。タツヤは、何か言いたげなケンゾーの気配を感じたが、結局ケンゾーは何も言わなかった。

 文字通り、宇宙で迷子になった6人は、今さら焦っても仕方ないと、悟りにも近い結論に至った。そこで、ひとまずお茶を飲みながら、今後について話し合いを始めた。

 まずは、自己紹介からだ。一人ずつ画面の前に立って、自分のことを話し、それをケンゾーが個人情報としてコンピュータに入力していった。これは、ケンゾーとやり取りするためでもあるが、互いを知るのが、本当の目的だ。何と言っても、6人は、カイとアリオンは別として、互いに初対面の他人同士なのだから。

「それでは、お一人ずつ、名前からお願いします」

 ケンゾーが画面から呼びかけた。

「おれはキダ・アキラ。13歳。地球出身で、東京B-2地区にある、一般コースの学校に通っている。今回は火星にいる親戚のところへ遊びに行く予定だったけど、えらく遠回りの旅になりそうだ。スリルのある旅は嫌いじゃないけど、さすがに、さっきのは、きつかったな。おかげで寿命が少しばかり縮んだよ。趣味は機械いじりってとこかな」

 アキラはそれだけ言うと、さっさと引っ込んだ。代わりに双子が照れくさそうに前に出てきた。

「僕は、サトウ・ボル。七歳。ついこの間、ID専門学校の一年生になったばかりなんだ」

 4人の少年は思わず声を上げた。ID専門学校は、IQ200以上の、天才少年少女だけが入学を許される、特別なエリート校だ。双子が、位置情報発信装置のことを知っていたわけが、これで納得できた。

「僕は、サトウ・バル。七歳。兄のボルと同じくID専門学校に通っているんだ。僕たち二人が得意なのは、数学とパズル。それに料理も結構上手なんだよ」

 二人そろって、ニコニコしたまま頭を軽く下げた。

「見ての通り、僕と弟のバルは双子の兄弟だよ。二人とも、航空ショーに連れてこられたけれど、僕らは子どもっぽい航空ショーなんて、もともと興味がないし、退屈で仕方なかった。それより、本物の宇宙船だね。このキララ号は最高さ。だから、母さんたちの目を盗んで、キララ号にしのび込んだんだ。別に悪さをしていたわけじゃないよ。僕らは船長室で静かに遊んでいただけなんだけど、でも…」

 ボルは、船長室でうっかり眠ってしまったのを思い出したのだろう。後悔たっぷりの表情に変わった。

「船長室のベッドで、つい、眠り込んじゃったんだね」

 タツヤが軽やかに、話を続けた。

 そう言われたとたん、双子は、顔をまっ赤にしてうつむいた。赤子のように眠りこけていた姿を見られていたと知り、恥ずかしくなったのだろう。いくら天才的な頭脳を持ち、航空ショーを子どもっぽいと評していても、そんな反応は、いたって無邪気で子どもらしい。タツヤたちは、微笑んだ。

 双子が気まずそうに退場すると、カイ、アリオン、タツヤが後に続き、自己紹介を兼ねた情報の入力は終了した。終わったとたん、アキラは固定シートに腰かけたまま、大きく伸びをすると、大声でぼやきだした。

「でも、おかしな話だよな。非常用に設置されている位置情報発信装置まで、ぶっ壊れているなんて。位置情報発信装置は、多少の衝撃じゃ、びくともしない設計になっているはずだけど。それとも、あの衝撃は、多少じゃなかったって話かなあ。いや、でも、緊急発進もワープもできたし、こうして船体は安定しているのに」

 アキラの指摘は、いつも鋭い。アキラは、趣味が機械いじりと話していたように、機械やコンピュータには相当知識があるようだ。タツヤが見たところ、この6人の中では一番詳しいだろう。その点では、頼りになる少年だった。

 しかしその反面、アキラは感情を露わにしやすく、特に、カイとアリオンの二人に対しては、敵意とすら思える言動を示す場面がある。そのたびに、周囲をはらはらさせるが、同時に、大人びて達観している性質も見え隠れしている。ケンカになる一歩手前で、自分を押さえる術持ち合わせているようだった。

 そこへいくとカイはいつも冷静で、ちょっとやそっとでは動じない。成熟した大人のような安定した落ち着きがある。とりわけ、判断力はピカ一だ。その冷静さと判断力が、このキララ号を墜落からみごとに救ってくれたのだ。こんな心強い仲間がキララ号に乗り合わせていたのは、不幸中の幸いとでも言うべきだろう。

 船内コンピュータは、不完全ながら復活したものの、情報があまりにも少な過ぎるので、少年たちは話し合っても、結局、何一つ決められなかった。そこでケンゾーが、遠くの星明りを捕捉し、航行中のデータを取り込み、情報が集積されるまで、少年たちは気楽に待つことにした。

 キララ号は、燃料を大して使わない慣性飛行で、周囲の情報を収集しながら、宇宙の大海原をあてもなく流されていった。その間、コントロール・パネルの操作方法やキララ号の仕組みを、タツヤたちはケンゾーから教わった。

 宇宙船での生活は、思っていたより悪いものではなかった。突然、宇宙に飛び出したとはいえ、空気や水、食料など、最低限必要なものは、何でもそろっていたからだ。

 6人は、一日24時間の地球時間を採用した。それが一番体に合っていて、自然だったからだ。しかし、6人とも、生活習慣がそれぞれ異なっていたため、小さな約束事を一つ決めるのも、いちいち全員が話し合い、何かと時間がかかっていた。そのため、料理や清掃、司令室の当直など、全ての作業を当番制とし、公平に割り振るルールにした。

 食料は各元素から、たんぱく質やでんぷんを練り上げていき、最終的にはゴムのような肉質の塊、でんぷん質を多く含む何種類かの生地、野菜や果物の代わりとなるビタミンやミネラルのゼリーを作り出した。それを、形質変換機や調味料で少しずつ変化させ、様々な食品を生み出した。

 作り上げた食品は、例えば、少しべっとりしたパンやどこか物足りない白米、うま味の足りない肉、硬すぎるベーコン、ざらざらする野菜サラダなどだ。完成した食品の中で、まあまあ本物に近い味を出せたのは、うどんとスパゲッティくらいだろう。

 食品の作成も兼ねた料理には、特に、アリオンと双子が興味を示し、実際腕をふるった。3人はあれこれ知恵を絞り、当番のたびに工夫をこらした。その努力の結果、昼食のトマトスパゲッティは、匂いといい味といい、なかなかの一品に仕上がった。この時ばかりは、他の3人から、大げさと思えるくらいの拍手喝さいを浴びた。

 その上アリオンたちは、食料庫の一番奥に凍結された植物の種を発見し、人工栽培器で発芽させ、急速栽培する偉業を成し遂げた。数日後、本物のにんじんやレタス、きゅうりやイチゴ等が食卓に並んだ。すると、それまでは野菜が苦手だったアキラでさえ、よく食べるようになった。

 それに比べ、アキラやカイが当番の時は、食べる前から、全員が食欲を失くしていた。機械の調整や修理には器用な二人だが、料理に関しては全く不器用だった。二人の作った料理は、お世辞にもうまいとは言えず、毎度、粘度細工を噛みしめているような気分に苛まれた。当の本人たちも、わかってはいたが、どう味付けしても良くはならず、すまなさそうに、食べ残しを片づけるだけだった。

 これは、栄養摂取ではあるが、食事とは言えない。アリオンは、遠慮がちに、そう評した。人間には、向き不向きがあるのを、6人は食事当番で思い知らされた。

 浴室には、水を節約する適温の水蒸気シャワーが備えられていた。水は、保存水とは別に、燃料を使って発生させる方法もある。船内には、呼吸で出た蒸気や尿や汗の水分も吸収できる機能さえ、備わっていた。密閉された船内であれば、水の再利用は可能だが、多少燃料が必要となるため、保存水の状況を見ながらこの機能を使う方針にした。

 船員用の休憩室には、結構な規模の運動器具が設置してある。乗組員が運動不足にならないよう、健康にも配慮されていたようだ。

 それぞれの部屋は機能的に配置されているのに、医務室だけが特殊だった。医務室は、中二階の船長室の隣に、ドア一つで行き来できるようになっている。何故そこにわざわざ設置しているのか、理由は謎だ。船長は医者で、船長と医師を兼務していたのではないかと誰かが言ったが、定かではない。

 互いのこと、宇宙船のことを理解するにつれ、少年たちには少しずつ余裕と信頼が生まれてきた。宇宙空間を彷徨っているのは否定できない現実だが、毎度の食事や睡眠、決まった作業、繰り返される日常に、なじみさえ感じるようになってきた。

 余裕を取り戻してくると、少年たちの中に、従来の遊び心や好奇心が芽生えてきた。全員が、まだ遊び盛りの年齢だ。

 重力発生装置を操作して無重力状態を作り出し、宇宙遊泳を楽しんだ。ある区域だけ重力場の発生を切り、部屋を真っ暗にして、3人ずつ交代で、自由気ままに空中を泳ぎ廻るのだ。これには、全員が思う存分はしゃいでストレスを発散した。しかし宇宙遊泳を楽しんだ後は、決まって誰もが、痣やたんこぶを作っていた。

 一方では、決して警戒も怠らなかった。

 不測の事態を避けるため、昼夜を問わず、誰かが、操縦室か司令室にいるような体制を組んだ。本来なら、ケンゾーに宇宙船コンピュータを制御させ、宇宙船そのものの管理をケンゾーに任せたいところだ。だが、誰もが、コンピュータとして不完全なケンゾーに、若干不安を感じていた。そこで念のため、見張りの当番ができたのだ。

 ボルとバルの二人はまだ小さいので、二人一緒に、昼間の短い時間だけ、司令室当番を割り当てられた。

 しかしそうは決めたものの、深夜の時間帯以外は、誰かれとなく司令室に集まっては、雑談やゲームに興じていた。そのため、誰が見張り当番なのか、わからない場合がほとんどだった。

 乗組員用の部屋は、二段ベッドが設置された8人部屋が4部屋あった。船員室は、カイとアリオン、双子の兄弟、アキラ、タツヤで一部屋ずつ割り当てられた。

 深夜の時間帯は、4人の少年たちが一人ずつ交代で司令室に残り、残った3人は、寂しがる双子と共に、同じ船員室で睡眠をとるのがほとんどだった。結局、4部屋あった船員室は、双子の使っていた船員室以外、使われない状況になっていた。

 ケンゾーは、問題なく宇宙船を管理していた。それがわかってくると、夜間の見張り当番は、司令室のソファでうたた寝をしている時間が増えてきた。

「見張り役は、私に任せて頂けませんか?」

 ケンゾーの一言で、少年たちは苦痛だった見張り当番から、あっさり解放された。こうして、キララ号の運行や船内管理全般が、無事ケンゾーに引き渡された。

 見張り番がなくなり、ますます余裕が増えた少年たちは、活き活きとした。

 6人はこの1週間で、それぞれの性格や好み、得意な分野が少しずつわかってきた。すると、カイがある提案をした。

「どうだろう。それぞれ得意な分野もわかってきたし、それを中心に、だいたいの役割を決めてもいい頃じゃないかな」

 この提案には全員が喜んで賛成した。本当のところ、カイは苦手な食事当番から解放されたかったのだが、他のメンバーもまた、似たり寄ったりの状況だった。誰もが、自分の不得意分野から解放されたいのだ。

「じゃあ、まず立候補はどうかな。自分の得意分野をみんなに宣伝するだけでもいいし」

 カイが鼻歌でも歌うように軽く促すと、アリオンが一番先に名乗りを上げた。

「私は機械や運動が苦手だから、食料担当がいいな。肉質の塊やパン生地などの基本食材を、たくさん作り置きしておくよ。それに、余裕がある時は、食事を多めに作って冷凍保存しておけばいい。料理のストックがあれば、食事当番の人もかなり楽になると思うよ。それに、まがりなりにも音楽家だから、芸術担当も兼ねてやりたいし」

 すぐに双子がそろって手を挙げた。

「食料担当には、僕たち双子もぜひ入れてください。3人いれば、いろんな食材をそろえられるし、作り置きもたくさんできるよ。それとアリオンは、ついでに時間管理担当も兼ねたらいいと思うな」とボル。

「時間管理担当?」

 アリオンだけでなく、誰もが一瞬、戸惑った。

「うん、だってしょっちゅう腕時計ばかり見ているから」

 バルの指摘に、アリオンはさっと頬を赤らめた。それからしぶしぶ左手を挙げて、美しい腕時計を皆に見せた。デザインは少々古臭いものの、全体が鈍い銀色の金属で装飾され、不思議な輝きを放っている。そして時折、光る砂のようなものが、文字盤の表面をさっと横切って、また別の輝きを放っていた。

「この腕時計は、病気の父から譲り受けたものだよ。月砂の波が入っているんだ。旅芸人のスケジュールはとっても厳しいから、しょっちゅう時計を見る癖がついちゃってね。時計はとっくに壊れているし、宇宙では時計なんて意味ないのに、つけていると妙に安心するんだよね」

 アリオンはまだ、頬のあたりに赤味が残っていた。自分より6つも小さい子どもにからかわれ、さすがに困惑したようだ。

 結局、アリオンと双子の3人は、食料、水、圧縮空気、気温気圧を主に管理する食料管理・生命維持班になった。更にアリオンはスケジュール管理担当、芸術余暇担当を兼務し、双子は、各部屋の管理も併せて担当する。

 キララ号には、何に使うのかわからない小部屋がいくつかあった。それらを調査するという名目で、部屋の探検という遊びを、小さな双子にそっと提供したのだ。

「僕は何だろう。これといった特技はないなあ」タツヤは、悩ましげに腕を組んだ。「しいて言えば、武器や兵器にちょっと詳しいから、武器兵器担当かな。でも、これじゃあ、永久に出番がないかもね。まあ、出番のない方が、平和でいいには違いないけど」

「いや、この先何が起こるのか、わからないぞ」アキラは、タツヤを脅かす素振りをしてみせた。「ぶっそうな話だが、武器兵器担当だって、そのうち活躍する時がやって来るかもしれない。だから、いざという時にすぐ使えるよう、この船の防衛能力や攻撃能力を確認しておく必要がある。それに、武器のメンテナンスも併せると、仕事は結構たっぷりあるさ。で、おれは機械類担当ってところかな。ここでメカに強そうなのは、おれとカイだけのようだし」とアキラ。

「僕は、君ほど機械に強くないよ。むしろ、システム系の方が強いかな。だけどアキラの補助として、僕もメカ担当に加えさせてもらうよ」

 すると、控えめなカイに、アリオンが小さくこづいた。

「それより君は、なんといっても、この船唯一の操縦士だからね。大切にしないと」アリオンは笑いながらカイの肩を叩いた。「キララ号は操縦士がいなければ、一センチだって動かないんだから」

「君だって副操縦士として十分活躍したじゃないか。一人じゃどうにもならなかったよ」ここでカイは、何かを閃いた。「そうだ、操縦の仕方を皆にも少しずつ覚えてもらうよ。もし、僕に何かあっても、キララ号を動かせるようにね」

 それを聞いて一番喜んだのはタツヤだった。宇宙船を操縦する夢が、思いがけず早く叶いそうだ。異常な状況ではあるものの、こんなに早く訪れたチャンスを逃がす手はない。タツヤは、自ら副操縦士に立候補した。それが認められ、タツヤは、武器兵器担当以外に、アリオンと共に操縦補助となり、それに関連して、機械担当の補助も兼ねる流れになった。

 機械担当は、アキラを中心に、補助がカイとタツヤで、それぞれが得意な分野を担当する。アキラは主に、動力・推進システム、コンピュータ関連を、カイは安全運行管理と燃料管理、それに通信システムを、タツヤは、防衛システム全般と、キララ号に装備されている機材や降下艇の管理を分担した。

 操縦はもちろん、カイが中心だ。

 各担当が決まったところで、タツヤはある案をぶつけてみた。

「ところで僕も、一つ提案があるんだ。そろそろリーダーを決めた方がよくないかな?些細なことを決めるのにも、いちいち全員で話し合うのは、時間がかかり過ぎだよ。今みたいに、何もない時はそれで問題ないけれど、いつ緊急事態が起こるかわからないだろう?その時になって、全員があたふたするのは、目に見えているじゃないか。だから、こういう平和な時に予めリーダーを決めておいた方がいいと思うけど、どうだろう?」

 タツヤは、全員の反応を待っていた。アリオンが一番先にうなずいた。

「いいね、大賛成。実は、私もリーダーが必要だと思っていたよ」

「僕らも賛成です。今までのやり方じゃ、無駄が多過ぎるなって、ずっと思っていたし」

 ボルがそう言うと、アリオンがにっこり笑った。

「だけど、どうやって決める?」

「推薦はどうでしょう?立候補はもちろんですが」今度はバルが提案した。

「僕は、ぜひカイにやってもらいたいけど、どうだろう?」

 タツヤが思い切って、意見を出してみた。

「異議なし」とアリオン。「ピッタリだと思うよ」

「僕も賛成」とボル。

「同じく賛成。ぜひリーダーになってよ、カイ」とバル。

 みんなの期待が一気に向けられたカイは、心なしか顔を曇らせた。すると、その横からアキラが口を挟んだ。

「おれは、そもそもリーダーを決めるの自体、反対だな。だってリーダーに自分たちの生死を委ねるほど、おれたちは、まだお互いを知っちゃいないだろう?」

 アキラは、きっぱりと拒否した。

 アキラが反対するとは思っていなかったので、タツヤは少し戸惑ったが、簡単に引き下がる気はなかった。

「アキラの話も、もっともだ。僕らは知り合ってまだ1週間だからね。みんながみんな、自分の全てを話しているわけではないし、お互い、よくわからない部分もある。とはいえ、つい忘れそうになるけど、僕らは今、非常事態のまっただ中にいるんだよ。どこかもわからない外宇宙を彷徨っているんだ。この非常事態には、やはりリーダーが必要だと思う。無事に地球や月へ戻るのが、僕ら全員の目標だから、そのためには、誰かを中心に、みんなで協力し合う体制が必要なんじゃないかって」熱く語っていたタツヤは、ここでふっと気を抜いた。「だけど、リーダーは決して支配者じゃないからね。だから、例えば、緊急な判断が必要な場合を除いて、重要な問題は多数決で決めたらどうだろうか」

「多数決だと6人いるから、意見が真っ二つに割れた場合、決着がつかないよ」とアリオン。

「うん、だから、リーダーに二票分の権利を与えるとか、調整したらどうだろう」

 アリオンと双子が、なるほどと声を上げた。

 タツヤの熱の入った説得に、アキラは少しの間考え込んでいたが、ぱっと顔を上げた。

「おれはやっぱり反対だな。それだと、多数決になっても、リーダーになった奴の意見が強いわけだし」

 するといつもは優しげなアリオンの目が、吊り上がった。

「それじゃあ、話が前に進まないよ。こういうやり取りに時間がかかるから、リーダーが必要なんじゃないか。だったら、リーダーを選ぶかどうかを、まず多数決で決めようよ」

 アキラは何も答えず、その代わりに、すごい目でアリオンを睨み返した。

「いいんじゃないかな。それが公平だ」とカイ。

 アキラは渋々、そして他の少年たちも賛成した。

「リーダーを選ぶ方に賛成の者は?」

 4人が手を挙げた。手を挙げていないのはアキラと、それから驚いたことにカイだった。

「どっちとも言えないから、僕は棄権するよ」

 カイが賛成しなかったのは意外だったが、それでも4対2の多数で、リーダーを選ぶ方針に決まった。

「これで決まったね。それで、誰をリーダーに?」

 答えはわかりきっていたが、アリオンは余裕の笑顔で皆に投げかけた。

「多数決を取るまでもなく、もうみんなの意見は固まっているよ。カイ、君がやれよ。君はリーダーに向いているよ」タツヤが全員を見渡した。「カイがリーダーでいいよね」

 アリオン、ボル、バルそしてタツヤが賛成と叫んで、にこにこしながら手を挙げた。

 少し間をおいて、カイが渋々答えた。

「わかったよ。キララ号の班長みたいなもんだね。でも、こんな風に何事もなく平和な時は、リーダーは不要だ。リーダーは、あくまでも、まとめ役が必要な時と緊急で判断が必要な時のみだよ。それでよければ、リーダー役を引き受ける」

 カイがそう言っている最中に、アキラは黙って司令室から出て行った。カイはちらりと、アキラの後姿を目で追ったが、声はかけなかった。アリオンたちは、リーダーとなったカイを取り囲み、からかうようにはやしたてた。

 一息ついた後、タツヤはアキラを追って、船底に降りて行った。アキラは貨物室の隅にある小さな船窓から、独り宇宙を眺めていた。タツヤの姿が窓ガラスに映り込んでいたのだろう。アキラは、すっと顔を上げた。

「タツヤ、君が、リーダーを選ぼうなんて言い出すとは、思わなかったよ」

「そうかい?でもこんな非常事態に、バラバラになるのは最も危険だと思うよ」

 タツヤは、アキラの隣に並んで窓の外を見た。真っ暗で何も見えない。

「君は、あの二人をどう思う?」アキラがふいに尋ねた。

「二人って、カイとアリオンのこと?まだよくわからないところがあるけれど、キララ号が墜落しかけた時、二人はとっさに操縦室に駆け込んで僕ら全員を救ってくれたからね。あの時のカイの判断は、的確だったと思うよ」

 タツヤには、諦めにも近いアキラのため息が、聞こえたような気がした。

「そうだよな。あの時カイたちがいなかったら、キララ号は間違いなく墜落して、おれたちは全員死んでいた。おれの考え過ぎなのかもしれない」

 アキラは窓の外を見つめたまま、つぶやいた。

 結局、リーダーはカイに決定し、出身惑星も、年齢も、性格も異なるメンバーを引っ張っていく役目になった。そしてタツヤの提案どおり、重要な事項については多数決で決める方針となり、その際、リーダーのカイには、二人分の票が与えられる。アキラは無言のまま、しかし、これらを認めざるを得なかった。

 次の日、早速リーダー・カイの提案で、朝から全員総出の作業にあたった。圧縮空気や燃料などの状態、隕石や敵から身を守るシールドの動作、主力エンジンや補助エンジンの調子をはじめ、ハッチの開閉、エアロックの状態、宇宙服のチェック、各システムの連携、メイン・コンピュータとケンゾーの連携など、およそ必要なものの在庫や状態、船の機能を徹底して調べ上げた。その結果を、メイン・コンピュータやケンゾーの報告と照らし合わせる作業を行った。

 不完全な船内コンピュータ、ケンゾーに、見張り当番だけでなく、船の管理を丸々任せられるのか。それを、確かめるには、最後はどうしても人間の目が必要になってくる。

 散々調べても、不具合や欠陥などの問題は見つからない。それなら、ケンゾーに直接、キララ号の管理全般を任せようと、全員の意見が一致した。つまり、メイン・コンピュータの通訳にすぎなかったケンゾーが、メイン・コンピュータの管理者に昇格したのだ。むしろ、キララ号の実質的な総管理者と言っていいだろう。

 今までは、ケンゾーの示すデータに疑問を感じる場合には、その都度、アキラやカイが、いちいち機関室まで降りて、直接機械の動作記録をチェックしていた。が、今後はケンゾーを全面的に信頼し、わざわざ機関室へ赴く必要がなくなった。

 これで、キララ号については、ケンゾーとだけやり取りすれば、全てが完結する。

 少年たちはまた一つ、手間のかかる作業から解放された。それ以上に、もやもやした不安が一つ解決し、より身軽になった。全員、優秀で、年齢の割には落ち着いているが、やはり未成年なのだ。

 未成年の子どもたちが、どこともわからない宇宙空間のまっただ中を漂っている。こんな、あり得ない状況に、コンピュータとはいえ、ケンゾーと言う、頼りになる大人の助言者が常に傍にいてくれる。その心強さは、何物にも代えがたい。

 おまけに、時間と労力をかけた照合作業のおかげで、宇宙船についての見識がより一層深まった。

 結果として、動力・推進システム、生命維持システム、安全飛行管理システム、防衛システム全てにおいて、大きな異常や損傷はなく、どれもが正常だった。つまり、キララ号の核となる機能は、通信システム以外は、問題がない。

 ただ、通信システムだけは使い物にならず、遠距離通信は未だに使用不可能だ。それでも、船内通信や至近距離での通信には、問題ないので、当面不自由することはなさそうだ。

 キララ号の基本的な機能に問題がないのに、連絡通路爆発の記録欠落やキララ号の暴走・ワープの理由、そして位置情報発信装置や星系マップの欠落などは、全く不可解としか言いようがない。

「うーん、水も空気も十分過ぎるほど積み込まれているな。展示用の宇宙船なのに、どうしてこんなにあるんだろう。展示の後、どこかへ旅立つ予定でもあったのかな。全く不思議だ」タツヤは、在庫一覧を大画面に表示して、一人唸った。

 すると、横からアキラがひょいと覗いて言った。

「その割に、燃料だけが少ないな。もっとも、ワープした際に使い果たしたのかもしれないけど。ケンゾー、この燃料で、あとどれくらい飛べるんだ?」

「どれくらいとは、距離についてですか?それとも、時間ですか?距離にいたしますと、通常飛行で、あと30光年がせいぜいですね」

 澄ましたようなケンゾーの声に、アキラは、わざととぼけやがってと、小声で悪態をついた。確かな証拠があるわけではないが、どうもアキラとケンゾーは相性がよくないらしい。二人のとげとげしい会話を、タツヤは何度となく耳にしていた。

 タツヤたちの背後では、カイが、特殊高圧タンクに入った金属水素の残量表示を、再度パネルで確認していた。ケンゾーの話が耳に入ると、カイは顔をしかめてぼやいた。

「ああ、確かに、ケンゾーの言う通りだ。通常飛行であと30光年分くらいしか、残っていない。ここがどこかわからない以上、これでは少ないな。30光年以内に地球があるとは考えられないし、これじゃあ、ワープだってままならない」

 カイの声を拾ったタツヤが振り返って聞いた。

「30光年って、よくわからないな。例えば、地球からどのくらいの距離なんだい?」

 カイは、少し考えてから答えた。

「うーん、みんなが知っているような星がなかなか思い出せない。例えば、10光年なら、だいたいだけど、シリウスやプロキオンが当てはまる。だよね、ケンゾー?」

「申し訳ありません。星系マップがないため、お答えしかねます。現在、順次データを取り込み、新たな星系マップを独自に作成中です」

 心なしか、いつものケンゾーの声よりも、いく分冷たく聞こえた。

「ああ、そうだった。こちらこそ、すまない。今の質問は取り消すよ」

 カイとケンゾーのやり取りを聞いたアキラが、小声で毒づいた。

「コンピュータも、一丁前に、傷つくんだな」

 アキラの声は、当然ケンゾーにも聞こえているはずだが、ケンゾーは何も反応せず、あえて無視した様子だ。

 一方、タツヤは別の点で驚いていた。

「シリウスなんて、地球のすぐご近所じゃないか。つまり、シリウスへ3回航行できる分の燃料しか残っていないってわけだね」

 ケンゾーがすぐに説明を補足した。

「しかも、ワープ機能を使うと、距離や空間の歪み状態にもよりますが、約20光年から25光年ほど、通常航行した場合の燃料を消費します」

「ワープは、しっかり目標が定まった最後の最後に、使うしかないな。ケンゾー、それで位置情報についての収穫はあったかい?ゆっくり進んできた間に、遠くに見える星雲や星座、ガスの分布状況から、何かつかめたかな?情報を更新してくれ」

 カイの明朗な声が司令室に響き渡った。

「いいえ、まだ無理です。情報があまりに少な過ぎます。特にこの一帯は星間物質が濃厚なので、遠くの光をうまく捉えられません。おや?ちょっとお待ちください。何かを発見しました。そう遠くないところには恒星、すなわち太陽があります。そして、その手前には、恒星を廻る小型の惑星を確認しました。ここから約10光年先です」

 一時は、誰もいないのかと思うほど、司令室はしいんと静まり返った。

「なんだって?近くに惑星があるのか?」

 それから急に、全員が色めきたった。少年たちは仕事の手を止めて、ばたばたと司令室の大画面前に集まった。

「どんな惑星なの?空気はある?人は住んでいるの?」

 ボルとバルが身を乗り出し、まだ何も映っていない大画面に向って、矢つぎ早に質問した。

 しかし、ここから惑星までは、まだかなり距離があるため、鮮明な映像を捉えるのは難しい。ケンゾーは、ぼやけて曖昧な画像を出した後に、入手できた惑星の情報と、それを元に描いた概略図を大画面に映し出した。

「大気はかなり薄いようですが、存在します。成分は不明。熱がほとんど感じられません。凍りついてはいませんが、低温惑星のようです。生命体が存在するのかどうかも不明。要するに、行ってみないと詳細はわかりません」

 たったそれだけで十分だった。熱い沈黙の時間がしばし訪れた。タツヤたちは、それぞれが勝手な想像を膨らませ、早くも心躍る気分になっていた。ここの生活に慣れてきた6人は、早くも新しい刺激を待ちわびるようになっていたのだ。

 ただ、カイだけは、新たな冒険よりも、もっと別のことを真剣に考えていた。

「みんな、どうする?僕としては、燃料や地球の痕跡がないか、調べてみる価値はあると思うけど」

 カイは、全員の気持ちを察していたものの、今一度確かめようと、意見をあおいだ。

「無条件に賛成!」

 ボルとバルは早くも両足をばたつかせ、そわそわと体を動かしていた。

「僕も行くのに賛成。このまま意味なく漂流していても、しょうがないし」と、双子同様、嬉しい気分を隠せないタツヤ。

「右に同じく」アリオンが続いて賛成を表明した。

「そうだな。おれたちは今のところ進むべき方角もわからないし、他に星も見あたらない。行けば、手がかりになるものが見つかるかもしれない。可能性に賭けてみるか」

 アキラは、もったいぶりながらも賛成した。

 今回は、揉め事も起こらず、すんなりと全員の意見が一致できた。

 こうして6人を乗せた宇宙船キララ号は、10光年先にある未知の惑星へ向って、舵を取った。


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