表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/18

第16章 新しい王の誕生

「アズミ指揮官?」

 突然現れたアズミは、地球正義軍の青い征服ではなく、月の民族衣装を着ていた。

 タツヤたちは嬉しさのあまり、誰ともなく自然に駆け寄っていった。しかし、廊下にいる護衛兵の手前、ツクヨミだけはためらった。正式に月と交流のない地球の軍高官が、月王国の王子と仲が良いと思われるのは、立場上はばかられる。

 それを察したアズミは、先に口を開いた。

「ご心配は無用。今は、このとおり、休暇をとって来ている一般人です」アズミは、白い民族衣装を披露して、おどけてみせた。「実は、銀王生誕祭にも、正式に招待をいただいておりました。光栄ながら、過去に、銀王陛下に拝謁する機会を頂き、それ以来のご縁です。細々とした所用が重なり、その上、久々なので道迷いしたおかげで、式典にはすっかり遅れてしまいましたが」

 アズミは、キララ号が小惑星帯を離れた後どうなったのか、詳しく知りたがっていたので、カイが、その後の出来事をアズミに話してきかせた。アズミは途中でうなったり、うなずいたり、深刻そうな顔をしていたものの、話の最後には笑顔を向けた。

「私が予想していた以上に、困難な事態だったようですね。それでもあなた方は、みごとにその困難を打開して、月を平和な星へと導いた。何より、全員そろって無事なのが、私にとっては嬉しいし、正直ほっとしている。それから皆さんに心配をかけた、私の息子、ボルとバルも無事、母親のもとに帰り落ち着きましたよ。もっとも、帰ったとたん、丸一日眠りっぱなしでしたが」

 ボルとバルの話になると、タツヤたちは懐かしそうに目を潤ませた。一ヶ月にも渡る冒険を通して、双子は、みんなの小さな弟のような存在になっていた。

「よかった。ずっと気になっていたんです。僕らのせいで、あなたの大切な子どもたちを危険にさらしてしまい、本当に申し訳ないと。そして、時間を大きく狂わせてしまった件でも…」

 そう言いながらカイが突然、言葉を詰まらせ、何かを決心したようにタツヤたちの方へくるりと向き直った。カイの奇妙な態度に、タツヤは面食らったが、カイは改まった態度を崩さず、言葉を続けた。

「ボルとバルにも申し訳なく思っているけど、タツヤとアキラにもきちんと謝らなければならない。あの日キララ号に乗ってさえいなければ、今頃君たちは普通の人生を送っていたのに、僕らがそれを大きく変えてしまったんだからね」

 歯切れの悪い言葉が一つ一つ、カイの口から絞り出される。いつものカイらしくない。

 タツヤには、カイが何故そんなに謝っているのか、よくわからなかった。確かに危険な目には遭ったが、それ以上の何かを得た一ヶ月間だと、自分なりにはとても満足していたからだ。

「どうして、そんな風に謝るの?確かに大変だったけど、僕は、結構楽しかったよ。あれはあれでスリルがあったし、おかげで宇宙船の操縦も覚えられたし。こうしてまた元どおりになったんだから、そんなに謝る必要はないんじゃないの?」

「元どおり…」

 カイは、ますます眉間に皺を寄せた。心なしか、ツクヨミやアズミも目を伏せがちだ。

 一人能天気なタツヤに、アキラが突然吹き出した。

「君はあんなに策略が得意なのに、意外なところが鈍いんだな。カイが言いたいのは、そういうことじゃないよ。つまり、おれたちにとってはたった一ヶ月の冒険だったけど、月や地球では、十年もの年月が過ぎてしまったって話さ」

 タツヤは、今さらながら目を丸くした。今度は、ツクヨミとカイが完全にうつむいてしまった。

「そうか、地球にいたら、僕は今頃、23歳の青年になっていたんだね。へえ、立派な大人じゃないか。待てよ、そうすると友だちやクラスのみんなは…」

 タツヤは、突然がっくりと肩を落とした。今更ながら恐ろしい事実に気づいてしまったのだ。いざ地球に帰ったら、十年遅れの自分は、もう一ヶ月前の生活には戻れない。一、二年の遅れなら、努力次第で取り戻せるだろうが、十年ともなると、もはや致命的だ。それは、努力次第でどうにかなるものでもない。修復不可能な年月だ。

 一緒に学んだクラスメートたちは、既に教育機関を卒業し、それぞれ仕事についている頃だ。下手をすると、結婚している者もいるかもしれない。同窓会が開かれても、おかしくない年齢だ。タツヤとともに法律学校に通うはずだった仲間も、おそらく今頃は法律事務所などで、バリバリ働いているだろう。

 つまり、タツヤは、今までとは全く違う環境で、一からやり直さなければならないのだ。それも、たったひとりで。時間が大きくずれている件は、もちろんタツヤの耳にも入っていたが、そこに自分の人生が大きく関わっているとは、考えてもみなかった。

 アキラやマナミ、椎間公爵からは、同情とも、諦めともとれる、小さなため息が漏れた。

「今頃気づくなんて、ほんとに鈍い人ね。でもあなた自身が年をとったわけじゃないのだから、そんなに気に病むことないわよ」マナミが慰めにもならない言葉をかけた。

 タツヤは頭の中が混乱し、こんな重大な点にまるで気がつかなかった自分に、腹が立った。この一ヶ月の間、普通ではない事態が立て続けに起こっていたので、自分自身については、何一つ考えてもみなかったのだ。

「アキラ、君は気がついていたの?」

「うん、うすうすはね。最初に気づいたのは、奇岩諸島でアズミ指揮官と対面した時さ。ほら、航空ショーの電子ポスターにアズミ大佐が写っていただろう?あれと比べて、ずい分年をとっているなと感じたんだ。アズミ指揮官も、おれたちを連れて地球へ帰る途中に、この件をゆっくり説明しようと思っていたんでしょう?でも、おれたちがキララ号に乗り込んだので、結局は実現できなかったけど」

 アキラの問いかけに、アズミはそのとおりと言わんばかりに首を縦に振った。アキラは、やれやれ顔でタツヤに言った。

「それに、弟のツクヨノ王子が兄王子よりずっと年上に見えるなんて、とても一年や二年の差ではすまないと思ったよ。だから、おれは密かに覚悟していたんだ」

 どうやら気づいていなかったのは、タツヤ一人だけのようだ。それもまた余計に腹立たしかった。すっかり気落ちしてしまったタツヤに、ツクヨミは歩み寄った。

「そこが、今回一番申し訳なく思っている点なんだ。人生を大きく狂わせてしまったんだからね」ツクヨミは、椎間公爵に目配せした。「だけど、一ヶ月間共に旅をして、君たちが本当に友だち思いで信頼できて、何より優秀なのがよくわかったよ。そこで一つ提案なんだけど、月の王立宇宙専門学校に、私たちと一緒に入学してくれないだろうか。ぜひ私たちの学友になって欲しい。もちろん、住まいや必要なものは全てこちらで用意するよ。その身一つで来てくれるだけでいい。君たちさえよければ、失われた十年間を共に取り戻さないか」

 突然の思いがけない申し出に、タツヤとアキラは感激のあまり言葉が出なかった。二人のわかりやすい反応に、椎間(しいま)公爵は微笑んだ。

「ツクヨミ王子から、君たちについては嫌というほど聞かされたが、入学には申し分ないよ。入学試験より何倍も厳しい実際の経験で、十分合格だ。むしろ君たちのような、優秀な子どもたちに学んで欲しいと思っている。月王立宇宙専門学校の理事である私からも、お願いするよ。ぜひわが校に入学してくれないか」

 タツヤもアキラも、この突然の申し出には目を輝かせた。

 特にタツヤは、天にも昇る気持ちだった。月の王立宇宙専門学校は、銀河系でもトップクラスの宇宙専門校だ。歴代の有名な宇宙飛行士を、数多く輩出している。銀河連邦の各惑星からも入学志願者が殺到するが、非常に難易度が高く、独特な入学試験に合格するのは、毎年ほんの一握りの者だけだ。

「信じられないや。僕は、宇宙専門校に入るのが夢だったんだ。それだけだって十分嬉しいのに、王子やカイたちと一緒に学べるなんて、こんな最高な結末は…」と言いかけたタツヤは、喜びもつかの間、一転して暗い表情になった。「ああ、でも、ダメだ。肝心な点を忘れていたよ。父が、父は絶対許してくれない」タツヤが憂うつそうに、うつむいた。

「それはどうだろう」

 アズミは出入口の方を振り返ると、わざとらしく天井を仰ぎ見ながら、独り言のようにつぶやいた。

 すると、アズミの背後の廊下から、白髪頭で背の高い男が唐突に姿を現した。タツヤは一瞬誰なのかわからず、口をポカンと開けていたが、次の瞬間、言葉が口をついて出た。

「父さん…」

 タツヤの声が、大理石の廊下に響き渡った。

 タツノシンは、近寄りがたい風貌こそ変わらないが、頭は白髪でまっ白に変わり、着古した衣装のように、全身がやつれていた。

 無理もないだろう。愛する妻と娘を亡くした上、たった一人残った息子までもが、十年間行方不明になっていたのだから。その十年分の心配と苦悩が、父親の顔と体に刻み込まれているのだ。

 タツヤは、込み上げてくる感情で胸がいっぱいになり、次の言葉がなかなか出てこなかった。

「父さん、父さん、父さん!」

 タツヤはやっとそう叫ぶと、父親のもとに走り寄った。

 タツノシンは、一瞬がく然とした表情を見せたものの、何一つ言葉にできないまま、十年ぶりに、十年前と変わらない小さな息子を抱きとめた。無言の時間のうちに、熱い思いがそれぞれに伝わった。

「無事だった、生きていた、よかった…」

 タツノシンは、言葉を詰まらせたが、やがて重々しい口調でしゃべり出した。

「おまえを失った十年は、私の人生もまた失われた十年だった。この宇宙のどこかで無事に生きていると、ずっと信じていたし、信じていたかった。旧友アズミから連絡を受けた時には、生まれて初めて、神に感謝した。神がいようが、いまいが、どうでもよかった。ただひたすら、何かに感謝したかった。しかし、発見後、そのまま、月へ行かせたと聞いた時には、心底アズミを殴り倒したいと思ったよ。理由を聞いて理解はしたが、到底許せなかった。こうして、おまえの元気な姿を確認できるまでは…」

 タツヤは父に何か言いたかったが、喉に何か熱いものが詰まって、何一つ言葉にならなかった。その代わり、父親のごつごつした手を握った。タツノシンの口の端からは、めったに見られない自然な笑みがこぼれていた。

「その上、友だちを助けるため、ずい分奮闘したそうじゃないか。私の息子としても、誇らしく思うよ。おまえは、体は相変わらず小さいながら、こんなにも成長したんだな。本当に10年分の経験を積んだのかもしれない。先ほどから、話は全部聞いていたよ。もう私のお節介は必要なさそうだ。だから、今後の人生は、おまえ自身で決めるといい」

 ここでやっと、タツヤに笑顔が戻ってきた。気がつくと、タツヤたちを取り囲んでいる人々にも、極上の笑顔が浮かんでいる。

 タツヤは今までの経緯を一通り話し、タツノシンを安心させた。タツノシンは黙ってタツヤの話を聞き、ただ笑顔でうなずいていた。いや、本当に話を聞いていたのかどうかは疑わしい。他の人々からは、話をしているタツヤを眺めるだけで、タツノシンは満足そうに見えたからだ。

 その傍らで、アキラはひとり暗い目を伏せていた。それはまるで自分自身を責めているような目つきだ。父親の向こう側にいるアキラが、嫌でも目に入るタツヤは、アキラの様子が次第に気になり出した。

 まるで頃合いを見計らったように、アズミはわざとらしく叫んだ。

「おっと、忘れるところだった。もう一人、重要な客人をお連れしたんだ」

 アズミは、祭りのベールをかぶった大柄な男を、廊下の柱の陰から呼び寄せた。何とも、月の繊細な民族衣装が似合わない人物だ。白いベールの下からは、白髪で、眼光の鋭い男が現れた。それはまぎれもなく、海賊の白頭(はくとう)だった。

 ツクヨノ以外の少年少女は、それぞれあっと悲鳴をあげ、無意識のうちに体の向きを変えると、逃げ隠れするため、早くも足を踏み出していた。白頭を知らないツクヨノでさえ、みんなの緊張した行動に恐れをなし、つられて身を引いている。

 その様子を見たアズミは、とたんに腹を抱えて笑い出した。白頭は逃げ腰の少年たちと大笑いするアズミ、両方に苦笑し、椎間公爵とタツノシンは、笑い転げるアズミに呆れ返った。

 逃げる必要はないと悟った少年たちは、すぐに落ち着きを取り戻したが、アキラとマナミの二人だけは、いつまでも顔が引きつったままだった。

 アキラにとっては笑い事ではすまされないし、マナミはマナミで深刻な問題であり、緊張のあまり涙ぐんでさえいる。それを見たアズミは、笑うのを止め、慌てて説明を始めた。

「アキラ、マナミ、不意打ちを食らわせてすまなかった。心配しなくてもいいよ。それを説明するために、わざわざここに連れて来たんだ。白頭は確かに海賊団を率いているけれど、みんなが考えているような悪い奴じゃない。それは私とタツノシンが保証するよ」

 アズミにそう言われても、タツヤたちは全く信じられなかった。白頭はツクヨミ王子にかけられた懸賞金目あてに、キララ号を執拗に襲ってきたのだ。その執念に、少年たちは限界まで追いつめられ、一時は死さえ覚悟した。

 その海賊船を蹴散らしたのが、アズミ率いる地球正義軍だった。なのに、どうして敵対しているはずのアズミが白頭をわざわざ連れてきて、こんなに仲よさそうにしているのだろうか。しかも、何故、アズミ指揮官とタツヤの父親が、保障できるなんて言えるのだろうか?そもそも、三人はどういう関係なのか?

 タツヤたちには、さっぱり事情が飲み込めず、ただ混乱するばかりだった。

「すぐに納得できないのも、無理はないな。私から説明しよう」アズミはやっと真顔に戻り、少年たちに向き合った。「この男は海賊と名がついていても、通りすがりの船を襲って財宝を奪うような悪党じゃない。白頭とその一派は、騙されて奴隷船に乗せられた人々を救済する目的で、密かに活動しているんだ。開拓団を襲っては、自分の懐だけを肥やしている船長や経営者を捕まえて、不当に集めた財宝を騙された人々に返していただけさ。だけど船会社のお偉いさんたちは、当然、黙ってやしない。海賊が開拓団を襲い皆殺しにするとか、人間を食べる生物に人々を売り渡しているとか、ひどい噂を流しては、自分たちの正当性を主張し、手に入れた富を守ろうとしていたんだ」

 すると、頬をほのかに赤く染めた白頭が我慢できなくなったのか、アズミの話を遮るようにして、語り始めた。

「どうか信じてほしい。アズミ指揮官の言うとおり、私はずっと以前から、奴隷船に乗せられた人々を解放するため、奇岩諸島を中心に活動をしていたのだ。そこへある日、月政府から内密である依頼を受けた」

 白頭は、とつとつとだが、自分の口で事情を説明し始めた。

 ツクヨミ王子なる極悪非道な凶悪犯を発見したら、ぜひ月正規軍に引き渡して欲しいという依頼だ。しかも、多額の報酬を用意していると、意味ありげに言い添えていた。月政府は、よほどツクヨミ王子を捕えたいらしい。ツクヨミ王子の悪行を詳しく聞いた白頭は、憤りを覚え、王子を見つけたら何としてでもひっ捕らえて、月正規軍に引き渡そうと考えていた。

 月日が経ち、ツクヨミ王子の件を忘れかけていた頃、王子の乗った宇宙船を偶然発見した。そこで、ここぞとばかり、白頭は宇宙船を奇岩諸島の中に追い込んだ。

 まさに、捕らえようとしていた瞬間に、海賊船を追いかけてきたアズミたちが現れ、事の真相が伝えられた。月政府から聞かされていた情報は全くのでたらめで、王子は無罪どころか冤罪であり、悪大臣の陰謀で王子の身が危険であると、その時初めて知ったのだ。

「アズミやタツノシンとは古い仲でね。地球正義軍の指揮官であるアズミが、海賊をわざと逃したとなると、月と地球の関係に亀裂が生じかねない。そこでアズミが、目くらまし爆弾を使い、追い払った振りをして、うまいこと私たちの船を取り逃がしてくれたのだ」

 腹の底にまで響く白頭の低声は、タツヤの記憶を甦らせた。奇岩諸島の穴倉にキララ号が追い詰められ、まさに絶体絶命の状態に陥った際、突然起こった爆発で、目の前にいた海賊船があっという間に消えうせていた。

 今改めて考えれば、おかしな点だらけだ。爆発のわりに海賊船の残骸がなく、その後すぐにアズミ指揮官の船団がやって来た。しかも、アズミは、何故か逃げた海賊船を追いかけず、放っておいた。

 自分たちは、あの時、人生最大の恐怖を味わっていたのに、何のことはない。全てが誤解とお芝居だったのだ。タツヤは、あの時の、死をも覚悟した緊張と疲労が、今になってどっとのしかかり、体から力が抜けるのを感じた。ツクヨミとカイも、とんでもない真相を知ると、腰が抜けそうなほど驚愕して何も言えなくなった。

 一方、アキラは違っていた。白頭が話せば話すほど、複雑な表情に変わり、ますます身を乗り出していた。

「ちょっと待ってください。それじゃあ、あんたはどうして、おれを雇ってくれたんですか?おれ、あんたが奴隷船を助けているなんて、ちっとも知らなかった。ただ、海賊になりたいと、それだけで志願したはずなのに」

 思いつめたようなアキラに、白頭はふっと口もとを緩めた。もしかしたら、白頭は笑っているのかもしれない、とタツヤたちは思った。

「そうだ、おまえは海賊になりたいと、裏ルートを使って志願してきた。海賊に憧れる少年はやたら多く、おまえもそのうちの一人だと、最初はそう思っていた。だが、地球でおまえに会った時、浮ついた夢や憧れじゃなく、まともな考えを持っている、まともな少年だと感じたのだ。だから、おまえならきっと、優秀な宇宙航海士になって、我々の仕事を引き継ぎ、人々を助けられると、そう直感したのだ」

 白頭の話に、アキラはあ然とするばかりだった。頭が全然追いついていない。そもそも、アキラは、白頭が奴隷船の人々を救っていた事実を知らなかったので、何もかもが、初めから違っていたのだ。

 白頭の話は、こうだ。

 アキラを見込んだ白頭は、秘密のルートを使い、太陽系の外れに停泊中の海賊船に来るよう命じた。自力で指定された場所へ来ることが、アキラに課せられた最終試験だった。東京宇宙ステーションから出る貨物船で密航し、船を乗り替えながら、白頭の船へたどり着くという計画だ。

 その旅は、強盗や人さらいなどに出くわす危険があるため、白頭は予めオリオン鷹のバッジをアキラに渡しておいた。万が一、アキラの身に危険が及んでも、このバッジさえあれば、すぐに追跡し救出できるからだ。

 白頭は、アキラの到着を楽しみに待っていた。しかし、アキラは、何故か民間宇宙船に乗ったまま、ふらふらと外宇宙を彷徨い始め、しかも、正常な時間の流れからも外れてしまった。さすがに、まずいと思った白頭は、アキラの捜索に乗り出した。

 長い年月をかけて、ようやく、アキラの所在をつかんだ。ところが、驚いたことに、アキラは手配されているツクヨミ王子と一緒の宇宙船にいるではないか。全く予想外の状況に、白頭は困惑した。あるいは、ツクヨミに脅され捕らわれているのではと、心配もした。

 しかし逆に、ツクヨミを庇っているのかもしれない。そんな節も感じられる。こうなったら、捕えてみるしかない。

 そう決意した白頭は、キララ号をまんまと奇岩諸島に追い込んだ。そして、穴倉に追い詰めると、王子を渡すようアキラに強く迫ったのだ。白頭は、アズミから本当の事を聞かされるまでは、王子の悪行を信じて疑わず、それゆえ王子を絶対に許すまいと固く決心していた。

「発信器か」カイは古い思い出を探るように、遠い彼方に視線を向けた。「オリオン鷹のバッジは、発信器だったんでしょう?だから、キララ号をどこまでも追いかけられたんだ」

 白頭が大きくうなずくと、少年たちは皆一様にがっくりと肩を落とした。海賊に追い詰められ、死さえ覚悟したあの出来事は、結局、単なる茶番劇だったのだ。まさかこんな結末になるとは、誰が予想できようか。

「まいったな。海賊船にしつこく追い廻されていた時、どこかに発信機が隠されているのかと疑ったものの、まさかアキラのオリオン鷹バッジだとは考えてもみなかった」タツヤは、力なくアキラの方を見た。「でもアキラ、君はそもそも、展示用宇宙船なんかで何をしていたんだい?」

 タツヤがキララ号の船倉で初めてアキラに出会った時、アキラは確かに慌てていた。タツヤはアキラの鋭い視線から、決して単なる見学ではないと、その時感じ取っていた。

「ああ、貨物船で宇宙ステーションから白頭のところへ密航するのに、どこに隠れたらいいのか、さっぱり見当がつかなかったんだ。それで、まずは船の構造がどうなっているのか、展示宇宙船で予習しておこうと思ったんだよ。おれ、やっぱり、怪しかったかなあ」

 タツヤは、否定しなかった。

「ちょっと待ってよ。という事は、カシオペア号はどうなったの?」

 静かに白頭たちの話を聞いていたマナミが突然、必死の形相で話に割って入った。

 白頭は、まだ緊張している少女の顔を見やり、それから思い出したように言った。

「カシオペア号?ああ、アンドロメダを航海していた奴隷船だね。もちろん無事だとも。彼ら、船の住人たちは、全員自由の身だよ。ただ、カシオペア号はワープもまともにできない古い船だったから、ひとまず近くにある安全な惑星に船を下ろした。悪徳船長どもが抱え込んでいた財宝と共にね。彼ら、住人たちの手で財宝が分配された後、おそらくはそれぞれが行きたいところへ向かっただろう。強欲な船長どもは身ぐるみ剥いで、救命艇にぎゅうぎゅう押し込み、銀河法廷へ自動送りしたがな。私はカシオペア号だけでなく、ペガサス開拓団全てを自由にしたよ」

「なんだって、ペガサス開拓団だって?カシオペア号は、ペガサス開拓団の船だったのか?」

 アキラがぎょっとしてマナミと白頭、二人の顔を見くらべた。

「ええ、そうよ。私言わなかったかしら」と奇妙な表情をするマナミ。

「なんてことだ」アキラは突如、頭をかかえた。「白頭、白状すると、おれは両親のいるペガサス開拓団を探すために、海賊団に入ろうとしていたんです。おれ、施設育ちなんて恥ずかしくて、あんたにも、みんなにも言えなかったんだ。貧しかった両親は、おれを地球で普通に生活させるため、あの奴隷船に泣く泣く参加した。両親が奴隷船に乗ったおかげで、おれはひとり地球に残れたんだよ。だから、大きくなったら絶対にペガサス開拓団の居場所を突き止めて、両親のキダ・アキオとマサコを取り戻そうと―」

「キダ・アキオとマサコ?それ、私の両親の名前だけど…」

 マナミはアキラの言葉を遮り、いぶかしげにアキラを見つめた。唇の動きが止まったアキラは、胸もとから赤いお守りを乱暴に引っ張り出した。

「両親からもらったお守りだ」

 一言そう言うと、アキラはお守りを開いた。中には、アキラの両親が仲良く並んで写っている写真が入っていた。するとそれを見たマナミも黙って、内ポケットから小さな写真を取り出して見せた。そこに並んで写っている二人は、アキラの出した写真と、同一人物だった。

「すると、つまり、おれたちは、兄妹ってわけか?」

 アキラとマナミはお互いを正面から見つめあったまま、ほとんど同時に大きなため息をついた。

「全く、君たちときたら」すっかりあきれ返ったアズミが、その場にいるみんなの気持ちを代表するように、大声を張り上げた。「キララ号で何日も一緒にいたのに、互いに話をしなかったのかね?開いた口が塞がらないよ。でも、まあ、キララ号と白頭のおかげで、こうして家族に巡り合えたんだ。いろんな苦労も無駄じゃなかったな」

 その場にいた全員に笑みがこぼれた。

 それから先は、何もかもがいい方向に向った。アキラとマナミは、白頭と握手を交わし、完全に和解した。白頭はアキラに、また海賊団に入らないかと冗談交じりに誘ったが、アズミとタツノシンが断固として断った。

 椎間公爵とツクヨミ、ツクヨノの両王子は、何かを話し合うと、「雷鳥の間」から出て行った。大広間で、宮殿からの正式な報告と発表を行うためだ。そこにいた全員も、少し間をおいて、大広間へと向かった。白頭はもちろん、顔をベールで隠したままだ。

 正式な会見が大広間で始まった。大勢の記者たちや関係者が既に集い、ツクヨミたちの登場を待っていた。すっかり動けなくなった銀王は、さすがに出席できなかったが、代わりに、ツクヨミとツクヨノ両王子が銀王の代理を務め、椎間公爵が会見を進行した。

 椎間公爵は、一連の経緯を説明した後、王政の新体制を淡々と発表した。

 まずは、椎間公爵自身が、銀王から、宮殿総務長および月正規軍の最高司令官に任命された。今まで絶大な権力をふるっていた大臣職は抹消され、月王側近という立場も、厳格な審査が必要になった。実質、宮殿総務長が、月王の下、王政全般の運営を担う役割になる。つまり、椎間公爵の権限が強化され、月王直属の立場である公爵は、王政の要となったのだ。

 また、ジアン大佐は昇格し、椎間公爵の右腕となる副司令官に任命され、軍の管理を全面的に任された。月正規軍の最高司令官は椎間公爵であるが、実際にはジアン副司令官が軍を管理統括する役目となる。

 利木は、変わらず宮殿の副総務長であるが、総務長が椎間公爵に変更されたため、宮殿体制の大幅な改善が期待され、利木はそこへも大きく貢献できるだろう。単なる事務上の運営や宮殿職員の管理、体制維持だけではなく、月神殿とも協力して、宮殿や王族の安全管理を担う立場となる。

 須藤も、役職名は変わらず月総合警察署の署長であるが、以前に比べ権限がずっと強化された。特に、月王宮警備隊には力を入れ、軍や月神殿とも協力して、呪術や魔術から月王宮や月王族を守る特別部隊の創設を打ち立てた。

 この強力な辞令の発動により、大臣一派の残党は、近いうちに月宮殿及び月政府内から一掃されるだろう。公爵は、力を込めてそう述べた。すると、人々から、大歓声があがった。公爵は人々の反応を見届けると、次期王位の証である銀の印が、正式に、銀王からツクヨノに渡ったと最後に告げた。

 ツクヨノは、胸もとから銀色に光り輝く竪琴を取り出し、大きく掲げて人々に披露した。またしても、歓声が大広間を埋め尽くした。

 こうして、銀王を中心とした月宮殿と月政府は、新たな一歩を踏み出した。


 翌日、アキラとマナミは顔をほころばせ、息をはずませながら、みんなが集まっている宮殿の「控えの間」にやってきた。

「夕べ二人で話し合ったけど、ツクヨミ王子が勧めてくれたように、おれたち家族は月で暮すのが一番じゃないかって結論になったよ。まだ、両親には話してないけどな。地球にはほとんど縁がないし、奴隷船の会社やら、おれの放り込まれた施設やら、いい思い出はないからね」

 それを聞いたツクヨミは、穏やかに微笑んだ。

 あの後、兄妹だとわかったアキラとマナミは、口げんかを繰り返しながらも、協力して両親を探しだす点で一致した。アズミの素早い手配のおかげで、夕べ遅くには早くも、両親の居場所が突き止められ、近いうちに地球で親子が再会できる運びとなった。

「そう。だから私たち兄妹二人は協力して、父母を説得するつもりよ。タツヤも力を貸してね。あなたの策略はアズミ指揮官お墨付きだもの」マナミもすっかり元気になり、歯切れのいい声を張り上げている。

「君たちには策略なんて必要ないよ。ちゃんと説明すれば、ご両親だってわかってくれるさ」

「まあ、それもそうだな。で、君はどうするんだい?」

 アキラは興味津々に、タツヤの答えを待っていた。

「僕も、王子たちの好意に甘えさせてもらうよ。昨晩、父とも十年分話したよ。月王立宇宙専門学校に入るのを、父が正式に許してくれたんだ。だから十月からは、王子たちと一緒の一年生だ。ただし、月末には必ず地球に帰ると約束させられたけどね」

 タツヤは晴れ晴れとした顔で、ツクヨミとカイに報告した。

「ああ、そうしてくれて嬉しいよ。失われた十年を楽しく取り戻そう。アキラたちもご両親を説得して、ぜひ月に来て欲しい。そうしたら、一緒に宇宙学校へも通えるし」

 ツクヨミの顔がほころんだ。いや、さっきからずっとほころびっぱなしだ。こんなに幸せそうなツクヨミを見るのは、キララ号に乗って以来、初めてだ。ツクヨミは、これでやっと、普通の14歳に戻れたのだ。それだけで、タツヤの心は弾んだ。

「おれも絶対一緒に入学するぞ」アキラがひとり、陰で唸り声をあげた。「それにしてもだ。タツヤの親父さんは、軍では有名人だと、前にアズミ指揮官が言っていたよな。アズミ指揮官や海賊白頭とも知り合いらしいけれど、宇宙嫌いの親父さんが、いったいどこでどうやって、彼らと知り合ったんだい?およそ考えられない組み合わせだよな」

「その件については、僕も昨日問い詰めたんだけど、まだ教えてもらえてないんだ。そのうちじっくり説明するって、あっけなくかわされてね。今わかっているのは、あの三人が、旧知の仲ってことだけさ。三人は同窓会とか言って、さっきも仲良くどこかへ出かけて行ったよ」

 タツヤは、地球へ帰る道中には、必ずタツノシンから話を聞き出そうと、ひとり心の中で決意していた。

「私も気になって仕方ないよ。椎間公爵たちにも尋ねてみたが、君の父上の名前を耳にした記憶はあるものの、何故有名なのか、その理由は知らないようだ」

「任せておいて。僕が今度、月に戻って来た時には、みんなにきちんと話せるよう、父から聞いておくから。期待していてね」

「ぜひお願いしたいところだ。気になって仕方ないからね。どうも、タツヤの父上の過去には、とんでもない武勇伝が隠されているような気がしてならない。その息子の君だって、今回、十分活躍したんだからね」

 ツクヨミは顎に右手を持っていき、一時窓の外を見つめると、えらく神妙な顔で考え込んだ。いったい何を考えているんだろうとタツヤたちが不思議に思うと、くるりとみんなの方に向き直った。

「いやね、こうしてみると、君たちにはずい分助けられたなと思ったのさ。空港で、キララ号に乗っている君たちに気がついた時は、正直、頭を抱えたよ。だけど、海賊に襲撃された時や、宮殿大広間で大立ち回りを演じた時、マルディンと戦った時、いつも重要な場面で、君たちは私たちを助けてくれた」

 タツヤたち3人は、ツクヨミに正面からそう言われて、少し照れたものの、素直に喜んだ。

「そりゃあ、僕たちだって頑張ったさ。一緒に月へ行こうと決意を固めるまでは、むしろ、自分たちはお荷物になるんじゃないかって、ずい分悩んだよ。でも、少しでも役に立てたのなら嬉しいよ。ずっとお荷物のままじゃ、あんまりだからね」

「そうさ。おれたちはわざわざ十年かけて、月に来たようなもんだからな。それなりの成果を出せて、正直ほっとしている。それにしても、君らの大計画には参ったよ。たった二人の14歳が、宇宙船をかっぱらい、十年飛び越えて、化け物の呪術師相手に戦いを挑むとはね。今こうしてみれば、未知の世界と時間を巻き込む、壮大な計画だったんだな。それを、14歳の君たちが実際やってのけたのがまた、もっとすごいけれど」

「私と同じような立場に追い込まれれば、誰だって、何だってするさ。たとえ、不可能だと思われてもね」ツクヨミが楽しげに高笑いした。

「今回の結末、ケンゾーにも報告してあげようよ。きっと聞きたがって、今頃うずうずしているよ」

 タツヤは、キララ号でみんなの来訪を待ちわびているケンゾーの姿を思い浮かべた。

「そうだね。明日にでも、みんなで行ってみようか」とツクヨミ。

 少年たちは全員、ケンゾーが気になっていた。キララ号の旅にケンゾーが参加するようになってからは、ケンゾーはずっと船の管理者兼助言者だった。それがこの旅を終える頃には、頼りがいのある管理者兼保護者であり、大切な仲間であり、ちょっと変わってはいるが、みんなの友人になっていた。

 ふと、タツヤは、カイがいないのに気がついた。ついさっきまではこの「控えの間」にいたのに、いつの間にか、カイの姿が消えていた。カイは、宮殿晩餐会に突入したあたりから、どこか様子が変だった。タツヤは無性に気になり、カイの姿を探した。

 カイは、月桃園の東屋にひとりぽつんと座っていた。満天の星の下、カイは揺れ動く月桃の葉をぼんやり見つめている。タツヤは何気なく、カイの隣に座った。

「こうして一緒に座っていると、まるでキララ号の操縦席にいるみたいだね」

 カイは、ふっと口もとを緩ませた。右腕に巻かれた白い包帯が痛々しい。月桃園の光で、白い包帯は青く染まっている。

「腕の傷は、どう?まだ痛むの?」

「ああ、もう大丈夫だよ」カイは右腕を軽く押さえながらも、どこか上の空で返事をした。

「カイ、何か心配ごとでもあるの?」

 カイは、答えるのに時間がかかった。タツヤに話すべきかどうかを悩んでいるのだろう。沈黙の時間が長かったので、タツヤは聞いてはいけなかったのかもしれないと、後悔しだした。

 カイは月王族ではないが、月の王室に深く関わっている。だから、地球人の、それも普通の少年に漏らせない話は、いくらでもあるに違いない。タツヤが気まずくなって席を立とうとしたところ、カイが重い口を開いた。

「こんな話を君にするなんて、どうかしていると思われるかもしれないけど、不安なんだ」

「不安?全てが解決したっていうのに?」タツヤは、上げかけた腰を降ろした。

「本当に解決したんだろうか」カイは、うつろな目でタツヤを見つめた。「マルディンを封印した時、あいつは言ったんだ。封印されても、未来は変わらないって。そしてあの時、僕にも見えたような気がしたんだよ。あいつが将来復活するのを」

 タツヤは鳥肌が立ちそうになったが、気を引き締め、ぐっとこらえた。

「だって、預言者は何も言っていないんだろう?未来を見通す預言者が何も言わないのなら、それはきっと思い過ごしだよ。あるいは、リュナが見せた幻かもしれないし」

 カイは、さらに一段と厳しい顔つきになった。

「でも、その未来に、もう預言者自身がいなかったら?みんなには黙っていて欲しいんだけど、預言者が言っていた後継者って、僕なんだ。ここで預言者と初めて会った夜、預言者は、僕にそっと耳打ちして伝えた。心正しき者よ、おまえはいつか私の後をついで預言者になるだろう、ってね」カイの目の中には、暗い影が差し込んでいた。「だけど僕は青銀の騎士として、ずっとツクヨミ王子や王族を守っていくつもりだったし、自分でもそうしたい。だから宇宙学校を卒業して、そのまま月正規軍に入隊すると、当たり前のように思っていたんだ。それにマルディンと戦った時、リュナの力で現れた未来の自分は、確かに青銀の剣を手にしていたしね。そもそも僕は、預言者なんかに向いてないよ」

 カイは、揺れる心を必死に抑えている。タツヤにはそう感じられた。

 カイは冷静な軍人のような性格であると同時に、不可思議な力を併せ持っている。特にキララ号で外宇宙へ旅立ってからは、それがどんどん強くなっているのをカイは自分でも気がついていたはずだ。

「ねえ、カイ。僕は、君の友人だと思っているから、友人として言わせてもらうよ。君は優秀なリーダーだし、軍に入ったら、きっとアズミのような素晴らしい軍人になると思うよ。だけど君は同時に、ものすごい直感を持っているじゃないか。君の直感は、ただサイコロの目を当てるだけじゃなく、人々を救えるほど、特別なもののような気がするんだ。軍人には多くの人がなれるけれど、直感や眼力で人々を救える人は、そう多くないはずだ」

 カイは、驚いてタツヤをじっと見つめた。タツヤにこんなことを言われるとは、思ってもみなかったようだ。

「とは言っても」タツヤは、ふっと息をつくと話を続けた。「僕らはまだ、子どもじゃないか。子どもは、自由でいいんだよ。うんと遊んで、うんと勉強して、いろいろ体験する必要が、まだまだあるだろう?将来については、もっと先に考えればいいんじゃないのかな。その時が来たら、君はきっと、自分が行くべき道を自然に選べるようになっているさ」

 カイは少し元気を取り戻したのか、頬がわずかに紅潮している。

「ああ、君の言うとおりだ。今すぐに答えを出す必要なんて、確かにないな。こんなに悩んでいた自分が、馬鹿らしくなってきた」

 カイは自分に言い聞かせるように、つぶやくとすぐに笑顔を見せた。タツヤは少し安心したが、それでもカイの心の底には、依然として大きな不安が渦巻いている。

 ここでカイは、話を止めて、ふいに空を見上げた。ちょうど、青に染まった月桃園を夜風が吹き抜けていった。心地よい風は、不安な心を少しだけ解きほぐしてくれたようだ。

「君は、そろそろ皆のところへ戻った方がよさそうだ。お父さんが心配するだろうからね。僕は、もう少しここの風に当たっているよ。頭の中を整理したいんだ。きっと、いろいろあり過ぎて、疲れちゃったんだろうな。大丈夫だよ、夕食までには戻るから」

 タツヤはカイを気づかい、そっと月桃園を離れた。

 翌日、少年たちは、そろってケンゾーのもとを訪れた。カイもすっかり元気になり、みんなと共に冗談を言い合っては、道すがら、案内係のように、目立つ建物などを率先して説明していた。

 数々の冒険ですっかりくたびれたキララ号は、月空港のすぐ近くにあるドッグに入っていた。タツヤはケンゾーの期待通り、事の顛末を話してきかせた。ケンゾーは、入力中を表すコントロール・パネルのランプをチカチカ点滅させながら、タツヤの話を真剣に聞いている様子だった。

「ケンゾー、ちょっと聞きたいんだけど」タツヤの話が一段落したところで、アキラが切り出した。「マルディンと戦った時、タツヤの名案でレーザー光線を発射したふりをして、マルディンを驚かしただろう?あの時、キララ号の照明の色を変え、的を絞り、偽のレーザー光線を作り上げたけれど、発射音はどうやったんだい?キララ号には、声を変換する装置はあったけど、合成音作成装置はなかったはずだ」

 キララ号の機械類を熟知していたアキラの指摘は、鋭かった。確かに、ゼロから合成音を作成する装置を、キララ号は装備していない。

 海賊白頭や月関門所に対応した時は、カイの声を変換操作により大人の声に変えたが、あくまでも、基になるカイの声がなければ、それも不可能だ。全く何もないところから、新たな音は作り出せない。

「アキラ、今日初めてあなたを見直しましたよ。そのとおり、キララ号の機材だけでは、ゼロから合成音を作り出せないのです。ですから、ある音を基にして、レーザー光線発射の音を作り出しました」

「いったい何の音を使ったんだい?」アキラが不審げに尋ねる。

「私の声です。あの時、みなさん方は、非常に危険な状況でしたので、とっさに私が声を出し、それを瞬時に加工し、大音量にしました。私はただ、アキラの口まねをして、ブーと言っただけなのです」

 少年たちは、驚き、呆れ、それから腹を抱えて大笑いをし、最後に、素晴らしい判断をしたケンゾーに敬意を表した。何といっても、あの超人的な呪術使いのマルディンを、一瞬でも怖がらせたのだから。

「いや、君は最高だよ」アキラも降参した。

「どういたしまして。ちょっとした恩返しですよ」ケンゾーは、軽快な声で締めくくった。

 アズミの話によると、キララ号は大まかな修理が終わってすぐ、地球にいる持主に引き渡されるらしい。その持主が、一刻も早くキララ号を取り戻したいと切望しているため、またもや応急処置だけで、地球への飛行が決定された。だが、今度は、目と鼻の先にある地球へ戻るだけなので、非常に気軽に、最低限の応急処置で十分だった。

「あいつ、本物の人間みたいだな」

 帰り道、アキラがポツンと漏らした。今までは、波乱につぐ波乱のため、ケンゾーについては、誰も深く考えてはいなかった。しかし、事件が片づき、こうして余裕が生まれてくると、少年たちは、今更ながらケンゾーの不可解な点が気になった。

 ケンゾーは確かに、普通のコンピュータとは大きく異なっている。

 自分たちと同じように感情もあるし、その場に応じて適切な判断をする。まるで生の人間が経験したような助言をし、自ら票決に加わり、自分を少年たちの保護者と思い込んでいるふしさえある。少年たちはあらためて、キララ号の不思議なコンピュータに疑問と興味を持った。

 だが、そのキララ号とも、もうすぐお別れだ。少年少女は、いつか自分たちが大人になったら、ケンゾーと共に、キララ号で旅をしようと、淡い夢を誓い合った。その証人でもあるかのように、青い地球がぽっかりと、夜空から顔を覗かせていた。

 それから数日後、タツヤたちが地球に戻って間もなく、銀王は言葉どおり息を引き取った。カイから連絡を受けたタツヤは、不思議な感覚に誘われ、家の外に出ると夜空を見上げた。

 まだ、月は出ていない。紺色の天空には、星々が少しずつ輝き出していた。

 金の印は、銀王の命と共にその手のひらから消え去った。マルディンに、無理やり命を引き伸ばされていた銀王は、やっと、煩わしいこの世から解放され、平和な気持ちに満たされて、永遠の国へ旅立ったのだ。

 残された王子たちは嘆き悲しんだが、心の準備ができていたツクヨミは、静かに父親の死を受け入れた。しかし、体は青年でも、心は12歳のツクヨノには、まだ無理があった。狂おしい姿で嘆き悲しんでいる弟を見て、その兄もまた苦しんだ。

 月王国の住民もまた、銀王の逝去を悲しんだが、同時に銀王の偉大さを称え、次期王位につくツクヨノを早くも祝福していた。

 銀王逝去の一週間後、新しい月の王が誕生した。悲しみを乗り越えた、若きツクヨノ王の右手には、黄金の三日月がさん然と輝いていた。そして銀の印は、ツクヨミに手渡された。ツクヨミの手もとに戻った銀の印は、その翌日、再び銀のリュナへと変化した。

 明るい満月が東の地平線から昇った。タツヤはそっと耳を澄ませた。鈴のような、フルートのような音色が、聞こえたような気がしたのだ。あるいは、月桃園でツクヨミがそっと銀のリュナを吹いているのかもしれない。

 そして、タツヤにはよくわかっていた。頭上の星々が、純粋な奏者をそっと賛美しているのを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ