第9章 謎の凶悪犯ツクヨミ
(アキラだって?海賊が、どうしてアキラを知っているんだ?)
そこにいる誰もが、驚きと疑問と、そして疑いで混乱した。
全員が素早くアキラの姿を目で探したが、アキラは司令室にはいない。信じがたいが、誰一人、アキラがいないのに気づいていなかった。アキラは、無言で操縦室から立ち去ったまま、姿を消していたのだ。こんな切羽詰まった時に、いったいどこへ行ったのだろう。
みんなが騒ぎ始めたところ、当のアキラが司令室にいきなり現れた。アキラは相変わらず幽霊のように青白く、無表情だった。
大画面から響く、白頭の恐ろしい呼びかけは、なおも続いていた。
「アキラ、おまえがそこにいるのは、とっくにわかっている。おまえは誇り高き、一角鷹団の一員として、凶悪犯ツクヨミを私のところへ連れて来るのだ。ツクヨミは、権力を手に入れるためなら、親殺しさえ厭わない、卑劣な犯罪者だ。月から正式に指名手配されている。いいか、おまえはそいつを探し出してさっさと連れて来るんだ。わかったか?」
みんなが無言で見守る中、アキラは大写しにされた白頭の画面に歩み寄っていった。アキラの着ているジャケットの右胸には、オリオン鷹、つまり一角鷹のバッジが輝いている。
「アキラ、君は海賊の一味だったのか…」
タツヤは、そう言うと、全身の力が抜け、へなへなとその場に座り込んだ。
みんながアキラを、自分勝手で近づき難い、うさん臭い奴だと睨んでいた時も、タツヤだけはアキラを信頼し、その鋭さと行動力には感心さえしていたのだ。
それなのに、苦楽を共にしてきた皆はおろか、自分さえもアキラは裏切っていた。アキラは最初から、海賊と組んで、キララ号を奪い取り、自分たちを売り渡そうと、目論んでいたのだろうか。
タツヤには、アキラがそんな性悪な少年とは思えなかった。しかし現に今、白頭は、海賊団の一員として、アキラに指示を出している。何より、あの一角鷹のバッジがいい証拠だ。
タツヤにとっては、謎のツクヨミなる凶悪犯よりも、自分たちを裏切ったアキラの方が、よっぽど重罪だ。タツヤだけではない。地球が所属する銀河連邦でも、海賊団に所属したり手を貸したりすれば、重罪だ。その事実が証明されれば、銀河法廷で裁かれ、最低でも、冥王星の衛星である監獄星カロンで、20年の懲役となる。
アキラはぱっと顔を上げると、真剣な表情で、タツヤに向かって叫んだ。
「おれは海賊なんかじゃない!それに、親殺しのツクヨミって奴も知らない!」
タツヤは戸惑った。アキラの眼ざしに嘘はない。しかし、だとすれば、何故、白頭がアキラを知っているのだろうか。それどころか、当たり前のように、命令までしている。
アキラがいったいどちらの味方なのか、タツヤには見当がつかなかった。
「ツクヨミは、親殺しなんてしていない…」
そこへ、カイが突然、青い顔のまま、ポツリとつぶやいた。タツヤたちは、カイが何を言っているのかわからず、ポカンとしていた。するとカイは、顔をみるみる真っ赤にさせて、今度は腹の底から叫んだ。
「ツクヨミは、親殺しなんかしていない!していないんだよ!冤罪だ!すべてが、仕組まれている!嘘八百、並びたてて、周囲まで巻き込んで、もうウンザリだ!」
タツヤは床に座りこんだまま、黙ってカイを見上げた。カイまで、いったいどうしてしまったのだろう。アキラの件だけでも頭が混乱しているのに、今度はカイが、ツクヨミなる人物を知っているかのように、ほのめかす。
「ツクヨミは、断じて、親殺しなんてしていない!そんな奴じゃないんだ!」
カイは、憤然と声を荒げ、破れかぶれになって拳で壁を叩いた。
少年たちの間に、再び沈黙の時が流れた。タツヤはカイを見上げたまま、無表情のまま聞いた。
「カイ、もしかして、君がそのツクヨミなのか?」
カイは唇を微かに震わせただけで何も言わず、黙って柱に手をかけると、立ったままうつむいた。カイは、肯定も否定もしない。
いろいろな過去の出来事が、タツヤの頭の中をよぎっていった。そもそも謎の多い連絡通路の爆発事故、操縦できる唯一の少年、月のマークが入った青銀の腕輪、アリオンとのひそひそ話。カイたちには、怪しい点が山のようにあった。
それでもタツヤは、カイを深く信頼していた。どんな時にも冷静さを失わず、常に全員のことを考えて行動する、逞しいリーダーだったからだ。だからこそ、自分たちには秘密があるとカイたちが公言した時でも、タツヤたちはカイを信頼して、その秘密とやらを無理やり聞き出そうとはしなかった。
それが、全て間違っていたのだろうか。結局、自分たちは欺かれていたのだろうか。秘密とはやはり、カイが親殺しの、卑劣な凶悪犯と言う事実なのか。キララ号が暴走したのをこれ幸いと、ただ宇宙を逃げ廻っていただけなのか。
尽きない疑念が、次々と噴出し頭の中で、グルグルと廻った。その疑念と、二人を信じたいという気持ちがタツヤの中で激しくぶつかり、どうしようもない苦しみへと変わった。
タツヤは、思わず怒鳴った。
「カイ、黙り込んでないで、何か言ってくれったら!」
しかしカイはおろか、誰も何も答えてはくれない。静けさの中に、重苦しい空気が沈殿した。
タツヤは、急に、何もかもが信じられなくなり、全てが嫌になった。
カイもアキラも、アリオンも、もしかしたら、ボルやバル、マナミも、みんな、それぞれが深い秘密をひた隠しにして、互いを裏切ってきたのかもしれない。皆で困難を乗り越えたと思っていたこの一ヶ月は、偽りか、幻か、それとも、ただの偶然だったのだろうか。
だが、本当に、自分たちはそれほど他人同士なのか。
タツヤは、すっかり自信を失くし、初めて投げやりな気分になった。床に座り込んだまま、茫然と司令室の窓に目をやった。
「アキラ、いい加減に、返答しろ!」
画面からは、待ちきれなくなった白頭が、超低音の声でスピーカーをびりびりと振動させた。少年たちは、恐怖の画面に容赦なく引き戻された。
「カイ、おれにしゃべらせてくれないか」
その場に突っ立っていたアキラが、いつになく静かに、語りかけるような口調で頼んだ。カイはアキラを殴りつけるのではないかと思ったが、カイは言われるまま、無言で音声通信のスイッチを入れた。
「アキラです」アキラは、画面の白頭に向って語りかけた。「残念ながら、この船に、ツクヨミなる凶悪犯は乗っていません。ですから、今すぐキララ号から離れて下さい」
「なんだと?」白頭の怒りに火がついた。
「ツクヨミなる人物は、ここにはいないんです。それから、おれ、海賊団に入るのを取り消します。浅はかな考えだった。それが今、初めて分かったんだ。おれは、ずっとあんたを尊敬していたけれど、無力な奴隷船を襲うなんて、あまりに卑劣すぎる。だから…」
アキラが言い終わらないうちに、画像が大きく乱れ、白頭の姿が、突如画面からふっと消えた。耳障りな雑音だけが、しばらくの間、スピーカーから流れ続けた。少年たちは何が起こったのか見当もつかず、恐怖に固まったまま、何も映っていない画面をただ凝視するばかりだった。
重々しい沈黙の時間が流れた。
アキラの返答が、白頭の逆鱗に触れ、一方的にスイッチを切られたのだろうか。だとしたら、次の瞬間には、キララ号は攻撃を受けているはずだが、その兆候すら感じられない。
この耐え難い沈黙が永遠に続くのかと思われた瞬間、いきなり大きな衝撃と爆音が続けざまに起こった。キララ号はその衝撃で大きく跳ね上がった。それと同時に、眩い光が、画面から、窓から溢れ、キララ号は信じられないほど傾いた。
画面に向き合っていたアキラは、いったん宙に浮いて、頭から画面に突っ込んだ。柱に手をかけていたカイとアリオンは、床に投げ出され、タツヤは逆に、床から飛び上がって固定シートの上に打ちつけられた。そして、衝撃の余韻が徐々に消えると、あたりは、再び暗闇に包まれた。
痺れを切らし、その上、アキラの言葉でかっとなった白頭が、とうとうキララ号を攻撃してきたに違いない。誰もがそう覚悟した。
海賊なら徹底してやるだろう。キララ号にレーザー砲で強引に穴を開け、野蛮な手下を無理やり進入させ、ツクヨミなる人物や、海賊を裏切ろうとしたアキラを、真っ先に捕まえようとするだろう。
だがアキラはともかく、お目当てのツクヨミなる人物が見つけられなければ、海賊はさらに怒り狂い、何をしでかすかわからない。何の役にも立たないタツヤは、キララ号から宇宙へ放り出されるか、よくても、どこか辺境の惑星に売り飛ばされるだけだ。
マナミはかわいそうに、前よりもっと酷い境遇になる。こんなことなら、冷凍睡眠ポッドに入ったまま宇宙を漂流していた方が、よほど幸せだったに違いない。小さなボルとバルは、まだ幼いのに過酷な運命に身をさらされる。
カイやアリオンも故郷の月を目にすることなく、短い生涯を閉じるのだ。カイが、凶悪犯ツクヨミだったなら、カイには、更に壮絶な運命が待ち受けているだろう。
どうあがいても、ここに居る全員が、残酷な運命からは逃れられない。タツヤの脳裏に、青い地球と父タツノシンの姿がふと浮かんだ。
爆音と衝撃は、その後も数回続いた。キララ号は、閃光と爆風に弄ばれ、前後左右に激しく揺さぶられた。少年たちは、そのたびに暗い司令室の壁や柱、固定シートにぶつかり、互いに空中衝突し、否応なしに、派手な運動を強いられた。
それでも、キララ号の船体は破壊されず、致命的な損傷も負わなかった。爆音は徐々に小さくなり、衝撃も落ち着いてきた。暗がりの中を雷光のような光が乱舞し、司令室の小さな窓を不規則に輝かせた。
タツヤは、司令室の壁にしこたま打ちつけられ、窓際のカウンター上に覆いかぶさるようにして倒れていた。うつぶせのまま、自分でも気づかないうちに、両手で自分の頭を覆っていた。
その腕の隙間から、床に倒れたカイの姿が見えた。カイは、床からさっと身を起こすと、左足を引きずりながら、操縦席に駆け込んで行った。おそらくカイは、まだキララ号を動かす気でいるのだろう。しかし、いつまでたっても船の動力が回復する気配はなかった。
タツヤも痛みを堪えて立ち上がり、操縦席へと続いた。操縦席では、カイが何とか船を動かそうと必死になっている。
その時、タツヤはとんでもない事実に気がつき、唖然とした。
「海賊船がいなくなっている…」
あの巨大な海賊船の姿は、どこにもなかった。穴倉の入口には、ぽっかり穴があき、向こう側が透けて見える。立ち塞がっていた黒い船体は忽然と消え、爆発後の小さな燃えかすと、僅かに残った火花が飛び散っているだけだった。そのせいで穴倉の中は、全体が薄明るくなり、えらく見通しがいい。
では、さっきの爆発は、海賊船自身によるもので、理由は不明だが、海賊船は粉々に吹き飛んでしまったのだろうか。
タツヤは一瞬そう思ったが、それにしては、爆発で飛び散ったはずの残骸があまりにも少な過ぎる。タツヤは気を緩めず、前方の窓に目を凝らし、神経を集中させた。
間もなくすると、穴の外の、遥か遠方に、銀色の光がたくさん現れてきた。銀色の光はやがてシンプルな形の宇宙船となり、どんどんキララ号の方に近づいてくる。銀色の宇宙船団は、先ほどの海賊船とは明らかに違っている。それはタツヤにとって、見覚えのある色や形だ。
(僕らは助けられたんだろうか、それとも…)
タツヤには、運命の行方がまだわからなかった。それでも、少なくとも、自分たちの運命が、海賊とは別のものに譲り渡ったのは確かだ。
自動受信の入る音が微かに響き、かなり乱れた画面には、白頭とは別の人物が切れ切れに映し出された。映像は歪み、乱れ、ひどい映りだ。おそらく、先ほどの爆発による衝撃のせいだろう。
画面に映った人物が、青色の戦闘スーツで身を固めているのは間違いない。背が高く、凛とした男だ。髪と目は黒く、目鼻立ちははっきりして、いかにも軍人らしい顔立ちだ。画像は最悪だが、全体の印象は見て取れる。
この男はどこかで見た覚えがあるとタツヤは思った。ほどなくして、空港の航空ショー観覧席入口で見た、電子ポスターを思い出した。画面の人物は、航空ショーで指揮を執っていたアズミ大佐という軍人に似ている。
しかし、映像があまりにも不鮮明なので確信が持てない。ポスター画面の人物より、もう少し年配者のようにも見える。それに、その人物がアズミ大佐ならば、着用している軍服は緑色のはずだ。何故なら、地球正義軍の軍服は緑色と決まっているからだ。しかし、映像は乱れているものの、画面は、青色の軍服をくっきりと映し出している。
先ほどに比べれば、ずっと希望を持てる状況には違いないが、それでも、まだ不安の方が大半を占めていた。自分たちの運命の行方は、まだ誰も知らない。
タツヤはカイと示し合わせ、惨憺たる司令室へと戻って行った。カイはまだ、左足を引きづっている。
傷を負っていたのは、カイばかりではない。全員が、何かしらの傷を負っていた。アリオンは右腕を怪我したらしく、左手で腕を押さえている。そのシャツの袖口には、赤い血が点々と染み出していた。
ボルとバルは固定シートにいたので、見た目は無傷だったが、爆発の衝撃で気を失っていた。頭を何かで打ったのかもしれない。その二人を、傍らにいたマナミが介抱すると、二人はいったん目を覚ましたが、安心したのか、またすぐ眠りについてしまった。
マナミは、腰を痛そうに摩っている。そしてアキラは、固定シートに掴まりながらも、途切れがちな映像を呆然と眺めていた。頬には切り傷が、そして擦り切れたジーンズの膝あたりには、赤い血が染み出している。
全員が大画面を凝視し、固唾をのんで、次の展開を見守った。
音声が流れたが、あまりに雑音がひどく、切れ切れにしか言葉が聞き取れない。
「…だ。キララ号の諸君、怪我は…な?海賊船は……。逃がしてしまっ…だが、時間はたっぷりある…。そう急ぐことはない。…捕まえて…。さて、…我々が用意する安全フィールドに降りて…。全員もれなく…。…話は、それから…」
画面の男がそう言い終わったとたん、先頭の銀色に輝く宇宙船から、オレンジ色の幅広い光線がキララ号の方に照射された。その幅広い帯のような光線は、上下にゆっくり波打つと、キララ号の真下までやってきた。
「…安全なフィールド…準備でき…そのまま船外に出られ…。もち…、宇宙服も酸素も不要…。我々も降りて…。さあ、全員オレンジの帯に…」
男がそう指示したところで、画面はぷっつり途切れた。画面の男が通信を切ったのではなく、こちら側の機器が原因のようだ。どうやら、キララ号で使えた唯一の通信機器は、度重なる衝撃のため、この音声を最後に、完全に壊れてしまったらしい。その後、画面は何も映らず、何も聞こえなくなってしまった。
安堵と不安が入り混じった、複雑な想いを抱きながらも、少年少女たちの気持ちは既に固まっていた。
「大丈夫。未成年の僕たちだけで、これだけ頑張ったんだ。運命の女神だって、きっと味方してくれるよ。さあ、行こう」
カイは、控えめに笑ってみんなを元気づけた。それから、眠っていた双子を揺り起こし、自分が先頭になってキララ号の頑強なハッチに手をかけた。
ハッチを開けると、とたんに鼻をつく臭いがしたが、一瞬でその臭いはなくなった。この嫌な臭いの正体は、このあたりに漂う、薄黄色いガスに違いない。
しかし、涼しい風が足もとから力強く吹き上げ、不快な臭いを追い払ってくれた。キララ号の真下まで延びているオレンジの帯からは、清浄な空気が次々と湧き上がっていた。そのおかげで、船の外なのに普通に呼吸ができている。オレンジの帯は、併せて適度な重力も発生させているようだ。
7人はビロードの絨毯のような、オレンジ色の帯の上に降り立った。まるで、大地を踏みしめているような感覚だ。
穴倉の中は、複数の宇宙船から照射される照明によって、隅々まで見渡せるほど明るい。浮遊している小さな金属片までくっきりと、映し出されている。キララ号から降りてみると、穴倉の内側は意外に広かった。内側の壁は、相当凹凸が激しく、鉄屑やわけのわからない金属片の塊が、びっしりと覆い尽くしていた。
キララ号とちょうど向かい合わせの巨大宇宙船からは、特に強い照明が放たれていた。カイを先頭に進む一行は、まるで、サーチライトを浴びながらオレンジの花道を颯爽と歩く、舞台役者のようだった。
向かい合わせの巨大宇宙船からは、青色のスーツに身を固めた先ほどの男が、10名ほどの兵士を連れてキララ号の方へ歩いてきた。カイを先頭に、痣だらけ傷だらけの7人もまた、男たちの方へ近づいていった。
ちょうど中間あたりで、緊張した両者はピタリと歩を止め、互いの顔をはっきりと確認した。先頭の男は、すぐさま、兵士たちを後退させ、自分だけがさらに少年たちに近づいていった。
「アズミ大佐」先頭を行くカイが叫んだ。
「ツクヨミ王子、ご無事でしたか」アズミと呼ばれた男は、大声でそう呼びかけた。
すると、一番前にいたカイが頭を少し下げ、すぐ後ろに下がった。
「私は大丈夫です」そう答えたのは、アリオンだった。「軍服の色が地球軍の緑じゃなかったので、本当にあなたなのか、一瞬疑いましたが」
タツヤ、アキラ、マナミの3人は、ぽかんと口を開けたまま、穴の開くほどアリオンを見つめた。アリオンこそ、凶悪犯として月から指名手配されている、ツクヨミ王子だったのか?あまりの衝撃に、3人はただ驚くしかなかった。
しかし、ボルとバルの二人は違っていた。アズミの顔がはっきり見える前から、列の最後尾にいた二人は、しゃくり声を上げ、既に涙ぐんでいた。
「お父さん…」ボルとバルは、繋いでいたマナミの手を振り切ると、突然前に飛び出し、アズミに飛びついた。
「ボルにバル!まさか…」アズミは、しばし放心状態になり、立ちすくんだが、すぐに腰をかがめ二人を強く抱きしめた。「おまえたち、ここにいたのか。てっきり空港で誘拐されたものだと…」
アズミは、言葉が詰まり、双子をしっかり抱きしめたまま、しばしの間、動かなかった。
ボルとバルは、アズミの息子だった。この事実には、そこにいた誰もが仰天した。アズミという名は、ミドルネームであり、シオン・アズミ・サトウが正式名だ。軍内部では、サトウ姓が多かったため、アズミが通称として使われていたのだ。タツヤたちは、だいぶ後になってから、この事情を知った。
ボルとバルは、父親の立場上、自分たちが大佐の息子である旨を口外してはいけないと、常々言われていた。だから、それを忠実に守り続けていたのだ。
二人はあらん限りの大声で、泣き続けた。今まで溜め込んでいた涙を一気に放出したのだろう。二人が大泣きする姿に、タツヤたちは胸が熱くなった。考えてみれば無理もない。キララ号では背伸びをして、みんなについていこうと必死に努力していたが、やはり幼い二人には相当こたえていたのだ。いつの間にか、マナミも、もらい泣きをしている。
アリオンことツクヨミは、いつもの優しい眼ざしで、再会した親子を見つめた。
「アズミ大佐、海賊から救ってくれたことに感謝します。あなたが来てくれなかったら、今頃私たち全員の命はなかったでしょう」
ツクヨミは、丁寧に頭を下げた。アズミは、泣きわめく息子たちを抱きしめたまま、うなずいた。
「あなたが行方不明だという話を耳にしてはいましたが、まさか、息子たちと一緒にいるとは、想像もつきませんでした。今さら言うのもおかしいですが、そうだと知っていたら、私はそれほど心配せずに、眠れる日々を過ごせていたかもしれません。私はあなたという人物を、昔からよく知っていますからね。お礼を言いたいのは、むしろこっちの方だ。軍服の色は、少し前に、銀河連邦の正式なカラーである青へ、ようやく変更されただけですよ。ついでに私も、大佐から指揮官に昇格しましたが。そんなことより」アズミの顔がみるみる曇った。「ツクヨミ王子、あなたを取り巻く状況は、非常によくありません」
ツクヨミは一瞬緊張の色を顔に浮かべ、それから覚悟していたように小さくうなずいた。
「ええ、わかっています。私はいつの間にか、故郷月王国の凶悪犯として、指名手配されたのですね。これもやはり大臣たちの仕業ですか?」
ツクヨミは穏やかだが、考え深そうな目をアズミに向けた。
「そのようです。月王国の第一王子ツクヨミは、母王妃と妹君を毒殺し、弟王子を薬でひそかに眠らせた。そして、あろうことか、父王にさえも魔術を使い、思い通りに操って、月王国を我が物にしようとしている。謀略がばれると、今度は宇宙を逃げ回っている。と、月王国大臣の名のもとに、正式な指名手配が各地に出されています。しかも最悪なのは、あなたには多額の懸賞金がかけられているので、海賊やら盗賊やら、外宇宙の無関係な連中までがあなたをつけ狙っているのです。月の大臣たちは何が何でも、あなたを凶悪犯に仕立てて捕えたいようですよ」
アズミの深いため息は、事態の深刻さを物語っていた。話をしながらも、アズミは、ボルとバルをしっかり抱きしめ、手の力を緩めようとしなかった。双子も泣きじゃくりながら、必死でアズミにしがみつき、決して離れようとしなかった。
アズミという人物は、ただ者ではなさそうだ。地球の軍人でありながら、月王国の事情について、とても精通している。しかも、それだけではない。本人やツクヨミの話しぶりから、月王族とも昔から親しい関係なのだろう。どうやら、タツヤには理解できない、複雑な事情がまだまだありそうだ。
何はともあれ、カイもツクヨミも、凶悪犯ではなかった。それがわかっただけで、タツヤの心はだいぶ晴れやかになった。
アズミは話を続けた。「私たち銀河連邦の地球正義軍は、月正規軍が怪しい動きをしていたので、ずっと見張っていたのです。するとある日突然、月は、アンドロメダの方向へ大艦隊を送りこみました。月正規軍が抱えている、ほとんどの戦力を注ぎ込んだのです。銀河連邦では、月が、どこか外宇宙の惑星を侵略するのではないかと疑い、約2百隻からなる私たちの船団を密かに差し向けました。私たちは、月正規軍に見つからないよう、こっそり後をつけていたのです。そこへ突然、怪しげな宇宙船が姿を現しました。その宇宙船こそ、行方不明になっていた、地球の宇宙船キララ号だったのです。ところがそのキララ号は、白頭の海賊船に追われ、よりによって、海賊の巣である奇岩諸島に逃げ込んでしまった。それで私たち船団も海賊船を追って、同じく奇岩諸島に入ったのです」
ここでタツヤたちは、自分たちのとんでもない誤解に気がついた。
海賊船に続く2百隻の宇宙船は、海賊の船団ではなく、アズミ率いる地球正義軍だったのだ。その事実に、少年たちは今更ながら驚いた。自分たちは、白頭の海賊船に気を取られるあまり、その後方にいた船団を、きちんと確認していなかったのだ。
少年たちは、誰一人、口には出さなかったが、それぞれが、ひどくバツの悪い思いをしていた。そんな事情を知らないアズミは、少年たちの思わぬ反応に、不思議そうな顔をしていた。
「後は、ご存知のとおり、例の海賊船を追い払い、こうして無事巡り合えたというわけです。それにしても、月正規軍は銀王に忠誠を誓っているはずなのに、実際は、大臣の息のかかった者が軍を動かしているようですね」
すると、ツクヨミは、とりわけ不快な顔をした。
「そうか。月正規軍も、今ではすっかり大臣の言いなりなんですね。いつかはこうなると予想はしていたけれど、やっぱり厳しいな。しかも、多額の懸賞金で海賊たちを動かし、私の首を狙うとはね。海賊なら賞金ほしさに何でもするから、手間が省けて使い勝手がいいんだろうな」ツクヨミが憂うつそうに言った。
「まあ、そうとも限らないよ。海賊といっても、いろいろいるからね。懸賞金目当てに、王子をつけ狙う奴らが多いのは、確かだが」アズミは、何か言いたげだった。「それに、月が今回アンドロメダ方面に大艦隊を送り込んだのは、ツクヨミ王子を捕らえると見せかけ、実は外宇宙から海王星の衛星トリトンを奇襲するつもりではないかと、我々は睨んでいる。海王星は今、太陽系の軌道上、一番中心から遠く、しかも他惑星からも離れ、孤立している。トリトンを攻略する側にとっては、最良の機会だ。そもそも、あなた一人を捕らえるために、ほとんどの戦闘用宇宙船を月から出してしまうなんて、常識では考えられないからね」
「外宇宙からトリトンを奇襲…か」ツクヨミは、言葉を詰まらせた。
すると、後方からカイがはっとしたように言った。
「そうか。いったん外宇宙に出て油断をさせ、そこからトリトンのすぐそばまでワープ移動し、トリトンに不意打ちを食らわせるつもりだったのか。なんて大胆で卑劣な作戦だ。でも、あの大臣たちならやりかねない。月と他惑星との関係が最悪になっても、平気な連中だ」
「つまり、私を捕らえる口実で出陣したつもりが、本当に、私の乗ったキララ号を発見してしまったので、急いで海賊を使って私を捕えようと考えたのか。それとも、偶然を利用して、一石二鳥を狙ったのか」
「まあ、そんなところだろうな。いずれにせよ、トリトン襲撃は、いったん中止になるでしょう」アズミが冷静に言った。
「大臣の奴め。普段は海賊たちを軽蔑しているくせに、その海賊と手を組んで王子を捕えようとしていたのか。おそらく、密約でも交わしたんだろうな。どうりで海賊がやたらしつこく引き離せなかったわけだ。アズミ指揮官があの時助けてくれなければ、僕らは白頭に捕まって、月正規軍に引き渡されていたんですね」
「おや、君は」アズミは、ちらりとカイを見た。「あのみごとな飛行をやってのけた操縦士は、もしかして君かな?」
「はい。カイといいます。だけど、みごとな操縦かどうかは、わかりません。結局、海賊船を振り切れなかったのですから」
「いや、私も後ろで見ていたが、あのアクロバット飛行は超一流だよ。私が指揮する航空ショーに、参加してもらいたいくらいだ」
「あの時は、必死だっただけですよ。奴隷船を襲う白頭なんかに捕まったら、それこそ、終わりですから」ふと、カイはそこで誰かを目で探した。「だからこそ、アキラが白頭の海賊団なんかに入らなくて、僕は正直ほっとしている」
自分の名前を呼ばれたアキラは、タツヤの後ろからしぶしぶ前に出てきた。
「本当に悪かった。みんなにどんな顔して謝ったらいいのか、ずっと悩んでいたんだ。誇り高いと信じて憧れていた海賊が、まさか、あんな卑怯者だったとはね。でも実際は、無力な奴隷船団を襲ったり、賞金ほしさに無罪の王子をしつこく追い廻したり、誇りのかけらもない、ただの悪党に過ぎなかった。おれ、ずっと間違っていたよ。こんな自分がバカで恥ずかしくて情けない。この海賊のマーク、オリオン鷹のバッジも今日限り、おさらばだ」
アキラは胸についたオリオン鷹のバッジを、オレンジ色の安全帯の外へ、勢いよく投げ捨てた。バッジは、薄黄色いガスの中へ音もなく吸い込まれていった。しかし、バッジを捨てたくらいでは、アキラの心にこびりついた何かを、完全にはぬぐい去れない。
アキラは、ずっとみんなを騙し、みんなの命を危険にさらしたのだ。それはアキラ自身が痛いほどわかっていた。
ツクヨミがいち早くそれを察知した。
「でも君は、結局私たちを裏切らなかった。白頭の命令に背いたし、海賊団に入るのを自分で取り消したじゃないか」
「僕も一時は君を疑ったけれど、撤回するよ」とタツヤ。
するとカイが、穏やかな微笑をアキラに向けた。カイの不可思議な笑顔に、アキラは少し戸惑った。
「僕らは、ずい分、仲違いもしたけれど、この件に関しては初めから信じていたよ」カイは、はっきりと断言した。「君は絶対に、僕らを裏切らないって」
アキラは、言葉に詰まった。
アキラは初めからカイとは反りが合わず、事あるごとに対立していた。ヘルメット越しで、カイと殴り合いもした。時には憎しみさえ感じていた。そのカイが、今回の件では、初めからアキラを信じていたと言う。
確かにカイは、アキラと海賊との関わりを知った上で、音声通信を許可し、白頭とやり取りをさせていた。アキラを信じていたからこそ、できたことだ。そうでなければ、最悪の場合、カイはアキラに手をかけていたかもしれない。何故なら、カイはツクヨミ王子なるアリオンの命を、また、リーダーとしてみんなの命を守ろうとするだろうから。
アキラがカイを心底理解した瞬間、今までのわだかまりが音を立てて砕け散った。お互いに、疑う場面はあったが、決して裏切ってはいないのだ。
「カイ、それからみんな、許してくれてありがとう」アキラの節くれだった心は、信頼と友情で少し丸くなった。
「そう」アズミが軽快にカイの後を続けた。「私も、キララ号と白頭とのやりとりを全部聞いていたが、君は海賊団に入ろうとしただけで、正式に入ったわけじゃない。だから、許される範囲だ。海賊と接触した件については、今回目をつむるよ。君はもう海賊なんかにならないと信じているからね。いや、海賊なんかになってもらっちゃ困るよ。君のように、優秀な少年が海賊になったら、私たち地球正義軍はお手上げだからね」
アキラは照れくさそうに頭をかきながら、不器用にうなずき、それからタツヤの方に軽く目配せしてみせた。
タツヤはうなずき返したが、ふとマナミの様子に気づき、急速に笑顔がしぼんだ。マナミはみんなの後ろで独りたたずみ、複雑な面持ちで、やり取りに耳を傾けている。
マナミの乗っていた船は海賊白頭に襲われ、船と共に自分の両親も行方不明だ。そんな状況で、マナミが素直に喜べるはずがない。問題は、まだ何も解決していないのだ。アズミ指揮官率いる地球正義軍は、窮地に陥ったキララ号を救ってはくれたが、海賊をやっつけたわけではない。
結局、海賊船を取り逃がしてしまい、カシオペア号の行方は分からないままだ。しかも、アキラが海賊団に片足を突っ込んでいた事実を知った今、マナミはさぞかし複雑な心境だろう。
一方、泣きじゃくってアズミにしがみついていたボルとバルは、父親の肩に頭を乗せて眠り出した。長い航海の疲れと海賊に追われた緊張から解放され、一ヶ月ぶりに、心の底から安らぎを得られたのだろう。アズミは、一人ずつ丁寧に片腕で抱き上げると、顎を銀色の旗艦へ向けた。
「ここで立ち話もなんだから、君たちもいったん私の母船へ来たまえ」
アズミ指揮官一行とタツヤたちは、ぞろぞろと、銀色の巨大旗艦へ向かった。アズミの旗艦は、海賊船に比べても圧倒的な大きさだ。もはや山容と呼ぶにふさわしい。この立派な雄姿を見せつけるだけで、海賊を撃退できたのかもしれない。
これほど立派で誇り高い旗艦を、間近で見た少年少女たちは、感動でいっぱいだった。タツヤたちは、旗艦をうっとり見上げながら、中へと入って行った。
中は思ったとおり広く複雑な構造で、大勢の兵士がてきぱきと仕事をこなしている。
タツヤたち5人は、簡単な身体チェックと質問形式の調査の後、客間と思われる予備室に案内された。その部屋はタツヤたち専用に割り当てられ、自由に使っていいと申し渡された。部屋の中を見た瞬間、タツヤたちは無防備な喜びの声を上げた。
その広々とした部屋には、ソファやテーブル、奥には簡易ベッドやシャワールームが設置されている。棚には、菓子や飲み物が用意され、好きなものを好きなだけ、選べるようになっていた。
5人は、そこでやっとくつろぐことができた。宇宙に放り出された、ここ1カ月間、なじみのある飲食物を口にできなかったため、懐かしい味に飢えていた。マナミは初めて味わう菓子に、目を丸くしながらも、おいしいと連発し、様々な種類の菓子を試していた。5人は、騒ぎながら満足のいくまで飲食し、大きなソファに寝そべり、疲れを癒していた。
「ツクヨミ王子殿?…殿下?」
タツヤはツクヨミを何と呼んでいいのかわからず、戸惑いながらそう呼びかけた。カイとアキラから笑いが漏れる。ツクヨミはやんわり二人を制止し、楽しそうに言った。
「私たちは寝食を共にした仲間だから、できれば今までと同じように接してくれると、嬉しいんだけどな。もちろん、アリオンではなく、ツクヨミとしてね」
口もとの緊張が解けたタツヤは、咳払いを一つした。
「じゃあツクヨミ王子、早速そう呼ばせてもらうけど、質問してもいいかな?」
ツクヨミは、もちろんと即答した。
「君は何故、そんなにも疑いをかけられているんだい?一国の王子とはいえ、たった14歳なのに、凶悪犯顔負けの容疑をいくつもかけられているなんて、普通じゃないよ」
「おれも、聞きたかったんだ」アキラが横から口添えした。
ツクヨミはほんの少し笑ったが、栗色の瞳はどこか遠くて寂しいところを見つめていた。
「それは、王族の中で唯一まともなのが、私だけになったからさ」
「どういうことだ?まともな少年と凶悪犯と、どう関係があるんだ?」とアキラ。
ツクヨミは遠い過去を探るように語り出した。
「長い話になるんだけど、ずい分昔に、私の母親である王妃は、妹の出産直後に亡くなってしまった。確かな証拠はないけど、どうやら毒を盛られたらしい。生まれたばかりの妹も、母君と一緒に死んだと聞かされているが、誰かに連れ去られたとも、ささやかれている。どっちにしても、私が二人に手をかけたと言う噂になっている。その頃の私は、たった3歳なのにね」
「何だって!」「あり得ない!」タツヤとアキラが、同時に声をあげた。
二人の反応に、ツクヨミは声を出して笑った。
「時が経って、二つ年下の弟ツクヨノがある日突然、眠ったまま目を覚まさなくなった。王位争いに邪魔な弟王子を、私が亡き者にしようとしたが、毒殺に失敗したのだと噂された。これについても、犯人の正体は推測できたが、やはり確たる証拠がない」
ツクヨミは、他人の人生を語るがごとく、冷静に話を続けた。
弟王子が昏睡状態になってから数日後、今度は父である銀王の目がうつろになり、言動が支離滅裂になった。しかも、銀王は、信頼していた公爵たち家臣を全員首にし、いっせいに宮殿から追い出してしまった。
その代わりに、側近になりたがっていた、ずる賢いコーネリウスを大臣として登用し、その一派を自分の傍に置いた。それまで銀王は、コーネリウスをひどく嫌い、絶対に宮殿に近づけようとはしなかった。それなのに、突然、自分の側近に任命したのだ。
銀王は、その後も様子がおかしかった。しかし、客人や国民の前に出る時だけは、人が変わったように、王らしい王としてふるまっていた。そのあまりの落差に気づいた人々からは、銀王は誰かに操られているのではないかとの疑念が持ち上がった。そこで、ツクヨミがリュナを使って父王に魔法をかけたのだという噂が流れ出たらしい。
「そんな不吉なことが立て続けに起こり、王族の中で何ともないのは、とうとうこの私だけになってしまった。だから唯一まともな私が、月の王位を狙い、全てを企んだという嫌疑がかけられているんだよ」
ツクヨミは他人事のように、淡々と言ってのけた。
「なんて無茶苦茶な…」
タツヤたちは、今はじめて聞かされる事実に、驚きを隠せなかった。
地球の目と鼻の先にある月が、こんな深刻な状態だったとは、露とも知らなかった。決して表には出てこない話なのだろう。月が頑なに秘密主義を貫いているせいでもあるが、月を単なる近場の観光地としか見ていなかった地球にも、原因がある。
タツヤも、月が王国であるのは、もちろん知っていたが、地球とあまりに近過ぎるせいで、それ以上は気にも留めていなかった。タツヤも含め、地球にいる同じ年頃の少年たちは、たいてい、遠い外宇宙での華やかな冒険談や、奇抜な星の話や心踊るような噂話に、夢中だった。古くて地味な月王国には、誰も関心を示さなかった。
カイは顔を曇らせ、ツクヨミの後に話を続けた。
「お調子者の月住民たちは、すっかり大臣に騙されているんだ。大臣がツクヨミ王子を陥れ、王位を奪おうとしているのに、ちっとも気づいていない。だから、住民たちも、ツクヨミ王子が凶悪犯だと信じ込まされている。だけど、みんな、肝心な点を忘れているよ。月王国の王子は、銀の精霊に背くような行為は許されていない。だから、王位争いのため家族を陥れるなんてあり得ないのに、月の人々ときたら…」
カイは、悔しそうに顔を歪めた。ツクヨミの親友であるカイもまた、ツクヨミ同様、きっと辛く悲しい思いをしてきたのだろう。固く握られた拳が、どこか痛々しい。カイはすぐに手の力を緩めると、ぼんやりと床に視線を落とした。
「でもカイ、僕はてっきり、君が凶悪犯ツクヨミだと思っていたよ」
タツヤの何気ない言葉に、重苦しい空気が一気に消し飛んだ。ツクヨミは吹き出しそうになり、カイはたちまち顔が赤くなった。ケンゾーから、船長と初めて呼びかけられた時よりも、カイはもっと赤い顔をしている。
「僕は、王子の単なる護衛なんだ。正確に言うと、青銀の騎士と呼ばれる、共に行動して王子を守る役目の護衛だよ」
それはきっと、そうなのだろう。確かにカイは青銀色の腕輪をつけていたし、そのような重い役目を負っているのも十分理解できる。そんな役目を十分こなせるほど、カイは出来過ぎるほど優秀だ。
しかし、タツヤはごまかされなかった。カイの話は正しいが、それが全てではないはずだ。カイの考えが、タツヤには手に取るようにわかっていた。
「でも君は、自分が王子だと、思わせたかったんでしょう?」
タツヤの追求に、カイはしぶしぶ降参した。
「ああ、やっぱりばれていたのか。そのとおりだよ。タツヤ、君は全く嫌な奴だな」カイは、白い歯を見せて笑った。「君たちを疑っていたわけじゃないけれど、事情が事情だけに、本物の王子を最後の最後まで、隠しておく必要があったからね。それも僕の役目だよ」
「待てよ、じゃあ、君とアリオンいや、ツクヨミ王子とは、幼馴染で親友って言うのは嘘だったのか」アキラが呆れ顔で言った。
「アキラは相変わらず手厳しいなあ。僕と王子は小さい頃からほとんど一緒だったよ。アリオンっていう名前も、王子の愛称なんだ。もちろん僕は護衛として育てられたから、立場はえらく違うけれど」カイが少し口ごもった。「それでも、無礼を承知で言うけれど、僕はツクヨミ王子を勝手に親友だと思っている」
それを聞いたツクヨミは、楽しそうに笑った。
「カイの言うとおりだよ。私たちは幼馴染であり、親友だ。そして彼は、今一番信頼できる青銀の騎士でもあるんだ」
ツクヨミは、カイを心から信頼していた。カイもまた、それに答えようとしている。タツヤにはそう感じられた。ツクヨミの重すぎる荷を、カイが半分、肩代わりしているのだ。
「私、今思い出したわ」やっと元気を取り戻したマナミが急に割って入った。「初めてツクヨミ王子に会った時、どこかで見た記憶があると思っていたけれど、カシオペア号に乗っていた時、月出身者が見せてくれた写真の人物にそっくり。月王族を撮った写真よ。きっとあれは、あなたのお父様ね」
マナミが意気揚々と、父王にそっくりと言った時、ツクヨミの顔が少しだけ陰った。
「たぶんそうだね。みんなにはよく、若い頃の父にそっくりだと言われていたよ。月王国は、父である銀王がずっと統治している。本来なら、私も父王を助ける立場にあるけれど、私の方が命を狙われ、より危険な状態になってしまった。それで仕方なく、カイと一緒に一旦月を離れ、地球に身をおいていたんだ。月を離れるのは悔しかったけれど、あの時はそうするしかなかった。唯一まともな状態でいられる私にしか、月を救えないからね」
ツクヨミの眼ざしは一時、遠いところに向けられた。おそらく幸せだった頃の月宮殿を、父王を、弟王子を思い出したのだろう。
そんな懐かしい記憶が蘇ったのも束の間、ツクヨミは、すぐに、ぞっとして身をすくめた。おそらく、もうすぐ、その陰謀と波乱の月へ舞い戻る自分を想像したのだろう。ツクヨミにとって、懐かしい思い出とすぐそこにある過酷な運命は、背中合わせなのだ。
「そうだったのか。それだけでも十分過ぎるほど厳しい状況だったのに、暴走するキララ号に偶然乗り合わせるなんて、本当に君たちはついていないな」
アキラの同情たっぷりな口調に、ツクヨミとカイはお互い顔を見合わせると、苦笑した。確かに、苦笑するしかないだろう。原因はともかく、展示宇宙船が突如暴走するなんて、前代未聞の出来事だ。誰だって想像もつかないだろうから。
「ついてないのは、お互いさまさ。こうして全員、元気で無事なのが、唯一の幸運だな」
ツクヨミがあっけなく返すと、アキラが大きく頭を振った。
「確かに今まではそれでよかったけれど、君たちは引き続き命の危険があるわけだろう?いや、話を聞く限り、今までよりもっと、危険な状況じゃないか」
「ああ、そうだね。これからが本番だ。それでも、私は月へ戻って、敵と向き合わなければならない。まだ子どもだからとか、罠が仕掛けられているとか、逃げ廻る言い訳は通用しないからね」
一瞬の沈黙に、誰もが深刻さを理解した。
「厳しいな、いや、あまりに厳し過ぎる…」タツヤがうわ言のようにつぶやいた。
アキラも大きくうなずくと、溜息を吐くように言った。
「で、月の軍の状況はどうなっている?」
今度はカイが、陰謀と混乱のさなかにある月の状況を、一同に説明した。
「月正規軍を好き勝手に動かして、銀河連邦に所属していない星を全て、自分の支配下に置くのが、大臣の野望だ。その一つである、友好星のトリトンにも戦争をしかけようと、ずっと隙を狙っている。トリトンには、月にとって重要な鉱物資源が多量に埋まっているからね。でも、本来なら、侵略や戦争は、月王国では固く禁じられている。月王国は昔から、どんな時にも、自由と中立を保ってきたんだ。だから、地球のように、銀河連邦にも所属せず、独自の軍隊を抱え、自分の身を守っている。理由があるんだよ。月の神殿に眠っている代々の預言者と、その預言者が記した預言書によって、侵略や戦争は禁じられている。それを破ると、月を守っている銀の精霊の加護が受けられず、月は崩壊すると信じられているからね。だから、神殿の神官たちが権威を保っている限り、大臣は、軍のトップである最高司令官には、なれないんだ。それが唯一の救いだよ」
アキラが腕を組み、大きくうなずいた。
「そう言えば、おれも昔、聞いた記憶があるよ。月には良くも悪くも、縛りの術がかけられているから、掟を破ると、月ごと滅びてしまうって」
マナミが、思慮深く首をひねった。
「でも、それなら、その悪徳大臣は、結局、月を乗っ取れないんじゃないの?月が滅びてしまったら、いくら権力を握ったって、何にもならないもの」
カイは、真剣な眼差しで答えた。
「そこが、妙なんだよ。大臣とその一派は、むしろ月の崩壊を望んでいるようにさえ見えるんだ。あるいは、崩壊した後の月を手に入れたいのかもしれない。だからこそ、大臣の思惑どおり、月を崩壊させるわけにはいかないんだよ。でも、月の住民たちが、ツクヨミ王子は凶悪犯だと信じ込み、王族や神殿や予言書も不要だ、という考えに傾くと、危険なんだ。住民たちは、大臣こそが正義で、預言や銀の精霊は単なる迷信だと、言いくるめられてしまうだろう。そんな大臣に月の王位を奪われたら、後がない。月には議会も、選挙もないからね。銀の精霊の加護を受けた、王位を表す印さえ持っていれば、誰でも月の支配者になれてしまうんだ。そこで、王子と僕はそれを阻止するのに必死なんだよ」
「ねえ、まさかとは思うけれど、たった二人だけで、動いているわけじゃないだろうね?」とタツヤ。
「もちろんさ」カイが笑った。「誠実な支援者たちがついているよ。ただ、二人だけで動かなければならない部分もあってね」
「キララ号に連日通い詰めて、撮影していたのは、それか?何かわけがあるんだろうとは思ったよ」アキラが鋭く突っ込んだ。
今度は、ツクヨミが説明した。
「大臣たちに軍を支配されないようにするため、ずっと、軍事や宇宙船の研究も進めていたんだ。だけど、公式に、地球の宇宙船を調査したいなんて言えるわけがないから、秘密裏に動くしかなかった。各惑星の宇宙船は、最高の機密事項だからね。地球の小型宇宙船は、重々しい月のものと違って、身軽で使い勝手がよく、とても精巧にできている。ぜひ、その構造や仕組みを知りたかったんだ。幸い、未成年の私たちなら、身元さえ隠せば、子どもの好奇心程度にしか思われないから、すぐにキララ号撮影の許可をもらえたよ。しかし、キララ号で旅したこの一か月は、研究どころか、恐ろしいほどの実践になってしまったな。一生分の冒険をした気分だよ。まあ、怖い目に遭って寿命が縮んだ分、予想以上に学べたのは間違いないけれど」
「これで僕ら全員が、せめて上級生くらいの年齢だったら、もっと違った結果になったんだろうか。より正しく判断できて、賢く立ち振る舞い、あんな危険な目には遭わなかったのかもしれないな」とタツヤ。
「どうかな。私たちは、偶然乗り合わせた未成年者だけど、最高のメンバーだと思っている。実際、うまくやれていると思っていたよ。白頭から自分の名前を呼ばれるまではね。あの時は、さすがに全てが終わったと観念したよ」
ツクヨミは、あの光景が甦ったのか、ぞっとするように、自分で自分の両腕をぎゅっと抱え込んだ。
タツヤは、急にあることを思い出した。
「ねえ、ツクヨミ王子。海賊にとことん追いつめられた時、君が降伏しようって言い出したのは、もしかして、自分が名乗り出て、みんなを助けようとしたのでは?」
タツヤの推理は明らかに図星だった。ツクヨミの顔はこれ以上にないくらい、真っ赤に染まった。
「限界だと悟ったんだ。アキラの件は知らなかったけれど、私がいるせいで、キララ号が狙われていたからね。格好つけるわけじゃないけれど、私のために、無関係な君たちの命まで危険に晒せないと思っていた。けれども、月に残した銀王や弟王子、自分を信じて待っている人々、そして懐かしき故郷の月王国が頭に浮かび、踏み切るまで時間がかかってしまった…本当に、すまない」
ツクヨミは、うつむき加減にそう言った。
「でも、君は決断したんだ」カイは、まるでツクヨミ本人よりよくわかっているかのように、断言した。「死刑も覚悟して、自分独りで全部背負う気だったんだろう?護衛の僕のことさえ、他人のふりをしてね。君が最後の最後まで悩み苦しみ、何を考えていたのか、僕にはわかっていたよ」
海賊に追い詰められたあの時、ツクヨミは苦渋の選択を迫られていたのだ。タツヤたちは、今になって初めて真実を知った。ツクヨミは散々悩んだ挙句、潔く自分の身を海賊、つまりは月正規軍に明け渡すのと引き換えに、みんなを助けようと決心したのだ。
「私は、月王国を守る大きな責任を背負っている。でも、ああなってしまったからには、これはもう運命だと悟ったんだ。だったら、被害は最小限にしたかった」と、ツクヨミ。
だからツクヨミにその決意を告げられたカイは、あんなにも打ちひしがれたのだろう。王子を守るのが自分の役目なのに、それが果たせず、奈落の底に突き落とされたのだ。
カイとツクヨミ、あの時の二人の涙は、本当に重い涙だった。自分たちの命と月の命運をかけた戦いに、若干14歳ながら二人は挑んだのだ。
「そうだったのか。あの時、アズミ指揮官が現れなかったら、君は間違いなく、本物の凶悪犯にさせられ、死刑になっていたんだね。考えただけでぞっとするよ」とアキラ。
アキラの言うとおり、海賊に捕らえられ大臣たちに引き渡されてしまえば、末路は見えている。ツクヨミが何を訴えたところで、聞き入れられないだろう。政治に疎いタツヤでも、容易に想像できる。ツクヨミは、親殺し、殺人未遂、空港爆破、宇宙船の窃盗、逃亡、反逆、そして少年たちの誘拐等々、でっちあげの罪状をいくつも押しつけられ、完全に月から抹殺されるに違いない。
もちろん、ツクヨミと行動を共にしていたカイだって同様だ。いや、王族である王子をそそのかした罪で、それ以上に重い刑を申し渡されるだろう。それだけに、海賊の手から自分たちを救ってくれたアズミ指揮官の存在は、偉大過ぎるほど偉大だ。
ツクヨミは痣だらけ、傷だらけの腕を手で押さえながら、タツヤたちの方に向き直った。
「アズミ指揮官には本当に感謝しているよ。まさに危機一髪だったからね。だけど、私たちを信じてくれた君たちには、誰よりも感謝している。君たちがいなかったら、きっと私たちは途中でくじけていただろうから。あるいはもっと早く、月正規軍に捕まっていたかもしれない」
あまりに重く深刻な話ゆえ、タツヤとアキラは、照れることなく、逆にどう答えたらいいのか言葉に詰まった。
そこへカイが、顔を上げた。その顔には、力強い決意が現れている。そこにいるのは、キララ号のリーダーやアリオンの友人ではなく、ツクヨミ王子の護衛、青銀の騎士としてのカイだった。
「みんなのおかげで、これから挑む本当の戦いに勇気をもらえたよ。月の宮殿も、軍隊も、おそらく皆、大臣たちに抑えられているだろう。それに、王子は凶悪犯だと信じられているから、月の人々の信頼を取り戻せるのかどうかもわからない。支援者がいてくれるはずだけど、正直言って、月に戻ってみないとわからない状況だ。それでもくじけないよ。だって、僕らは7人の子どもだけで、最悪の事態を乗り切り、こうして生き残れたんだからね。生きている自分たちこそ、輝かしい勲章だ」
なんとも凄まじい気迫だ。
カイにとっては、これから始まる大臣一派との戦いこそ、本当の真剣勝負なのだ。そしてツクヨミにとっては、まさに、命を賭けた本番の戦いになる。
「卑怯な逃亡者と思われている私は、実際に行動で示すしかないんだよ。悔しいけれど、いくら声を大にして叫んでも、誰にも信じてもらえない。実際に姿を現し行動して、証拠を示さない限り、私は永久に犯罪者で卑怯者のままだ。だからこそ、私は月に乗り込んで、自分で自分の疑いを晴らさなければならないんだ」
たった14歳なのに、ツクヨミ王子はなんて重い荷を背負わされているのだろう。タツヤは、初めて触れるツクヨミの人生に愕然とした。
だがツクヨミは、その重荷に十分耐えるだけの、力と誇りと意志が身に備わっている。誰よりも、ツクヨミは常に月王国を念頭に、考えて行動しているのだ。ツクヨミはまさしく、王子と呼ばれるのにふさわしい。
そしてカイは、ツクヨミの護衛だけでも相当荷が重いのに、キララ号ではいつも全員を考えて行動していた。カイは、正真正銘のリーダーだ。自分だけで精一杯な誰かとは、大違いだ。タツヤはますます、未熟な自分を自覚させられた。
しかし、この先、二人はどうなってしまうんだろう。タツヤは言いようのない不安で胸の底が痛んだ。いくら二人が勇敢で知恵者で大人びていても、所詮、子どもは子どもだ。老獪な敵の手にかかれば、すぐに捻り潰されるだろう。
今までは偶然、うまくいったかもしれないけれど、重要なのは、これからだ。たまたま理解者であるアズミ指揮官に助けられたが、彼以外の人々はどうだろう。月の軍や施設や組織、そして自分たちの住処である宮殿までが大臣の手中にあるなら、月へ戻るのは恐ろしく危険なはずだ。それなのに、迎えの援軍もないまま、たった二人の少年だけで陰謀渦巻く月へ乗り込む気でいるのだ。
「カイ、部外者の僕が口を出すのもなんだけど、援軍がいないなら、地球正義軍に力を借りられないのかい?アズミ指揮官なら、何かしら協力してくれるように思えるけど」
タツヤの突飛な提案を、カイは面白そうに笑った。
「残念だけど、それはできないよ。銀河連邦に所属している地球は、連邦に所属していない月に力を貸せないんだ。それに月の方だって、地球軍が少しでも月に関わったら、月王国を侵略するつもりかと、大騒ぎになるだろう。だから、いくらアズミ指揮官でも表立っては動けないよ」
タツヤはまたしても、自分の未熟さを痛感した。現実は、ゲームのようにはいかないのだ。おそらくカイは、幼少の頃から、王子の護衛役として実戦的な訓練を重ねていたのだろう。青銀の騎士という、特別な使命を持つカイを、タツヤは羨ましいとさえ思った。
「表がダメなら、裏って手もあるけどね」そう言いながら、アズミがひょいと顔を出した。いつの間にか、双子を寝かしつけて戻ってきたようだ。アズミは、憤然と宣言した。
「しかしその前に、頭の痛い問題を片づけなければ、王子は月へ戻れないよ」
「アズミ指揮官、どういう意味ですか?」カイとツクヨミがほとんど同時に、素っ頓狂な声をあげた。
「実は、この奇岩諸島を出たところで、月正規軍が王子を捕らえようと、大勢待ち構えているんだよ。彼らはキララ号がここにいるのを知っているからね」
ツクヨミとカイは、絶句した。
「だからと言って、月正規軍は、銀河連邦の地球軍に戦闘を仕掛けるのは、禁じられているのでしょう?」と、タツヤ。
「それは、あくまでも太陽系内の話だよ。ここは、どこかね?人目のない辺境の地では、掟もルールも関係ない。力だけが、まかり通る世界だ」
「だとしても、アズミ指揮官の宇宙船も2百隻あるんでしょ?問題ないのでは?」
事態を軽く考え、不思議そうな顔をしているマナミに、アズミは苦笑した。
「相手の戦闘用宇宙船は約6千隻。重装備した部隊をほとんどこちらに差し向けているんだよ。何が何でも、ツクヨミ王子を捕まえる気でいるらしい。トリトン侵略も頓挫し、何の成果もないまま、手ぶらで月へは戻れないのだろう。キララ号がこの奇岩諸島を出たとたん、彼らは当然、全力で迫ってくるに違いない」
事態は思った以上に、深刻なようだ。
「でも、地球正義軍の艦隊にキララ号を紛れ込ませて、王子はいないとシラを切れば通り抜けられるんじゃないの?」
今度は、アキラが失言したらしい。アズミ指揮官は、豪快に笑い出した。
「そんな作戦で鉄壁の月正規軍を突破できるなら、私たち軍隊はとっくに失業しているよ。月正規軍は、高度な生命反応走査機を装備している。とてもごまかせないよ。君たちが宇宙船のどこに隠れても、全て見通せるのだ。特に、子どもは発見されやすい。年齢が幼いほど、新陳代謝、すなわち生命力が強いので、反応しやすいのだ。ここは銀河連邦の手の届かない外宇宙だ。だから、少しでも怪しい反応が出たら、容赦なく、我々を攻撃してくるだろう」
タツヤたちはさすがに気落ちし、内心苛立った。一刻も早く、ツクヨミたちを月へ返さなければならないのに、逆に彼らの存在が、月への帰還を困難にさせているのだ。
タツヤはいつの間にか、地球へ帰るのも忘れ、ツクヨミ王子たちをどうしたら月へ無事に帰せるかを、真剣に考えるようになっていた。アキラが横で、小さなうなり声をあげている。口にこそ出さないが、アキラもマナミも、タツヤと同じように考えているのだろう。
少年少女たちは、自分たちの身の上よりも、もっと危険な状態にある友だちを心底、心配しているのだ。
「アズミ指揮官、その件について、僕にいい考えがあります」
ついに、タツヤが名のりをあげた。




