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愛人伯爵と呼ばれた男

お読み頂き有難う御座います。


 アレは若い、拙くも幼い恋だった。

 老いたらそう、懐かしく思うのだろうか。


 眼の前には、変わり果てた身の上の彼女がいる。

 嘗ての身分を剥奪され、罪人として鎖に繋がれた彼女が。

 雪が溶けたとて未だ冷える中、外套すら纏わされていない。

 差し入れを許される立場ではないが、己の肩に掛けている外套であの細い肩を覆ってやりたかった。


「静粛に……」


 老いた声が響き渡る此処は何代も前の女王陛下が作らせた、寒々くも豪華な大法廷。この場所には初めて来た。

 国家を揺るがす事件でしか、開廷されない。


「……被告は、元ドンデ侯爵家令嬢ベベリー改め平民ベベ……。罪状は……」

「あたし、王妃です! 平民じゃないわ」

「その資格は元々剥奪されていますよ。残念ですね」

「どうして!? 不貞なんて、してないわ!」


 厳粛な場でも彼女の声は響き渡る。

 嘗て、我が家の庭で小鳥の歌を聴かせてくれた時のように。


「おかしなお話をされるのですね。

 其方、部屋に招き入れた若い低位の令息達に付け届けを握らせていたでは有りませんか」

「お金じゃないわ! 手作りの、ちょっとしたお菓子よ!」

「部屋に招き入れたのは、認めるのですね」

「皆、詩歌を一緒に楽しむお友達だわ!」

「では、侍女がいなかったと言うでは有りませんか。それは何故ですか?」

「それは、だって、あの人達……距離が近いとか煩いんだもの」


 ああ、どうしてそう素直なんだ。どうして取り繕い方を学ばなかったんだ。

 厳しい顔の裁判長もそう思ったのか、呆れた声が私の胃に刺さる。


「それに、ピピだって……若い女の子を部屋に招き入れてるわ! あたし、見たもの!!」

「陛下を公共の場で渾名でお呼びするのは不敬ですよ。妾妃として習いましたよね」

「王妃だってば!!」

「では、この半年で王妃として成された事業をお話ください」

「え……」


 事業……?

 始終フワフワと笑っていた前向きな彼女にそんな事が出来た筈が無い。

 学ぶのが嫌いだと、笑い合った幼き日。

 彼女は、難しいことが向かない人なのだ。


「仕事はその、じ、侍女に任せて……た」

「報告が上がっております。侍女ではなく女官のイーテラ嬢ですが……」


 大法廷に数多の声が響いていく。

 全ての声が彼女に優しくなく、苛烈に攻撃の手を止めていない。

 不得意なことを女官にやらせただけなのに。

 彼女の手は甘いお菓子を抓むだけにしておきたいと、陛下が仰ったのに。


「炊き出しをしたわ! 貧しい人たちへ……器を渡したわ!」

「炊き出し……何処で、何の為にでしょう」

「どこでって……、ピ……陛下といた、離宮の近くよ!」

「あの付近に貧しい者はおりません。()()()()()()()とかで、村丸ごと移動させたでは有りませんか」

「……そんな」


 きっと、薬草と花で潤った静かな村の傍に建つ美しい離宮へ行きたいと言ったのだろう。

 だが、彼の地が美しかったのは50年程前。近年見つかった銅鉱山の採掘のせいで川の汚染が進み、薬草と花は枯れて貧民達の巣窟となってしまった。

 しかし、まさか村ごと立ち退かせていたとは。


 ……知らなかったのだろう。知っていれば、心優しい彼女が心を痛めると。


「でも、あたしのせいじゃ……」

「異を唱えるのですか?

 銅鉱山の採掘を急がせたのは、妾妃殿の散財を賄う為でしょうに」

「えっ……。

 あたし、そんな、銅なんて欲しくない! あたしが欲しいのは、ちょっとだけキレイなドレスとちょっとだけカワイイ首飾りなだけで……」


 ああ、これは悪手だ。

 失笑すら漏れない……。誰か、庇ってやれないのか。


「妾妃殿が注文させた『ちょっとだけのお品』は、100人の鉱夫が半年採掘した銅を売った額相当です」

「えっ……そんな、大変なことさせる気じゃ無かったの。鉱夫さんも、もっと気楽に働ける場所があるんじゃ……」

「ほう、その様な場所が?

 それは何処に有るのでしょうか。妾妃殿がご存じなら是非とも教えて頂きたい」


 もうやめてくれ。

 彼女は、心美しく優しい人なんだ。誰かに守られないと胸を痛めるようなか弱く可憐な人なんだ。

 彼女の傍に行きたい。抱きしめて、花のような彼女を連れ去ってやりたい。

 だが、私は彼女を守れない。


 横に居るのは、無理矢理娶らされた派閥の末端の子爵令嬢であったお飾りの妻。

 勿論妻でなく、王妃を愛している。心よりあの可憐な人を愛している。


 誓い合ったのは、陛下より先。秘密だが私達が本物の夫婦なのだから。


「審議は終わりましたわよ、伯爵」

「……」

「何時まで其処にお出でで?」

「お前は寒風よりも冷たい女だな」


 打ちひしがれる夫に、労りの言葉も掛けないとは。格下のお飾りの分際で……。

 この女は顔立ちだけは華やかだが、目つきに温かさがなく口が生意気で気に喰わない。背筋が曲がっているのも醜い。


「古い建物に居座った夫を連れて帰る羽目になって、寒さに震えているのは此方ですわ」

「真実の愛が分からんからだ」

「何を仰っておられますの? 此処は神聖なる大法廷。居残って意味不明な管を巻いていい場所では、有りませんわ」


 顔に血が集まって、気付けばあの女が頭から血を流していた。

 手は震えて、指に血が通わない。

 私が殴ったのか。


「……此処まで考えなしだなんて」

「おい、ゴブリ伯爵が夫人を殴ったぞ!」

「流石愛人伯爵。騒ぎを起こすことに関しては右に出るものは居ない」

「違う! 私は愛人などでは」

「衛兵、早く引っ捕らえよ!!」


 私は、何もしていない。その筈なのに捕らえられた。

 周りには見知った者達が、旧友達が私を見ている。

 何故何もしてくれない。

 何故そのような恐れを載せた目で、恐怖を口にする。


 王妃との、愛しい幼馴染べべとの仲を応援してくれていたじゃないか。

 親に無理に娶らされたこの女に煩わされる私に同情を寄せてくれていたじゃないか。


 不快な空気に晒されて、喉から出るのは乾いた声。額から溢れるのは滝のような汗。

 苦しい。私は悪くない。

 こんなカビ臭い部屋に閉じ込められる謂れはない。

 甘い葡萄酒が飲みたい。


 我が家の者達は何をしているんだ。

 早くここから出せよ!



裁判に詳しくないので、齟齬が有りましたらご容赦くださいませ。

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