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オープニング

PBeMとは。

Play by e-mailの略。PBMの派生ゲームで、eメールを使ったPBMです。

こちらは結果を小説化するタイプで、参加キャラクターに対しても個別にSS(ショートストーリー)

ついていました。個別ノベルに関しては非公開とします。

 東西に一五キロメートル。

 南北に二〇キロメートル。

 堅牢な城壁に三方を囲まれた王都アイリーン。

 大都市という言葉すら追いつかない。

 人口はざっと一〇〇万。

 しかもこの数字は毎年増加している。

 世界の中心という呼称は地理的には間違いだが、人文地理的にはまったく正しい。

 経済と文化はこの街から発信され、世界中の富が集散し、無数の成功とそれに十倍する失敗が街路を飾る。

 人々が憧れてやまない花の都。

 この街の最も美しい姿として挙げられるのは、東海からアイリン湾に入ったときに見られるという。


「…………」


 ぽかんと口を開いたまま、少年は蜃気楼のような城市を眺めやった。

 美しいという表現では追いつかない。

 東側に城壁がないのは、この情景をなくさないためだ、という与太話が本当に思えてくる。


「すごいだろう。

 坊や」


 傍らに立った男。

 眩げに世界最大の都を見つめる。

 黒い眸には憧れと、微量の寂しさが浮かんでいた。

 少年が頷く。

 むろん男の感情の揺れに気づいたのではなく、言葉に対しての反応である。

 はじめて目にする王都アイリーンの壮麗さに、少年の心は奪われている。

 東方大陸の小国ミズルアの帆船「希望の朝日」号。

 それが、少年の乗っている船の名前だ。

 祖国を旅立ってから二ヶ月。

 ついに花の都へとやってきたのだ。


「……必ず、成功させる」


 知らず拳を握りしめる。

 物語の幕が、静かにゆっくりと上がってゆく。




 ルアフィル・デ・アイリン王国を訪れる各国の使節団は、年間に一〇〇を軽く越える。

 外交交渉の為だったり技術交流の為だったり理由はさまざまだが、最も多いのは貢ぎ物の献上だ。

 アイリンは、セムリナ公国やバール帝国のように旺盛な領土欲はを持ってはおらず、熱心に植民地を増やすようなことはしていなかったが、それでも世界各地に属国を抱えている。

 西方大陸のアリーズ共和国、東方大陸のアーリ公国など、その数はざっと三〇カ国。

 ミズルア王国もそのひとつだ。

 属国である以上、当然のように毎年の歳貢という名の安全補償費が必要になる。

 ミズルアの例だと、金貨二五万枚相当、という額だ。

 べつに必ずしも金銭で支払う必要はなく、特産品などで換えても良いのだが、牧畜と岩塩採掘くらいしか産業のないミズルアにとっては、途方もない金額である。

 しかも今年は冷害で牛の乳の出が悪く、ミズルアの王家はかなりの減収となった。

 歳貢を支払うどころか、冬には飢饉すら予測されている。


「アイリンに援助してもらわねば国が滅びる」


 それが重臣たちの統一した見解であった。

 ミズルアはこれまでもずっとアイリンに忠誠を尽くしてきた。

 であれば、困ったときには助けてくれても良かろう。

 たしかにそれは正論なのだが、前述のようにアイリンの属国は三〇以上もある。

 ことさらにミズルアだけを優遇しくれるとは思えない。

 アイリン国王マーツの歓心を買うためには、なにか特別な貢ぎ物が必要だろう。

 彼らが考えたのは、ミズルアの王族の中から人質を差し出す、という手段だった。

 安直であり、残酷でもあるのだが、もともと王族とはそういう役割ももっている。

 人質として王女が差し出されるなど、サーガなどではお馴染みのシーンだ。

 そのような経緯で、人質として選ばれたのが第三王子のウィトリアである。

 選ばれたというのは、ややおかしい表現だが。

 というのも、王太子を人質にというのでは国の基が崩れるし、第二王子のウグナックはすでにミズルア王国軍の士官として活躍中である。

 この二人が国を空けることはできない。

 一一歳になったばかりのウィトリアが最も適任というか、他に選択の余地がないのである。

 しかも、末子ということで、万が一害されることがあっても懐はさして痛まない。

 ミズルア王たるワイトは、遅くなってから生まれたウィトリアを手放したがらなかったが、ことは国王の私事ではなく王国の公事である。

 結局のところ、重臣たちの言葉に頷かざるをえなかった。


「そなたには苦労をかけるが……どうか、無事に帰ってきてくれ」


 旅立つ息子に、父は涙を浮かべてそう言った。

 交渉の難しさ、帰還できる可能性を思えば、これはけっして大げさではない。


「ご安心を。

 必ず成功させますから……」


 決然としてウィトリアは応えた。

 幼くとも、王族としての教育を受けてきたのだ。

 一朝事あったときは自分の命を捨てる覚悟は、とうにできている。


「父上……」


 希望の朝日号の船上。

 少年が懐剣を抱いた。

 王都アイリーンに到着し、マーツ王と会見するまで、彼の身分は隠されている。

 知っているのは一部の側近だけだ。

 ミズルアが困ることで利益を得るものもいるから。

 父王からもらった短剣が、見知らぬ異境でのただ一つの武器である。




 さて、アイリン王国にとって、ミズルアというのはどういう存在だったか。

 身も蓋もない言い方をすれば、どうでもいい、というレベルの相手である。

 彼の国が納める歳貢は金貨にして二五万枚。

 大金ではあるが、アイリンの経済規模から見ればはした金だ。

 支払われなかったとしても、さして痛痒を感じるわけではない。

 免除してやることなど簡単だし、それどころかその一〇倍ほどの額の援助金だろうが、半日足らずで用意できる。

 ミズルアの要請に応えることなど、一杯のワインを飲み干すより容易い。

 が、簡単だから応えてやる、というわけにはいかない。

 ミズルアだけを特別扱いすることはできないし、援助したとして、その金を回収できる可能性がどのくらいあるのかも探らなくてはいけないからだ。

 実際、ミズルアには借金を返すあてがない。

 少なくとも短期的には。

 最悪の場合、国ごとアイリンの破産管財人に抱え込まれることにもなりかねないのである。

 もっとも、アイリンとしてはミズルアの国土自体になんの興味もないので、そんなものをもらっても嬉しくもなんともない。

 貸した金を、きちんと利子を付けて返してくれるかどうか。

 そこが最大の問題なのだ。


「事情はわかった。

 使節たちからもう少し詳しい話を訊いてみたい。

 スケジュールを組んでくれ」


 壮麗なアイリン王宮。

 宮殿の規模に相応しい執務室。

 生真面目な表情で侍従からの報告を受け取ったマーツが言った。

 名君の令名高い彼である。

 小国とはいえ疎略に扱うような真似はしない。

 ただ、さすがに他の予定を後回しにしてまで優先すべき課題とも思えなかったので、予定を組むように命じたのだ。

 対面は、おそらく一週間後あたりになるだろうか。

 これは仕方のないことである。

 そもそもミズルアの使節たちもすぐに会えるとは思っていない。

 しばらくの間は王都アイリーンの観光でも楽しんでもらう。

 そのために、貴賓用の宿泊施設だって用意されているのだ。


「しかし、それではその方たちが不憫ではありませんか。

 切羽詰まっているからこその訪問でありましょうし」

「優。

 控えていなさい。

 いまは公務中だ」


 割って入った女性の声を、柔らかく遮るマーツ。

 この女性は優蘭。

 マーツの后であり、常勝将軍花木蘭の従妹である。

 王妃といえども王の執務に口を挟むことは許されない。

 当然のことだ。


「ですが……」

「べつにミズルアを見捨てるといっているわけではない」


 これだけでも破格の待遇なのだ。

 アイリン本国のことや、あるいは中央大陸の強国のことならともかく、辺境の属国の事情など無視されても仕方がない。


「陛下。

 非礼を承知で申し上げます。

 人の命に大も小もございません」


 優蘭の言葉。

 はっとして、マーツは后の顔を見遣った。

 会ってはやるが後回しにする。

 それは驕慢というものではないのか。

 心のどこかで、どうでも良いという気持ちがあったのではないか。


「優……おまえは……」

「生意気なことをいって申し訳ありません」

「いや、良く言ってくれた。

 余は間違っていた。

 何よりも優先すべきは人命に関わる事項あろうにな」


 ミズルアは困窮している。

 飢饉など起これば万単位で餓死者や凍死者が出る。

 冬になる前に、雪が降り出す前に手を打たなくてはならないのだ。

 悠長に構えている余裕は、まったくない。

 そこまで見越して、優蘭は事を急ぐように進言したのだ。

 義侠心と戦術眼、さすがは常勝将軍の血を引く娘である。


「もしも木蘭がここにいれば、同じように忠言してくれただろうな」


 国王の呟き。


「…………」


 視認できないほど小さく、優蘭の右の眉が上がった。

 もちろん夫は気づかない。


「優の言を諒としよう」


 とはいえ、マーツは激務に追われる身であり、すぐにミズルアからの来訪者と会うというのも難しい。


「この件は優に任せる」


 委任状をしたため、優蘭に手渡す国王。

 一七歳の少女にとっては、はじめての公務である。


「外務大臣などとも相談して、善処してくれ」

「勅命、謹んでお受けいたします」




 ウィトリアたちが通されたのは謁見の間ではなく、会議室のひとつだった。

 王都アイリーンに到着して二日目のことである。

 大国の迅速な対応に、随伴してきた家臣たちは驚き、かつ喜んだ。

 会議室というのは謁見の間に比較すれば格式はずっと下がるが、彼らが求めているのは形式ではなく実益である。

 最初から実務的な話に入ってくれた方が、むしろ都合が良い。

 期待しながら待つ使節団。

 だが、彼らの前に現れたのは国王マーツではなく、王妃の優蘭だった。

 希望が失望にかわるよりはやく、王妃が口を開く。


「ミズルアの窮状には同情を禁じえません。

 我がルアフィル・デ・アイリン王国としては、緊急援助要請に応じる準備があります」


 それはあるに決まっているだろう。

 これほどの大国である。

 そのくらいの備えのないほうがおかしい。

 じっと次の言葉を待つ使節団。


「金貨一億万枚もあれば足りますか?」


 王妃が示したのは途方もない金額だ。

 ミズルアの国家予算を凌駕するほどの。


「もったいないお言葉にございますっ」


 慌ててウィトリアが平伏し、家臣たちもそれにならった。

 それだけの額があれば、充分に国民を救うことができる。


「ただし、ミズルアがいまどんな手形を発行しても、不渡りになる可能性の方が高いです。

 その点はどうでしょうか」


 これもまた当然の質問だが、答えは最初から用意されてある。


「この私めの命を、担保として差し出します」


 淡々と話すウィトリア。

 王族が人質ということだ。

 もし借金を返済できないときには、ミズルアはアイリンによって併呑されても良い、という意味である。

 曖昧な微笑を浮かべる優蘭。

 じつのところ、ウィトリアの命になど銅貨一枚の価値もない。

 むろんミズルアにとっては大切な王族だろうが、アイリンにとっては一個人に過ぎないし、ミズルアの領土などもらっても使い道がないのだ。


「あなたさまのお気持ちは嬉しいのですが」


 せいぜい言葉を選びはしたが、表情だけでそれは通じたかもしれない。

 声もなく、東国の王子が項垂れる。


「じつは、我が国でも困った事態が起きています。

 しかもそれは、あなたさま方にも無関係ではありません」


 やや唐突に話題が変わった。


「現在、小麦の価格が緩やかにですが上昇しています。

 これはあなた方も困るでしょう」


 金を食うわけにはいかない。

 当然、アイリーンから借りた金で、ミズルアは食料を買い付けることになるのだが、買う食料がない、という状況も考えられる、と、王妃は語っているのだ。

 由々しき事態である。

 買い占めでもおこなわれているのだろうか。


「我々にそれを解決せよ、と……?」

「いいえ。

 そんなことは申しません。

 そもそも小麦を買い占めている者もわかっておりますし」

「では……」

「アイリン王国軍西方守備部隊を率いるミルヴィアネス男爵。

 この王国一の成り上がり者です。

 彼の元に大量の小麦が集められています。

 これをあなたがたへの援助の一部としたいのですが、よろしいですか?」


 婉然と優蘭が笑う。

 つまり、彼女は言ってるのだ。

 アイリン王家の役に立ってみせろ、と。

 地方領主が貯め込んだ物資を吐き出させる。

 しかも援助のためという大義名分がある。

 まったく見事な算術だ。


「我々の身分はどうなりましょうか……」

「国王陛下の詔勅をさしあげます」

「ありがたき幸せ……」


 頭を垂れるウィトリア。

 アイリン国内の勢力争いに巻き込まれるのは正直に言って面白くない。

 面白くはないが、拒否することも不可能であった。

 この上は、なんとか交渉によって事態を解決するしかあるまい。

 とはいえ、ウィトリアと行動を共にしているのは一〇人足らずの家臣たちでしかない。

 たったこれだけの人数で、いったい何ができるだろう。


「試すような真似をして申し訳ありません。

 ですが、なんの実績もない方に融資することには重臣たちも反対しておりまして」


 本当に申し訳なさそうな顔をする王妃。


「微力を尽くします」


 ウィトリアが頷いた。




 王宮を出たミズルアの旅人たちは、いきなり途方に暮れていた。

 なにしろ、王都アイリーンを訪れた経験のあるものすら少数なのである。

 ミルヴィアネス男爵領へと赴くならば、旅の用意をしなくてはならないが、さて彼の地は暑いのだろうか、それとも寒いのだろうか。

 馬車を仕立てるとして、どこに申し出ればよいのだろうか。

 まったくわからないのだ。

 うろうろと街中を彷徨うミズルア人たち。


「あの、落としましたよ」


 背後からウィトリアが声をかけられたのは、夕刻だった。

 振り返ると、軍服を着た小柄な女が手布をさしだしている。


「これは痛み入るが、それは私のものでは……」

「いえ、いま落としたのを見ましたから」

 強引に布切れを握らされる。


 かさり、と、小さな音がした。


「お、おいっ!?」

「じゃ、たしかに渡しましたよ」


 踵を返して去っていく女。

 燕のような身のこなしだった。


「…………」


 黙然と見送った後、ウィトリアがハンカチを開く。

 中には折りたたまれた紙。


「暁の女神亭を頼れ」


 短い文章が踊っている。


 大陸暦二〇〇五年の一一月。


 一年の終わりを間近に迎えた街が、異邦人たちを見下ろしていた。

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